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【なぜ戦争なのか】

そもそも論として、
紛争解決の手段として「戦争」を選択する理由は何なのでしょうか。


●質問者: くろょ
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:そもそも論 戦争
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 141/141件

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[1]5つ箇条書き lkaitol

1.手っ取り早いから

2.その国の政治を動かせるから(支配)

3.植民地問題(日本のように、国内に軍基地を置いたりすることもある)

4.自国の戦力を高められるから

5.etc.(例:731部隊など(知ってましたか?))


ではないでしょうか?


[2]人間の欲 zelda823

他の国を植民地にし国土を広げる為、

または多額の賠償金を得る為だと思う

論議で解決すれば良いのに人々は哀れだと思う・・・(同じ人ですが)


↑自分の考えです本当は違うかもしれません


[3]>1 1番はなるほどと思いますが、 kuro-yo

2?5番は、戦争に勝たなければ成立しないように思いますが。


[4]>2 すると、戦争は kuro-yo

実は「手段」ではなく「目的」という事でしょうか。


[5]手っ取り早いから chipmunk1984

悲しいことですが,ネゴシエーションより戦争のほうが手っ取り早いと考える人が国の指導者にいるからではないでしょうか.


[6]戦争は ただの殺人 taknt

言うことを聞かない人間を 殺すだけです。

殺されたくないのならば、言うことを聞け ですね。


[7]利益の不一致と(不)景気の程度 australiagc

利益の不一致で争いが起こるのは常ですよね。あとは、景気の程度だと思います。

例えば、僕等は給料日前で美味い食事が取れなくても、人を殺してまで食料を奪うほど追い込まれていません。

しかし、長らく飢えて死活問題になっている人は、食料を奪う為に殺人もするでしょう。

また、いくら良い生活をしている人でも、他人にその生活を奪われる、何十倍も良い生活が出来ると思えば、殺人を犯す人も居ます。

国も同じだと思います。貧困が極まったり、国益が著しく脅かされる、または今の何十倍もの国益を生むと思えば、戦争を起こすのではないでしょうか。


[8]>1 2番?5番は、戦争を目的と考えればいいのかな kuro-yo

さっきは成立しないと思いましたが、戦争そのものが目的と考えれば理解できますね。


[9]>5 口で敵わないから手をあげるという事 kuro-yo

と、理解すればよろしいでしょうか。


[10]>6 恐喝という事ですね kuro-yo

戦争は手段でも目的でもないという事になりますね。


[11]>7 飢えて死ぬか、道ずれに殺すか kuro-yo

すると、紛争が先にあるのではなく、まず戦争が先にあるという事でしょうか。


[12]愚かな人間の間違い。 hiroyuki-memo

そうとしか言えないと思います。


[13]口ではなく手で erugurando

殺されたくなければ言うことを聞け

殺すか 殺されるかどちらが正しいのか戦いで決めよう


[14]>12 確かにそうです ryusei3-wj

平和的になれば良いのに・・・


[15]利益の為に noriklb

上で指令だけ出している人間は、利益の為に。口で争っても大きな利益にはならない、それなら武力で奪い取ろうと。

前線で戦っている人は、殺人というやってはいけない行為に理由が付いて歯止めがきかなくなるのか。踊らされているだけなのにわからなくなるのか。


[16]手っ取り早いから mkn-270125

話し合うよりも。


[17]戦争とは・・・ kousuke77

得(賠償金、領土を広げる)に加えて、解決もできるからと思っている国が多いからでしょうかね。

日本の場合最初に戦争し、勝ち、賠償金ももらえ、「戦争とは儲かるものだ」と勘違い。

そして外国との戦争の歴史が始まってしまいました。

戦争は人を傷つけるだけなのに・・・

哀れです。


[18]クラウゼヴィッツ「戦争論」 rsc96074

人間には自分が正しいと思う価値観や正義感を他人に押し付ける性質があるからじゃないのでしょうか。それで、自分の価値観と違う悪いやつは当然の罰を受けるべきだなんて独善的なことを考えているのかも。価値観や正義などは絶対的なものではなく立場が変われば変わるものなのですが。(^_^;

●『クラウゼヴィッツ「戦争論」を読む』--第1章 戦争とは何か ...

「戦争とは相手にわが意志を強要するために行う力の行使である」と定義した。(第1編、第1章2項)

http://www.clausewitz-jp.com/kawamura001/kawa00102.html

それから、たとえば、大国が外交交渉において軍事力などで圧力をかけてきたとき、小国だからと言っていいなりになるわけにはいかないと言ったプライドも関係しているのかも。孫子が言うように戦争の前に両国の戦力を比較してどっちが勝つか予想して、負けると分かれば、「勝算なきは戦わず」と小国がいいなりになれば戦争は回避できます。が、小国(特に軍人)にもプライドがあるからそうはいかないんじゃないでしょうか。

よく考えたら、日本は、中国、ロシア、アメリカと小国なのに大国とばかり戦争やっています。損得勘定だけで考えれば、無謀としか思えませんが、そんなときに、「かくすれば・・・」が出てくるのでしょう。

※参考URL

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1426391...

●勝算なきは戦わず 『孫子』|ビジネスでフツーに使える 軍師 ...

http://ameblo.jp/19515452/entry-10569243919.html

●孫子の兵法 完全版 1総説

http://maneuver.s16.xrea.com/cn/sonshi1.html


[19]>11 この場合は、死よりも生が重要なのではないかと australiagc

人が餓死を避けるために殺人を犯すのと同様、国家も生き残る為に戦争を起こすと考えた方が良い様な。

道ずれに殺すと言う意識で戦争はしないと思います。結果はどうあれ、相手を殺して自分が生き残る為に戦争をするのではないかと。

ちなみに、紛争か戦争かどちらが先かはまた別な気がします。

近年では紛争が先に起こり、第三国が干渉することによって戦争に発展するケースが一般的の様な気がしますが。

帝国主義時代は戦争が先のようですが。


[20]>9 そうです chipmunk1984

口でわからないから殴ると言うのもありますが.


