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【イエはてな】"イエコト・ミシュラン" #065

THEME:「素敵な日本を発見!気楽に和の時間コンテスト」

イエで○○のスペースを作るいいアイデアありませんか?イエで○○するとしたらどんなプランにしますか?“イエコト・ミシュラン”は、暮らしの空間と時間作りをめぐるテーマ質問に楽しくオドロキ!なアイデアをご投稿いただき、★(一ツ星)?★★★(三ツ星)のミシュラン評価をしていくコーナー。豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドでご投稿ください!

*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿くださいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731

テーマ詳細とアイデア例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20101124

※ピックアップ受賞メッセージは、〈みんなの住まい〉サイトにて記事紹介させていただきます。またメッセージは表記統一や文章量の調整をさせていただくことがございます。
※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。投稿期間中ははてなスターのご利用を控えていただけますようお願いいたします。
※質問は11月29日(月)正午で終了させていただきます。

1290574750
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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:11月29日 theme いただきます いね おすすめ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 53/53件

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[1]お部屋の雰囲気にあわせて生け花を飾る castle

和室のイメージといえば、ひとつは仏壇に神棚があるお座敷。もうひとつは、生け花に掛軸がるお座敷といったものが私の中では定番に近いです。畳、障子、襖(ふすま)といったものはまとめて「お座敷」となります。

とはいえ、最近ではお座敷よりもフローリングにキッチンといったお宅も多いようなので、どのような場所でも手軽に和を演出できるものはなんだろうと考えた時、真っ先に浮かんだのは生け花と掛軸の組み合わせでした。

特に生け花は自分なりに生け方をアレンジして、その部屋の元々ある雰囲気に合わせながら飾り方を考えるなど様々な応用が利くのではないかと思います。花瓶のチョイス・花のチョイス・その生け方など、和風という雰囲気を簡単に楽しむのでしたら、特に伝統や格式に拘らず、自分達の今ある暮らしにあっていると感じる創作生け花でお部屋の一部に飾っていけたらほっこりとした気持ちで和を楽しめそうかなと思いました。


[2]おにぎりの具材 nakki1342

和ものと考えて思いついたもの

おにぎりを自分で手作りするという事。

もちろん、海苔だけでもいいのですが

具材も和的なものを取り入れるんです

みそとかたくわんとか

コンビ二で買うおにぎりもいいけれど

自分で作るおにぎりだと

大きさも調節できるし

楽しく食べることが出来ると思います


[3]お茶を飲みながら、庭の緑を鑑賞 suppadv

私の思う和の空間は、やはり、畳の部屋で座布団に座ってお茶を飲みながら楽しく話をする。

庭の緑を見て色々と話ながら、四季の移ろいを感じていくというのが、和ですね。

部屋でどれだけ和を感じて寛げるか、四季をどのように感じられるか、そんなことも語らえると良いですね。


[4]>3 普段、日常的に抹茶を飲む iijiman

うちは、珈琲や紅茶や「柿の葉茶」といったものも大いに飲みますが、「抹茶」も普段から飲みます。

一応抹茶用の茶碗はありまして、といっても特に高いものではなく、気軽に普段使いできるものです。

あと、茶杓と茶筅は必要です。これも、練習用の安いもので大丈夫です。

お湯を沸かして、あるいはお湯が沸いていればポットのお湯で。

私は薄めに、茶杓に1杯。奥さんは濃いめが好きなので茶杓に2杯。

お湯を注いで、しゃしゃしゃっと茶筅で泡を立てて(これは意外に難しい)、すすっといただきます。

まあ、あまり沢山がぶ飲みをするものではないので、喉の乾いた時などは別の飲み物の方がいいですけれど、日常生活のなかで、緑茶感覚いただく抹茶というのも、なかなかよいものです。

茶道の心得のある方からは、何と言う乱暴で下品な飲み方かと思われるかもしれません。でも、茶道を否定するような気持ちは全くありません。抹茶って、抹茶アイスとか抹茶味のお菓子とかは、気軽に食べたりしますよね、それと同じ感覚で抹茶をいただいているという訳です。

抹茶は、スーパーで売っている(売っているものです、スーパーで)1缶525円のものを飲んでいます。

そういえば、抹茶を飲む時には「抹茶を飲むことに専念」していることに、今、気づきました。

テレビを見ながらとか、音楽を聞きながら抹茶を飲むことはないです。

抹茶には特別な「和の時間」のようなものを創出する効果があるのでしょうか?


