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凶悪事件を一般人が裁く裁判員制度に抵抗を感じています。
被告が死刑になるかならないかまでを法律の素人に判断させるのは酷過ぎると思います。
重大な事件を裁くのは専門家に任せて、小さな事件こそ一般人が裁けばいいというのが私の意見です。
皆様はどう思われますか?

●質問者: Gleam
●カテゴリ:政治・社会 生活
✍キーワード:一般人 凶悪事件 専門家 意見 死刑
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 50/50件

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[1]裁判員制度に反対です serow225

死刑などの判断の重圧もさることながら、いくら説明を受けたとしても法律の概念を勉強したことも熟考したこともない人も混じる(多い)一般人が、私情に流されず正しい判断を下すのはとても困難なことだと考えます。裁判に「台所感覚」を持ち込まれたらとんでもないことになると思います。一般人を含む第三者的機関による裁判の牽制はという考え方には賛成ですが、別の方法を考えるべきだと思います。米国などの制度は、そもそもキリスト教的理念が大元に有ってのものですし、「無神論教徒」が多数を占める今の日本に持ち込むのにはかなりの無理があると思います。


[2]裁判員制度を変えるべき… ken3884

重大な事件を裁くのは裁判官に任せて、小さな事件を裁判員がやるのではなく

有罪か無罪かの判断だけにすべきだと思います


[3]>1 重いですね gtore

「12人の優しい日本人」という映画を観たことがありますが、

たしかに重大な事件を法律などに素人である一般人が判断するというのは、

ちょっと難しいという気がしますね。

「フィーリングかな」という台詞があったと思いますが、

そんなことで決められたら、と思うと…。


[4]>2 それも1つの方法ですね。 Gleam

>有罪か無罪かの判断だけにすべきだと思います

いい発想だと思います。


[5]現在の制度の方がいいと考えます Baku7770

確かに選ばれた裁判員にのしかかる責任は重いのでしょうが、本来の主旨に則るなら現在の裁判員制度の方が良いと考えます。

スーパーフリー事件を契機に性犯罪が重罰化していますが、本当にそれでいいのか?それとも逆にもっと重罰を科すべきなのか?今までの裁判制度であれば判例を元に刑が決められていましたが、裁判員制度が始まってから刑がさらに重くなるという傾向があるように感じています。

つまり、今までの性犯罪に対する刑は軽かったのです。

今回、初めて裁判員制度の下で死刑が求刑されていますが、判決は無期懲役と死刑判決は出ませんでした。今後、従来の裁判では死刑確実と思われる事件を扱うことは当然考えられます。その判決が死刑であれば、今までも正しかった。そうでなければ今までは間違っていたということになります。国民の量刑に対する意見を直接司法に伝えるという意味で、私は今のままがいいと考えます。


[6]認識が甘い Newswirl

法に詳しい裁判官は、裁判員と同じ人間なのでミスもあります。ミスをすれば後悔やトラウマだって抱えるわけですよ。

…専らそのような職業を務めているから、その後悔やトラウマは裁判官が当然抱えて然るべきものと解するのはおかしい。

このトラウマや後悔は、いわば社会を主体とした負の遺産なのだから、一部の職柄を担う人間の身体や精神によって賄うのは不公正

国と国民で言ったら、税金や投票で委託されて始めて発現されるわけですよ。

つまり、国民が何もしないで負の遺産を裁判官に取り除いてもらおうというのは甘い考え。

それに裁くような立場ではないというが、すでに我々は人をさばく立場にいる。

親が子を叱るように。教師が生徒に罰を与えるように人は人を裁いてきた。

その裁く権利が垢の他人の死や前科に作用してから怖がってみせるのも、いかがなものでしょうか?

人が人に罰や責務を与えるということはその軽重に関わらず、同程度の意味をもつはずなのでは?

人を叱ったり罰を与えることに失敗したら、謝ったら取り返しがつくとか思っているのかな。

小さい事件なら取り返しがつくのかな。


[7]求刑による心理的負担の差が大きすぎる。 miharaseihyou

全ての裁判が同じ金額では釣り合わない気がする。

せめて求刑を等級分けして、裁判員に支給される金額に反映させてはどうだろうか?


