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【無知の知】

あなたが「大切なことを(自分が)知らないということを知っている」ことを教えて下さい。


>私、ソクラテスは、大切なことを知らないということを知っている。「無知の知」をもっている。だから、賢者といわれる人よりも、私の方が勝っているのだ。

●質問者: garyo
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
✍キーワード:あなた ソクラテス 大切なこと 無知の知 賢者
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 12/12件

▽最新の回答へ

1 ● サディア・ラボン
●16ポイント

http://lovead.seesaa.net/article/137097194.html

http://girlgood.blog49.fc2.com/blog-entry-12.html

http://www.casphy.com/bbs/test/read.cgi/kirei/1232944453/l50

ぼくは自分が男だというのに、

どんな女の子が可愛いのか分からないです。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1224658...

ぼくは漫画を描く際に、時々落下速度の計算をしますけど、

空気に抵抗で、落下速度が一定になるまでの計算を、

自分で出来た事がありません。

終端速度を自動で計算するソフトを使っています。





微分積分のやり方を覚えられないです。

重力レンズの効果で、ブラックホールの近くでの、光の曲がり方を、自分で計算出来ないです。

ブラックホールの近くでの戦闘を描きたいと思っているんですけど、

描けないです。

◎質問者からの返答

>ぼくは自分が男だというのに、

>どんな女の子が可愛いのか分からないです。

その場合、女の子目線になるのでしょうか。

確かに、少女向けアニメの主人公は男からみて「かわいいのか?これ?」と思うことがありますよね。


2 ● rsc
●16ポイント

西洋に【無知の知】があるならば、東洋には【無用の用】がある。(^_^;

●【無用の用】

http://homepage1.nifty.com/kjf/China-koji/P-323.htm

http://nice.ciao.jp/works/No13/No13page.html

●【曲学阿世の徒!?】 「無用の用」を知ってこそ 皿木喜久 【風の間に間 ...

http://koibito.iza.ne.jp/blog/entry/1009561

◎質問者からの返答

全ての入れ物は、「何もない空間」という無用の用があるから、「物を入れる」という仕事ができるんですね。


3 ● なぜなに
●16ポイント

知れば知るほど、知らないと言うことに

気づいていくというのは、事実だと思います。

しかし、中には、知らない・気づかない方が幸せなことも…。

知りたいという知的欲求のかたわらで、この矛盾を、

自分が知らなかったこと充てがって、これは知らない・

知らせない方が幸せ…と考えるのが、私の無知の知でしょうか。


特に、他人のプライバシーとかは、何でもかんでも知れば

いいというものではないし、こと恋愛に関して言えば、

何でもかんでも知って知らせて暴け出すというよりは、

ちょっとしたミステリアスな面もたまに見せたり、

相手のファンタジーの夢を潰さないで優しく受け入れて

サポートしてあげるような態度の方がうまくいく様な気がするのです。


無知の知も良いですが、知らないで良いことも

知っているというのも良いのではないかと思います。


本文とは余り関係ありません。:

http://www.youtube.com/watch?v=piPatSwAdjc

◎質問者からの返答

「「自分は○○を知らない」ということを自分は知っている」そして「○○は大切なこと」」

この条件を満たすものを質問してみました。


「「知らなくてもいいものがある」ということを知っている」ということでしょうか。


4 ● castle
●16ポイント

自分が今こうして無事平和に生きていられることのありがたみに対して、「自分って鈍感なんじゃないか…?」と思うことは時々あります。

こういうことに気がついても、そのうちに忘れてしまいます。気にかけるには余りに当たり前すぎて、また他に気になることが多くて生きていることのありがたみまで噛み締めている余裕がないようです。

こうして言葉にして説明してみても、頭だけで解ってることを実感がないまま単なる言葉にしているなという胡散臭さを感じます。ありがたみに気づくときは、苦痛を覚える体験をしたり、体調を崩して思うように動けないとき、当たり前に生活できていたことへのありがたみが実感されます。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%B6%BC%D5

◎質問者からの返答

「「幸せであることを忘れてしまうこと」が本当の幸せである」ということでしょうか?


5 ● 松永英明@ことのは
●16ポイント

そもそも私は私自身について知らないところがあります。

もちろん自分がどう考え、どう感じ、どう思っているかについて、他の人にわからない部分があるのは当然です。しかし、「自分からは見えないが他人からはよくわかる」ことも多いのもまた当然です。そういう意味では私は自分自身のことを知らない部分が多々あるはずだと確信しています。

このことを言い換えれば、特に親しい人については、本人より私の方がよく知っている部分があるわけですが、しかし、当人でなければわからない部分も当然多いわけです。わたしがわかったつもりになっているのは、ごく一部でしかありません。

そうすると、自分についても他人についても、私は(知っている部分もあるが)知らない部分がたくさんある、ということになります。


私は外界のものごとを知るのに、この目や耳や鼻や舌や皮膚を使い、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚という五感を通してのみ知ることができます。あと直感というのもあるかもしれませんが、いずれにしても私はこの肉体を通して外界を認識しています。それを言い換えれば、肉体が異なるならば認識する外界の姿も異なってくるはずです。

私は高校のときに視力ががくんと落ちましたが、それ以前とそれ以後で外の見え方が全然違います。メガネを通して矯正した外界の姿は、小さいときに見た光景とまったく同じではありません。おそらく、違う目を通して違う脳を通して見るならば、世界そのものが違って見える、あるいは同じものを見ていても私と同じように見ている人は誰一人いないかもしれない、と考える方が妥当でしょう。

そうすると、私が認識しているこの世界の姿は、私一人のものであり、決して普遍的なものではない、ということにもなります。

言い換えれば、私は世界の本当の姿を完全には知り得ない。ということを私は知っています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98#cite_note-1

私の考え方は無相唯識(無形象唯識)に近いようです(日本に伝わっている唯識は有相唯識派の方です)

◎質問者からの返答

「私は世界の本当の姿を完全には知り得ない。ということを私は知っています。」

私は「物の存在とは何か」が疑問です。つちくれにしてもその性質は説明できても「物とは何か」というのは説明できないと思ってます。


>あるいは同じものを見ていても私と同じように見ている人は誰一人いないかもしれない、と考える方が妥当でしょう。

R・A・ラファティの「他人の目」を思い出しました。久しぶりに読んでみたくなりました。


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