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【イエはてな】"ディア・ライフ" #007

THEME:「これがわが家の味、幸せ料理と思い出」

“ディア・ライフ”=『親愛なる日々』。イエは暮らしと人生の舞台。「LIFE」という言葉に、生活と人生の2つの意味をこめて、イエと家族のストーリーを語り合いませんか? 心のページに刻まれた思い出も、現在のイエでの愛しいワンシーンも。毎回のテーマに沿って素敵なエピソードを、豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで投稿ください!

*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿くださいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731

テーマ詳細とアイデア例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20101110

※ピックアップ受賞メッセージは、〈みんなの住まい〉サイトにて記事紹介させていただきます。またメッセージは表記統一や文章量の調整をさせていただくことがございます。
※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。投稿期間中ははてなスターのご利用を控えていただけますようお願いいたします。
※質問は11月15日(月)正午で終了させていただきます。

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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:007 11月15日 theme 「LIFE」 いただきます
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 55/55件

▽最新の回答へ

[1]家庭菜園のキュウリで自家製ぬか漬け NazeNani

家庭菜園で季節の野菜や、キュウリやナス、水菜やハーブを育てていたので、よくお茶漬けやお酒のおつまみに合う自家製ぬか漬けを漬けていました。冷蔵庫でタッパーに入れて漬けると、臭いも少なくて虫もつかず、味もまろやか減塩風に漬かって良いですよ☆秋は秋ナスの田楽や、お鍋に庭から取って来た水菜、シチューやスープに庭のハーブなども入れていました。


[2]魚のおつゆ。 nakki1342

我が家の味というよりは私の幸せな料理の思い出なのですが・・。

子供の頃、私が風邪ぎみの時に

母が私のために魚のおつゆを作ってくれました。

もうどんな魚を使ったのか、味とか

細かいところは正直まったく覚えていません

でも

魚のおつゆに感激したことだけは覚えています。

自分の好きな食べ物は魚なのですが

きっかけがこのおつゆを飲んだことだったのです。

魚のおつゆを作ってもらうことは最近はありませんが

また・・久々に飲んでみたいな・・

(・・て言うか自分でおいしい魚のおつゆを

作って飲むほうが早いか・・。)


[3]夕食のお刺身 castle

実家でよく出る料理といえば、はたはたのお刺身ですね。毎朝業者の方が魚を売りにくるので、その新鮮なはたはたをお刺身にしたものが頻繁に夕食に上がります。

だからいつもお刺身はほとんどはたはたで、これだけ食べても飽きがこないので不思議です。他の魚が刺身として上がることもありますが、はたはたのお刺身を食べるとその生活の中で馴染んだ味に気持ちが安らぐといえば大げさでしょうか。

また三枚に下ろして残った骨と身の部分も煮込んだものも出てくるので、骨についたはたはたの身をほぐしながらご飯と一緒に食べるのが習慣となっています。


[4]みそ汁 adgt

みそ汁は日本人のソウルフードだと(だったと)思います。子どもの頃、毎日毎日みそ汁が朝食に並ぶのがなんだか嫌な時期もありましたが、一人暮らしをはじめてからその貴重さを実感しました。

朝食から、しっかりと野菜がとれて身体を温める最高の料理だと思います。ちなみに、実家のみそ汁は、いりこだし、白みそ、具は機能の残りからチョイスという感じでした。


[5]ちらし寿司 adgt

ウチの実家では、お祝い事のときには、かならずといっていいほどちらし寿司が出ていました。色合いも鮮やかですし、食べていると幸せな気分になります。レンコンをいれてしゃきしゃきとした食感を楽しむのが好きでした。


[6]みんなで鍋 adgt

大学時代、学生寮にすんでいたので冬場はかなりの頻度で鍋をしていました。みんなで買出しにいったり、それぞれが食材を持ち寄ったりしながら、お金がなくても満腹になれるのでいつもやっていました。ワイワイみんなで鍋をつついていたこと自体が、かなり貴重な時間だったんだなと思い出されます。


[7]>3 お刺身、お寿司 adgt

はご馳走でしたね。子ども兄弟は、皆テンションあがってました。自分では、魚をさばく機会はほとんどないですが、ちょっと食べたくなりました。


[8]>4 自宅で味噌汁 some1

寒い時期になってくると、飲んでとてもホッとします。

個人的にはコーラでご飯でも平気な人間だったりもしますが、それは「食べられる」ってだけであって「おいしい食卓」には無関係ですし。

それと定食だので味噌汁飲んでも薄いのばっかりなので。


[9]すりおろし林檎 adgt

小さいときに、小児喘息をわずらっていて身体も弱かったので、冬場は良くふせっていました。そうすると祖母がよく林檎をすりおろしてくれて、物が喉を通りにくいときに食べさせてくれました。自分も子どもができたときには、機械でチョチョッと作るんではなくて、じぶんで向いてすりおろしてあげたいと思います。


[10]これがわが家の冬の味、タマネギスープの温かさ TomCat

リブ・ラブ・サプリの第一回目で書いた冬恒例のタマネギスープ。これは子供の頃からのわが家の冬の風物詩でした。

寒さが冷たさに変わってくる頃になると、母がブイヨンを仕込みはじめます。大きなお鍋からコトコト立ち上る湯気が、部屋にまで暖かさと、喉に優しいしっとり感を漂わせてきます。出来上がったブイヨンはまずコンソメに仕立てられて食卓に。すると父は、もうこんな季節になったかと、翌日、どっさりのタマネギを買い込んで帰ってくるのでした。

「剥くぞ」

「いぇ?い!!」

父と私でタマネギの皮剥きです。スープは大鍋で作られますから、一度に30個は剥きます。剥いたタマネギの一部はみじん切りにされ、バターを引いたフライパンでキツネ色になるまで炒められます。残りは櫛切り。これらが大鍋のブイヨンに投入されたら、あとはひたすら煮込みます。

初日はまだ味が若いので、大鍋から一部を取って、季節の野菜やウインナなどと共に煮込まれたポトフ風のスープになって食卓に上ります。翌日になるとすっかり味が落ち着いて、タマネギスープだけで絶品の味わい。不思議ですよね。煮込んでいくだけで、びっくりするくらい味が変わっていくんですよ。これがタマネギスープの素敵なところ。おー寒い寒いと学校から帰ってくると、ほかほかの湯気が立ち上るスープカップが私を迎えてくれました。

こんなスープが、わが家では一冬ずっと続きます。減った分だけ新たに仕込んだスープを注ぎ足して、冬の間じゅう食べ続けられていくのです。煮込むほどに色と味わいを深めていくスープが冬の深まりと連動して、寒さが増すごとに食卓の温かさも増していきます。これはとても素敵なことでした。

このスープはそれだけでも家族の笑顔を温めてくれましたが、さらに様々な料理に変身して、冬の食卓を彩ってくれました。まずはタマネギスープのパイ包み。カップの上に膨らんだパイをザクッと割ると、立ち上る湯気。これだけでも食卓に喚声が上がります。スープの中にはベーコンと共に人参やセロリなど香りの良い野菜も一緒に煮込まれていて、トロリとろけたチーズも入っています。子供は人参やセロリなどが苦手なものですが、こんなスープで出されたら、全てが大好物に変わってしまいます。ソーセージもロールキャベツも、このスープで煮込まれていきました。

シチューもカレーもベースはこれ。クリームシチューまで褐色のタマネギスープをベースに作られますから、わが家のシチューは淡いブラウン色をしていました。でもコクのある絶品のシチューに仕上がるんですよ。

父は、スープの一部を取って人参やゴボウを煮込み、味噌を溶かして豚汁もどき。どこかが間違っている感じもしないではありませんが、これもまたうまいのです。

こんなふうに、一冬わが家を温め続けてくれたタマネギスープ。今は私が作っています。もちろんブイヨンから手作りがわが家のやり方ですから、私もそこから。丁寧に、丁寧に、わが家の冬の味を仕込みます。今は一人暮らしですが、これさえあれば、家路をたどる足取りも軽やかです。


[11]>9 りんご eiyan

りんごはミネラル栄養が豊富で医者要らずといわれますね!