[8]>6 自ら選んだ職業なのだから・・・ Gleam

>…専らそのような職業を務めているから、その後悔やトラウマは裁判官が当然抱えて然るべきものと解するのはおかしい。


日本には職業選択の自由があって、自ら選んだ職業が裁判官ならば、一般人に比べれば後悔やトラウマを多く背負うのは仕方がないというのが私の意見です。


[9]>7 支給される金額は Gleam

支給される金額は元々もっと多くてもいいと思います。

裁判の内容によって金額を変えるという発想自体はいいのではないでしょうか。

でも、多数決で案を採用するかどうか決めるとしたら、採用されないという気がします。


[10]>8 それは Newswirl

いやいや、ここで「職業選択の自由」を持ち込まれても困ります。

たとえば、医者という職業を選んだとします。その職業選択は当人の責任によるものでしょう。

もちろん、医者として当然果たすべき責務を果たす仕事であるならば、その遂行の過程で生じた悲劇(後悔やトラウマ)を社会のせいにすることはナンセンスです。

しかし、国や国民に負って貰わなければならないような事情が含まれるような事柄に医者が携わっているとするならば、その仕事は本来なら医者のやるべき仕事ではなく、国や国民に負わせるべき仕事なのでしょう。

どのような例えなのか…たとえば、命を粗末にする社会で医者が医者たり得ることを望まれている状態だったり…。

人は神しか裁けないとか綺麗なことを言えない現実では、そのような仕事を誰かがしなければならなかったわけで

それを裁判官が努めてきただけのことで、彼の仕事の全てがいわゆる「職業」の範囲として肯定され得るかは疑問。


[11]>8 もちっと拡大しようかなあ fuk00346jp

職業として「裁判官」をやってる人が居る。

ほとんど同じ事を「裁判員」としてほぼ強制されてやらざるを得ない人が居る。

職業として成立するような事を強制的にやらせるのは「職業選択の自由」に反すると思うわけです。


[12]あまり罪が重い裁判はちょっと・・・ benitatu

殺人とか罪が重いのは ちょっと嫌ですね

だって 死体の写真(私だったら絶対見れない)

殺人以外のあまり重くないものであれば なんとか・・・


[13]歴史的には民事こそ陪審制 watarum

陪審制-Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%AA%E5%AF%A9%E5%88%B6#.E9.99....

ここの歴史の項目をちょっと読んでみると、

ヘンリー2世は、司法制度に対する国王の支配を及ぼすために陪審を利用したと言われる[11]。ヘンリー2世は、土地と相続の争いを解決するためにアサイズ (assize) という訴訟類型を設けた。そこでは、12人の自由かつ法律上の資格のある男性12人が集められ、宣誓の下、誰が真の所有者ないし相続人であるかについて自らの知識を述べた。これは今日の民事陪審の原型といえる。ヘンリー2世は、刑事裁判でも、1166年のクラレンドン勅令において、後の大陪審に当たる訴追陪審を創設し、法律上の資格のある男たちに、宣誓の下、犯罪について疑わしい人物を誰か知らないか報告させた。当時、こうして訴追された者は神明裁判にかけられていた。

と、民事的な事情で主として陪審制を導入していたようです。

また、同じく陪審制を制定したマグナ・カルタについての記述では、

1215年のマグナ・カルタでは、同輩から成る陪審の判決によるのでなければ処罰されないという権利が宣言された(39条)。これは、貴族が王権を制限するためにジョン王に認めさせたものであった

と、王権を制限する為に設けられたものだそうです。


どっちみち、民事や権力問題から発展していった陪審制ですから、日本のように、刑事事件だけ陪審制(正確には陪審制と裁判員制度は違うのですが)にするっていうのは逆のアプローチなのかもしれません。その点から考えればかなり妙ちきりんな事情になっていると思います。

ただ、歴史がどうこう抜きで考えると、私の知る限り、司法に関して、国民が有する権利というのは、最高裁判所裁判官国民審査くらいしか思い浮かびませんので、何か司法に対してアクションできる機会が増えたと考えればプラスかもしれませんが、日本人は平和ボケしているので、そんな権利が増えようが増えまいが、どうだっていいと思ってる人も多いんじゃないかなとも思います。だって、司法制度も平和そのものですもの。

導入すべきは、民事の裁判員制度なのでは。


[14]>12 おなじく otayori

殺人とか内容を詳しく知るのはトラウマになりそうでこわいです。


[15]刑罰の多様化のあとなら賛成 vengavale

死刑以外に重い刑期に、無期懲役がありますが、それでさえも死刑とはかなりの重さの違いがあるので、アメリカのように、実質刑務所から絶対に出てこられない懲役120年とかの刑を作ってから、裁判員制度を導入した方がよかったかと思います。

