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【イエはてな】"ディア・ライフ" #003

THEME:「一枚の写真に焼きつけられた、わが家の小さな物語」

“ディア・ライフ”=『親愛なる日々』。イエは暮らしと人生の舞台。「LIFE」という言葉に、生活と人生の2つの意味をこめて、イエと家族のストーリーを語り合いませんか? 心のページに刻まれた思い出も、現在のイエでの愛しいワンシーンも。毎回のテーマに沿って素敵なエピソードを、豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで投稿ください!

*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿くださいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731

テーマ詳細とアイデア例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20100714

※ピックアップ受賞メッセージは、〈みんなの住まい〉サイトにて記事紹介させていただきます。またメッセージは表記統一や文章量の調整をさせていただくことがございます。
※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。投稿期間中ははてなスターのご利用を控えていただけますようお願いいたします。
※質問は7月20日(火)正午で終了させていただきます。

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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:7月20日 theme 「LIFE」 いただきます いね
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 115/115件

▽最新の回答へ

[1]家族写真 adgt

正月だとか、盆、入学・卒業式なんかに家族写真を撮ってた。節目節目で、家族全員が揃った写真があるというのは、思い出深いし、非常に大切なものになる。祖父が無くなってから、その行事は段々と減ってしまったけれど、自分が家族を持ったら、ぜひとっていきたいとおもう。


[2]>1 家族写真 twillco

お正月などで親戚一同が集まるときには

家族&親族で写真をとってます。

あまり集まる機会がないので、こういう機会は大切にして

記念写真に残しています。


[3]姉弟の写真。 nakki1342

小さい頃の私と弟が一緒に写っていて

少し、大きいサイズになっている写真があります

今とは、お互い違いすぎる姿で

時々それを見るたびに笑ってしまいます

(時間も経ってるから姿が違うのは当然なのですが

今の姿からは面影がほとんどないんですw)

正直

自分にとってその写真に一緒に写っている弟は

少し苦手なタイプで

写真は、貴重なものです

(これから先、機会があったらいつか撮ってみたいと

思いますけど)


[4]>2 家族、親類の集合写真を上手に撮るポイント iijiman

1.服の襟をチェック、髪の毛のハネをチェック

服の襟が折れていたり、髪型がハネていたりする人がいないか、念のためチェックします。これ、あとで写真に焼くと意外に気になるものです。(特に本人が気にする。)

2.「前の人の『あいだあいだ』に立ってください」と声をかける。

よくある失敗の一つに、後ろに立った人の顔が、前の人の頭で一部(または全部)隠れてしまう、というのがあります。

整列してもらう時に「前の人の『あいだあいだ』に立ってください」とお願いして、なるべく前の人の肩と肩の間に後ろの人が立つように促しますと、この失敗が回避できます。

3.シャッターは3回くらい切る

今はデジタルカメラが大半でしょうから、2枚くらい余計に撮っても「フィルムが足りなくなる」心配がありません。ですから、1枚目でうまく撮れたと思っても、2、3枚目を撮ってみてください。

これは、あとで大きくプリントするときに役に立ちます。

なぜなら、大勢で写真を撮ると、かなりの確率で「誰かが瞬き」をしています。

ですが、3枚くらい撮っていると、たいてい1枚くらいは「瞬きなし」のカットが得られるものです。

4.ストロボは焚いた方がよい

室内で撮るときはもちろん、昼間の屋外でも、ストロボを強制的に光らせる機能が付いているカメラなら、ストロボを焚いた方がよいです。(日中シンクロ撮影)なぜなら、その方が、人物の顔の肌色が綺麗に写ることが多いからです。

以上、某神社で集合写真のアシスタントをしていた経験から、いくつかピックアップしてみました。

それではみなさん、よい家族写真を!


[5]>4 家族写真 r-zone

一度写真屋でちゃんと撮ってもらった事がありますが

いい記念になりましたよ!

キレイに撮ってもらえるので

顔があまり良くない家族でも、それなりに良い家族に見えますww

現在は実家のリビングに飾ってあります!


[6]ふるさとの写真 adgt

大学で実家を離れてから、帰省するたびに実家近辺の写真や故郷の風景をデジカメに収めて帰るようになった。散歩しながら、昔過ごした風景を残していると、すごくノスタルジックな気分になる。おっさんになったな、と感じるひととき。


[7]>3 小さい頃の兄弟写真 adgt

みていてホッとするというか、懐かしさで優しい気持ちになるというか。無邪気に仲良く遊んでいる風景が自分たちながら、何だかほほえましい。


[8]ハーレーに乗った爺さん some1

モボだった爺さんの若いころの写真で大型バイクのハーレーダビッドソンに乗っているものがありました。

セピア色にとんでしまっているのが逆にカッコよさを醸し出していました。

でも、家にはハーレーは無いので子供心に「どうしたの?」と聞くと、

太平洋戦争の時に日本軍に接収されてとりあげられてしまったのだそうです。


[9]昔は何かと言えば写真館 to-ching

小さい頃はよく連れていかれました、入学時、家族や親戚がそろった時、家族が増えた時等々。皆正装して行ったものです。勿論、カメラが一般に普及していないせいも有ったのでしょうが、独特の時間でした。今から考えれば悪いことではなく、けじめを付ける儀式と捉えられます。今はあまり利用され無くなったようですが・・・その、写真は大抵修正されてちょっとした美男美女ばかりです。


[10]家族旅行の写真 r-zone

家族旅行に出かけたときの写真がたくさんあります。

どれも良い想いでで、見る度に懐かしさと楽しい思い出が蘇ってきます!


[11]>10 家族写真 guja

うちはあまり家族旅行しなかった方ですが、だからこそなおさら写真を見ると嬉しいですね。


[12]>11 家族写真 sinozaki62

小さい頃撮った写真はたくさんありますが大人になると写真に写るのが少し恥ずかしくてどんどん数が少なくなっていってしまいます

たくさんの写真を残していきたいですね


[13]>12 家族写真 to-ching

長年にわたり撮った物を見ていると、亡くなった家族、まだ生まれて来ていていない家族。我が家なりの歴史を痛感します。


[14]>8 超格好良い to-ching

羨ましいですね、そんなハイカラなおじいさん!ハーレー勿体ないでした!残念。


[15]>7 昔は to-ching

カメラが普及すればすぐに写真!写真!でしたね?兄弟と撮った写真は沢山あります。


[16]>9 今は・・・ to-ching

はっきり書いてヤンキー上がりの夫婦が七五三に奇妙な格好をさせて、写真館に行きますが・・・彼らは普段子供の世話を碌にしないで、こんな時だけ一生懸命だ。


[17]>13 家族写真 gtore

かなり前に撮った写真でも、アルバムを開くと、そのときの情景が浮かんできます。

このころはこんな感じだったなぁ、などと自分の来し方をかえりみていると、すぐに時間が経ってしまいます。

でも、それは決して無駄な時間ではなく、忘れていた大切ななにかを思い出すこともありますよね。


[18]>5 家族写真 gtore

うちでも、家族で祖父母のイエに遊びに行ったときには、

祖父がかならず、みんなの集合写真を撮ってくれます。

これは、何気ないようなことですけど、とても有意義なことだと思います。

1年に1回は撮影しているので、今度過去の集合写真を見せてもらおうと思います。


[19]>17 家族旅行の写真 twillco

我が家でも家族旅行へ行った時の写真が

玄関・リビング・トイレなどに飾ってあります。

小さい頃にいったものなので何処だったかも分かりませんが

こんなときもあったんだなと思います。

そういったものを見て、また家族旅行に行きたいなとも思います。


[20]>15 姉妹写真 twillco

妹とそっくりな私はいつも双子に間違えられてました!

昔撮った写真を見て、自分でも似てるな?と思ってしまいました!

未だに昔の写真を人に見せると私か妹かわからないみたいです・・・


[21]ペットの写真 otayori

今はペットを飼えないので、昔実家で飼ってた犬の写真をよく見てます。

温かい気持ちになります。


[22]>21 ペットの写真 twillco

ペットは大事な家族ですもんね!

我が家はペットは飼っていませんが、旦那さんの実家のワンコの写真を飾ってます。

娘と大の仲良しなのでいつも眺めて名前を呼んでます。


[23]>6 ふるさとの写真 twillco

今はもう住んでいない場所などは

写真で見るとどこか切なく懐かしい気持ちになります。

私の実家も引っ越しているので

写真を見るだけで想い出にふけってしまいます。


[24]>19 家族旅行の写真 koume-1124

今ではもう家族で旅行なんて行かないので、写真を撮ること自体なかなかしませんが

家族旅行に行ったときにはみんなで笑顔で撮った写真が何枚もあります。

見るたび、このときはこうだった!とか写真を見


[25]>23 ふるさとの写真 koume-1124

私は昔、団地に住んでいたのでそういった場所の写真を見ると

懐かしく幼い頃のあの風景を思い出します。

近所のコと一緒に遊んだ事や、目の前の公園で母親と散歩した事など。

写真を見るとそういう想い出が鮮明に思い出されます。


[26]>22 ペットの写真 koume-1124

昔、一度だけ犬を買っていたことがあり

その犬の写真は今でも大事にとってあります。

亡くなってしまった今でも、大事な家族の一員です。


[27]過去の走馬灯 eiyan

手元やマイピクチャーに保存してある写真画像。

今は亡き人物の画像を見る度にその人物との関わりが映画ドラマの様に蘇る。

あんな事もあった!