赤く色付いたりんごは見ていても何となく郷愁を誘います。

赤くて香りも良いりんごは重宝ですね。


[12]>6eiyan

これから寒くなると”・・鍋”が美味しいですね。

肉と野菜はそれぞれ相棒。

栄養バランスから見ても良いコンビです。


[13]>5 ちらし寿司 eiyan

色んな種類の寿司は美味しいですね。

具に何を入れるかで名称が変わる。

そして、形容が変わると又名称が変わる。

そんなお寿司は外国人でも美味しく感じる。

味が決め手のお寿司はお料理の芸術品にもなりますね。


[14]>2 魚湯 eiyan

魚の身を食べた後の骨にお湯を掻けて出汁を採り飲みましたね。

今では懐かしい思い出です。

現在最近はしていませんね。


[15]>1 ぬか漬物 eiyan

糠で漬ける漬物は保存食。

冬の寒い時期には大根漬けで”沢庵”

夏の暑い時期には胡瓜漬けで浅漬けの”一夜漬け”

どちらも時期相当に美味しいですね。


[16]>7 刺身。 nakki1342

私は、魚は好きなのですが

刺身やおすしは、食べることが出来ないので

家族がみんなで刺身やおすしを食べる姿を見ると

ほんの少しだけ、寂しい気持ちになったりします。

でも・・

自分は、魚好きなんですが

その2つは、大の苦手なのでしょうがないんですけど


[17]>11 今でも食べたくなります sayonarasankaku

私も子供のころ、風邪をひくと食べた思い出があります。

すりおわるころには色が茶色くなってしまうのですけど、それでも美味しくて大好きでした。

元気なときも作ってと頼んで、作ってもらったりしました。


[18]祖母のおにぎり sayonarasankaku

小さな頃、祖母が作ってくれるおにぎりが好きでした。


家では商売をしていて両親が忙しかったので、私が夕方にお腹を空かしているようだと祖母がおにぎりを作ってくれることがありました。


たぶん手にしょうゆをつけて握っていたのだと思うのですが、ご飯にしょうゆがしみて茶色くなったおにぎりでした。

自分で、こんな感じかなと真似してみたこともあるのですが、どうも祖母が作ったようにはなりませんでした。


どうやって作っているのか、祖母が元気な頃に聞いておけば良かった。

でも聞いたとおりにつくっても、祖母と同じ味にはならないような気もします。


[19]>10 美味しそうー! sayonarasankaku

すごく美味しそうです。

ひと冬の間、体の中からホカホカと温めてくれるのですね。

芯から温まるってこういうことなんだろうなという気がします。


いろいろとアレンジできるところがまたいいですね。

ちょっと麺をいれてみたり、またスープでご飯を炊き込むなんていうのも、

美味しそうだなぁと思います。


[20]たこの入っていないたこ焼き iijiman

我が家の味、というほどのものではありませんが・・・

我が家には、電気式の「たこ焼き器」があります。電器屋さんの閉店セールで686円で買いました。

それを使ってたこ焼きを作るわけですが、我が家では、そのたこ焼きに「タコを入れたことがない」のです。

何を入れるかというと、カニカマ、ワカメ、チーズ、などです。

味は、普通に美味しいですよ!

それに何と言っても、イエで作ると安い!

我が家の「たこの入っていないたこ焼き」は、ほっこり幸せの味です。


[21]なつかしのすいとん offkey

私がまだ子どもだった頃、よく食卓に並んだ料理がすいとんです。

我が家は自営業で、父が昼食を家で取ったり、外で取ったりと不規則だったので、ご飯の量がその日によってまちまちになります。

「夕食に食べるご飯が少し足りないようだけど、これから炊くとあまってしまいそう。明日の朝は弁当が必要だから炊き立てのご飯が必要だし。」そんなときに、夕食はご飯のボリュームを補うすいとんになることが多かったです。


うちのすいとんは醤油味がベース。煮干と昆布を入れっぱなしにして火をかけて出汁をとります。中に入れる具は、豚肉、じゃがいも、にんじん、白菜、しいたけ、長ねぎ、といったところ。

これらの具に火が通ったら、醤油と酒とみりんとで味付けます。そしていよいよすいとんの投入。

すいとんは小麦粉と塩と卵、水を加えてこね合わせて耳たぶくらいの固さにしたら、布巾をかけて休ませておきます。

その塊を小さくちぎってなるべく薄く薄く伸ばし、鍋の中に入れてゆきます。厚いと火のとおりが悪くて出来上がったときにすいとんの中がまだ生だったりすることがあるので、一生懸命伸ばすのですが、これが結構難しい。

母はらくらくと投入していたのですが、私は、すいとんの生地が手にくっついてうまく伸ばせずに四苦八苦です。

こうして、すいとんを投入したあとは浮き上がってくるまで煮ますが、煮すぎるとすいとんが溶けてくるので、これも加減が必要。

火が通ったら最後に溶いた卵を入れて出来上がりです。

なんということのない、平凡な味なのですが、すいとんのモチモチとした感じと、具材からでるうまみがマッチして、寒いときにはなによりも体のあたたまるご馳走でした。


最近はこのすいとんの生地をつくるのが億劫になってきたせいもあって玉うどんで代用しています。

手作りのすいとんにある、モチモチ感だけはないので、そこだけは違ってしまうのですが、具材と味付けは変わらないので、なつかしの味はそのままに、手軽くできるのがいいです。

すいとんならぬ、煮込みうどんになってしまいますが、この方法だと、昼食などあまり調理に時間が取れないときにも簡単に作れるので重宝しています。

例えば、午前中、雪かきで一仕事終えた後に、これを作って食べるのは最高に美味しいです。


[22]きび砂糖の優しさで作る里芋としめじの煮っころがし chairs

祖母、そして母・・・・・・

そうして受け継がれている一つが我が家の味として私の家では定番となっております。

何でも無いような料理に思えますが大好きな一つです。

あれ?しめじ?なんて思われるかもしれませんが、このしめじがいい仕事をしてくれています。

まず里芋の皮をむきます。

少しだけ厚めにむいてください。

大きさは小ぶりのものであればそのままでも良いですし、大きい場合は何等分かにしてもよいでしょう。

お年寄りのある家やお子さんのある家では食べやすいように小さくしても構いません。

そしてお湯で里芋を茹でます。

茹であがったら水にとってヌルヌルとしたぬめりはここで綺麗に洗い流してください。

面倒でもこの作業は一つ一つ丁寧にしてみてください。

これ一つで仕上がりの味も変わってきます。母曰く大事な作業だそうです。

そして次に鍋にお芋をいれ出汁も注ぎ沸かします。

沸騰したところで火を中火にし、きび砂糖、醤油、みりんを入れます。

第2のポイントはここだそうです。

きび砂糖。

きび砂糖というのは、お砂糖を完全に精製せず煮詰めて作ったものとなります。

つまり普通の白い砂糖よりもミネラルなどの栄養分が残っていて、そして何より料理の風味もよくなりコクが生まれます。

ですので私の家の煮物には必ずこのきび砂糖を使用します。

話しは戻りますが次は煮含めて行きます。落とし蓋をしてください。

この間にしめじを割いて食べやすく分けておいてください。

煮汁がまだ少し残っている程度のところでこのしめじを加えます。

そしてソっと優しくお鍋をゆすりながら全体に汁を煮絡めていき、綺麗に煮あがったら出来上がりです。

何のことの無いように思うかもしれませんがポイントを抑えながら作ることでみなさんのご家庭でもそれぞれのお味が出来るかと思います。

これが我が家の大好きな里芋としめじの煮っ転がし。

祖母から母へ。

そして母から私へ。

きっといつかは私から子へ。

受け継がれていくであろう料理です。

祖母の作る料理はお砂糖を必ずきび砂糖を使っていたことが特徴的でした。

何とも言えない温かい味です。

今でもきび砂糖の風味を感じるたびに祖母を思い出します。

小さい頃に一緒に台所でお手伝いをして、皮むきだけさせて貰っていた情景が思い浮かんだり。

とても懐かしい大事な思い出です


[23]山椒の葉の佃煮 CandyPot

正確には佃煮とちょっと作り方が違いますが、わが家のやり方をご紹介しますね。材料は、山椒の葉、お醤油、そして味醂です。

1.山椒の葉を摘み、固い軸を取り除きます。

2.大きなお鍋に湯を沸かし、山椒の葉をどばっと入れて、再び沸き立ってきたらすぐにザルに上げて冷水に放ちます。この間1?2分。

3.そのまま水に20?30分さらしておきます。

4.お鍋に山椒の葉を入れ、醤油2・味醂1の割合でふりかけながら、炒り煮のようにしていきます。熱とお醤油の塩分でどんどん水分が出てきますから、焦がさない程度に水分を飛ばしつつ、味見をしながらお醤油や味醂を足していきます。山椒は香りが強いので、味は濃く付けてだいじょうぶ。葉の量によってお醤油と味醂の量も違いますが、結構たくさん使います。

