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仮説なんですが、聞いてもらえますでしょうか。改めて見回してみると、日常に話ができない内容、すなわち「タブー」が思ったより社会には多いなという印象を最近感じ始めました。

恐らくですが、無意識のうちに長い時間をかけて社会のムードが作りだしたのではないんだろうかと、

国を守るようなことを、真剣に話すようなムードは普通の方や女性や年配の方ともありません。なので、結果的にはタブーの扱いになってしまっているんではないかと思いました。

これをタブーだと決めてみると、何故かその他いろいろな疑問に答えがでてきました。

国を守ることを話すことがタブーなのは、おそらく「それを守る武器や人」に関わるので、ここからきているのではないかと

武器などのことを話すことは、その武器などを導入した経緯から、先の戦争のことに関わることなので、これもタブーになると

行き着く先は、先の戦争にあって、これを総括していないことから、ニッポンの立ち位置がはっきりせず、科学の論文でいえば定理や法則のような基礎の足がかりがない為、議論が定まらず堂々巡りをずっと長い間繰り返してきたんではないんだろうかと




●質問者: surippa20
●カテゴリ:インターネット 政治・社会
✍キーワード:なのは まら タブー ニッポン ムード
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/7件

▽最新の回答へ

1 ● 三十四
●23ポイント

タブーは「国を守ること」以外にも沢山あると感じています。「無意識のうちに長い時間をかけて社会のムードが作りだした」というのは、まぁその通りかなと思いつつ、そういうのをタブーと言うんではないかとも思います。

以下、「国を守ることを話すこと」に絞って書きます。


「国を守ることを話すこと」の「行き着く先は、先の戦争」というのは、まぁそうでしょうね。で、その先の戦争の最中は、日本がそれに不利になる様な話はタブーだった訳です。これも一朝一夕ではなく、明治の富国強兵から日新・日露での勝利といった出来事が絡んで「無意識のうちに長い時間をかけて社会のムードが作りだした」タブーなのでしょう。実際には不利どころか、私たちが知っての通り負けてしまう訳ですが。

こういう事の総括のためには、先の戦争の最中に(日本の)人々がどのように生きてきたかを掘り下げる必要があるでしょう。しかし「ニッポンの立ち位置」を定めるには、先の大戦から今までの外国との関係についても認識をきちんとしなければなりません。いわば遠近両方からのアプローチが必要になりますね。この「遠」、つまり外国関係の認識の方が、特に疎かになっている印象を受けます。


2 ● TREEG
●23ポイント

私の周りだけかもしれませんが、タブーが増えていると感じたことはありません。

特に、戦争などについてタブーはないように思います。

ただし、戦争の話しかできない人は引かれると思いますが・・・

むしろ、今の日本では戦争や飢餓などはテレビの中だけの物であり、タブーよりも酷く、無関心や無気力無感動が原因だと思っています。

戦争がフィクションである以上、国防を語るのは昨日見たドラマよりも優先順位は低いですよね。

韓国の友達など戦争が今も非常にリアルで身近にあり、語らざるを得ないという感じでした。日本とは大違いです。

また、他の原因としては、今幸せなのだから、それらを考えたくないという思いや、思考停止のような物も併せて原因だと思っています。

更に、今は、昔とは違い、娯楽は非常に多岐に渡り(政治やテロなどテレビや雑誌で取り上げられるすべてを娯楽と含める場合)であり、なおかつ、専門化しているように思います。

全く興味のない人に、どこがどのように素晴らしいか熱弁しても、(例えば、PCに興味がない人にクロックの違いを説明しても引かれるみたいな話です)そもそも、それについて勉強もしていませんし、引いてしまうだけのように思います。

>行き着く先は、先の戦争にあって、これを総括していないことから、ニッポンの立ち位置がはっきりせず、

総括の意味が分かりませんが、ヨーロッパやアジアの某国のようにトップの意向により、歴史の教科書が数年おきにころころ変わることもなく半世紀も同じというのは総括はできているようにも思います。


3 ● castle
●22ポイント

国を守るということは、とても重要な仕事であると同時に、他国の人間を殺めるという殺人行為が絡んできます。ですから、どうしても日常会話にはなじまないものになってしまうのでしょう。

生命を奪うという行為には、何かしら人の感情をざわつかせる気配のようなものが付随します。昔の人たちはそれを“穢れ”と呼んでなるべく遠ざけるようにしてきました。

最近ではそのような言葉もあまり使われなくなったと感じますが、日々の生活の中には今でも私たちの中にこの“穢れ”の感覚が根付いているのではないかと思われます。


4 ● ko8820
●22ポイント

いつの時代にもどの世界でも、タブーは存在するんです。

暗黙の了解とおなじ程度のものです。

戦後を考えると、昔よりは、タブーが減ってるとは思いますよ。

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