こんな事もあった!

もう一度繰り返したくとも今はもう不可能な領域。

写真画像を見る度に走馬灯の様に蘇るドラマ。

決して繰り返されないドラマなのに鮮明に蘇る。

大切にしたい”走馬灯”。


[28]>24 家族写真 mika1001

子供の七五三のときに、家族で写真を撮りました。

スーツを着たり、写真屋さんを予約したりと、面倒なこともありますが、とてもいい記念になりました。

もう、七五三はありませんが、また何かの記念に、みんなで、写真を撮りたいと思います。


[29]子供の写真 mika1001

子供の赤ちゃんのときの写真を、部屋のあちこちに飾ってあります。

こんなときもあったんだなぁと、懐かしくなります。

まだ、そんなにたっていないんですけど、今の息子が、すごくお兄ちゃんに見えます!


[30]>29 子供写真 eiyan

子供の写真は子供が大きくなった時に懐かしめますね。

1年毎に撮っておくと成長の過程が見える様です。

子供の成長は楽しみですね。


[31]>16 写真館 eiyan

昔は記念写真といえばプロカメラマンに依頼する記念写真。

現在はほぼというとやはりプロに任せたい気持ち。

カメラの性能が良くなったのでそこそこのカメラなら、プロもアマもそう違わない。

でも撮影失敗が許されない領域ならやはり写真館というもの。

撮影後の編集がやはり重要ですね。


[32]>14 夏時期 eiyan

これから暑い時期になると多くなりますね。

写真は良くも悪くも昔への思いを蘇らせますね。

写真は記憶のバイパスですね。


[33]>26 ペット写真 eiyan

ペットの写真でペットの生き様が蘇りますね。

家族同様のペット。

写真に写る家族同様のペットですね。


[34]>28 家族写真 gameotaku-4649

見るとなんか落ち着く家族写真。

いろいろな姿で写っている自分がなんか懐かしい気がします。

旅行では、必ず全員そろってとります。


[35]卒業式の写真 gameotaku-4649

思い出してみると、自分はまだこんな子だったんだと思います。

小学校は親がたくさんいる中で卒業式を行い、集合写真や、親の隣で写真を撮ったりとか・・。

これも育ってゆく子を写真でおさめた小さな物語です。


[36]>31 「写真館」でないと得られない「家族写真」のメリット iijiman

家族写真、写真館で撮ってもらうと、いくらになるでしょうか?

百貨店「伊勢丹」の写真室だと、六ツ切・1ポーズ18060円になる計算でした。

http://www.isetan-photo.co.jp/kazoku.html

街の個人経営の写真館なら、もう少し安いと思います。

今は六ツ切で10000?15000円前後でしょうか。

安いデジカメなら、カメラそのものが買えてしまう価格ですが、素人にはどうしてもマネ出来ない、写真館ならではのメリットがあります。

1.何と言っても「三脚なし」で、しかも「ベストのタイミング」でシャッターを切って貰える。構図も完璧。印画紙の隅に無駄な余白などが出来ない。

2.ポーズにアドバイスをしてもらえるので、格好良く写る。

最近はデジタル撮影の写真館が増えたので、何カットか撮って、(お客さん自ら)一番表情の気に入ったものを選んだりすることが出来るケースも増えました。

3.ライティングが完璧。肌が綺麗に写る。写真館は、カメラだけでなくストロボや反射板にも、もの凄い投資をしているのです。

4.プリントが綺麗。プロのプリント処理ラインでプリントするので、印画紙の発色そのものがよく、また、色褪せもしにくい。家庭用プリンタには真似の出来ない仕上がりが得られる。

よい写真館の選び方は、やっぱり何と言っても「店頭の見本をよく見ること」です。

店頭に飾られている見本が「いい感じだな」と思える写真館で撮って貰うのがよいです。それでは、よい家族写真を!


[37]>33 激しく難しい「動物を含めた家族写真」 iijiman

我が家でも、よく夫婦2人と猫1匹で写真を撮ろうとしますが、激しく難しいというか、なかなかうまく撮れません。

まず、猫がじっとしていません。だっこされるのが苦手な猫なのです。(だっこの好きな猫だと楽なのですが。)

そして、人間2人もなかなかいいタイミングでシャッターが切れません。

やっと撮れたと思うと、猫だけがカメラ目線だったり、人間の顔の前に猫がいたり。

よほど写真館で撮って貰おうかとも思ったのですが、うちの猫、外に連れて行くと「大」を催す奇妙な癖があって、写真館で「大」をしてしまうと大変なことになる・・・

動物を含めた家族写真、もう何枚も撮っていますが、なかなかいいカットが撮れません。難しいです。


[38]>37 ペット写真 r-zone

実家で飼っている犬の写真を玄関に飾ってあります。

今は離れて暮らしてなかなか合えないのが寂しいですが

帰ってきてまず愛犬の写真があると、和みます。


[39]>36 写真館 r-zone

今はスタジオアリスという子供の写真を撮るのが流行っているそうですが

私の幼い頃はこんな場所で撮影なんて

お金持ちしか出来ないイメージありました。

写真館には一度だけ行きましたがとても緊張したのを思い出します。


[40]>35 入学式&卒業式 r-zone

入学式や卒業式と時には家族で家の門の前で写真を撮るのが定番でした。

小学生の時には新しいランドセルをしょって

卒業式の時には卒業証書を持って

親やおばあちゃんと一緒に撮りました。

今でも取ってあります。


[41]>39 写真館 koume-1124

行った事無いけど憧れます。

プロのカメラマンに撮影してもらうと

仕上がりも全然違いますしね。

TVで久本雅美が毎年かぶりものをして家族写真を撮ると言ってて湯面白い家族だな〜と思ったのを思い出しました。

こういう楽しみ方が出来る家族は羨ましいです。


[42]入学式と遊具 offkey

父と一緒に写した小学校の入学式へ行く前の写真があります。母親が選んだ晴れ着とかばん。私の入学した小学校はランドセルの変わりに肩掛けかばんを推奨していたので。

父は型どおり背広を着ています。

ところでこの入学式へ行く前の写真はどこで写したかというと自分の家の庭先なのですが、そこには木と縄でつくった一人乗りブランコがありました。そのブランコをわざわざ一緒に入れて撮影しているのです。

このブランコは鉄棒とともに大工である父が子供たちのためにわざわざつくったものでした。仕事上、少々広い土地の片隅につくられた遊具。ブランコをささえる柱と座るところは建築木材を加工したもので、ブランコをぶら下げてるものは作業場で使われてる黄色と黒がより合わさった縄。鉄棒は同じく木の柱に鉄パイプの握り棒。


この写真を見ると父の思いに至らなかった私のふがいなさを思い起こすことがあります。

実をいうと当時私はこうやってつくってもらった遊具をそれほどありがたいとは思ってませんでした。近くには公園があり、そこには鉄でできた立派な遊具があります。木でつくった自家製遊具はそれと比べればどことなく貧弱に見えて、友達は家に遊びにくれば自分の家にこういうのがあっていいね、と羨ましがってはいましたが、私はなぜかそれを恥ずかしくすら思っていたのです。

そうはいってもそれは人前だけのことで友達がいなくなってようやく恥ずかしさが消え、妹と共に、あるいは一人で遊んだものでした。


人は手の中にあるものをありがたいと思うことはあまりありません。失われたときに初めてそのありがたみを知ることが多いように思います。

小学校を卒業するような年頃になると、遊具たちも古びてきておまけに大きくなった私たち兄弟の体を支えられるかどうかも怪しくなってきました。なにより、もうそのような遊具で遊ぶような年代でもなくなってきてます。

遊具たちは取り壊されました。

そのときは別になんとも思いませんでしたが、だいぶ後になって、昔の写真を整理したときに、先ほど述べた入学式の写真が出てきたのです。

そして、自分はあの父の作った遊具が何を意味していたのか突如としてわかったのでした。

それは夏場は仕事が忙しくて日曜日もない父が、自分の代わりに遊んでくれるものとしてそのようなものを作ったのではないか、ということです。もちろん、父に尋ねたことはありませんが、そうであるなら、なぜあんなに人前でその見栄えだけで恥ずかしがっていたのだろうと、自分の思いやりのなさに愕然としたのです。


しかしながら、その写真はそれ以上に当時の父の慈しみを思い出させてくれるものでもありました。もしかしたら父はそれほど深く考えずにただ子どもが喜びそうなものを作っただけなのかもしれませんが、どちらにしろ父は自分ができることで愛情を示してくれたのだと、あの頃の父の年を過ぎた私はそう思うのです。