5.かさが最初の1/4くらいになったらできあがりです。


この佃煮に使う山椒は、子どものころに住んでいた家の庭にあったものでした。毎年アゲハチョウの幼虫もやってくる、大好きな木でした。山椒にしてはけっこう大きな木で、さらに雄株と雌株が1本ずつあったので、こうして佃煮にするために葉を取ってもまだ、アゲハの子の分もたっぷり残ります。あったかいごはんに、ちょっとだけ佃煮をのせてパク。山椒の葉の香りが、どこかミントにも似た清涼感になってお口に広がりました。


引っ越した新しいイエには山椒の木がなく、新たに植えることもありませんでしたが、ご近所に山椒の木が複数あり葉っぱがいただけるので、この味は絶えずにわが家に残りました。食べると、元のイエを思い出しました。

「あのおうち、まだ残ってるのかなぁ」

「どうかなぁ、そのまま住んでくれる人が買ってくれてたらいいね」

庭の山椒はどうなったかなぁ。新しく住んでくれた人が、そのまま大切にしてくれていたらいいなぁ。毎年そう思いながら食べていました。いつのまにか山椒の葉の佃煮は、生まれ育った懐かしいマチとイエを懐かしむ味になっていました。


そんな懐かしいマチに帰ることができたのは、つい最近のことでした。懐かしい友だちが出迎えてくれて、それは懐かしい時間が過ごせました。友だちに「私が住んでたイエ、今どうなってる?」とたずねてみたくなりましたが、それはやめにしました。自分の足で歩いて行って、自分の目で確かめようと思ったんです。友だちは「あなたが前に住んでいたイエ、今はね」なんて教えてくれようとしましたが、

「わー、言わないで、自分の目で確かめてみたいから」

「じゃ明日、一緒に見に行こう」

「うん!!」

そして翌日…。


懐かしい町並みを、友だちと一緒に歩きました。ここは通学路。子供のころの学校帰りを思い出します。景色は昔のままのようにも見えましたが、よく見るとけっこう変わっていました。きっとあのイエも今はないんだろうな。そう思いながら懐かしいイエの近くまでいくと…。あれ、あれれれれ。友だちはパパパッと駆けていって、庭にいたおじさんに「連れてきたよー」なんて声をかけています。


聞いてみたら、なんと今そこに住んでいるのは、友だちのご親戚の方でした。一度売れたイエがまた売りに出て、三度目の住人になったのは、退職して元のマチに戻ってきた友だちのおじさんだったんです。

「こんな田舎に新しい人なんて引っ越してこないよ、イエを買う人がいるとしたらみんな誰かの縁続き」

「うわぁぁ」

イエはきれいにリフォームされていましたが、玄関の場所も窓の位置も昔のままでした。お庭もきれいに手入れされていて、懐かしい山椒の木もそのままの場所にありました。


また会えた。きっとその時、私は泣きそうな顔をしていたと思います。おじさんが、ためしに挿し木にしてみるかいと声をかけてくれました。

「できるんですか?」

「山椒の挿し木は難しいし時期もずれてるからうまくいかんかもしれんけど…、持ち帰りやすいように団子挿しでやってみよう、準備しておくからまた帰りにでも寄ってくんないかい」

思わぬプレゼントに、私は本当に泣いてしまいました。こうして持ち帰ってきた山椒、ちゃんと根付くか不安でしたが、なんとかうまくいったようで、今わが家の庭で育っています。まだ葉を取るには早すぎるチビ山椒ですが、きっといつか大きくなって、わが家の味を支え続けてくれると思います。


[24]>17 よく食べましたね Rytandrezone

子供時代風邪を引いたり、おなかを壊したりすることが多くて、よく食べましたね。


[25]>22 珍しい eiyan

きび砂糖なんて珍しい。

きび団子って聞いた事あるけどきび砂糖なんて初めて。

きっと甘くて美味しいんでしょうね。


[26]>21 すいとん eiyan

すいとんって今のおかゆ?

昔は食料がなかった時代には腹が満腹になる様にって、一杯の汁ものを食べたっけ。

今は食料の豊富時代だから、こんな事って嘘見たいですね。


[27]>20 たこやき eiyan

たこ焼き器が安いですね。

たこが入ってるからたこ焼きっていうのにたこが入ってないって、それは何っていうのかな?

お好み焼きやたこ焼き、もんじゃ焼きやたい焼き、色んな焼きがありますね。

普通は中に入ってる材料で名称を決めるのに、中に何も入れない焼きは何焼かをクイズにでもすると面白いですね。


[28]>18 おにぎり eiyan

日本人が一番オーソドックスで好まれるのが”おにぎり”ですね。

今は”おむすび”とか”寿司”っていうらしいですね。

やはり日本人は”おにぎり”が一番美味しく好まれますね。

あ?!

そんな話題を出したら食べたくなったので、明日にでも即興で作って食べようかな?


[29]>23 佃煮 eiyan

佃煮の材料は何でも良い。

色んな材料を使えば尚バラエテー豊富で美味しい。

”山椒は小粒でピリリと辛い!”


[30]いつも食卓にあるわが家の味、ひじきと油揚げの煮物 tough

わが家の常備菜的なものに、ひじきと油揚げの煮物があります。子供のころはこれが苦手でした。嫌いではないのですが、あまりおいしくも感じられなかったのです。食卓にこれが乗るたびに、心の底では『また余計なものを?』と思っていました。


かといって手を付けないのも悪いと思いお愛想程度には食べますから、私がそれをあまり好んでいないことなど、両親は知るよしもない様子でした。おかげで母が詰めてくれるお弁当にも、たいていこれが添えられていました。『またこれかよ』と思いますが、そこはいつもお腹を空かしている育ち盛り。結局全て平らげてしまいます。するとまた次のお弁当の一角にも黒いものが。こんなことが高校を卒業するまで続いていました。


ところがです。地方の大学に進学し、親元を離れて暮らすようになると、無性にイエの味、お袋の味が懐かしくなってきます。「ひじきでも食うか」と、何度か自分でも作ってみました。作り方は子供のころから見ていますから教わらなくても大丈夫です。ひじきはたっぷりの水で戻します。油揚げは熱湯をかけて油を抜いてから短冊切り。ニンジンも短冊です。それらをお鍋でざっと炒めて、出し汁に醤油、味醂、砂糖などで味を付けた煮汁で煮て、材料が煮汁から顔を出すくらいまでゆっくり煮詰めていけば完成です。成功、イエで食べるのと同じ味になりました。しかし懐かしいと思って作ってはみたものの、やはりこれは苦手な食べ物です。『ちっ、余計な物を作っちまった』と苦笑しながら食べました。


夏休みや年末年始にはイエに帰りますが、久し振りに帰ると母が張り切って私の好きな物ばかりを作って食べさせてくれるので、ひじきは食卓に上らずじまいでした。そのうち運動部に所属していた私は休暇中も練習や試合などで忙しくなって、あまり帰省しなくなりました。こうして母の作るひじきの煮物を全く食べずに、大学時代を過ごしました。


無事大学を卒業し、イエに帰るその日。列車に乗り込むと、私はすぐに眠ってしまっていました。車中で見たのは、子供のころの夢でした。父が食卓に座り、お茶を飲みながら新聞を読んでいます。するとトンとテーブルに置かれる、ひじきの煮物。父はそれをつまみながらお茶を飲むのが大好きなのでした。子供のころの私はいつも、『こんなもんのどこがうまいんだろう』と思いながらそれを眺めていましたが、そういう父の姿を見るのは好きでした。視線を移すと、そんな父の様子を嬉しそうに見ている母。目を覚ました私は、『あぁ、これが俺のイエなんだ、もうすぐ帰るんだ』と、ちょっとじわっとしてしまいました。