小さな事件を裁判員に、というのも、どこまでが小さな事件なのか、死刑求刑されたらだめなのか、そこも議論になると思うので。


[16]>9 元々の金額が安すぎる miharaseihyou

それも問題ですね。

ボランティアの募集じゃあないんだから、負担に応じた金銭の支給は最低限の礼儀だと思うけど。

そのうち暇人か趣味の人や人権擁護団体の人とかしか裁判員にならないという結果になりそう。

これは悪い意味で裁判の結果に反映される要素だと思います。


[17]>11 憲法の話 Newswirl

裁判員精度に限らず、ある種の議論で憲法から引用される方がいらっしゃいますが

そうした方々は、結論以前にいくつかの定義なり結論に至る過程を添えるべきでしょう。

「憲法違反!」では、あまりにも極端すぎて、同様の立場を持たれている方の意見の質までも落とし兼ねないと思います。

ちなみに、「強制」とありますが

裁判員法では選ばれた国民が率先して裁判所に赴き意見や判断をしてくれるようにしましょうということになっています。

すなわち、これは強制ではなく、国がそのように仕向ける宣伝や諸々の方策が十分に発揮されていないだけなのです。

今までの精度に囚われすぎないほうが良いと思います。

…学校で言ったら、掃除当番のようなものですね。

本来、用務員さんや清掃を担当する業者に任せれば良いわけですが

国や学校、教師が教育のためと称して、強制的に掃除をさせています。

誰かが断って、掃除をやりたい人だけがやる社会が望ましいのか疑問です。


[18]>3 いくら、法律の知識に疎いと言っても、 kuro-yo

法律に定めのない刑を宣告してもそれが執行されるなどと言う事は起こりません。

あくまでも、法の定める刑の範囲内で、刑が宣告され、執行されるのです。

それが、ハムラビ法典以来の、法治主義の基本原則です。


[19]>5 そもそも裁判員制度が導入されたきっかけは、 kuro-yo

ここ十数年の、重大犯罪に対する刑が甘いという世論に応えるものであったはずですから、彼らは自分の思うところを素直に主張すればいいのだと思います(というか、それしか出来ない)。


[20]>4 アメリカの陪審員制度はそうなってますね。 kuro-yo

アメリカの場合は、有罪か無罪かは陪審員が決め、刑の重さは判事が決める、だそうですね。

そのため、判事に対する市民の信頼は絶大で、一方、弁護士に対する市民の信頼は低いそうです。


[21]>18 法律が単純なら機械が判断すればよい serow225

実際は、どの法律を適用すべきか、また通常幅のある量刑の中での位置づけをどうするのかそもそもどの事象を証拠として採用すべきかなどなど、様々な曖昧な事柄の中で判決が決定していく訳です。素人がちょっと考えて判断できる限界を超えていると私は認識しています。


[22]>5 「正しい」のでしょうか serow225

その意見では、現在下されている判断、量刑が「正しい」ということになりますが、何か根拠がありますか?「国民の意見」を基準にすべきという考えには一理あると思います。しかし、一つ一つの事例で撰ばれた人達の意見が国民の意見を代表していると言えるのでしょうか。根拠が見当たりません。


[23]>21 裁判員だけで判決を下すわけではありません。 kuro-yo

「素人がちょっと考えて判断する」のでは私刑(リンチ)と同じになってしまい、裁判ですらありません。

別の言い方をすれば、したがって、裁判官、検察官、弁護士といった法律の専門家「も」いるから、公の裁判としての形を成すわけです。


[24]罪の軽重に関係ない kuro-yo

刑罰を決めるのは罪の軽重に関係なく容易ではありません。

なぜなら、「不当に重い刑を宣告してしまうかもしれない」という恐れがあるのと同時に「不当に軽い刑を宣告してしまうかもしれない」という恐れもあるからです。

私は、別に裁判員制度を支持しているわけではありませんし、不支持なわけでもありません。この時代を共有してしまう事になった私に課せられた、ある種の試みのように思われます:私たちは、「陰口」をたたきすぎたのかもしれません。


[25]>15 名誉刑 TAK_TAK

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%91%E7%BD%B0

昔の裁判の方が裁量で自由な罰を与えていたのですが、

このような罰がなくなった分むしろ

罰を与えにくくなっていると言えなくも無いです。


[26]>17 掃除当番については逆では?そして、法曹は、社会から委任されているという考え方はどうですか? jazzyart

学校の掃除当番については教育目的かもしれませんが、本来用務員や業者がやるべきというのは違うと思います。

会社とか店に置き換えると、本来自分とこの会社や店がやるべき清掃を、専門の業者に委託しますね。社員教育のために自分でやるところもありますが、それは、本来自分がやるべき事を自分でやっているだけです。

同様に、法曹についても、社会が専門の知識を持った資格者に委任しているという考えではどうですか?