[21]何より手っ取り早いから aoi-1218

そんなことをするかと・・・


[22]国民のナショナリズムを満足させ政権への求心力を高める Carotene

近年のアメリカが当事者の中心となっていた戦争では、この内政面への効果を狙ったと思われるケースが多かったように思われます。

ナショナリズムがもたらす優越感に酔う風潮を政権の支持に振り向けていく。その具体的な方法が軍備の増強と、それを誇示するための実際の戦闘ではないでしょうか。


[23]>19 餓死を避ける点については kuro-yo

餓死を避けるためには、殺戮せずとも、盗む事もできますし、あるいは恵んでもらう事もできます。それができないという事は、そもそも相手を間違えている事になります。

どうしても殺さなければならない理由があるとすれば、自分が殺される場合か、もしくは殺した相手を食べる場合であると思います。

殺した相手を食べるのでなければ、死期がほんのわずか遅くなる事を除けば、結局は死にます。

これらの事を考えて「道ずれ」と表現しました。

もっとも、国家は集団ですから、個ではなく子孫に着目すれば、また違った話にはなるとは思います。


[24]>19 紛争と戦争については kuro-yo

国家が自身で解決できない問題があるとして、何らかの形で外国の助けが必要になったとすれば、とうぜんなにがしかの取引が行われる事になります。取引がこじれれば紛争という事になります。

しかし、はじめから殺戮が要求されるのであれば、そもそも取引が存在しませんから、当然、紛争が先に立つ事はないと思います。

もっとも、自殺を要求するような紛争がないとも言えないわけですが。


[25]>22 名誉よりも生首 kuro-yo

血を一滴も流さずに紛争を静めても、それでは国民のナショナリズムは満たされないのでしょうか。


[26]>13 つまり多数決と本質は同じ kuro-yo

もっとも、多数決では正しさは決められませんが。


[27]>12 つまり、理由などないという事 kuro-yo

単に、愚かさ故に、他の解決方法を見いだせないと。


[28]>15 別に戦争でなくとも良い kuro-yo

自らの損失を出してまで戦争で奪えるものはたかが知れていて、したがって多くの場合、武力は抑止力にしかなりません。

それでもなお戦争という選択肢が用意されている理由は何か、という点についてお聞きしたいです。


[29]>17 つまり、戦争は実は何も解決していない kuro-yo

ただ単に、問題そのものを闇に葬っているだけなのかもしれませんね…。


[30]おそらく・・・。 dsimaisuta-3

よく分からない中二の俺ですが、おそらくこうでしょう。

戦争はおそらく、力と力でぶつかり合い、どっちが強いかを決めるが、戦車やマシンガン、ミサイルなど武器を使って戦う恐ろしい決め方でしょう。

ある番組では、民間人を平気で襲う凶悪な兵士すらいます。

その兵士は、殺人ゲーム「おそらく、グラセフとかと思われる。」で訓練されるという、恐ろしい兵士を作れるという所もあります。

また、その番組では、被害を受けた民間人を救った兵士がいましたが、上の人に怒られたようですが、その上の人の言葉には、恐ろしく、残虐な言葉でした。

世界でも、ナチスのやり方みたいな心を持つ兵士もいると思います。

とにかく、戦争は残忍、残酷、恐怖、絶望、残虐など、あってはならない悪夢でしょう。

紛争を武力で止めるのは、また更に過ちを産むだけでしょう。

間違っていたら、アドバイスをお願いします。

とりあえず、このぐらいでしょう。


[31]>30 単なる力比べ? kuro-yo

力試しに戦争をするのでしょうか。

ところで余談ですが、文章はもっと丁寧に推敲しましょう:意味が通じれば良いというものではありません。


[32]>26 ですよね erugurando

↑ですよね。でも、多数決ではお互いの言いたい事を聞きとることはできません

戦争を仕掛ける人の頭の中に平和の言葉はありません


[33]頭の中は? erugurando

戦争を仕掛ける人の頭の中に平和の言葉はありません

一時の気の迷いで「戦争だぁぁ」となるのです

もっと平和的に考えればいいと思います


[34]>21 同感です non9981

いくら理由を正当化しても、結局の理由はこれだと思います。なくなってほしいですが、人間が人間である以上、戦争はなくならないとも思います。


[35] 利益の不一致と(不)景気の程度 b5600

利益の不一致で争いが起こるのは常ですよね。あとは、景気の程度だと思います。例えば、僕等は給料日前で美味い食事が取れなくても、人を殺してまで食料を奪うほど追い込まれていません。しかし、長らく飢えて死 ...


[36]国を奪い取るため b5600

勝ったら国をゲットかな


[37]自分の国をアピール b5600

勝ったら自分の国は強いぞとアピールするため


[38]>31 一つ言っていいでしょうか。 dsimaisuta-3

余談はあんまり嫌です・・・。

一つ言っていいでしょうか。

そもそも戦争は、領地をとるためとか、様々な理由で起こっているんです。

単なる力比べじゃありません。

紛争解決に戦争を選ぶのは、話し合いだと解決出来ないとか、そういう事情があるわけです。

これでいいでしょうか。


[39]戦うということは、 Hinako-Chiho

相手を倒すだけのためのものではなく、その先に利益や名誉があるから戦争にいきつくのでしょうかね。


[40] なぜ人間が戦争をするのか。 carbancle

群れをなして、富や資源をほかの群れから「暴力で奪う」という考え方をする人類が現れて、そういう考え方をしない人類を滅亡させたから。私たちは、そういう考え方をする人類の子孫だから。

消費しても余る程の富や資源を生じる手段、溜める手段の発達がその前提。

モンキーは、「戦争」はしないでしょ。溜めておく富もないし、資源も持たない。群れをなして他の群れを殺しもしないし、それを奪うこともできない。


[41]>33 たしかに gtore

正常な思考からの行動とは思えませんよね。ある種の狂気といえるかもしれません。


[42]>39 目的は・・・ non9981

確かに目的はそれですよね。その為の最終的手段が戦争なのだと思います。


[43]力をみせつけたいから wh0614

経済力 武力 などなど・・・・


[44]>39 そうですけど・・ wh0614

言葉での解決はできないか?