駅に着き、「これから帰るよ」と電話を入れると、母が「お父さんも待ってるわよ」。どうやら息子の帰りが嬉しくて、平日なのに有休を取ってしまったようです。ただいまとイエに帰ると、相変わらず父は、ひじきの煮物でお茶を飲んでいました。変わらないなぁ、この様子。夢で見たのと同じです。私もテーブルに座って「俺にもお茶」。湯飲みと一緒に、懐かしい箸も出てきました。熱いお茶をすすり、箸を手にとって煮物を一口。あぁ、うまい!と思いました。本当に帰ってきたんだという実感が湧いてきました。思わず瞼が熱くなって、涙がこぼれてしまいました。その瞬間、父と目が合ってしまいましたが、父はニコッと笑って、見て見ぬ振りをしてくれました。


それ以来、私はこの、ひじきと油揚げの煮物が大好きになりました。


[31]>27 たこやき kyou_mii

ひとつだけ中に辛いものとか入れて罰ゲームたこやきも面白いです。

家族では難しいですが、友人が集まったときなど、お酒飲みながら楽しめそうです。


[32]むいた皮でもう一品、母の作るきんぴら TinkerBell

病気で入院していた時、食べたくて仕方がなかった料理は、母が作るきんぴらでした。

母の作るきんぴらは、いわば野菜屑のリサイクル。

むいた根菜類の皮で作る、ついでの一品です。

けっして主菜になることはない、地味で目立たない料理なんです。

でも、一度食べたいと思ったら、もうその気持ちは抑えられません。


私の病気はちょっとややこしいもので、入院は長く続きました。

お母さんのきんぴらが食べたいよぅ、ジャガイモの皮で作るのがいいな。

言ったら笑われそうなので口にはしませんでしたが、ずっとそんなことばかり考えて過ごしていました。


母のきんぴらには、素材に対する愛があります。

皮をむく時は思い切って厚くむく。それが素材のおいしさを生かすコツ。

厚くむけば、皮も屑じゃない立派な素材。それでおいしいもう一品。

もったいながって中途半端に薄くむけば、どちらの良さも生かし切れません。

その当時、私は料理なんかまったくしない人で、満足に包丁も握ったことがありませんでした。

ですから、こういうことは後になって気付いたことなのですが、でもそういう素材に対する愛の心が料理に染みわたっていて、それが家を離れて入院生活を送っていた私の心に響いて来たんだろうなぁと、今考えるとそう思えてきます。


もちろん野菜によって、むいた皮の利用法は様々ですが、ごぼうやにんじんはもちろん、蓮根やウド、大根の皮などはきんぴら向き。

素材に合わせた味付けによって、きんぴらの一言ではくくれない、多彩なメニューが生み出されていきます。

ついでの一品にも手を抜かないのが、うちの母の料理だったんですね。


ウドのきんぴらもおいしかったな。

ウドの酢味噌はちょっと苦手だったけど、きんぴらはとってもおいしかった。

皮だけ売ってないのかな。

なんておばかなことを考えながら、心が弱くなりがちな入院生活を過ごしました。

退院したらやりたいことはたくさんあったけど、いつ退院できるか出口がわからない状態では、すぐに心が折れてしまいます。

でも、きんぴら食べたいくらいの希望なら、しっかり持ち続けていられます。

家に帰れたら、きんぴらでごはん。そんなささやかな希望が、私を支えてくれました。


やっと退院の見通しが出た時、回診の先生が、「よかったね、家に帰ったらまず何がしたい?」と聞いてくれました。

もちろん私は「お母さんのきんぴらが食べたい!」。

思いっきり笑われました。

でも、長期入院の患者にとって、家の味、母の味がどんなに恋しいものか。

先生もそれをわかってくれたみたいで、にっこりとして、うんうんとうなずいてくれました。


今は私もキッチンに立ってお料理します。

それをとっても楽しんでいます。

料理の楽しみは、おいしい物を作る楽しみだけではありません。

色んな工夫。

特に、素材の声を聞きながら、隅々まであますところなく使い切っていく工夫。

そういうのがまた楽しいんですよね。

母が作ってくれる「もう一品のきんぴら」は、その最高のお手本です。


母「何作ってるの?」

私「寒い夜にうれしいブリ大根、煮込んでどんどんおいしくなるように、たっぷり作るよー」

母「じゃ、大根の皮は」

二人で「きんぴらー!」


今夜も楽しい夕食が待っています。


[33]ハタチからの揚げ出し豆腐&簡単お手軽揚げ出し高野豆腐 YuzuPON

父親が息子に対して抱く夢の代表例は、少年時代のキャッチボールと、二十歳を過ぎてからの一緒に一杯でしょう。うちの父は、とりわけ後者を楽しみにしていたようで、私が二十歳になると、さっそく一緒に飲もうと言ってくれました。その時の肴が、揚げ出し豆腐だったんです。


今でもイエで一杯酌み交わすことがありますが、父が喜ぶ肴のダントツ一位は揚げ出し豆腐です。父の酒はとてもいい酒で、けっして泥酔するまで飲もうとはしません。むしろ酒より雰囲気と料理を楽しむ飲み方です。だから肴はとても大切。母の作る揚げ出し豆腐があれば、父はそれだけでご機嫌です。


でも、揚げ出し豆腐はそれなりに手間がかかる料理ですから、普段は遠慮してなかなか頼めません。親子でゆっくり出来る週末だけ、ここぞとばかりに「なぁ母さん、今夜はこいつと飲む予定だから例のやつの準備を頼むよ」と。どうやら私は、揚げ出し豆腐のオーダー要員らしいです(笑)。


わが家の揚げ出し豆腐はとてもシンプルな、どこにでもある揚げ出し豆腐です。が、豆腐の水切り加減、揚げ加減が絶妙。カリッと仕上がった表面に手抜きをしない本物の出汁が絡む味わいは、そのへんの小料理屋で食べるそれより上を行っています。薬味のおろし生姜もいい風味を醸し出して、これは父ならずとも食べたくなる味です。


初めてイエで父と飲んで、この揚げ出し豆腐が出てきた時、私は思わず「揚げ出しってこんなにうまいもんだったのか」と言ってしまいました。それまでもご飯のおかずとしては食べてきましたが、それは複数のおかずの中の一品として口に運ぶに過ぎませんでした。揚げ出し豆腐だけをしみじみと味わったのは、それが初めてでした。酒の肴としてつまむことで、はじめて主役として私の前に現れた揚げ出し豆腐。その本当のおいしさが、二十歳になって初めてわかりました。


父はうれしそうに、二十歳になってわかるのは酒の味だけじゃないんだよな、とニッコリ。酒で家庭の味のすばらしさもわかる。このことは大発見でした。父の酒は味を楽しむ酒。それを家庭の味で楽しみたいという父の飲み方が教えてくたことでした。お父さん、あなたの酒の飲み方を、私も受け継ぎます。


さて、父同様すっかり揚げ出し豆腐ファンになってしまった私ですが、やはり豆腐の水切りから始めるこの料理は手間がかかりますから、頻繁に頼むのは気が引けます。しかも、夜になって突然では、豆腐のストックがあるとも限りません。何かいい手はないかなと思っていたところ、母が面白いアイデアを仕入れてきたのです。それは、高野豆腐で作る揚げ出し豆腐でした。作り方は、戻した高野豆腐の水を切り、あとは普通に調理するだけです。まぁ食べてみてよと出された「揚げ出し高野豆腐」は、予想に反してしっとりとした食感。これには驚きました。普通の揚げ出し豆腐とは異なりますが、これはこれでまた、すばらしいおいしさです。母も、これならいつでも作ってあげられるわよとニッコリ。さっそく酒を持ち出して臨時親子晩酌が始まったことは言うまでもありませんでした。