[43]モノクロの写真 カラーの写真 デジタルの写真 dayday

私が産まれたときの写真は、白黒写真。モノクロでした。

それも大きさも今のL板とかよりももっと小さい手のひらに収まるサイズ。

今はモノクロというよりも、すこし黄色っぽく変色して来ました。

そして、小学校入学の時の写真はカラー写真。

色味もなんだかはっきりとしないで、しかもぼやけている色の感じ。

今のクリアーでそのものずばりの色でない写真に、なんだかかしこまって写っている小学校入学。


そして、私の結婚式の写真はデジタル写真。

メールで両親に送ったり、友人からも添付で送られてくる。

写真が共有できる時代になってきた。


そして息子たちが産まれた20001年。

もうデジタル全盛になっている。

遠くの祖父母にもメールで送ったり。

でも、そんな中でも気に入りの写真はフォトブックにしている。

子供の小学校入学はカラー写真でしかもデジタル処理して、フォトブック。

モデルの息子たちは、いつもと変わらない笑顔。

かしこまったり、カメラに緊張もしなくなっている。

モノクロからカラーそしてデジタル。

アルバムも紙のアルバムからデジタルフォトアルバムが登場の時代。


カメラ機も増えて、家族も増えて、写真のカラーも増えました。


[44]小さな頃に買ってもらったカメラで撮った写真 to-ching

かなり昔としては贅沢品でした、おもちゃに毛の生えた様な性能だったのでしょう。写真は勿論カラーなんて無くて白黒です。一人で自転車に乗って出かけパチリ、旅行に行くときもパチリ。当時は写真のプリントが出来上がるのは最低5?6日掛かったものです。何時もの写真屋さんにフィルムを持って行って現像依頼、出来上がるのが待ちどうしくて・・・。

まだ、私の撮った写真は保管されており、中々傑作ぞろいと思ってます。家族の写真、親戚の者、キャンプに行った時の、初めて本州へ旅行した時の、犬のコンテスト等々。小さな頃の記憶がよみがえりますね、あと、上手と思えるのは天気が良かったからかもしれません。さすがに傘やカッパを着用して撮るほど根性は無かったのでしょう。今見ると白黒写真は返って新鮮ですね。


[45]>40 高校時代 to-ching

の卒業アルバムには私の写真は何と一枚だけです。クラスで撮ったものだけ。ひねくれていたんですね?今でも・・・


[46]>30 今はデジカメが to-ching

とっても便利でまた写真を撮る機会が増えたようです。ちょっとの光でも撮影可能、笑顔探知!全く驚く機能ですね。


[47]ひそかな傑作写真 to-ching

女房が長男を産んで初めて彼女の実家に帰る時でした、田舎ですから当然列車も古い、背もたれは板の客車がまだ残って居たのです。そこに、通路で若い母親が子供をおんぶして写っている写真は傑作ではないか?と思ってます。古い客車と若い女性が子供をおんぶ・・・絵になってました。今でもコンテストに出せばよかったな、と自我自賛。題もついており「帰省」となっております。


[48]>38 撮りましたね・・・ to-ching

家も犬、猫等々飼ってましたから・・・でも皆いなくなった・・・


[49]自分で焼き付け!! 思い出のモノクロ写真 TomCat

小学校6年生の秋、私と友人2人の計3人は、準備室の掃除を言い付かっていました。物にまみれた準備室は埃っぽくて嫌でしたが、普段目にしない面白い物が色々あるので、いつしか私達は掃除より、珍しい物の発掘に熱中し始めていました。

すると、奥の方から1本のギターが出てきたんです。真っ赤なセミアコースティックのエレキギター。なんで小学校にこんな物が?

先生が「そろそろ終わったか?」とやってきました。

「先生、こんな物が出てきたよ」

「すげーかっこいいの」

「ねえねえ、なんでこんなのが学校にあるの?」

私達は口々に先生に声を掛けました。先生も、なぜこんな物があるのかなあ、先生方の誰かの私物かなあと考え込んでいましたが、

「そんなことより面白い計画を思いついた、そのギター先生に貸せ、それからお前ら体育館に行って待ってろ」

何だろうと体育館に行って待っていると、先生がやって来ました。手にはさっきのギターを持ち、肩には何やら箱を下げています。荷物を置いた先生は舞台に上り、脇からマイクスタンドを持ってきて、中央に立てました。

そして、箱の中から中身を取り出しました。それは今思えば二眼レフ。とてもクラシックなスタイルの、初めて見るカメラでした。

「フィルムの残りが、ちょうどお前らの人数と一緒なんだ。これから一人一人ギターを抱えてあのマイクの前に立って、いかにも弾きながら歌っているポーズをしてくれ。それを撮ってやる」

「ひゃっほぅ?」「すげー」「かっけー」

私達は大喜びです。まずは舞台の下でポーズの練習。

「こうか?」「いや、もっとこう」「次、俺、俺」

いよいよ舞台に上がって撮影が始まりました。マイクの前に立つと、壇の下の友人達から、「ちょっと斜めに構えた方がいいよ」「もっと歌ってる雰囲気出して」「ほんとに何か歌ってみなよ」などと声がかかります。

「こうか?」「よーし、いいよいいよ」「カシャッ」

こうして全員撮り終わると、先生からまた素晴らしく楽しい計画の発表がありました。

「今撮ったフィルムはモノクロなんだ。モノクロは自分で現像焼き付けが出来るから、それをやって見せてやる。明日の放課後、理科室に集合だ」

翌日、私達はワクワクしながら理科室に向かいました。するともうすっかり準備を整えた先生が待っていました。これが引き伸ばし機、焼き付けた印画紙はこの薬品で現像して、停止、定着、水洗いをして乾かすと完成だ、などと一通り説明をしてくれましたが、私達子供には何のことかよく分かりません。とにかくこれからものすごく面白いことが始まるに違いないという期待だけで、胸がいっぱいでした。

放課後の短い時間のことでしたから、フィルムは既に現像されていたと記憶しています。窓に暗幕を引き、電気を消して、代わりにスタンドにセットされたセーフランプを点灯。いつもの理科室が別世界となって映し出されます。

引き伸ばし機にネガがセットされ、像が投影されました。こんなふうにすると好きな位置をアップにして焼き付けることも出来る、こんな道具を使うと周囲をボカして焼き付けることも出来るんだ、などと色々なことを説明しながら焼き付けの実際を見せてくれました。

「お前ら、自分で焼いてみるか?」

「やるやる!!」

一人ずつ、自分の好きなトリミングで印画紙に焼き付け、バットに注がれた薬品で現像、停止、定着、水洗いと工程を進めていきます。ネガが写真になっていく様を自分自身で体験。これは本当に胸が躍る素晴らしいひとときでした。

おみやげに、それぞれのかっこいい姿が映し出された、自分で焼いた写真をもらって、家路につきました。最初は何で俺たちがと嫌々始めた準備室の掃除が、こんなに素晴らしいご褒美に結びつくとは。私達の興奮は、校門を出てからもおさまりませんでした。

家に帰って両親にこの写真を見せると、もとより音楽好きの両親のこと。すごいぞ、本当に舞台に立って演奏しているみたいだと大喜びしてくれました。母がフォトスタンドに入れて飾ろうというので「やだよ恥ずかしい」と拒んでいると、父が、「お母さんがピアノを弾いている写真もあるぞ」と古いアルバムを引っ張り出してきました。そこに映っていたのは、まだ結婚前の母の姿でした。母も負けずに父の若かった頃の写真を発掘。ガットギターを抱えてポーズを撮っている写真です。

「すげー、お父さんもギター弾けるんだ」

「いや、ポーズだけ」

「そうでもないわよ、演歌は上手よねえ」

「あはははは」

こうして、親子がそれぞれ楽器を手にしている写真が、棚の上に並べて飾られることになりました。時間を超えた、写真による親子のセッションです。

小さな頃の私は、音楽が大好きな子供でした。それから色々あって一時期音楽から遠ざかっていましたが、十代半ばから再び音楽の楽しさに目覚め、以来ずっと音楽を生涯の友として歩み続けています。そこには、この1枚の写真と、棚に並べられた両親の写真の思い出がいつも一緒です。


[50]>48 犬の写真 Rytandrezone

犬といっしょに家族写真は飾ってあります。

ほのぼのしますね。


[51]>25 ふるさとの写真 gtore

昔、住んでいた場所で、

近所の子どもたちと遊んでいるときの写真などは、

たくさん残っていて、大切に保管しています。

あの頃、自分はどんな気持ちでいたっけ、

となりに住んでいたあの子は、

元気で暮らしているかな、

などと考えていると、

すぐに時間が経ってしまいます。


[52]>46 紛失して大目玉の「子供の頃の写真」、30年後の今年、偶然発見 iijiman

その写真は、1960年代終わり頃に撮られたものです。私が自宅の前で、浴衣を着てはにかんでいる写真。多分3歳くらい。カラーでした。ごく初期のカラー写真ですね。

その写真はアルバムに貼ってあったのですが、1980年、中学2年の時に、英語の宿題のために拝借しました。その宿題は「自分の幼かった頃のことを英語で書きなさい。写真も1枚添付しなさい」というものでした。カレーとチョコレートが好きな子供だった(今も?)といったようなことを、たどたどしい英語で画用紙に書き、写真を貼付けました。クラス全員の成果物(作品)が1ヶ月ほどの間、教室の壁に掲示されました。