[45]>43 追加 wh0614

財力 人材力 など


[46]>12 人間とは non9981

知恵を持ち、道具を使えるようになった生き物はそれを良い事にも悪い事にも使います。人間は善と悪の両方を持つ生き物だと思います。かといって、戦争が悪かというと、戦争をする国にとっては、それが自分たちの平和の為にしているとも思います。傲慢で愚かで矛盾した生き物が、私たち人間なのではないでしょうか。


[47]戦争とは喧嘩と同じ wh0614

意見がかみわなないではじまると思う


[48]>12 そうですね wh0614

なくなることはないのかな?


[49]>41 狂気とは non9981

そうですね。感情より理性が壊れた場合、狂気に変わるのだと思います。


[50]価値観の違い gtore

が発端ではないでしょうか。

だからといって、武器を持ち出すとはもってのほかですけど。


[51]戦争に勝てば・・・ momigix

勝てば相手をいいなりに出来る。

そして相手を自分のものにできる・・・

そんな小学生みたいな争いがどんどん大きくなって、戦争になったと思う。

国という集団どうしで争うから、どんなに残酷に殺してもまわりの仲間が同じことをしているから、罪悪感は感じていかなくなるんだと思う。 なんか悲しいですね。


[52]>18 すると、戦争は罰 kuro-yo

ここでいう「罰」は、普通の意味での罰とは意味合いが異なるのでしょうけど。


[53]質問の意図について kuro-yo

私がこのいわしを通して考えてみたい事は、

様々な紛争解決手段のなかで、あえて戦争を選択する事の「価値」

です。最初の質問文はちょっと書き方が悪かったかと反省しております。

なぜ戦争が起こるのかや戦争を起こす経緯については原則として考えない事にします。

なるべく、この方向に沿った議論をお願いいたします。


[54]>25 そもそも理性で物事が考えられる国民性であれば Carotene

偏狭なナショナリズムに煽動されることはないでしょうから、戦争とは元から無縁だと思います。

しかし、最初は小さな他民族差別意識などからスタートして、それを他国嫌悪の感情にまで引き上げると、群衆は簡単に戦争を望み始めます。日本も段々そうなりつつあるのではないでしょうか。

そこに自分は文民として前線に出なくて良い安全な立場を保持しながら、軍隊の最高司令官として君臨することに憧れる政治家が加わると、戦争が危険な妄想実現のオモチャに使われる恐れすら出てくると思います。


[55]戦争が悪という価値観が無ければ、 yam3104

或いは、そういう判断が出来なければ、戦争に向かうでしょう。人間の悲しい性ですね。


[56]>40 そもそも論と言うなら、 yam3104

人類最初期の頃まで遡れそうです。

と言うのも、人類は最初は襲われる側だったのです。肉食動物に襲われるのはもちろん、草食動物でも象など体の大きい動物たちに敵う訳がありませんでした。ところが、その子孫である私たちは存在出来ています。それは「襲われる側からの脱却」を見事成し遂げた先祖のお陰です。「脱却」の為にした事は、一つには器用に手先を使い、身の回りにあるもので武器や防具を作り、敵に対抗する事でした。こうして襲われる側から襲う側に回ったのです。それが食糧確保の手段にもなりました(本格的な肉食の始まりです)。或いは敵対するばかりでなく、動物を従える術も身につけました。


[57]>56 ……と、まぁ yam3104

大体こんな感じで歴史を歩んできた人類は、何時の間にやら食物連鎖の頂点に立ってしまいました。しかし「襲われる側から襲う側に回った」頃のエネルギーは有り余っています。「私たちは、そういう考え方をする人類の子孫だから」です。強大な敵に襲われる心配が(殆んど)無くなったと言っても、その攻撃性が完全になくなった訳ではありません。発揮する必要性の無くなった攻撃性を、どこで発散させるかと言うと、それが人間同士の争いです。そして、それを静めるという名目で武器をより一層発達させ、「戦争」の歴史の扉が開いたのです。

考えてみたら人間とは恐ろしいもので、「正義」の名の下に争いに優劣をつけることで「戦争」を正当化してきましたし、そういう人たちで世の中は回ってきたのです。


[58]>27 文明の利器と言いますが yam3104

戦争に勝てるように強い武器が作られる事で文明化がもたらされた面はあるでしょう。特に文明の発達した地域は、自分たちの文明の発展の為に、近隣の地域を文明に取り込むために戦争と言う手段を用いたかも知れません。


[59]>49 それはどうか? yam3104

戦争の指揮者は、勝つためには冷静に状況分析などが出来なければならない。

となると、ある意味では狂ってはいながらも理性的でなければならない。ヒトラーとかそうでしょう。


[60]>54 敵がいないとまとまれない castle

敵がいるから国としてまとまろうといった機運に現実感が伴うため、この集団本能から逃れることは理性の力をってしても乗り越えることが難しい関門でしょう。

もしも理性的な人間の集まりが存在していたとして、その場合は、敵と認めた瞬間に対手たる他者を非人間(非仲間)として理性的に異生物としてみなし、それを自己防衛のために殺害しようと極めて理性的に殺害手段の効率化の追求が行われるようになっていくことが予想されます。つまり理性化への偏重は、人間の攻撃性を高めもするでしょう。自身の攻撃性を正当化する理論的な権威が付与されます。

そして、特定集団が己の権力を維持しようとして集団全体に共通する仮想敵を求めるといった手段の有用性は権力を得た人ならば、その誘惑に逆らうことが非常に難しいかもしれません。

なぜなら、それだけの効果が実際に見込めるだろうからです。これは理性的であろうとするほどに人間が陥りやすい錯覚ではないだろうかと二つの大戦について学びながら思案いたしております。


[61]>59 仲間の平和のために外の敵と戦う castle

>戦争を仕掛ける人の頭の中に平和の言葉はありません

仲間に対して示すべき意思決定と、自集団を超えて他集団ごと含みこんだ集団間の紛争構造を解決するための意思決定は、どうしても異なってしまうのが現実です。

争わない道があるならどのような政治的リーダーもその道を選びうるでしょう。

他に道がなくなったからこそ、人は仲間のために戦争という紛争解決処理手段の行使を行わざるを得なくなる。そのような状況に陥らないことが政治リーダーに化せられた重大な責務の一つであろうと私個人としては考えています。