こうして新しい味わいも加わって、これがわが家の幸せ料理。最近はイエはてなのお陰で料理の楽しさに目覚めてきましたので、父母が仲良く飲む時は僭越ながら私が作ります。二十歳からスタートした「揚げ出し豆腐道」ですから、まだこれにまつわるエピソードは少ないですが、これから先に積み重ねていく思い出は多くなりそうです。


[34]覚弥の香々 sumike

小さい頃は匂いが苦手だったけど、大きくなるにつれ母の手作りが本当に美味しい!というものがあります。

それは糠漬けです。

忙しい中でも母は糠床を毎晩しっかりかき混ぜて、時々溜まった水を抜いたり、

糠を足したりビールを入れたりして小まめに面倒をみていました。

季節の野菜を漬けていたので、大根、キュウリにナスなどの定番野菜はもちろん、

にんじん、キャベツにミョウガやセロリなどなんでもありです。

アスパラも試みたところ、サラダ感覚でなかなかいけました。

新生姜や苦瓜、スイカの皮も乙な味です。

糠漬けは浅漬けより古漬けが好みで、私はそんな糠漬けの古漬けで作った

“覚弥の香々”が特にお気に入りです。

(かくやのこうこ)・・こうこは香々(こうこう)で漬物のことです。

かくやは「覚弥」と書きます。

その昔、高野山で隔夜(かくや)堂を守る年老いた僧のため、たくあんを細かくきざんだことから「かくや」と名づけられたと言うのが一説。

もうひとつは、徳川家康の料理人「岩下覚弥」がこれを考案して家康に供したところから、その名をとって「覚弥」と名づけられた言う二つの説があります。

実はこの名前があることを知ったのはごく最近で、それまではごく普通に、漬物茶漬けと呼んでおりました。

糠漬けの漬かり過ぎてしまったのを集めて、細かくきざんで水にさらし、生姜、ミョウガ、シソなどを

刻んで一緒にぎゅっと絞ったのに、削り節を加えほんの少しの醤油をたらしていただく。

温かなご飯の上に乗せ茶漬けにして食べるとたまらない一品です。

(材料と作り方)

漬かりすぎた糠漬け(以下:古漬け)・・・白菜、にんじん、キュウリにナスなど塩味の漬物ならなんでもOK

生姜 少々

醤油 少々

すりごま お好みで

?まず古漬けを細かく刻み水にさらして塩抜きをします。

(水にさらしすぎると、旨味も抜けておいしくなくなります。

塩加減を見ながらざるに上げ、水分を絞っておきます)。

?生姜をすりおろし、醤油と合わせ、絞った古漬けに混ぜ合わせます。

しょうがは絞り汁の変わりに、細かく刻んだのをまぜあわせても。

そしてすりごまをトッピングします。

*また、生姜の代わりに梅肉とまぜ合わせて、すりごまを乗せてもとっても美味です。

これは「覚弥の香々」と呼べるかどうかは自信ありませんが美味しさは◎。

これをあたたかいごはんにたっぷりのせて、お茶漬けにしたら食欲がない夏場でも美味しくいただけます。

お茶漬けにしないで、ごはんとまぜて食べる「覚弥丼」もお勧めです。

朝ごはんに、白いご飯と母の漬けた糠漬けと味噌汁があれば他には何もいらないってくらいです。

ぬか漬けを食べると、日本に生まれてよかった?って感じます。

最近、実家へは家庭菜園を始めた母の友人から野菜をいただく事が多いそうで糠床が大活躍!!

おかげ様で糠漬けをおすそ分けして貰い、家族でいただく機会が増えています。

息子は幸い糠漬け好きなようで、ご飯なしでもパクパク食べてしまうほどです。

糠床が何世代とか受け続がれることがありますが、これは立派な家宝だと思います。

まだまだ母の味を楽しみたくて糠床を分けてもらうのを先延ばしにしていますが、いつか私も我が家の味を伝えて家宝にしていきたいと思っています。


[35]父が好きだった鰹の角煮 Catnip

鰹は安い切り落とし。これを見つけると、父は嬉々として買って帰ってきます。そしてさっさと台所に入って角煮を作り始めるのでした。鰹は一口大のサイコロ状。ちょっと癖のある魚ですから、塩をして一時間ほどおきます。ここで小休止。父はゆっくりとテレビなど見ながら過ごしますが、番組が終わると次の作業の合図ですから、再び台所に向かいます。


ヤカンにたっぷりの湯を沸かし、塩をした鰹をザルにとって湯をかけます。これで塩と共に臭みを洗い流すということなのでしょう。熱が深部まで通らないようすぐに冷水にとって冷ましながら軽く洗い、再びザルに上げて水を切ります。


煮汁は醤油をベースに、みりん、酒、少量の塩で味を調えた物。鰹を入れ、千切りにしたショウガを散らし、丸のままの山椒の実もパラパラと入れて落とし蓋。あとはコトコト煮ていきます。火は沸騰したら即座に弱火に落とし、時間をかけて煮含めていくのが美味しく作る要点。だいたいこんな料理です。


一時期、私と父はよく衝突をしていました。もちろんそんなに深刻なものではありません。どこにでもあるような世代のギャップが売り言葉に買い言葉となって言い争いになる程度ですが、若さゆえっていうやつでしょうか、言い過ぎた、悪かったと思っても、私からは謝ることが出来ないのです。


ある時、父がコンコンと部屋の扉を叩きました。続いてコーヒー淹れたから持ってきたぞの声。ドアを開けると、父が手にしたお盆の上には、コーヒーカップと湯飲みが一つずつ。そして鰹の角煮が入った小鉢が一つ乗っていました。「入れよ」「おう」。ぶっきらぼうなやり取りの後、私はコーヒー、父は角煮を摘みながらお茶。お互い視線を逸らして押し黙ったままの奇妙な茶会が始まりました。


どうにも間が持たなくなって、小鉢の角煮に指を伸ばそうとしたら、父が「箸、使うか?」。不思議な物です。喧嘩をしていても、親子なら同じ箸が平気で使えます。父の好きな角煮の味もコーヒーと一緒では台無しですが、とても優しい味に感じられました。お互い終始押し黙ったままでしたが、今思い出すと、あれはかけがえのない時間だったと思います。


先日もこの角煮が食卓に登りました。もう父はいませんので母が作った物ですが、その味は今も変わりません。「煮魚っていうのは調味料の分量なんか適当でいいの。大事なのは火加減。お父さんの後ろ姿を思い出しながら作ると同じ味に出来るのよ」。私も台所に立つ父母の背中を思い出しながら同じ味が出せるよう、この料理を受け継いでいきたいと思っています。


[36]手作り餃子は家族の味 maruiti

これぞ我が家の思い出の料理と言えば餃子!!です。

自分が子供の頃、家で皮から餃子を作りました。

皮からつくる餃子は手間はかかりますが、味はびっくりするほど美味いんです。

しかし家族4人分でも100個以上も作るので半日仕事になります。

おふくろが小麦粉をこね、団子にしたものを麺棒で薄く延ばして餃子の皮を作る。

自分が豚ひき肉を炒めて

親父が白菜と葱をみじん切りにして餡に混ぜる。

それから家族全員で皮に餡を包み込んで形を作ってフライパンに餃子を敷き詰めて焼く。

という流れ作業でボウル一杯の具と生地から皿に山盛りの餃子を作りました。

そんなに頻繁には作れないこともあり、年に数回のごちそうでした。

いつも一人20個以上はペロリと食べたものです。

実家を出てから餃子は、美味しい中華料理屋へ食べに行くか、実家で食べるか、或いは市販の餃子を焼く程度でした。

野菜たっぷりの餃子が大好きで、先月なんだか餃子が食べたくなり、家族に突然だけど皮から手作りの餃子作ってみない?と

聞いてみたら、「それも楽しそう?♪」とみんな大賛成。

娘はよくわかってなさそうですが、ノリで賛成してくれましたw

材料はいただきものの白菜と、残りは生協で買って餃子作りをいざ開始!!

餃子の皮(約40個分)

・強力粉 180g

・薄力粉 180g

・熱湯 180?