そして1ヶ月後、確かにその成果物は、先生を通して返却されました。

そして、写真を剥がしたところまでは何となく記憶にあるのですが・・・

その写真を、いつの間にか紛失してしまいました。

母親から大いに叱られました。折角よく撮れていたのに、何であんな大事な写真を学校なんかに持って行ったんだ、と。いや、まさにその通り、ぐうの音も出ませんでした。もちろん探しました。あちこち。机の引き出しからノートの間まで。しかし、写真は出てきませんでした。

それから話は30年飛びます。

2010年5月。今年。5月の連休に1日だけ、数年ぶりに帰省をしました。

親に顔を見せに行く、ということもありましたが、私が置いて来た古い私物を少し整理しようと思ったということもあります。

古い私物の中には、かつて収集していた「鉄道の切符」などもありました。今は古い切符もオークションで安く手に入る(逆に言うとあまり高く売れない)のですが、個人的な旅行の記録でもあるので、やっぱりあれは手元に置いておこうと最近思い直しました。

実家では2時間くらいかけて、古い私物を整理しました。がらくたをゴミに出し、切符のコレクションはファイルに6冊分あったものを、そのまま持ち帰りました。

で、今の家に帰って久しぶりに切符を眺めていると・・・

写真が出てきました。

それは、30年前に紛失して大目玉を食らった、あの写真です。

なぜ切符の中に写真が入っていたのか、自分でも分かりません。

そりゃあ見つからない訳だよ、と思いました。

30年前の時点で既に「10年前の写真」、実に撮影から40年くらい経過していた訳ですが、日の当たらないところにあったせいか、思いのほか状態は良かったです。それでも印画紙は少し黄ばみ、足元の芝生や浴衣の柄は色が薄くなっているようでした。

幸い、光沢のある印画紙だったので、スキャナで読み込んでPhotoShopで彩度を調整。現在使用しているインクジェットプリンタで出力。

元の状態をはっきり覚えている訳ではないのである意味適当ですが、おそらく撮影された当時に近いであろう色合いを復元してみました。

そして、元の写真とともに郵便で母に返却。なくして叱られた写真が出て来たよ、と。

すると母は、

「え?そんなことあったっけ?」

・・・写真の紛失を叱責したこと自体を忘れていたそうです。まあそういうもんですよね、叱る人より叱られた人の方が覚えているもんです。写真が出て来たことについても意外に驚いていない感じでした。

「こんな写真あったっけ?あったんだね。復元した写真の方が綺麗だね」

ともあれ、30年間行方不明だった写真は、今、再び日の目を見ると当時に、2010年の技術で撮影当時の色を取り戻し、実家のアルバムに戻って行きました。

この写真発見騒動で一番驚いていたのは、多分、私です。


[53]>45 入学式の写真 mika1001

息子の入学式の日、その日は、大雨でした。

校門や、いろいろなところで、一緒に写真をとりたかったのですが、

傘をさした状態で、撮ってもらうのも申し訳なく、結局、校門のところで、1枚だけしか撮れませんでした。

とても、大事な1枚です。


[54]>47 スクープ eiyan

スクープ写真は印象に残りますね。

特に子供は色んな動作をしますので傑作写真が撮れる。

これが記念になりますね。


[55]>44 ミニカメラ eiyan

昔は小さな小さなミニカメラがありました。

おもちゃの様な小さなカメラでもちゃんとフイルムを入れて写真が撮れました。

そんなカメラ達も今はもう引退。

自分で現像したりプリントしたりした時代が懐かしいですね。


[56]>43 カメラ時代 eiyan

カメラは昔の銀板から今のデジタルまで変革しましたね。

それぞれに特徴があって貴重なもの。

でも保存期間を比較すると昔の銀板写真が一番長期間保存が出来るが、現在のデジタル写真メモリー等は保存期間が一番短かいのだそうですね。


[57]>42 遊具 eiyan

昔は何でも遊具にしてました。

現在は危険とかいって余り遊具にしないですね。

これは危険が棄権を呼ぶもの。

少し考えさせられますね。


[58]>20 兄弟姉妹 eiyan

兄弟姉妹の写真は大切にしたいもの。

いずれバラバラになる。

そんな時に思い出す写真ですね。


[59]>58 兄弟の写真 sinozaki62

大きくなってもっさくなった弟は昔の写真を見返すと天使でした(笑)


[60]>50 ペットの写真 sinozaki62

結構とりますがいっつも同じようなのになっちゃいますね。

いかにも!なシャッターチャンスの時はカメラをもっていないというw

動物の写真って難しいです


[61]>56 モノクロ・セピア sinozaki62

学生の頃モノクロに撮れたりセピアに撮れたりキャラクターが合成されるようになってるような使い捨てカメラがブームになってました。

今はデジタル処理でなんでもできるからもっともっと写真を撮って残したくなってしまいますね


[62]>34 家族旅行 adgt

写真を撮るには絶好の機会。昔はよくつれていってもらったので非常に懐かしい。


[63]>61 モノクロ adgt

味があって結構すき。祖父のもってたモノクロカメラを無過失交わせてもらったときには感動したなぁ


[64]>60 ペットの写真 adgt

今はなくなってしまったけれど、写真が残っているのは救い無きがする。見るたびに懐かしさがこみ上げてくる。


[65]>53 卒業アルバム adgt

大学に入ったときに、出来たばかりの友達とそれぞれの高校の卒業アルバムを見せっこするのが楽しかった。今思うとチョット・・・とおもうけど、楽しかったんだなぁ。


[66]>52 子供写真 adgt

兄弟が写っている写真なんかは懐かしい。


[67]成長アルバム adgt

大人になって自分の成長アルバムをみると、それを残してくれた親に感謝する。自分が記憶の無いときから、コレだけ見守ってくれていたということが分かるし、自分の子どもができたら絶対に作ってやりたいと思う。


[68]>59 兄弟の写真 r-zone

いまはバラバラに住んでますが仲のいい兄弟。

なにかあればみんな列になって並んで写真をとってました。

人数が多いので、家族写真もまるで団体旅行のようでしたww


[69]>66 子供の写真 r-zone

自分がうまれたときの写真などは今見ても自分じゃないような不思議な感じがします。

たくさんの写真をのこしてくれた親に感謝です!


[70]>63 モノクロ r-zone

自分の親の小さい頃はまだモノクロだったのでなんだか不思議な感じ。

今住んでいる家もモノクロで見る家は我が家とおなじなのにどこか違って見えます。


[71]>51 ふるさとの写真 r-zone

今は実家に住んでないので写真を見る度、自分が過ごした家の風景をすぐにでも思い出す事が出来ます。

写真で蘇る昔の記憶は良い想いでばかりです!


[72]>67 成長アルバム inio

私の家にも、兄弟一人に一冊ずつ成長アルバムがあります。長子の方が枚数が多いことに少し嫉妬したりもしたじきがありましたが、ああいった記録が残っていることはよいことだと思います。


[73]>72 成長アルバム twillco

我が家でも一人一人アルバムがありました。

小さい頃なんて覚えてないけど、自分のうまれた頃などの写真を見ながらよく昔話をしてくれます。


[74]>69 子供の写真 twillco

娘が埋めれてからはバンバン写真をとりすぎて、あるばむもパンパンです!

良い写真だけをピックアップして本にまとめましたがこれがなかなかいい感じです!