[62]>60 私は理性という言葉を感覚・感情・情動・情念等と対比する言葉として使いましたが Carotene

理性という言葉を人間に備わっている知的能力の一つという本質的な意味で捉えるならば、castleさんのご意見は本当にその通りで、戦争というトンデモ行為を政権の求心力に転換していく作業は、まさに理性の応用と言えると思います。

普通に考えればどう言い訳をしても悪であり、国際的にも不利となるはずの行為を正当化できる知的能力を持つ政治組織や政治家が、戦争という手段を有利な道具として利用できるということですね。

こうした理性に訴えかける思想誘導は、理論で物事を考えようとする人間がはまりやすい落とし穴と言えそうです。


[63]人間の進化 suko1008

それは人間が進化したため。(進化なのかな?)

進化すると、人間は更なる発展を求めます。そして「あれをやってみたい」「これもやってみるとどうなるのか」といった好奇心が沸きます。そしてお金という制度があるため、「好奇心」は「欲」となります。欲が沸いてくると人間は止まりません。そのため今も殺人事件・強盗といった事件が後を絶ちません。人間は進化すればするほど欲まみれになっていきます。そこで例えば「石油資源・金を発見しました。」という事件が起こったとします。すると「平和的に全員で均等に山分けしましょう」という案が出てきます。でも欲の高まった人間は「これっぽっちじゃもったいない」となるわけです。それを全員思っているわけですから当然うまくはいきません。そこで武力の勝負になるわけです。つまり戦争を選択する理由は「欲」のためですね。


[64]>16 たしかに ryusei3-wj

そうかもしれない


[65]思い通りにならないから ryusei3-wj

子供が考える事ですよ

自分の思いどうりに行かない場合は怪我をさせて

言う事を聞かせる


[66]>4 戦争は haru1202

人間の欲(利益)をそれぞれの国のマスコミや政府が正当化して両国

が正当性を主張しているのが戦争だと思います。

戦争は少数の侵略計画者と人間の思考の流されやすさと欲から生まれていると思う。


[67]小さな戦争 hiroyuki-memo

今の日本人にはなぜ戦争するかわからない・・・

そう言いたいところですが、

日本人も小さな戦争はいくらでもしていると思います

喧嘩・クレーム・虐待・人殺し等など・・・


[68]小学生の喧嘩のようだ erugurando

考えが甘い。 要は一時の気の迷い。

もっと冷静に考えればよい。


[69]>47 ですよね erugurando

小学生の喧嘩みたいです。


[70]>53 >あえて戦争を選択する事の「価値」 carbancle

「価値」を調べると、1 その事物がどのくらい役に立つかの度合い。値打ち。とありました。

個別の国家にとって「戦争がどの位役立つか」というと、相手国から奪った「富や資源」が、戦争で失った「富や資源」より多い場合、国が「富や資源」を得る効果があります。

労働で生みだす「富」を得る事と過程は違いますが、国が「富を得る」事は、国にとって「役立つ」事は同じです。

戦争の「価値」は何かと問うなら、これが答えの一つです。

一方、戦争は「全経済的に見ると非生産的=富を生みださない」事は、言うまでもありません。

戦争の経済的な意味は「相手から富・資源を奪う事」ですから、ある人からある人に富が移動するだけです。

ですから、戦争でこういう「価値」が生じないように、色々な知恵が絞られています。「価値」がなければ、戦争を選択する合理性が低くなります。

一つは、「戦争によって相手から奪うモノがあっても、奪われる生命(やモノ)の方が多い」状態にする事、これが「自衛軍」です。

国家相互の同盟、集団安全保障も同様の目的で知恵を絞った結果と思います。


[71]強いものが上 dori-mu12

と、いう間違った人間の解釈


[72]>71 用は dori-mu12

子供の喧嘩のようなもの

大人の癖に子供以下と、いってもいいんじゃない??

子供の喧嘩って死人の出る確率が低い

大人の喧嘩は死人の出る確率が高い


[73]それしかないから hino40

戦争をするとしか方法がみつからなかったのでは、ないのですか?


[74]>16 たしかに! hino40

私もそうだと思います。


[75]>65 そうですよね hino40

結局は兄弟のけんかと、同じ


[76]>33 その通り dcd9

僕もそう思います。まず戦争なんて考えないで

みんな平和で暮らそうという気持ちが大事だと思います。


[77]>12 確かにそうですね dcd9

戦争のなんてなくなれば世の中

平和になると思います


[78]>6 戦争は恐ろしい dcd9

この意見に同感


[79]>47 そうですね dcd9

そういことがあると戦争を

してしまう。人間は怖い


[80]>37 アピールって… dcd9

自分の国をアピールしてどうするんでしょう


[81]>46 たしかに(同感) TATSUYAred

でも、戦争をしてなにか利益があるんでしょうか?


[82]個人的論 serimuburaddorei

理由1 勝てば相手国を権力で押さえつけられるから

2 勝てば莫大な利益を得られるから(場合によって)

3 労働者、協力者、奴隷を増やすため

4 実験(実際、広島に落とした原子爆弾(通称 リトルボーイ)と長崎に落とした原子爆弾(通称 ファットマン)は、どちらが核兵器として優れているかを調べる実験の一つと言われています。)

5 理解し会えない場合、平和条約が成立しない場合、協力を要請してるのに無視された場合、新たな革命を起こそうとしている場合は手っ取り早く押さえつけましょうという考えです。

でも、負けた場合は莫大な損害を得る事にもなるし、結局は恨まれます、多くの人々が死ぬのにもかかわらず、上層部の連中や、国のトップ、元帥たちは、カジノとかギャンブルの気分で、『賭け』をしているんです。いつになったら平和が来るんですかねえ、、、。

場合によっては、平和には、犠牲は必要だとか言って偽善者ぶる人もいますし。

以上です。長文すみません、、、。


[83]urutorajou

ssおうです


[84]>82 さんせい nSeika

第一, 戦争を始める国は「勝ってる」と思うから. アメリカのような戦力高い国はそう思うでしょう, 「圧倒的な戦力で逆らう者を再起不能まで全滅する」

そうじゃない場合, 「他の方法が無い」とか「戦争に負けても勝つ」.