・塩 少々

・ごま油 少々

餃子の具

・豚ひき肉 300g

・キャベツと白菜、塩もみして刻んで水分を絞った状態で肉と同重量

・白ネギ 1本

・中華スープ1個

・お湯 250cc

・片栗粉 少々

餃子の具調味料

・おろし生姜 小さじ2

・塩コショウ 小さじ1

・しょうゆ 大さじ2

・オイスターソース 大さじ2

・ごま油 大さじ1

?器に熱湯250ccを入れ中華スープを溶かし電子レンジで60秒ほど温める。

?ねぎ、白菜、キャベツを塩で揉んで刻んで水気を絞ります。フードプロセッサーでがあればそれでも可。

(妻と交代で切りました。多い分はサラダに)

?ボウルにひき肉と刻んだ材料を入れ、冷ました中華スープ、その他の調味料を加え粘り気が出るまでよ?く混ぜて

冷蔵庫で1時間程寝かせる。

息子が手伝いたがりましたが、今回は妻が担当

?皮の材料(粉と塩少々)をボウルに入れざっと混ぜる。

粉の中央をくぼませ湯を少しずつ注ぎながらひとまとめになるまで手で混ぜる。

水分を加減しながら入れて耳たぶくらいの堅さになる様に調節し、ごま油を混ぜてよくこねたら冷蔵庫で30分程寝かす。

(こねるのは力のある自分が担当)

☆薄力粉と強力粉を混ぜる理由は、強力粉の中にいっぱい含まれている蛋白質(グルテン)の力が、おいしさに影響するそうです。

?30分ほどしたら皮の生地を冷蔵庫から取り出し、4等分します。

?4等分した生地を麺棒で2ミリ程の薄さにのばし直径8センチ位のコップで円形にくり抜いていきます。

ここでようやく待ちかねた息子に協力してもらいます。

クッキーの型抜きと同じ要領ですが、コップは抜き型よりも抜く時に力がいるようです。

(丸く抜いた皮を皿に重ねる際に、その都度粉をまぶすと生地同士がくっつかない)残った生地はまとめてから団子状にして

麺棒で伸ばして丸くします。(これは案外難しいので妻が担当)

?みんなで皮にスプーンで具を載せ、半分に折って縁をギュッと押さえて形を整えます。

具の載せすぎに注意!うまく包むにはちょっと少なめくらいがちょうどいい。

でき上がった形で、誰が作ったか一目瞭然。しかし形は違えど味は同じです。

?あらかじめ高温に熱しておいたホットプレートに餃子を並べます。

(やけどに注意!並べるのは大人がすること)

餃子が1/3ほどつかる程度の水を入れ蓋をし、高温(200?230度)で蒸し焼きにします。

?パチパチと焼ける音がしてきたら蓋をあけ、全体にごま油を回ししかけます。

こんがり焦げ目がついたら皿に取り出します。

餃子を焼く時には、ホットプレートが大活躍!!高熱から保温まで温度コントロールでき、簡単で安全に美味しく餃子を焼けます。

テーブルの上にホットプレートを設置すれば、焼きながら夕食を始められて会話も弾みます。

あつあつご飯と餃子に、あとは玉子スープに残り野菜で作ったサラダがあればみんな満足。

焼きたての餃子は皮がサックリと香ばしく中身はジューシーでご飯が進むことw

焼けたが早いか、すぐに皿に取り皆で饗します。

包み疲れて、みんな空腹なので親鳥のエサを待つひな鳥のごとく一斉に箸をのばして食べます。

このレシピはニンニクが入ってないので、匂いを気にせず食べれます。

次は大人用はにんにく、ニラたっぷり入れてで作ってみてもいいかも。

子供と一緒に家族みんなで作れば、ただの夕食も何ヶ月後かにも話題に上ってくるようないい思い出になり、子供の心の栄養にもきっとなります。

準備は大変ですが、作り出したら思ったより楽しかったです。

費用も既製品よりずっと安いし、なんといっても自分で皮から作った餃子は2割り増し美味く感じます。

家で作り続けていけば、いずれこの餃子が我が家のソウルフードになるのかなと思いました。


[37]焼かないドリア、名付けて「イオニアごはん」 momokuri3

まだ小学生だったころ。「今夜はドリアよ」という母の言葉に、わくわくして夕食を待っていました。ところがキッチンから聞こえてきたのは、「あちゃー、チーズ切らしてたの忘れてた」という声。今から買いに行くの大変だから今夜は別のものでいい?という母に、夕食を心待ちにしていた私は、猛然と駄々をこね始めました。


「やだやだやだやだ、ドリアでなきゃやだ」

「でもチーズがないと焼けないのよ」

「じゃ焼かなくていい」

「ええー?ライスの上にホワイトソース掛けるだけになっちゃうよ」

「それでもいい」


そんなの美味しいかなぁと渋る母に、さらに駄々こね攻撃。ついに母は根負けして、焼かない中途半端なドリア作りを始めてくれたのでした。ごはんはチキンライスです。

「これ卵で巻いたら美味しいオムライスになるんだけどなぁ」

「やだ、ドリア!」

もう私も引っ込みが付かなくなっていました。母のオムライスはそれは美味しく、ファミレスで食べるよりイエの方がずっといいと思えるくらいの出来映えです。そのオムライスを蹴ってまでチーズなしドリアにこだわってしまったことを後悔しましたが、もう仕方がありません。


父が帰ってくると、母はバツが悪そうに苦笑しながら、ことの成り行きを説明していました。父も苦笑しながら、じゃあ俺も同じ物頼むよと言って椅子に座りました。二人とも、ごめんなさい、私が変な意地を張ったばかりに。でも男の子、いったん口に出したら引っ込められない時もあるんです。って、そんなプライドを賭けるような話じゃありませんが…。


しばらくして出てきたのは、みごとにチキンライスの上にソースが乗っているだけのしろものでした。母も同じメニューです。中途半端な作りかけドリアを前に、みんな揃って「いただきまーす」。


でも一口食べて、父が「うまい!」と言いました。どれどれ、私も一口。お、ホワイトソースがスパイシーで大人の味です。そこに子供も大好きなチキンライスの風味が混ざり合って、これは今までにない美味しさではありませんか。ドリアとは違う、新しいメニューの誕生です。


さっそく父がこの新メニューに名前を付けました。

「これを『イオニアごはん』と名付けよう!」

何それと聞くと、音楽用語でドリアといったら昔のヨーロッパで用いられていた旋法の名前の一つなんだとのこと。グレゴリオ聖歌などの独特なメロディの一部がこれにあたるのだそうです。

「そうした旧世代の旋法に新たに加わっていったのがエオリアやイオニアと呼ばれる新時代の旋法だったんだ」

そもそも旋法の意味がよくわかりませんが、音楽好きの父らしい発想です。

「そのイオニア旋法っていうのが、現代の長調、メジャースケールの元になっていったんだよ」

ようするに、ドリアの後に続く新しいものがエオリアやイオニア。この料理は食べると明るいメジャースケールのように人を笑顔にさせるから、イオニアの名を与えようと。そういうことのようでした。ほとんどわけわかりませんが、とにかくこの呼び名とともに、焼かないドリアはわが家に定着していきました。


その後、わが家のイオニアごはんには、様々なバリエーションも生まれていきました。ライスをチリソースで辛口にして、まろやかな味に仕上げたホワイトソースをかけるバージョン。ライスを香草でさわやかに仕上げて、そのさわやかさを損なわない粘度のゆるいソースをかけて食べるバージョン。他にも色々あります。ソースが主役級に躍り出ることで様々な工夫が可能になったこの「イオニアごはん」はもう、わが家の定番料理の一つ。今でも時々「あんたが駄々こねたお陰で生まれたのよねぇ、これ」なんて言われますが、そんな思い出も含めて、これがわが家の幸せの中心にある料理のひとつです。


[38]高菜チャーハン Fuel

母が体調を崩して伏せっていたころ、父が作ってくれた料理です。材料はその時々で変わりますが、基本は高菜漬けのみじん切り。熱した中華鍋に高菜を入れて豪快に炒め、ご飯を入れてさらに炒めつつ、高菜の漬け汁と醤油を鍋肌から回しかけて、さらに炒めて出来上がり。チャーハンというと卵が付き物ですが、高菜以外の具が入らない時には卵も入らないのが父の流儀で、この場合はあくまで高菜の風味だけで仕上げます。