[5]「江戸しぐさ」を生活に取り入れてみる offkey

少し前から「江戸しぐさ」という言葉を聞くようになりました。

これは江戸時代の商人たちが商売繁盛の秘訣とした心得とも、当時の大都市江戸における生活人たちの知恵とも言われています。

江戸時代は世界的にも稀な260年以上の年月を大きな戦争なしに過ごすことができた時代ですが、その社会を支えた根底に「江戸しぐさ」がありました。

「江戸しぐさ」の考え方は今でいう共生という観念にあるとのことです。彼らの考える共生とは、何でも対等な立場で向き合ったり、付き合ったりすること。また当時は共生という言葉はありませんでしたが、「共倒れしないために、何々をする」という言い方があったりしたそうです。

江戸時代は確かに武士を筆頭にした封建社会ではあったのですが、お互い気持ちよく過ごすための知恵は今の社会とは比べ物にならないくらい発達していたことがわかります。

この「江戸しぐさ」を日本の良き文化として日常生活に取り入れてみるのは悪くないなと思いました。


では、「江戸しぐさ」にはどんなものがあるのか参考図書から少し見てみましょう。

【参考図書】マンガ版「江戸しぐさ」入門

マンガ版「江戸しぐさ」入門―イキで素直にカッコよく

マンガ版「江戸しぐさ」入門―イキで素直にカッコよく

  • 作者: 新潟江戸しぐさ研究会
  • 出版社/メーカー: 三五館
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



また、してはいけないしぐさというものもいくつかありました。

例えば、道の真ん中に立ちはだかるようなこと、人の前を横切るようなこと、金切り声を上げること、相手の話に「それがどうした」という水かけ言葉や、「でも」とか「だって」などという「戸閉め言葉、売り言葉に買い言葉になるような手斧言葉を使うようなこと、また、相手によって態度を変えるようなことははしたないこととされ、相手の都合を考えずにいきなり押しかけたりするのは「時泥棒」といって嫌われました。


こうしてみてまいりますと、「江戸しぐさ」とは相手のことを思いやって行動することにほかならないことがわかります。

決して居丈高に道徳を説くようなものではありませんが、ほんの少しの心遣いでお互いが気持ちよく過ごせるならばそれに越したことはありません。

そういう意味で近年「江戸しぐさ」に注目が集まってきたのもわかるような気がします。

江戸という大都会で生まれてきたこれらの知恵を取り入れて過ごしてみることもまた「和」の良い文化を考える上で一つの助けになるのではないでしょうか。


[6]玄米食。和の心。精製しない食卓。 Dictionary

4年くらい前までは私も白米を食べていました。

それが当たり前の毎日であったし、玄米=まずい・パサパサ・臭いがいまいちなんていうイメージしかなかったです。

しかしここ最近になってもっと自分の体を考えるようになりました。

そのきっかけとなった本が

病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-

病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-

  • 作者: 新谷 弘実
  • 出版社/メーカー: サンマーク出版
  • メディア: 単行本

病気にならない生き方 2 実践編

病気にならない生き方 2 実践編

  • 作者: 新谷 弘実
  • 出版社/メーカー: サンマーク
  • メディア: 単行本

病気にならない生き方 3 若返り編 (3)

病気にならない生き方 3 若返り編 (3)

  • 作者: 新谷 弘実
  • 出版社/メーカー: サンマーク出版
  • メディア: 単行本

この、病気にならない生き方シリーズです。

読むたびに目からウロコでした。

そして今自分が食べているものたちがいかに死んだ食べ物なのかを考えさせられました。

古来、日本ではこんな真っ白な精製されたものは食べていなかったはずです。

白米より玄米。

白砂糖よりも色のついた茶色の砂糖。

それがいつしか味や見た目ばかり綺麗な真っ白な食べ物が多くなりました。

真っ白にするときに大事な栄養を失います。

玄米を白米に精製すれば、大事なビタミンも一緒に失います。

砂糖も精製すれば、ミネラルを失います。

失った食べ物に生命は無いわけです。

そして調理には和を忘れて洋や中に傾き始めている現代の日本。

洋食も中華も油脂、しかも主に動物性のもの。ラードだったりバターだったり。

油まみれの食べ物が多いのです。

そういうことを知るきっかけになったのは

粗食のすすめ (新潮文庫)

粗食のすすめ (新潮文庫)