それに, 和解と違って, 戦争は「Winner takes all」とかのルールがありそう.

あっち側の条件を受けるより戦争を買ってる場合好き放題ですね


[85]戦争は最大の景気刺激策なのです junti

戦争が始まると、軍は武器や兵糧確保のため臨時支出をします。

そして、兵士という雇用が増大します。

これらの経費は通常の国家予算の枠外で支出されます。


最大の景気刺激策なのです。


悲しいけれど、一部に戦争を期待する人たちはいます。

武器商人ばかりでなく、政財界にも。

とくに不景気のときに。


紛争は戦争を始める口実でしかない。


[86]>66 YES zelda823

そうですそうです!!

やっぱり人間のよくですよね


[87]希望は戦争。平和こそが我々を一生貧困の中に押しとどめる"持つ者"の傲慢 I11

開戦。その理由は、それが希望だから。戦争以外に国民の希望を実現する方法が無いから、というのがタテマエですが、それって国民生活の充実(特に再配分政策)を実現する努力をしてこなかった怠惰に対するイイワケですよね。特に、戦争につきすすませている一般国民の怠惰に対する。(←コレを読んで自覚が無い人は特に要注意)

偶発戦争というものもありますが、ほとんどの戦争は、内政の混乱収集のために始まります。国同士の戦争がはじまるまえには、かならず国内である種の戦争状態が起きます。経済恐慌で景気刺激が必要だとか、国内の分裂を解消して政治指導力をとりもどしたいだとか、政治的真空状態による混乱を収集したいだとか、時代や場所・民族・宗教により理由は様々です。(今の日本は、前述した戦争開始条件がほとんどあてはまりますね)

しかし、どのような時代・場所・理由でも、どんなに残虐で狂信的な専制君主がいたとしても、国民が協力しなけば戦争なんて起きません。逆にどんなに平和主義者の民選指導者であっても、国民が戦争を望めば戦争はおきます。

戦争が国民の希望なら、その希望を実現するのが為政者の役目です。国民の希望を満足させることに満足するのが、為政者というものです。

(戦争が国民の希望ならその希望を実現するのが為政者の役目、と言われて為政者が戦争を始めることのないように、「最少不幸社会」という言葉を使った政治家がいましたが、なかなかうまい戦争回避戦略だと私は見ています。)

国民の日ごろの日常生活が、戦争を育てています。

戦争が起きるのが楽しみで楽しみでたまらない。戦争が待ち遠しくてたまらない。はやく戦争がはじまってほしい。はやく戦争で社会が大混乱になればいい。戦争で社会や家族やメチャクチャになり、たくさんの人が貧しくなり、太った金持ちや傲慢な不労所得階級が苦しんで死ねばいい。そんなサイテーの状態になってはじめて社会に平等は実現し、平等に苦しむ理想社会が到来する。戦争よってのみ平等でチャンスにあふれた光り輝く希望に満ちた社会が到来する…。そう本気で考えている人は、今の日本には何百万人といるでしょう。大衆とはそういうものです、残念ながら。

だから、戦争に希望を持つような大衆が政治に影響力をもたらさぬように、代議制民主主義、選挙制度、政党政治、象徴天皇制などの政治権力の諸制度が作られているのですが、それが機能しないと政治は戦争へ向かいやすくなります。

平和は未来を奪う。希望は戦争?。そんな過激な論文が若者の心をとらえ、共感を広げているといわれます。戦後六十二年、ちょっと悲しいものがあります。

「『丸山真男』をひっぱたきたい」というのですから、タイトルからして刺激的でした。論座一月号に掲載された赤木智弘さんの論文です。

丸山真男とは輝ける戦後知識人の時代を築いた東大教授。サブタイトルに「31歳フリーター。希望は、戦争。」とありました。参院選で自民党が歴史的大敗をした二〇〇七年のことしを象徴する論文となるかもしれません。

希望は戦争に深い絶望

論文での自己紹介によると、赤木さんは北関東の実家で暮らし、月給は十万円強。結婚もできず、親元に寄生するフリーター生活をもう十数年も余儀なくされ耐え難い屈辱を感じています。父親が働けなくなれば生活の保障はなくなります。

定職に就こうにもまともな就職口は新卒に限られ、ハローワークの求人は安定した職業にはほど遠いものばかり。「マトモな仕事につけなくて」の愚痴には「努力が足りないから」の嘲笑(ちょうしょう)が浴びせられます。事態好転の可能性は低く「希望を持って生きられる人間などいない」と書いています。

今日と明日とで変わらない生活が続くのが平和な社会なら、赤木さんにとって「平和な社会はロクなものじゃない」ことになります。

ポストバブル世代に属する赤木さんの怒りは、安定した職業へのチャンスさえ与えられなかった不平等感に発し、怒りの矛先はリストラ阻止のため新規採用削減で企業と共犯関係を結んだ労働組合や中高年の経済成長世代に向けられていきます。

赤木さんにとって戦争は社会の閉塞(へいそく)状態を打破し、流動性を生み出してくれるかもしれない可能性の一つです。さすがに「私を戦争に向かわせないでほしい」と踏みとどまっていますが、「希望は戦争」のスローガンには多くの若者たちの絶望が隠れています。

苦悩直視が唯一の救い

若者が希望と未来を失ってしまったというなら(若者でなくとも)薦めたい一冊があります。

ビクトル・E・フランクルの「夜と霧=ドイツ強制収容所の体験記録」(みすず書房)です。人間への信頼と内からの勇気が湧(わ)いてくるかもしれないからです。

フランクルは強制収容所からの奇跡的生還を遂げたユダヤ人心理学者です。毎日のパンと生命維持のための闘いは、あまりにも厳しく、良心の消失、暴力、窃盗、不正、裏切りがあり、最もよき人々は帰ってこなかったと収容所生活を回顧しています。