ここに冷蔵庫の中身の具合に合わせて、豚肉、小エビ、ナルトの細切りなどが加わります。この時は卵も入る普通のチャーハン風。高菜とじゃこの組み合わせもおいしいです。この時はお皿に盛った後、切りごまが振り掛けられます。「すまんなぁ、こんな物しか作れないけど、まぁ食ってくれ」という言葉とともに出てきますが、私は毎日これでもいいと思うくらい、父の高菜チャーハンが好きでした。しかも、同じ高菜チャーハンでも合わせる具によって違った味わいになるので、食べていて飽きません。


イエにいても寝ていることが多かった母は、チャーハンのような油を使った料理は苦手でしたが、高菜の漬け物は大好きで、これがあるとご飯が進むと言っていました。ですから、スーパーで買ってくる出来合いの漬け物ですが、そのころのわが家には欠かせない一品でした。


当時は食事作りなどほとんどしない私でしたが、チャーハンくらいなら見よう見まねで作れますから、自分のため、あるいは父のために、これは時々作りました。豚肉を入れる時はまず最初に肉を炒め、よく香りを出してから高菜を入れるのがコツです。肉から出た脂が多すぎる時は、適宜取り除いてから高菜を入れます。そんな工夫も、自分なりにしていました。


高菜はアブラナ科ですから、同じ仲間のダイコンやカブの葉でもいけるかと塩漬けを作り、それでやってみたこともありました。ダイコンやカブの葉は少々固いですが、細かく刻んでよく炒めると、これもなかなかおいしいチャーハンになりました。漬けてしばらくすると乳酸発酵が始まるようで、炒めるといい味が出るんです。そうそう。カラシ菜でもやりました。この方がずっと高菜に近い種類だからと漬けてみたら、これがうまいうまい。なお、ダイコンやカブの葉にしてもカラシ菜にしても、新鮮なパリパリの状態で漬けるより、しばらく天日干ししてから漬けた方がおいしく漬け上がるようでした。


やがて母の元気が戻ってきて、私も高菜のチャーハン食べてみようかなと言われた時はうれしかったですね。よっしゃと腕まくりで私が作ろうかとも思いましたが、ここはやっぱり父にお任せすることにしました。出来上がったのは、切りごまの香りも香ばしい高菜とじゃこのチャーハンです。おいしいわぁと食べる母を見て、父のうれしそうだったこと。これは忘れられない思い出です。


それから母は少しずつ健康を取り戻して、キッチンは再び母の場所になりました。でも今も高菜チャーハン作りは父か私の役目です。男が作るキャンプ料理みたいなチャーハンも、なかなか捨てた物ではありません。