[75]>65 卒業アルバム twillco

卒業アルバムはずっと残してありますね。

人に見せるのは恥ずかしいので1人の時にこっそり開いて青春時代を思い出してます。


[76]>70 モノクロ写真 twillco

モノクロの写真を見ると年代を感じます。

私の祖母は寝る前に必ず、昔を思い出すかのように

昔のモノクロの写真を見ながら思い出に浸っています。


[77]>73 成長アルバム canorps

まだまだ我が家の子供たちは成長途中でありますが

すこしづつ作っています。

三人の娘たちの月の誕生日には必ず一枚写真を撮っています。

0歳の時の子供の成長振りは半端なくて、1枚目と12枚目ではまったく違う風貌です。

その後も毎年、毎月、とり続ける誕生日の写真は面影をのこし、すこしづつすこしづつ

変わって行きます。

写真一枚を見るとその時期の子供の様子を思い出しますね。

これからもとっていきたいと思います。


[78]デジタルフォトフレーム adgt

今年の母の日に贈ってみた。まだ、パソコンの操作もおぼつかないから美味く使えてはいないだろうけど、昔とっていたネガや、写真もデジタル化してデジタルフォトフレームの中に入れれば両親も喜ぶだろうと思う。


[79]>68 兄弟の写真 gtore

兄弟で写っている写真は、たくさんアルバムに残っていますね。

こんなおもちゃで遊んでいたよね、とか、

この博物館に行ったよね、とか、

こんな服着ていたっけ、とか…

とても懐かしく、見ていてほんとうに飽きません。


[80]>75 卒業アルバム gtore

そうですよね。

卒業アルバムを開けるのは、かならずひとりのときですね。

誰かと一緒に見たことなんて、ありません。

それにしても、アルバムをみて、思い出に浸っていると、

ほんとうに時間があっという間に過ぎてしまいます。


[81]写真に修められた立派な錦鯉 w83

昔、父のお気に入りの鯉が死にました。父はその鯉が死んでから数日間、しばらくぼやいていました。その鯉は割合良い鯉で、普段父が言っている額では、買えないはずのものでした。

それからしばらくたった、ある日のこと。部屋を掃除していた私は、写真を数枚見つけました。その中の一枚に、池の写真がありました。鯉が数匹写っていたのですが、その中の一匹は、死んだ鯉と同じクラスぐらいの鯉だったのです。

私はあきれて父を追及しました。すると父はあっさり認め、苦笑いして逃げていってしまいました。私は父を反面教師にして証拠の品は処分することを誓いつつ、ずるい父には厳しい態度で接しようと心に決めました。


[82]>64 最初の被写体 w83

がペットだったですね。今でも昔撮った写真が出てきて、盛り上がります。といっても、私は怒られることのほうが多いですね。(ペットが)せっかくいい格好していたのに、邪魔されたとか。


[83]>79 兄弟の写真 gameotaku-4649

昔の兄弟の写真を見ると、懐かしい、小さいなと感じます。

ベビーカーに乗っていた赤ちゃん時代、

兄弟で肩を組んで撮った写真・・・。

スライドショーとかで見るとますます懐かしく思えます。


[84]街並みの写真 jane

散歩がてら、写真を撮って歩いています。特にこだわりはありませんが、モノクロだと自分で現像までできるので良い思い出になります。

そんな写真が、何千枚と溜まりました。


[85]卒業アルバム jane

アメリカでは、希望しなくても何パターンか“ポーズ”を付けさせられるので、かなり恥ずかしかったです。修正のリクエストも細かくつけられるので、できあがりは“それなり”なのですが、撮影の際、友達が撮影の列に並んで待っているので、当時はどんなポーズをしたのかも忘れてしまったくらいでした。

帽子は、卒業式最終日(学校にもよりますが、卒業式は数日にわたって行われます)に渡されるので、できれば帽子を被ったショットも欲しかったなぁ、というのが正直なところです。

でも、いまとなっては、すべてが良い思い出ですネ。


[86]>82 ペットとの写真 gtore

ペットとの写真は、いまでも大切に残してあります。

家族で写真を撮るときは、たいていペットも一緒に収まりますね。

見返すたび、まだこんなに小さかったんだ、と思います。

よく動き回るので、撮影するときには苦労しますよね。


[87]>62 家族写真 tensaidaze

そうですね。旅行のときは写真必ずとりますね。海やホテル、部屋の中をよく撮り海ではみんなそろって家族写真を撮ります。見るとそのときの楽しさが思い出せます。


[88]>76 モノクロ gtore

私の親が子どもだったころの写真も、モノクロですね。

なんだか時代を感じさせます。

セピア色で、否が応にもノスタルジーを感じますよね。

祖父母の家にも、そうした写真が寝室に置いてあります。

眠る前に思い出に浸っていたのでしょうか。


[89]メイド・イン・ママ ekimusi

アルバムを久しぶりに覘いたら、懐かしい写真がい?っぱい。

写真の枚数としては赤ちゃんの頃はいっぱいで、保育園に入ると行事の写真がメインになり、

そして小学生時代の写真が行事、家族写真共に一番充実しています。

何回も見ているはずなのに、そうそうこれって?と写真の色は少し色褪せてしまったけれど、

あの頃を鮮明に思い出させてくれます。

つい追憶に浸っちゃいますね。

そんな昔の写真を見て、服装や髪型がその時代をあらわしているなぁ?と思いました。

そして、その中の一枚をなんだかとても懐かしく感じました。

中学生になるまで住んでいた家で、小学校2年生の頃、家の前で弟とお揃いの姿で仲良く遊んでいる写真です。

その少し前に家族旅行に行った時に使ったフィルムが数枚残っていたので、現像に出しに行く前にパチリと

父が撮ってくれたものだったと思います。

母は昔から裁縫が好きで、足踏みミシンで弟とお揃いの服や手提げバッグなどをよく作ってくれました。

私が高校生の頃に本格的に洋裁学校に通い、スーツなども仕立てられるようになりましたが、当時は、和裁は得意でも洋裁のズボンは少し難しかったようです。

その写真の弟とお揃いの服の半ズボンは、四角く切った布を縫い合わせ、ウエストにゴムを入れた

シンプルな形のものでした。

シャツは襟元がスナップ止めで、なぜか浴衣のように前で紐を結ぶ形になっていました。

シャツと半ズボンは当時ネコ好きだった私達のために、黒猫があしらわれた生地でした。


そのシャツと半ズボン履いて家の前で遊んでたら「お母さんの手作り服?いいわね?」と通りかかる

近所の方たちに口々と言われました。

私は「お母さんが作ってくれたんだよ?!」と満面の笑みで答えた覚えがあります。

今思えば市販のものには遠く及ばない作品だったかもしれません。

でも、子ども心に母の手作りの服はとても嬉しかったのを覚えています。

今写真を見返しても、愛情がいっぱいこもった服をいっぱい作ってくれたんだなぁって思います。


手作りって作った方はもちろん、作ってもらった方にも思い入れが深く刻まれる物なんですよね?。

私は不器用だから、無理かなぁって思っていましたが、

写真を見返して、母も最初から上手だったわけではなかったのがわかりましたしw

私も同じように「メイド・イン・ママ」の服を私なりに作って、将来娘と、この服を作った時はね?と話し合いたいものです。


[90]七五三の写真 shig55

娘の七五三のお祝いに着物を奮発しました。サーモンピンクを基調にした、子供にはちょっと落ち着きすぎるかなと思えるすてきな柄でした。一回だけしか着ないのではもったいないと、仕立て直しをすることを前提に、色柄も選んだのです。

近所の美容院で髪をセットしてもらい、着付けまでしてもらって、おめかしをしました。そして神社のお参りです。この時期は何組もの同じような参拝者が来ていました。拝殿にあがり神主さんからお祓いを受け、おみやげに千歳飴をもらいました。

この思い出に写真を残しておかなければなりません。その頃はまだスタジオでの撮影はあまり多くはありませんでした。父親である私がカメラマンをやることになります。ファインダー越しに見る娘は、いつもと違って大人びて見えます。まだ幼いのですが、しっかりと着付けをし、髪をまとめているので普段とは別人のようです。いろいろなポーズで写真を撮りました。神社をバックに千歳飴を下げたおきまりのポーズ。家族そろっての集合写真。その中で、今でも気に入っているのが、帯を撮ろうと斜め後ろから振り向いたところを撮ったショットです。撮影のためにいろいろ注文をつけたのかもしれませんが、娘の顔は少しはにかんでいるように見えます。なかなかいい一瞬を切り撮ることができています。ただ、この写真を見るたび、スタジオで撮らなかったことが悔やまれるのです。それはせっかくよい表情やアンクルなのですが、背景が煩わしいのです。狛犬が後ろにあり、周りには参詣の人々も写り込んでいます。

「七五山の写真」として人に見せるとき、せっかくの写真がスナップ写真と同様になってしまいました。記念写真としてひと味違って撮っておきたかったのですが、背景まで気が回らなかった結果でした。普段の写真と改まった写真をしっかり区別して撮っておくべきだったと残念に思いました。

でも、少しおませな色柄の着物を着て、はにかみ顔の幼い娘の写真は、大切な記念の写真です。


[91]妊腹写真 sumike

私の幼少時からの写真アルバムの一枚目に貼ってあるのは、

母親の、臨月の姿を庭で撮影した妊婦写真です。

(マタニティドレスを着た、記念写真みたいなものです)