フランクルが語るのは英雄や殉教者ではなく、ごく普通の人々の小さな「死」や「犠牲」ですが、著者まずもっての感動は、どんな極限にあっても、人間の尊厳を守り抜く少なからずの人々の存在でした。勇気や誇り、親切や品位が示され、若いブルジョア女性は「こんなひどい目に遭わせてくれた運命に感謝します」と最期まで気高く快活でした。

著者にも愛の救いがありました。妻の面影のなかに勇気や励ましの眼差(まなざ)しを見たのです。精神の豊かさへの逃げ道をもつことで、繊細な人が頑丈な身体の人よりもよく耐え忍ぶという逆説がありました。

クライマックスは絶望からの救いの思想です。人生に期待するのではなく、人生がわれわれに何を期待しているかを問うこと、具体的には唯一、一回限りのわれわれ自身の苦悩を誠実に悩み抜くことが結論でした。苦悩の直視と時にはそのための涙が偉大な勇気だともいうのです。

いかなる人間も未来を知らないし突然、何らかのチャンスに恵まれないとも限らない。未来に落胆し、希望を捨てる必要はないとのフランクルの仲間への励ましは、収容所の内と外で変わるものではないでしょう。

本日付朝刊の特集面に登場している経済同友会終身幹事の品川正治さんは市場主義全盛に抗して「人間のための経済」を唱え「人間の力」「人間の努力」に期待する心熱き財界人です。その「人間中心の座標軸」が戦場の体験から生まれ、戦後も一貫させてきたことが語られるなど鈴木邦男氏との対談は熟読していただきたい内容です。

品川流の人間のための政治や経済からすれば、若者を「希望は戦争」との絶望に追い込み、大量の低賃金・不安定労働を生み出してしまった政治や経済は間違っているに決まっています。是正の取り組みに人間の努力が向けられなければならないはずです。新たな大きな課題です。

何より人間の尊厳

日本はどこに向かっているのか。国民の不満と不安が噴出したのが先の参院選の結果だったといえるでしょう。富者と貧者、都市と地方の容認できないほどの格差拡大、富める一部が富み、弱者、貧者が切り捨てられる社会は国柄にも反します。何より人間の尊厳は守らなければなりません。

東京新聞:終戦記念日に考える 極限からのメッセージ:2007年8月15日

社説

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK20070815020...

「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。

http://t-job.vis.ne.jp/base/maruyama.html

持つ者は戦争によってそれを失うことにおびえを抱くが、持たざる者は戦争によって何かを得ることを望む。持つ者と持たざる者がハッキリと分かれ、そこに流動性が存在しない格差社会においては、もはや戦争はタブーではない。それどころか、反戦平和というスローガンこそが、我々を一生貧困の中に押しとどめる「持つ者」の傲慢であると受け止められるのである。

苅部直氏の『丸山眞男――リベラリストの肖像』に興味深い記述がある。1944年3月、当時30歳の丸山眞男に召集令状が届く。かつて思想犯としての逮捕歴があった丸山は、陸軍二等兵として平壌へと送られた。そこで丸山は中学にも進んでいないであろう一等兵に執拗にイジメ抜かれたのだという。

戦争による徴兵は丸山にとってみれば、確かに不幸なことではあっただろう。しかし、それとは逆にその中学にも進んでいない一等兵にとっては、東大のエリートをイジメることができる機会など、戦争が起こらない限りはありえなかった。

丸山は「陸軍は海軍に比べ『擬似デモクラティック』だった」として、兵士の階級のみが序列を決めていたと述べているが、それは我々が暮らしている現状も同様ではないか。

社会に出た時期が人間の序列を決める擬似デモクラティックな社会の中で、一方的にイジメ抜かれる私たちにとっての戦争とは、現状をひっくり返して、「丸山眞男」の横っ面をひっぱたける立場にたてるかもしれないという、まさに希望の光なのだ。

しかし、それでも、と思う。

それでもやはり見ず知らずの他人であっても、我々を見下す連中であっても、彼らが戦争に苦しむさまを見たくはない。だからこうして訴えている。私を戦争に向かわせないでほしいと。

しかし、それでも社会が平和の名の下に、私に対して弱者であることを強制しつづけ、私のささやかな幸せへの願望を嘲笑いつづけるのだとしたら、そのとき私は、「国民全員が苦しみつづける平等」を望み、それを選択することに躊躇しないだろう。

(赤木智弘)

朝日新聞社 「論座 2007年1月号」


[88]ケースバイケースで考えていったほうがよさそう castle

世界共通の戦争を起こす理由というものがあるように考えるよりも、その紛争を起こした当事者国菅の国の都合として独特の戦争せざるを得なくなった個別的な原因が国の構造のなかにあるのだろうとつぶさに個別事例ごとの原因を探していったほうが建設的な議題ではないかと思いました。

たとえば、アメリカの起こす戦争と中国の起こす戦争と日本の起こす戦争は、同じ武力行使でもその意味合いが自然と違ってくるので、戦争の原因を求めるなら国ごとの事情を知ろうとするところからはじめたほうがより正しい状況認識に至れるように思われます。

戦前の日本の戦争は軍部の暴走を議会が制御できるほどのリーダーシップを有しなかったり現役軍人が閣僚入りすることで制度的に軍部を止められないようになっていたとか、中国政府の対外拡張路線は軍部が予算を得るために面子を守ろうとして起こしている行動らしいとか。

アメリカの軍部は複雑そうなのでいまのところは正直よくわからないというほかありません。


[89]>86 人の欲 L238

人は欲なしでは、何の楽しみもない。

人間は欲望の塊だと思います。

でも、時にはがまんだって必要。

そうしないと、この戦争の欲に繋がってしまうから…


[90]>53 似ているようで全く違う。 kuro-yo

「戦争の価値」ではなく「戦争を選択する事の価値」です。


[91]>85 戦争はやはり目的 kuro-yo

人命も巻き込んだビルド&スクラップでしかないと。


[92]人間の欲望 takeshi_2009

人間は土地とお金資源などをほしがろうとしている。

皆さんも生活する為に仕事をしてお金を稼いで土地などを買います。

戦争を起こす国も犠牲を出しながら土地とお金を奪おうとしています。

ほかにも宗教の対立や政治関係などによる戦争も起きています。


[93]方法 teaku

どちらが強いかで決着をつけるからだと思う


[94]理由 nana717

国土を増やしたいから

などでは?