[39]リクエストはいつもコロッケ ekimusi

「コロッケがいい!」

実家にいた頃、母親に「今日何が食べたい?」なんて聞かれると

弟と一緒に「コロッケー!」「コロッケがいい!」なんてリクエストしたことを想い出しました。

あまりにもしょっちゅうコロッケをリクエストしたもので、大半は却下されちゃいましたが、コロッケはよく食卓にあがりました。

そうそうコロッケをリクエストした日には、作るのを手伝わされましたw

今思えば、子どもの頃コロッケも大好物だったけど、そうやって母親と一緒に台所に立つことが嬉しかったんですね。

じゃがいもを皮付きのまま丸ごと蒸し器で蒸すと、30分ほどかかります。

でも蒸すとゆでるよりもジャガイモの甘みや風味が増すそうです。

母親がコロッケを途中まで一人で作り、衣をつける種ができると私達を呼びます。

種ができるまで台所の近くを邪魔にならないようにウロウロしつつ母親の料理姿をじっと眺めるのがスキでした。

大きくなってからは挽肉や玉葱を炒めたりするのも手伝いましたが、基本の味付けはずっと母親が決めていました。

母親の作るコロッケは普通の材料のコロッケ。

豚挽肉と玉ねぎをちょっと贅沢に使って塩こしょうで炒め、蒸したじゃがいもに混ぜ、衣をつけて揚げたもの。

しかし隠し味に大事な香辛料がナツメグです。

挽肉独特の臭みが取れて、しかもスパイシーで美味しそうな香りが立つのです。

コロッケの形は真ん中をすこしへこませた小判型。

でもカレーを入れたカレー味のコロッケだけは球形でした。

コロッケの種に小麦粉、卵、パン粉をつけるのを弟と二人で手伝っていましたが、

揚げる前のタネだけで食べても美味しいので、二人とも手伝うついでにこっそりつまみ食いもしていました♪

揚げたてのパリッとした衣にをかじるとジャガイモの、ほんのりとした甘味と肉の旨味が口の中いっぱいに広がる、

あの母特製のコロッケは、どんなお店で食べるコロッケよりも美味しい味です。

作ってくれたことの感謝し、美味しいと言いながら笑顔で食べる、その美味しいって喜ぶ顔が見たいという想い。

食べ物の想い出は、一生の想い出です。

実家を出て一人で料理をし始めた頃の事。

母親の料理を教えてもらったレシピを見ながらコロッケを作ったのですが、どうも同じ味が出せませんでした。

母や弟に食べさせても「美味しい!」って言ってもらえるのに、わたしにはどうしても母親の味と違う気がしていました・・・。

そして、久しぶりに実家でご飯を食べた時に何が違ったのか分かりました。

「食卓の上の景色のバランス」です。

母親の作るテーブルの上は料理はもちろん器、カラトリーやコップ、ランチョンマットまでが、なんとも

美味しそうな雰囲気を演出しているんです。テーブル上に美味しさが広がって見えました。

実家を出るまでは当たり前に見えていた「食卓の景色のバランス」がこんなに大事だったと気がつきました。

それからは料理だけでなく、テーブルの上のバランス・食事の雰囲気作りにも気をつかうようになりました。

我が家で頬っぺを片手で押さえて美味し♪って、言ってくれる娘の笑顔、そして夫の笑顔。

ずっとその笑顔を見たいから、私は料理を作るしお菓子も作っちゃいます♪

三つ子の魂百までというように、いつか娘も私の味を覚えてくれるはず。

我が家に受け継がれる母の味、家の味を大切にしていきたいです。

もちろん我が家のコロッケにも隠し味、入れてます。


[40]>39 コロッケ gtore

子どものころ、母がよくつくってくれましたね。

うちのコロッケは、平たい小判型ではなくて、俵型でした。

おにぎりも俵型だったので、母がそのほうがこしらえやすかったのでしょう。

母につくってもらったコロッケは、揚げたてだったこともあって、

ふんわりとしていて、最高においしかったですね。


[41]>31 たこ焼き gtore

子どものころに、よくたこ焼きを母がつくってくれましたね。

目のまえで焼いてくれて、あつあつのまま食べることができます。最高ですね。

ソース、青のり、かつおぶしも好きなだけかけることができるのも、

イエでたこ焼きをするときの醍醐味ですよね。

チーズを入れることもあって、これもとてもおいしかったです。


[42]>38 チャーハン gtore

小学生のころ、よく母がチャーハンをつくってくれました。

土曜日の昼食といえば、なぜかチャーハンかラーメンだったような気がします。

味つけも濃くなくて、自分の舌にちょうどあっていました。

わかめが入っていたりして、とてもヘルシーでおいしかったです。


[43]ホットケーキ gtore

子どものころに、母がよくホットケーキをつくってくれました。

焼きたてが食べられるのが、なんといってもうれしかったですね。

通常の大きさをいくつかつくってくれたあとに、

あまりで、すごく小さなホットケーキをつくってくれたのを覚えています。

すぐに焼きあがって、ちいさくてとてもかわいかったです。


[44]ラーメン gtore

子どものころによく、母がラーメンをつくってくれました。

土曜日や日曜日のお昼には、ラーメンをつくってくれたことが多かった気がします。

にんじんやキャベツ、もやしなど、野菜がたっぷりはいっていて、ヘルシーでとてもおいしかったです。

ソーセージもいくつかはいっていて、これもうれしかったですね。


[45]>28 おにぎり gtore

うちのおにぎりは、いつも俵型でした。懐かしいですね。

いまは、おにぎりといえば、コンビニのおにぎりで、

ビニールで仕切られてはいっている海苔がパリパリの状態で食べられますが、

母のつくってくれるおにぎりは、アルミホイルでくるまれていて、

海苔は水をすってしまっていましたが、それが私は大好きでした。


[46]おかゆ gtore

風邪をひいたときに、おかゆをつくってくれましたね。

ごはんにお湯を注ぎ、梅干しを入れただけのものでしたが、温かくてとてもおいしかったです。

いつも何度も噛んで食べなくてはならないご飯が、おかゆにすればさらさらとのどを通っていく。

そのことがうれしくて、かならずおかわりしていた記憶があります。


[47]豚汁 gtore

子どものころに、豚汁を母がよく、大きなお鍋でつくってくれました。

じゃがいも、にんじん、こんにゃくなどなど、具がたくさん入っていて、

豚汁とご飯だけでも充分な夕食になりましたね。

何度もおかわりしたのを覚えています。

身体が芯から温まっていく感じがして、とても幸せな気分になりました。


[48]豚のしょうが焼き gtore

母の得意料理のひとつに、豚のしょうが焼きがあります。

手軽に簡単にできて、栄養もたっぷりなところがいいですよね。

もちろん、レタスなどの野菜もたくさん添えて、いただきます。

にんじんのグラッセを添えてくれることも多く、これも私は大好きでしたね。


[49]>24 りんご gtore

りんごは、母も私も大好物のくだもののひとつです。

年中、ほとんど毎朝食べています。

くだものといえば、りんごという感じですね。

風邪をひいたときは、母がりんごをすりおろしてくれました。

すぅーっとのどを通っていくりんごが、とてもおいしかったです。


[50]>25 私もきび砂糖愛好家です TomCat

きび砂糖っていうのはサトウキビから採った粗糖を中程度に精製したお砂糖で、黒糖ほどにはくどくなく、それでいてサトウキビの美味しさを残した、味わい深いお砂糖なんですよ。ほとんど白砂糖と同じに使えますが、煮物などに使うと、ほんと、味にコクと深みが出てきます。和菓子の味付けなどに使っても美味しいですよ。

さて、サトイモの煮っ転がし。そうなんですよね。お芋はまず下茹でをして、そこで出たヌメリをしっかり取るのが大事。これを丁寧に行うことで、味の染みがぐんと良くなるんですよね。プロの中には、敢えてヌメリを取らずにそれを煮物の照りに反映させる、なんていう高等ワザを使う人もいますが、それはかなり少数派の特殊例で、普通は料亭なんかでも、ここはしっかりヌメリを取るのが常道だと思います。

それがめんどくさいからと、むいてあるサトイモを買ってきたりすると、これがあんまり美味しくない。やっぱり皮むきからスタートして、丁寧に下ごしらえしたサトイモで作るから美味しいんですよね。

その丁寧さが生み出す味が、id:chairsさんの受け継いできた味ってことなんですね?。ここがとても素晴らしいと思います。

手を抜くところは気軽に抜いてもいいけれど、こだわるところには徹底的にこだわっていく。そのポイントの押さえ方が、それぞれのイエの「お袋の味」ってことになっていくんだと思います。


[51]>45 おにぎりはいつの時代も《イエの味》であってほしい TomCat

手水の代わりにお醤油を使って握ったおにぎりなんて、すごい独特ですよね。ちょっと前まではどこのイエにも、そういうそのイエ独特のおにぎりがあったと思うんです。

形だけ見ても、三角型、扁平な丸形、球形、俵型などなど、地域により、イエにより、ほんと様々。大きさも、握り加減も、味の付け方も、海苔を巻く時はその巻き方も、百のイエがあれば百通りのおにぎりがあったのが、日本の食文化だったと思うんですよね。

だから、彼女が出来て全く違った流儀のおにぎりを握ってきてくれたりすると、うわーこれがこの子のイエのおにぎりなんだとビックリする。そういうバラエティ豊かな「おにぎり文化」が、この国にはあったと思うんです。

それが今は、おにぎりというと機械が成型して包装した物、って時代に変わってしまった。おばあちゃんが子供におにぎりを握ってあげると、これ違う、なんて言われる時代になってしまった。それはとても残念なことだと思うんです。

イエ独特のおにぎりを食べると色んな思い出が蘇ってくる、そういうおにぎりを大切に受け継いでいく、そういう食文化を大切にしたいと思います。

id:sayonarasankakuさん、ぜひお祖母様のおにぎり、研究して再現してくださいよ。おにぎりは、握り加減一つで食感だけでなく味わいまで変わっていく、けっこう微妙な料理なんですよね。ですからほんと、作る手順を聞いただけでは再現は難しかったと思います。だから、今から研究を始めても、条件はお祖母様がお元気でいらした頃と同じです。ぜひ再現して欲しいなあ。そしていつか機会があったら、私にも食べさせてください(´q`)じゅる


[52]>8 味噌汁の味が家族への帰属意識を育む TomCat

味噌汁の味って、地域によりイエにより、すごく様々ですよね。ダシの取り方がそれぞれに違う。味噌も違う。具材も、地域やイエによって特徴が異なります。日本人なら誰でも口にする味噌汁ですが、実は味噌汁と聞いて思い浮かべる物は人それぞれに違うんですよね。

私の場合は、ダシは煮干し。味噌は信州味噌。具材はジャガイモが好きだったなあ。あと、ナス。私が飲んで本当にホッとする味噌汁っていうのはコレなんです。定食なんかに付いてくる味噌汁は、私の思い浮かべる味噌汁とは別の料理。そんな感じなんですよ。

よそで飲むのとは違うわが家の味。そういう味噌汁が自分のアイデンティティの一部を形作っている。味噌汁が家族への帰属意識を育んでいく。そういうのってあると思います。

味噌汁を飲むと思い出す家族の姿。そんな味噌汁を大切にしたいなあと思います。


[53]>51 そうですね! sayonarasankaku

祖母のしょうゆのおにぎり、実は今回の「これがわが家の味、幸せ料理と思い出」のサプリで『我が家の味はなんだろう?』と考えたときに、ふっと思い出したのです。

サプリがなければ、まだまだ忘れていたかもしれません。


id:TomCatさん、そうですよね。

ちょっと試して同じ味にならないからって、すぐ駄目と思うのは早いですね。

ぜひ、また作ってみようと思います。


ちなみに母がつくるおにぎりは、たたいた梅肉をごはんに混ぜて握るおにぎりで、たたいて混ぜると梅干の酸っぱさが優しくなって、それもまた美味しいおにぎりでした。

このおにぎりは私もマスターしました。(笑)


みんなで我が家の味のおにぎりを持ち寄ってのおにぎりパーティーなんていうのも楽しそうです。


[54]>36 餃子は皮が命 TomCat

中華では形にかかわらず小麦粉を練って作るものを「麺」と呼び、餃子も麺料理の中に含めます。だから、皮を軽んじたら、本当の餃子とは言えないんですよね。

皮から手作りの餃子が生まれ育ったイエの味。そしてそれを、今度はご自身が中心となって築くイエの味にしようとされている。これは素晴らしいことです。ここで、皮なんて何でもいいやと手を抜いてしまったら、餃子作りの楽しさも美味しさも、半分しか受け継げないですものね。

私も餃子が大好きで、たまに作りますが、一人暮らしですから量を多く仕込めないのが問題なんです。餃子って物は、皮も具もある程度まとまった量を作る方が、ちまちま作るよりずっと美味しく作れるんですよね。

ご家族皆さんで手分けしながら40個。いいな?。こういうことが出来る方がうらやましいです。一人暮らしでもドバッと作って冷凍しておくという手がありますが、一人で何十個も包むのは、さすがに気合いが要りますから・・・・(^-^;

そういや私も子供の頃、餃子包みを手伝ったなあなんて思い出します。ぜひこれ、イエの味として定着させていってください。きっとお子さん達の心に残る思い出になっていくと思います。


[55]>35 角煮 nakki1342

角煮といったら自分の住んでる地域ではやっぱり

豚になってしまうのですが

かつおの角煮ですか

魚は(生でなければ)大好きなので

一度は食べてみたいですね

煮付けは大変だけど

少しの手間を惜しまず頑張ればおいしく食べられそうですね

魚でも。

(豚の角煮なら何度か作ったことあるんですけどね)

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