小さい頃、その写真を母と一緒に見ながら、

「このおなかの中に、あなたがいたのよ・・・」

という話を聞いて、うれしかったのを覚えています。

そのため、我が家の息子のアルバムの最初に貼ってあるのも、

息子の新生児の写真ではなく、私の臨月の頃の写真です。


息子に

「このお腹にあなたは入ってたんだよ?」と写真を見せると

「え??お母さんのおなかの中にぼくがいるの?、いつぼくを食べたの!?」

と最初はびっくりしていましたが・・・。

現在、息子は4歳^^

「あなたはここに居て、ここから生まれて出てきたんだよ。そしてこんなに大きくなったのよ」

と説明すると、

「このおなかに入っていたんだ、大っきいおなかね?」

と喜んでくれているので撮っておいて良かったと思いました^^


娘のアルバムには、息子が服の上から私のおなかにタッチしている写真があります。

妹とは何か?というのがわかっていない時期だと思いますが、私のおなかにむかって

「あ?ちゃん(赤ちゃんの意味)早くでておいで?」

と呼びかけているところです。

お腹が大きい時というのは本当に短く貴重な時間で・・・

新しいいのちが今、ここに宿っていたと思うだけで神秘的。


そして息子と娘、あなたたちがこの世に生まれて本当によかった。

お腹の中に確かにいた証の妊腹写真。

私の宝物の一つです^^


[92]イエの中で見つけたかっこいい男の子の写真 CandyPot

それはまだ小学生だったころ。電話の下に紙が挟まっているのを見つけました。なんだろ。手に取ってみるとそれは写真でした。サッカーをしている男の子たちの写真。わー、右側の人かっこいいー。そこには、当時密かに憧れていた男子によく似た人が、今にもシュートを決めそうなポーズで突進している瞬間が写っていました。


ドキドキドキドキ。私は周囲を見回しました。誰もいません。サッと写真を服の中に隠して、自分の部屋にタタタタタッ。いいえ、盗むつもりなんてありません。ちょっとの間、その写真をゆっくり眺めてみたかっただけなんです。


私はベッドの縁に座って、もう一度その写真を取り出しました。うわー、見れば見るほど○○くんにそっくり。かっこいいなー、すてきだなー。あ、写真の隅の方に応援してるらしい女子も写ってる。がっくり、そうよねぇ、こんなかっこいい男の子、女子が放っておくわけないものねぇ…。この女子、きっと○○くんそっくりさんの応援に違いない。だってここに写ってる男子の中で、この人が一番かっこいいもの。


よく見るとこの女子もかわいいなぁ。顔はよく見えないけど、なんとなくわかる。好きな男の子を応援するために、少しでもそこにいて喜ばれる人になりたいっていう気持ちで、服も髪型も選んできたに違いないのよねぇ。私、そういうのが苦手で…。そうなの、私にはそういう心のかわいさがないの。だからだめなのよねぇ。はぁ…。なんて、一枚の写真を眺めながら、小さなオトメ心がぐるぐる。気が付くと、もう台所からは夕食の準備の音が聞こえてくる時間になっていました。


あ、まずい、写真返しておかなくちゃ。そーっと電話に近付こうとしたら、母に「ちょっとこっち来て手伝って」と声をかけられてしまいました。ぎくっ!びっくりした私は写真を落としてしまいました。でも、拾おうとするとばれそうなので、後で戻しておくことにして、素知らぬ顔で「はーい」。でも心臓はドキドキドキ。


そのうち父も帰ってきてしまいました。帰ってきた父は、何やら電話のあたりで探し物をしています。「おかしいなぁ、昨日電話しながら、このへんに置いたと思ったんだけどなぁ」と父。「あら、どうしたの?」と母。「ギクギクギク」と私(笑)。

「社内報に載せる写真を古いネガからプリントしたんだけど、そのうちの一枚をこのへんに置き忘れていたんだよ…あったあった」


ほら、と父がその写真をテーブルに持ってきました。

「こう見えてもお父さんは子供のころはサッカー少年だったんだ。これがお父さん」

がちょぉぉぉぉん。なんと憧れの○○君そっくりな男の子は、子供のころの父だったのでした。私は色んな意味で恥ずかしくなってしまって、真っ赤な顔になってしまっていたらしいです。

「どうした、そんな顔して。お父さんそんなにかっこいいか?」

あははと母が笑っていました。『○○君も大人になったらこんなふうになるのかなぁ』と思いながら父の顔を見上げると、さらに顔が真っ赤になってしまって、どうしようもなくなってしまいました。


あとで、一人になっていた父に後ろから「お父さんかっこいいよ」と声をかけて、自分の部屋にかけていきました。憧れの男子と子供のころの父がそっくりという不思議な偶然を体験した女の子は、その夜、とっても幸せな気持ちで眠ったのでした。


[93]>86 ペットの写真 willingness

ただの動物写真ではなくペットだと愛着が非常に有って癒されますね。


[94]>18 家族写真 willingness

家族みんなで映っている写真は思い出になって、まるで1つの宝物の様ですよね。私の家でも大切に保存してあります。


[95]>57 入学式の写真 gtore

小学校の入学式の日、校門のまえで母に写真を撮ってもらいました。

その写真がまだ残っています。

そのとき、私はとても緊張していました。

学校というところがどんなところか、わからないから当然ともいえます。

入っていけばすぐに慣れるのに。

でも、あのときの初々しい気持ちはいまでも大切にしています。


[96]>92 イエのなかで見つけた写真 gtore

整理をしているときなど、なにかの拍子にひょっこりと思い出の写真が見つかるというのは、

たまにありますよね。

このまえ、整理をしていると、幼稚園のときのプールの写真が出てきました。

私と友だちが一緒に写っているものでした。

幼稚園の友だちの顔なんて、ずっと忘れていたのに、

顔を見ると、それぞれの子の名前がいえました。

不思議なものですね。


[97]>91 妊婦写真 twillco

うちも撮ってました。

日に日に大きくなるお腹を横から周期ごとにとってました。

初めは平らだったお腹も臨月には大きくなって

妊娠って不思議だな?と改めて凄い事だなと思いました。

子どもが大きくなったらまた見せてあげたいです。


[98]>94 家族写真 koume-1124

改まって家族で写真を撮るなんて

なんだか恥ずかしい気持ちが入り混じって

顔が引きつってしまう事が多々あります。


[99]>80 卒業アルバム koume-1124

たしかに!卒業アルバムは誰にも見せられない(笑)

嫁に行ってもコレだけは実家に置いておいて

こっそり一人で楽しみます(笑)


[100]>88 モノクロ koume-1124

親世代の写真はモノクロやセピアですね。

時代を感じますし、味も出ますね。

今はカラーでデジタル管理なので色あせる事もなく

いつまでも想い出を新しいまま残せるかもしれませんが

色あせた写真も年月を感じさせていいものなんですけどね。


[101]>90 七五三 koume-1124

私の七五三の写真も家にありますね。

可愛い着物を着て千とせあめをもって嬉しそうにしている顔が

写真にバッチリ収められてました。

父も母も若くて、きれいな服を着てビシッとしていて

今では考えられない出で立ちでした(笑)