[95]>80 アピールしたら ryusei3-wj

自分の国は強いぞとアピールしたら

他の国がビビってせめて来ないでしょ

それで良いのでは?


[96]>37 アピールする手段が間違ってません? PORIGON2

戦争をやるというのは、自分の国民を殺すことでもあります。

自分の国をアピールするために国民を殺す手段を選ぶなら

強い国とは言えないと思います。


[97]>69 確かに! PORIGON2

erugurandoさん、本当にその通りだと思います。

戦争は喧嘩の延長みたいなものです。

それで人の命を巻き込むなんて、ばかばかしいですよね。


[98]>89 返信ありがとうございます。 zelda823

そうですよね・・・・

がまんは必要です!!

日本は戦争しないといっていたが今はしようとしている。。

・・・少しは国民達全員の声も聞いて欲しい!!

一部の人々の欲で戦争なんてしてほしくない!

その欲だけでどれだけの人々が犠牲になるか悲しむか想像してほしい。


[99]勝手な人間 mtotugu

人間はばかなので、というよりわがままなので思い通りにいくまでやるんですよきっと・・・


[100]>98 同感? dori-mu12

同感


[101]口より clamishy

先に手が出るんじゃないかな


[102]こうかな? saitamadonda411

戦争がなくならないのは、戦争は国との話し合い?を国と国の主張を力と力でぶつけ合い、それに勝った国はその国を自分のものにできる、それが手っ取り早いという考えが多く、だから戦争はなくならないのかな?


[103]>98 おっ yusuke_7

同感


[104]>98 その通り tosidensetsu13

同感


[105](はてなにより削除しました) bestlvbbs
(はてなにより削除しました)
[106](はてなにより削除しました) lvbestbbs
(はてなにより削除しました)
[107](はてなにより削除しました) lvbestbbs
(はてなにより削除しました)
[108]人間は yusuke_7

我慢ができないから


[109]人間の欲(利益)をそれぞれの国のマスコミや政府が正当化して両国が正当性を主張しているのが戦争だと思います。戦争は少数の侵略計画者と人間の思考の流されやすさと欲から生まれてい yusuke_7

人間の欲(利益)をそれぞれの国のマスコミや政府が正当化して両国が正当性を主張しているのが戦争だと思います。戦争は少数の侵略計画者と人間の思考の流されやすさと欲から生まれていると思う。


[110]>34 同感 tolycyag

手っ取り早いから。

結局はこれにつながると思います。


[111]>100 欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲の塊 tolycyag

全く以て同感。


[112]>90 re:似てるようで全く違う? hachijyou

なるほど、他の紛争解決手段と比較しての「価値」が知りたいわけですね。失礼しました。


[113]欲を出すから? kaitourei

何でも手に入れたいからだと思います。例えは領地とか財宝とか。また、戦争に勝ったら、あれもこれもと余計に欲を出すのではないでしょうか?他にも考えの違いなども考えれると思います。中1なんでまともな答えじゃなかったらすみません。


[114]現時点では不可能? komaru99

わたしも解決策を考えました。なぜ戦争結びつくのだろう?なぜ同じ人間同し、争う

のか。

それは人間に感情があるからではないかと考えました。俺は他の領土が欲しい。

おれが1番強い!などの感情があるから戦争が起こるんだと思います。

しかし残念ながら現時点では人間は感情をコントロールすることができないので、

戦争を無くすのはできないと僕は考えています。

長々と失礼しました。


[115]>111 同感 serimuburaddorei

そして同感


[116]>50 大抵が jane

宗教の違い か 民族紛争 ですものね。。。


[117]結果が善なら、行為も善 Newswirl

という考え方が定着しているからです。

我々もまた仕事などのイベントを企画する行為によって得られた結果がプラスにはたらいていると、その企画は概ね良いものであったと省みるでしょう

でも、実際には企画と結果の源泉を厳密に探ろうとすると膨大な時間と高度な学識、経験を要することでしょう。

したがって、我々は昔から結果によって行為を正当化できれば、行為の正当性について追究することを避けてきました

戦争もまた、負の犠牲を払って正の利益を得るものですが、回復不可能な犠牲を負うという点で異なっています。

仕事と同じく戦争を結果論に則っているのであれば

杓子定規で大きな利益を創出できる限りにおいてその国は紛争解決という大儀を保ちつつ侵略を始めるでしょう。

確かに、"紛争"自体は経済的な非効率性(外部不経済)や治安・衛生などの内政をうまく機能できないように阻害する働きがあるので

それを取り除くことで平和がやってくるというのにも一理あります。

ちなみに、言及回避すると、利益とは経済だけでなく、外交上、政治上、軍事上の利益と将来の利益のことです。

なぜ、「戦争」を選択するのか?

それは、「戦争」は他の施策と比べて責任を迫られる行為ではないからです。

たとえば、戦争終結後、紛争解決によって得られなかった利益を得たとき、侵略した国は「ほら! あのときの戦争は間違いではなかっただろう?」といえますし、

戦争終結後、国家が疲弊すれば加害国がその国の政治を事実上牛耳って半植民地化してしまえば良い。端から政治が破綻しているので容易です。

いずれにしろ、戦争という行為はあくまで真の目的である「当事者A国B国に最大の利益をもたらす」ための過程の過程に過ぎません。

しかし、紛争解決による経済・治安・衛生の向上と銘打って政治的干渉をすれば、何かしらの結果を数年で出さなければなりませんし

相手国の政治に物言いをするわけですから、なんだかんだで有耶無耶になってしまうこともあるでしょう。

その間に何万人もの人が餓死したり、もしかしたら、その国のリーダーを崇拝し、その餓死それ自体を幸福と感じながら死んでいるかもしれません。

したがって、結果の見えない穏やかな施策を何度も繰り返して年間何万人の被害を出すよりも人道的介入を建前とした「戦争」を早期に選んだ方が死者を減らすと考えれば、いずれ「戦争」を選ぶでしょう。