[27]>23 市民に判断させればメディアは判決に文句いえないでしょ? adgt

ていう司法の思惑が裁判員制度だと思うけど。どこのメディアも今回の無期の判決を糾弾するところはなかったでしょう?あの判決を以前の制度で下していたら、メディアはどんな報道をしただろうか?


[28]>14 殺人までは・・・ S-TAIGA

殺人までは怖いです。

ずっと後悔してしまいそうです。

人が死ぬか死なないかという判決を下す場合はもう少しかんがえたほうがいいのかもしれません。


[29]限度ってもんがある sacrim

重い裁判は負担が大きすぎる!

だから俺も有罪か無罪かを決めるだけでいいと思う


[30]裁判員制度導入前からビックリしてましたが、 yam3104

「あり方」というのが当初のそのまんまと言うのに愕然です。そもそもどういう経緯だったっけ?


[31]>10 裁判官は職業でしょう yam3104

>人は神しか裁けないとか綺麗なことを言えない現実では、そのような仕事を誰かがしなければならなかったわけで

>それを裁判官が努めてきただけのことで、

それこそが職業たりうる根拠だと思いますが。素人に任せられないのを引き受けてますから。


[32]>26 掃除の話になるけど Newswirl

そうですね。私の例え方が間違っていました。

但し、学校は本来"教師"がやるべきです。実際に彼ら自身自分の机など掃除しているはずです。

先に述べた用務員さんや業者の例は、仮に児童や生徒が掃除しなければ必ず現れるだろう人の例です。

児童たちは基本的にお客様なので、学校の規律に従った方法で清掃しなくても良いわけです。

汚い環境でも自分たちが勉強できると思えば片付けなえれば良いですし、備品を汚しても反省しない人もいるでしょう。

それを教育指導要領などで清掃することを教育と一環として、

教師はアレをしなさい。コレはダメと社会人になるための清掃のイロハを教えていくわけですね。

合法的に人を掃除(量刑の判断が)できる当番といったところでしょうか。


[33]>29 有罪か無罪かを決めるのだって負担が重いですよ。 kuro-yo

量刑なら多少のさじ加減ができる事も、有罪か無罪かしか決められないなら「天国と地獄」の差ができるという事もあります。

判決を下す側にいる時点で、重い責任がのしかかるのですよ。


[34]>17 過料を強要しているのに? itarumurayama

>ちなみに、「強制」とありますが

>裁判員法では選ばれた国民が率先して裁判所に赴き意見や判断をしてくれるようにしましょうということになっています。

>すなわち、これは強制ではなく、国がそのように仕向ける宣伝や諸々の方策が十分に発揮されていないだけなのです。

選任過程で過料を課したりしているのに、「強制ではなく」と断言されるのは何故ですか?


[35]>17 違憲のデパート itarumurayama

fuk00346jp様は、明確に「憲法の「職業選択の自由の規定」に反している」と書かれています。

ちきっと定義されていると思います。

その他、内心の自由、信教の自由にも違反しており、この制度は「違憲のデパート」と言われています。

まあ、「通りすがりの輩がいい加減な発言している」と思われても何なので、

自分は10年前から反対の議論をしている者、と身分を明かしておきます↓

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/7891/coffee/16.html

http://star.ap.teacup.com/0120320354/


[36]>29 量刑を決めさせるためのデメリット itarumurayama

アメリカの陪審制は有罪無罪しか決めません。

一方、日本の裁判員制は量刑まで決めさせる。

その弊害は、「グロ画像の強要」という形で現れます。

つまり、検察側が厳罰を要求するためのツールとして、被害者のグロ画像を証拠提出してしまう。

このために、確認されているだけでも福岡地裁で2件のPTSDが発生している。


[37]>13 むしろ政治への素人参加の方が itarumurayama

予算とか法案作成とか、それこそ「事業仕分け」に素人を参加させればいい。

地方自治では実例があり、三鷹市でプラーヌンクスツェレといわれています。


[38]>19 中坊公平の脳内妄想がきっかけでしょ? itarumurayama

>ここ十数年の、重大犯罪に対する刑が甘いという世論に応えるものであったはず

産経はそういう認識だったかもしれませんが、実態はちょっと違うのでは?