[102]>83 兄弟の写真 koume-1124

懐かしい思い出です。

姉といつも一緒で、姉のやる事をいつも真似したくて、よくおそろいの服を着せてもらってならんだ写真がたくさんありました。


[103]雪が降った日の写真 gtore

子どものころ、めったに降らない雪が珍しくて、大喜びで遊んでいるときの写真があります。

イエのまえに雪だるまをつくったり、雪を投げあったりして、無邪気にはしゃいでいた記憶がよみがえります。

南極を想起したのか、雪でペンギンを形づくったりもしましたね。

何時間かしたら、雪だるまが解けてしまっていて、それを見たときは、なんだかとても悲しかったですね。


[104]父の寝顔の写真で知った愛のカタチ TinkerBell

女の子には、父親の存在が素直に受け入れられなくなる時期があります。

私にもそんな時期がありました。

ちょっと前までは一秒でも長くそばにいたい、大好きなお父さんだったのに、です。


なんとなく父と過ごす時間がぎくしゃくしはじめました。

それまでは何でも話せていたのに、隠しごとをしたいわけでもないのに、自分のことが話せなくなる。

父に指先が触れただけでギクッとしたように手を引っ込めてしまう。

年頃の女の子は誰でもそうなのだろうと思います。

そして、そんな時期をきっかけに、父親と娘というのはだんだん距離が離れてしまうものではないかと思います。


そんな私が今でも心の底から「お父さん大好き!」と言えるのは、その頃に見た一枚の写真のお陰だったかもしれません。

それは、父がテーブルに突っ伏して寝ている顔のアップでした。

母が、「お父さんかわいい?」と笑いながら、その写真を見せに来たんです。


「古い写真を整理してたら出てきたのよ、ほら」

「へー、お父さん、ずいぶん若いね」

「そうねぇ、あなたが一歳ちょっとのころの写真だから」

「ふーん」

「この時ねぇ、あなたが風邪引いて熱出しちゃってね、お父さん、寝ずにあなたの看病をしてたのよ」


母は元ナースです。

私が付いているから安心して。

母はそう父に言いましたが、父は夜は自分が付きそうと言って聞かなかったのだそうです。

翌朝はそのまま一睡もせずに出勤。

仕事が終わるとまたすっ飛んで帰ってきて「明日は有休が取れたから今夜も自分が看病するぞ」。


もう熱も下がってるし食欲も出てきたから大丈夫よと言っても、父はもう一晩寝ずに付き添うの一点張り。

「そんなに心配なの?」

「いや、大丈夫なのは寝顔を見ればわかる、でも自分がそうしないではいられないんだ、頼むから今夜も一緒にいさせてくれ」

こうして父は、丸々二晩、一睡もせずに私の隣で夜を過ごしてくれたのだそうです。


そして翌日。

往診に来てくれた先生から「もう心配ありません」の一言を聞いて、やっと安心した父は、母に濃いお茶が飲みたいと頼んだそうです。

はいはい。

母がキッチンでお湯を沸かしてお茶を入れて持っていくと…。

父はもう、テーブルに突っ伏して爆睡していたそうです。

そこで母は、これぞシャッターチャンスとばかりにパチリ。


「ほら、よく見るとこのへん、ちょっとよだれ」

「やだー、かわいー」

「いい寝顔でしょう」

「うん」

「これがあなたを愛してくれている人の顔よ」

「うん…」


私は母に頼んで、その写真をもらいました。

今もその写真は、大切に持っています。

もしかしてあの時母は、父親と娘の間に生まれはじめた溝を埋めようと、この写真を見せたのかもしれません。

そう思うと、ちょっと作戦に引っかかってしまった悔しさがありますが、そんなのどうでもいいですよね。

愛は宝。

愛も、写真に写るんです。

宝物と言える写真を持っている人は幸せです。


[105]父親はオタク仲間だった(笑)20世紀のコスプレ写真 watena

父の部屋の大掃除を手伝っていたら、ごっそりと写真が詰め込まれた箱が出てきました。父も既に忘れていた物だったらしく、へぇ懐かしいなと、掃除の手を休めて懐かしの写真鑑賞会が始まりました。ほとんどが学生時代の写真です。整理していない写真の束を実家から持ってきて、そのままにしておいた物のようでした。

服装も髪型も今とは随分違います。それだけでもとても面白い物でしたが、ハッと目を引いたのは、とある古いアニメの登場人物に扮した写真でした。

「こ、これって○○○○?」「おー、知ってるか。」「本編は見たことがないけど、一応有名だからだいたいは知ってる。」「そうかそうか。」

明らかにオタクが集まるイベント会場での写真ですが、父はそれを隠そうとしませんでした。むしろ熱く当時の作品や活動について語り始めたのです。これには驚きました。

「お父さんてオタクだったんだ。」「そうだな、でもお父さんの時代にはマイナーすぎて世間には知られてなかったから、そんな呼び方すらなかったけどな。」「同人誌作ってたの?」「お父さん達は実写映画作りが中心だったな。だから作品発表は大学での自主上映会が主だった。でも映像制作には資金がかかって、撮ってるよりバイトの方が忙しかったよ。」

そう語る父は、学生時代に戻ったようにキラキラとして見えました。

「本も何冊か作ったぞ。といっても評論誌だけどな。当時の同人界では、そういう評論活動も盛んだったんだ。本のテーマが決まると、みんなで草稿を書いて持ち寄って、それから討論会なんだ。作品の世界観の解釈一つを話し合うだけで丸一日費やすこともあった。そうして議論を積み重ねて、各自読み応えのある評論に仕上げていく。そういう過程が楽しかったな。しかし出来上がった本は悲惨だった。まだワープロもない時代だったから全て手書きなんだが、みんな字が汚いんだよ。」

「当時のコスプレは、今で言うコスプレとは随分違っていた。当時は大型フィギュアを作る感覚でロボットやアーマーや小道具などを作り、それを実際に身につける。衣装を真似してキャラに扮するというより、自分の製作物を発表することの方が中心だった。といってもお父さんは手先が器用な方じゃなかったから、随分苦労したけどな。」

今のオタクとはちょっと違う世界。でも魂は同じ。何だか父がとても身近に感じられてきました。一枚の古い写真から知らなかった父の一面が発掘されて、断絶しがちな青年期の息子と親との絆が深まったことは、今思うととても幸せなことでした。

父もあと少しすると仕事から解放されて、第二の青春を楽しめる世代になります。もしまだオタクという呼び方すら無かった頃の世代がもう一度創作の世界に戻ってきたら、面白いことになるかもしれません。父は、何か考えているようです。


[106]ぎょ!心霊写真?!でもそこから生まれたご先祖様との絆 Fuel

数年前のお盆の帰省の時、お墓参りの後で撮った記念写真。デジカメでしたので、PCのない親戚の家にはプリントしてお配りすることにして、すぐできますよと地元のコンビニでプリントアウトしたのですが、なななな、なんと、親戚一同が並んでいるその上に、虹のような光が写り込んでいるではありませんか。


おかしいなぁ、集合写真のセオリー通り撮ってたからハレーションなんか起こるはずがないのに、と思っていたら、親戚一の長老格のおじいちゃんがその写真を見て、涙を流さんばかりに感激して、こう語ってくれました。


その昔、村が干ばつで苦しんでいた時、夢の中にご先祖様が虹に乗って現れて、子孫の善徳のおかげで下の方に落とされていた身内もみんな救われて、これから揃って天国に行くところなんだ、お礼に明日虹を出すから空を見ていてくれ、と言ったそうなのです。虹が出るということは雨が降るのかと待っていると、雲一つ無かった空がにわかにかき曇り、滝のような豪雨。すっかり田んぼが潤うと、サッと雨が上がって、美しい虹が空にかかったということでした。


おじいちゃんは、伝説の虹だ、今日の供養でご先祖様が救われたに違いない、子孫の私たちが日々真面目に人の務めを果たしてきたおかげだ、とりわけ写真を撮ったお前(私)の努力が認められたんだなぁと、私の手を取って、そう語ってくれました。


まさか、日々ぐうたらに過ごしてきた私にそんな善徳があろうはずはありませんが、私の父なら、そのくらい真面目にやってきていたかもしれません。


その夜、そのおじいちゃんから、ご先祖様の話を色々聞かせてもらいました。初代の名前は誰々、その何代後の子孫がどこそこに渡り何々村を開いた、などなど、系図を紐解きながらの説明はとても興味深い物でしたが、中でも興味を惹かれたのは、伝説や言い伝えのたぐいではない、現代に近い時代のご先祖様方の話でした。


たとえばあるご先祖は、村八分にされて田んぼに水を引かせてもらえない農民のために田んぼを畑に変えてそこで大豆を作ることを提案したが、連作障害が出てうまくいかなかった、小麦との輪作もやってみたが土地柄からか小麦はうまく育たず、一計を案じたご先祖はその農民と土地を交換して自分の田んぼを使わせて、かわりに自分は水を引かせてもらえない田んぼで一人、育たない大豆作りを始めたというのです。これを見た村の人たちが慌てて、申し訳ないことをした、ちゃんと水が引けるようにするからと言いに来たので、なぜ自分には水を引かせて、あの農民には水を与えなかったのか、自分とあの農民のどこが違うのかと諫めて村八分をやめさせた、なんていう話がありました。多少の蓄えがあったから出来たことなのでしょうが、それでもそのご先祖は、何年も米を口に出来ない貧しい暮らしをしたそうです。


ただ村八分にされていた人を哀れんでじゃないんだな、けっして豊かとは言えない農村で、人と人とのいがみ合いから生まなくてもいい貧しさを生んでいたら、それだけで村の力が弱くなる、それをやめさせたかったんだなとおじいちゃん。ほかにも、そんな感動する、あるいは教えられる話がたくさんありました。


例の写真は、おそらく何らかの光の写り込みです。デジカメに心霊写真なんて有り得ないでしょう。でもご先祖様が、自分たちの築き上げてきた歴史を子孫に受け継いでもらいたいと、何かの信号を送ってきたのかもしれないと、ちょっとそんなふうにも思えてきます。


供養とは、先祖に喜んでいただくこと。先祖に最も喜んでもらえることは、子孫がその歩みを受け継いでいくことだろうと思います。今年の夏も、そんなご先祖様の話を聞かせてもらいに行ってみたいと思っています。


[107]従兄が撮ってくれた告別式の写真 Catnip

父が突然、この世を去りました。何が起こったのか噛みしめることもできないまま、葬儀の準備が始まりました。母が喪主ということになっていましたが、あまりのことに母は駆け付けてくださった人々に黙って頭を下げるのがやっとの状態。喪主としてのほとんどを、私が代行することになりました。


冠婚葬祭と言いますが、予め丁寧な準備をして行う結婚式などと違って、たった数日で全てを行わなければならない葬式は、信じられない忙しさです。いったい自分は今何をしているんだろう。そんな判断も出来なくなりかけるほどに、私も心身共に衰弱しきってしまいました。


そんな時です。子供の頃から兄のように慕っていた従兄が駆け付けてくれました。そして、

「お前の父上は稀に見る立派な人だった。俺がその別れの様子を全てカメラに収めてやる。お前は今、忙しすぎて泣く余裕もないだろう。だから俺の撮る写真を見て、あとで落ち着いてからたっぷり泣け。あれほど立派な人との別れに涙する時間もないとしたら、それはお前にとって大きなマイナスだから」