政治哲学者の中には、政治を失った国に対して武力によって制圧する行為を容認する人もいるそうです。国でない国は保護者のいない幼稚園児のようなものですから、早期に「国」を造る必要がありますから、その過程で戦争のようなものが起こるのは不可避でしょう。


[118]>38 そうですね TATSUYAred

でも今の(現代の)世界で領地ってとれるんでしょうか?まあ、まだどこの世界のものでもない領地ってありますけどね。


[119]>115 ビックリ! L238

こんなに同感がいるとは…

ビックリです。

やはり、その欲望に打ち勝たねば、

平和はやってきません。

二度と戦争がないようにしてもらいたいです。

戦争以外にも

欲望に打ち勝たなけれはならないことも

あると思います!

それに負けず頑張りましょう!


[120]>115 私も i3430290

同感です。


[121]>115 同感 TATSUYAred

同感です!戦争でたくさんの人が悲しんでいるということを戦争をしている奴らはわかっているんでしょうかね?


[122]>3 そう。 kousuke77

戦争に勝たないとだめなんです。

その勝つために何人もの人たちが死んでいく・・・


[123]>110 手っ取り早い gtore

かわりに、負の代償は計り知れないものがありますよね。


[124]>2gtore

独占欲、所有欲といったところでしょうか。


[125]>102 話し合い gtore

で済ませてほしいですよね。

武力闘争に発展するのをなんとしても食い止めてほしいです。


[126](はてなにより削除しました) ask001
(はてなにより削除しました)
[127]>113 戦争は kaitourei

政府の人たちが勝手に「戦争をやる」と言ったら、国民は政府の人たちの言うことを聞かなければならないのです。戦争をやりたくない人も無理やらされるのですから、ひどいですよね。命ほど重いものはないのに、政府の人たちは人間の命をどう思っているのか不思議でなりません。問題があるのなら、力で戦うのではなく、時間がかかっても話し合いで決めるべきだと私は思います。


[128]こうだと思いますが… ds-i1

邪魔な人を殺すためかな。でもこれだったらひどいな。


[129]>120 同感 takeshi_2009

同感


[130]戦争を小さくすると友達との喧嘩 kaoru-5642

戦争は国と国の争いですが、それは僕らの友達の喧嘩と似ています。最初は友達との考えの違いから喧嘩へ発展していきます。最初は言い争いですが、どんどんエスカレートしていって結果的に殴り合いなどの喧嘩に発展します。そして2人だけでなく周りの人たちにも迷惑がかかります。こうなると最初の問題のことなどを忘れてしまいます。ここで挙げた例は戦争とほぼ同じです。戦争になる前に話し合いの時点でお互いの国の問題を解決しないと日本も巻き込まれてしまうかも・・・


[131]無題 iklpp-22

国同士の上の人間が戦争を始めて

その国の罪もない人間が戦争や紛争で死んでいく

でも肝心な上の人間は闘わない事が多い

こんなあほなことより兄弟喧嘩のほうがまし



こんなことと比べると、今の日本人は平和ww

殺人も少ないし・・・


[132]人間の欲 dori-mu12

としか、言いようが無い!!


[133]>129 うん kousuke77

同感。


[134]理由↓ azzzzzzzzzz

他の国を植民地にし国土を広げる為


[135]人間が弱い生物だから Frau_Glace

縄張りを侵したらに喧嘩する動物いますよね

それと一緒です

集団で武器で戦う(人間

じぶんの武器で戦う(生き物

まあそれが原因で地球がやばいんですけど。

人間の哀れさ、欲望がよく目に入ります。

くだらん…


[136]>133 同感 L238

確かに

戦争をすると言われるだけでも

恐ろしい!

国民全員の意見も聞いて欲しいですね。


[137]>109 “欲”と書くと不浄なものに感じますが castle

“欲”といっても国における人々の欲とは、自分の生活を楽にしたいとか、少しでも暮らしをよくしたいといった慎ましやかな欲望の集まりではないでしょうか。

だとしたら、その欲望を満たせなければ社会からつまはじきにされやすくなりもあり、一定の欲を満たせなければ自分自身が生きていくことが難しくなってしまうのではないかと思います。一見過剰な欲に見えるものも、どこかの誰かの生活を支えて、社会全体を動かしている原動力となっています。

政府やマスコミがそのような慎ましやかな欲の存在を否定できるかというと、それはその国で暮らしている大勢の人々に向かってお前は死ねと公言するようなもののように思われ、そうやすやすと国を預かる責任者などが口に出来るものでもなさそうです。

戦争を煽る計画的な扇動者がいたとして、もしかしたらその扇動者は自分が人々の慎ましやかな生活(欲)を守るためにあえてやっているのだとしたら、それは善意で行っているのかもしれません。また、人の欲はけしからんといって用意に切り捨てられるものでもなさそうです。だからといって外国からの略奪行為が許されるというものではありませんが、そこに働く総論賛成各論反対(この場合だと、平和を唱えながら、同時に自分の今の暮らしをそれなりに満たしたいと欲すること)を引き起こす現実をつぶさに読み解いていくしかないように思われます。

その上で、問題を修正できるような不断の努力が必要とされているのかもしれません。


[138]人間の欲(? kuoraito35

他の国を植民地にし国土を広げる為、 または多額の賠償金を得る為だと思う 論議で解決すれば良いのに人々は哀れだと思う・・・(同じ人ですが) ↑自分の考えです本当は違うかもしれません


[139]>117 戦争は責任逃れなのかも kuro-yo

考えさせられます。


[140]>114 しかし感情を排除したら、戦争を止める手立てもなくなるのではないでしょうか kuro-yo

戦争をしたいという気持ちも、戦争をしたくないという気持ちも、どちらも感情的なものだと私は思います。


[141]>87 戦争は究極のエンターテインメント kuro-yo

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