自分が得ている情報では、「司法の民主化」という脳内妄想に走った日弁連の中坊公平が、

尻込みする検察・法務省を説き伏せて強引に導入した、と聞いています。

かつての中坊公平の権勢は強力でしたから。


[39]>16 かなり暇人寄り合いに近づきつつある itarumurayama

鹿児島地裁の事案では、公判日程が過去最長の40日間です。

ここまで長いと、むしろ、真っ当な社会人では参加できない。


[40]一般人 yk1997kobba

一般人って自分の意志で決めてしまうと思います。普通なら懲役○年のはずが死刑って出されたらたまったもんじゃないと思います。


[41]>35 まとめてレスすると Newswirl

裁判員法では以下のように記載されています。

>政府及び最高裁判所は、"裁判員の参加する刑事裁判の制度が司法への参加についての国民の自覚とこれに基づく協力の下で初めて我が国の司法制度の基盤としての役割を十全に果たすことができるものであること"にかんがみ、この法律の施行までの期間において、国民が裁判員として裁判に参加することの意義、裁判員の選任の手続、事件の審理及び評議における裁判員の職務等を具体的に分かりやすく説明するなど、裁判員の参加する刑事裁判の制度についての国民の理解と関心を深めるとともに、国民の自覚に基づく主体的な刑事裁判への参加が行われるようにするための措置を講じなければならない。

つまり、少なくとも現時点では裁判員の存在は日本の司法制度には必要不可欠な存在であり、司法制度の根幹には国の公益と国民一人一人の権利の保障が念頭に置かれており、より公正で公平な裁判を行うためには国民を無作為に参加させる必要があることが前提とされているわけです。従って、司法への参加は納税と同じぐらい重要なものと成っていません。義務を強要というのならば、権利の濫用と言わざるを得ない。

裁判官ではなく、なぜ裁判員精度が導入されたか。散々テレビなどで報道されてきたので言うまでもない。国民が自身の正義に則り、主体的な意見で裁判を進めれば、概ね総体的には正義の判決となる。

少ない証拠で難しい判断ができないのであれば、それは裁判員精度の問題ではなく、検察に問題があると言った方が良い


[42]自分に当てはめて考えると・・・・ koukou29

今までは、検察起訴→有罪率99.9%。つまり、裁判所は、検察の単なる追認機関でした。

量刑もほぼ判例を踏襲するのみ。それが、今度は法律の素人による人民裁判へ。

どちらが良いのか、非常に選びにくいですね。というか、どちらも欠陥だと思われます。

このような判断に迷った場合、自分に当てはめて考えます。

私なら、素人に判断されるよりは、プロに判断されたいですね。


[43]>33 有罪と無罪 sacrim

それもそうですね。

誰もがみんな納得のいく結果になるはずがない。

有罪が確定し、被害者の家族は安堵する。

だが加害者やその家族、そして判決を下す側にいる国民は

複雑な気持ちである。

裁判員制度を導入したところで今までとたいして変わらない。

むしろ悪化したようなものだ。


[44]日常感覚や常識 gtore

「国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映する」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%93%A1%E5%88%B...)

ということですね。


この「日常感覚や常識」を意見するというくらいなら可能だと思いますが、

そのさきにある、有罪か無罪かの判断まで行わなければならないというのは、ちょっと酷な気がしますね。


[45]>28 たしかに gtore

怖いですよね。

人の命がかかっているわけですから。

確固とした証拠があったとしても、

後味は悪いと思います…。


[46]>42 素人よりはプロ serow225

私もそう思います。責任と知識・経験のない一般大衆の判断はやはり行き過ぎる危険があります。


[47]>4 方法 M-i

同感です。


[48]>41 納税義務は憲法に明記されていますが、裁判員は憲法に明記されていません itarumurayama

裁判員への参加義務は憲法に明記されていません。

そんな理屈で憲法上に明記されない義務が強要されるなら、徴兵も改憲せずに

導入可能になります。


[49]>41 えらく制度を擁護されているので itarumurayama

Newswirl様へ

福岡地裁で(確認されているだけで2件発生している)裁判員PTSD事案についてコメント願えませんか?

PTSD発生させてまで義務付けられる、憲法に明記されない義務って・・・

まさか、そこまで擁護されていて、福岡地裁のPTSDをご存知ないことはないですよね?


[50]>32 学校の清掃 fuk00346jp

報酬も無いのを「労働」と定義しない方が良いと思いますよ。(労働と定義すると「違法労働」になる年齢が出てきますし。

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