と言ってくれたのです。


式が終わった後、私の所に、たくさんのプリントとネガが届けられました。アルバムには、時系列で式の様子がまとめられています。私の知らなかった、忙しすぎて見えていなかった式の様子が、克明に記録されていました。それを見て、やっと心からの涙が込み上げてきました。


母が、一緒に見せてくれと言いました。母の心に再び悲しみが押し寄せることを心配しましたが、親子で共に悲しむなら大丈夫だ、一緒に悲しむなら、あとで二人で手を取り合いながら元気を出すこともできると思い、写真を渡しました。母はやはり号泣していましたが、お前のお陰できちんとした式が出せた、最後にいい親孝行が出来たねと言ってくれました。


今もその写真は大切に保管してあります。今は開くこともないアルバムですが、アルバムの背を見るだけで、父の後を継いでしっかり母を支えて生きていこうという気持ちにさせられています。


[108]一週間だけの家族だった犬の写真 momokuri3

ペットとはあまり縁がないわが家ですが、ほんの一週間ほど、家族として過ごした犬がいたんです。それは私がまだ小学生だったころ。わが家の庭に迷い込んできた小型犬でした。よく人になれていましたので飼い犬には違いありませんが、首輪がなく、飼い主を探す手だてがありません。母が交番や保健所に電話をして、それらしい犬を探している人はいないか聞いてくれましたが、そういう届け出はないとのこと。しばらくわが家で面倒を見ながら飼い主を探すことにしました。


その夜、帰ってきた父と一緒に飼い主探しのポスター作り。翌日は土曜日で父も私も休みでしたので、犬を連れて散歩がてら、あちこちにポスターを貼らせてもらいに歩きました。行く先々で聞き込みも行います。

「この犬なんですが、心当たりありませんか」

しかし有力な情報はなかなか掴めませんでした。


犬の方はとても私に良くなれてくれて、たった二日一緒に過ごしただけで、もう十年も一緒に過ごしているような仲良しになりました。翌日の日曜日も聞き込みとポスター貼りを兼ねて犬と一緒に歩きました。途中、同じく犬を散歩させている人と出会います。お互い引き綱を短く持って、会釈をしながらすれ違います。その犬はとてもいい子で、けっしてよその犬とうなり合ったりすることがありませんでした。私は自分でしつけたわけでもないのに鼻高々。帰ったらご褒美においしいおやつをあげるよと声をかけると、うれしそうに跳ねるポーズをします。もうこの犬がかわいくてたまりませんでした。


翌日の夕方、ハッと気が付いて、犬を自由に歩かせてどこに行くかを観察してみようと思い立ちました。もしそれで本当の飼い主の家がわかったら、それは犬にとってはとてもうれしいことですが、私にとってはとても悲しいことになります。私は実行を迷いました。もうこの犬を手放したくない、飼い主なんか見つからない方がいい。そういう思いと、いやいやこんなにかわいい犬のことだ、飼い主はすごく心配しているに違いない、それにこの犬にとっても元の家に戻れるのが一番の幸せだ、そういう思いが心の中でぶつかり合いました。


やっと決心が付いて立ち止まり、引き綱をゆるめたのですが…。犬はぴったりと私の真横に着いたまま、一歩も動かなくなりました。この犬は、絶対に人間の先を歩こうとしない犬だったんです。帰宅した父にそのことを話すと、それはとてもよくしつけられた犬の証拠だ、犬のしつけはまず飼い主を敬うことから始めていく、飼い主を敬う気持ちが育った犬は、絶対に先頭を歩こうとはしないんだ、先頭は群れのボスの位置だからねと教えてくれました。

「しかし、そんなによくしつけられているとすると、ますます捨てられたっていうことは考え難くなってくるな。飼い主探し、頑張らないとな」

私は複雑な気持ちで、うんと首を縦に振りました。


その日から、父も母もことあるごとにカメラを構えては、犬と私の写真を撮りまくってくれました。短い間しか一緒に過ごせないこの犬との思い出を、たくさん残してくれようとしたんでしょう。結局次の土曜日に電話が鳴り、飼い主さんと連絡が付きました。私は犬を抱きしめて泣きました。別れの辛さと、家に帰れるんだよ良かったねの涙が一緒になって、もうすぐ飼い主さんがやってくる時間になっても、なかなか泣きやむことができませんでした。


飼い主さんが、私とほぼ同年齢の女の子を連れてやって来ました。女の子は犬を見るなりわんわん泣いて、さっきの私と同じように抱きしめていました。本当の飼い主だ。犬もあんなに嬉しそうだ。ちょっとそのことが喜べる心の余裕が生まれてきました。でも、よかったね、これでお家に帰れるねと犬を撫でると、私も涙が止まらなくなってしまいました。二人の子供の大泣きが続きました。


しばらくして、写真が出来上がってきました。犬の表情、しぐさ、一つ一つに、思い出が込み上げてきました。さらにしばらくして、飼い主の家の女の子から、犬の写真が同封された手紙が届きました。犬は優しい家族に囲まれて、とても幸せそうでした。その写真も大切な思い出の一枚です。


[109]懐かしいイエの庭のニシキギの写真 C2H5OH

私は物心が付くか付かないかの頃に、一度引っ越しを経験しているそうです。普通なら記憶に残らないはずのそのイエの、特に庭の様子を、私はハッキリと知っています。それは、庭いじりが好きな母が、四季折々の庭の様子を克明に写真に納めていたからでした。それを見て、私は自分が生まれたイエの様子を、記憶に刻みつけることが出来たのです。


家の前は広い空き地になっていて、庭との間は生け垣で区切られていました。生け垣といってもまばらに木が植えてあるだけで、ほとんど竹垣といった感じです。でもその見通しの良さがとてもいいのです。


特に印象的な一枚は、庭の一角に植えられていたニシキギの写真でした。真っ赤に紅葉したニシキギ。

「きれいだねぇ。」

すると母は、もみじの歌の二番を歌ってくれました。

渓(たに)の流れに 散り浮く紅葉

波に揺られて 離れて寄って

赤や黄色の 色さまざまに

水の上にも 織る錦

(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)

「この歌が出来たのは明治時代。でもきっともっと前から、ニシキギは山の錦と呼ばれていたと思うよ」

このやりとりもまた、子供心に印象的でした。


しかし今のイエの庭には、ニシキギがありませんでした。そこで私はニシキギを植えようと思いたちました。どこでニシキギが買えるのかも分からない子供でしたが、友達に聞いて回って、なんとか売っているお店は突き止めました。でも毎月決まった小遣いをもらっていなかった私には、すぐに買える値段ではありませんでした。


お正月を過ぎ、お年玉で懐が温かくなった私は、さっそくニシキギの苗を買いに行きました。新春セールで、通常の値段よりずっと安く買えたようでした。意気揚々と自転車を漕いでイエに帰り、庭にいた父に「これ植えてくれ」。

「どうしたんだこれ。」

「お年玉で買ってきた。」

それを聞いた母が、「ぷっ、なんていうお年玉の使い方をするの」と吹き出していましたが、「お母さんへのプレゼントだよ、この木好きなんだろう」と言うと、最高のお年玉よと喜んでくれました。


植え付けが終わったニシキギの横に立って記念写真。これも懐かしい一枚です。今もそのニシキギは、秋になると真っ赤に紅葉して、庭を美しく彩ってくれています。


[110]>93 ペットの写真 inio

残っているペットの写真はすごく大切な宝物になります。ペットの寿命は短いので、形として残るものがあるというのは有難いです。


[111]>102 兄弟の写真 inio

弟と純粋な顔で手を握っている自分の写真などみているとチョット恥ずかしくて、でもあいらしく感じます。小さな頃の無邪気な中のよさって一瞬だけれど大切ですね。


[112]>98 家族写真 inio

家族の写真は中々取る機械が無くて、全員揃っているものは本当に貴重です。今思えばもっといっぱい取っておけば良かったと思います。


[113]>108 ペット nakki1342

事情が違いますが・・

私の住んでる家にも猫ですが

ほんのわずかな間ですがすんでる時がありました

一枚も写真がないのでどんなな猫だったのか

もう忘れてしまったのですが・・

懐かしい思い出です

(一枚くらい、写真があったらなあ・・)と思いますね


[114]>103 雪が降った日の写真 r-zone

我が家は雪国だったので、家族写真の3分の1は雪に埋もれてますww

逆に海に言ったときの写真が我が家では貴重で

綺麗な海で撮った写真は大切にしています。


[115]>41 写真館。 nakki1342

家族で写真館に行き

写真を撮ったことはなかったですね・・

どうしても自分、写真をとってもらうと

変な顔になってしまうので

見るたびに嫌になるんですよね・・

(赤目になってしまったり・・)

プロが撮ると

いい顔できる気がするんですけどね・・

(もう、この年になると家族そろって

写真を撮りに行くのは、気恥ずかしいので

嫌なのですが)

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