  • 作者: 幕内 秀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • メディア: 文庫

幕内さんの本です。

粗食のすすめは素敵な事が多く書かれています。

まさに和の心です。

古来の粗食ほど素晴らしいものはないです。

現代が油脂まみれの食卓であることが思い知らされます。

そんなわけで私は今は玄米食に切り替えました。

多めに炊いておいて、そして冷凍にしたりと工夫もすれば玄米を炊くのも大変ではありません。

私は圧力なべで炊いていますが、今は玄米も炊ける炊飯器も多くでています。

土鍋なんかで炊いても美味しいでしょう。

和の心忘れるべからず。

玄米の炊けた香りこそ、和の癒しの時間であると私は感じています。

あのパチパチという音とともに香ばしく香りくる玄米の香りは和のアロマとも言えるのではないでしょうか。

ホっとする安心する香りです。

そんなホっとする時間を是非感じてみてください


[7]時を自然に感じてみよう maruiti

昔、人は今とは異なる時の感覚で生活をしていました。

日の出は卯の刻。

日暮れは酉の刻。

季節は変わっても、常に太陽が生活の基準なのです。

そして、もう一つが月を基準とした暦。

今もそのなごり、「朔日」「三日月」「十五夜」「晦日」などがあります。

そもそも一ヶ月の単位の「月」からして、お月様の「月」そのままですね。

季節も、春、夏、秋、冬だけでなく、二十四の節気に分けられていました。

人は自然と共に生活していたのだと思います。

江戸時代、外国から伝来した時計を元にし、不定時法に対応する仕掛けを盛り込んだ日本独自の時計(和時計)が作られました。

和時計は、江戸時代から明治初期にかけて制作・使用され昔時計、日本時計、大名時計とも呼ばれています。

日の出から日暮れ、日暮れから日の出の間をそれぞれ六等分し、昼と夜とで時間の長さの違う不定時法で作られたものです。

不定時法とは、日が出ている間は働き、日の入りとともに仕事が終えるという江戸時代以前の暮らしに合わせて生まれた時間表現で、

江戸時代は照明で使う油が高価だった為に、太陽に合わせて生活をする事が理に適っており、また経済的でもあったのです。

不定時法で、その和時計の針の進みは一定だと、文字盤の刻み方が季節によって違ってきます。

そのため季節によって文字盤を差し替えました。

この和時計、時代劇なんかで一度は眼にした方もおいでではないでしょうか。

江戸の時を刻んでいたのは、十二支の動物達。

文字盤には、子・牛・寅や、九・八・七・・・・などと刻まれています。

なんと針はたった一本で、二十四時間表示。つまり、針は一日一回転だけするのです。

和時計の中でも最高峰と言われる物が、江戸時代に田中久重によって発明された万年時計とも称される「万歳自鳴鐘」です。

「愛・地球博」においてこの時計のレプリカが展示されました。

和時計を初めて知ったのは高校時代ですが、これを見た時には感慨深かったです。

そして和時計は1873年(明治六年)を以って日本が定時法へ移行したため、その実用的使命を終えました。

しかしながら、その間に時を表す独特の表現、言葉が多く生まれました。

例えば、時代小説なんかで約束の時間を表現する際に、夕暮れ時、とか薄暮、とか丑三つ時などと表現します。

また自分の大好きな「おやつ」というのは、八つ時からきています。

八つ時は現代でいう二時から四時までのことですから、ちょうど三時のおやつの時間に相当するわけですね。

まぁ、その頃が昔も今もちょっと小腹の空く時間なんでしょうw

また、和時計のほかにも時を知る道具として、有名な太陽の位置で時間を知る日時計、水のしたたりで時を計る「水時計」があります。

どちらも原理はとても単純ですが、なかなか趣きがあるいい時計です。

また日ではなく火を利用した火時計という物もあります。

古くから利用されてきたのはお香を利用し、1本づつ燃え尽きることで時を計るもの。

他にはロウソクに目盛りを付けたものや、油を利用したランプに目盛りを付け、時間を計ったりしました。

お香もゆっくりと燃焼して徐々に減ってゆくので、しばしば時を計る道具として使用されました。

線香で計ったのが「線香時計」で、これは花街などで用いられました。

今も芸者と遊ぶ料金を線香代というのはこの名残でしょう。

それから「香時計」これは灰を敷き詰めた香盤に筋をつけ、筋に香を埋めて端から火をつけます。

格子状の蓋の上からのぞき、燃えている場所を格子の物差しで確認して時を知りました。

これは主に寺院などで使われたとのこと。

昔はこうした時計が実用として立派に機能していた時代でもあったのだなぁ。

時を計る物として使える物は他にもありそうです、自分はえ?っと・・・・一日5回程時を告げる腹時計?

お後がよろしいようでw

一分一秒に縛られず、太陽の動きに合わせ、ゆったりとした時の流れを感じる、

時にはそんなレトロで、エコな生活を取り入れた休日を過ごしてみよう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%99%82%E8%A8%88


[8]>6 古代米 eiyan

古代は雑食でした。

それが現代は飽食の時代。

そしてその結果贅沢三昧。

しっぺ返しに病気の蔓延。

現代病は近代食の副産物。

ようやく健康食に気付き白米より玄米に栄養が豊富と判明。

でも玄米は不味い。

でも料理の方法で味はどうにでもなるのです。

現在は黒米、赤米、緑米等の古代米で美味しく栄養のある米を頂ける。

白米にすれば美味しいというけれど、玄米や古代米でも美味しくなるのです。

古代米は餅の様な粘りがあるので美味しいのですよ。


[9]>7 リズム時計 eiyan

昔は太陽が出ると活動し、日が沈むと休む。

こんなリズムで生活して来たけれど、現代は夜でも休まない。

生活リズムを完全に壊しておいて、自然を満喫出来ない。

やはり自然のリズムに沿った生活が健康にも良いですね。


[10]>5 江戸しぐさ eiyan

江戸しぐさというものがあるんですね。

江戸にしか通用しないものなのか?

それとも関西でも通用するものなのか?

全国には面白いしぐさがあるはずですね。


[11]>2 おにぎり eiyan

最近は”おにぎり”といっても多種。

顔を描いたり、字を挿入したり、絵を描いたりする。

正に食の芸術品。

食べてしまうのが勿体ない位。

作ったら写真に撮っておくのが重要ですね。


[12]>1 生花アレンジ eiyan

生花は生き物。

常に変化している。

活きる芸術ですね。


[13]>4 ハーブ eiyan

ハーブ茶もありますね。

色んな種類のハーブは香りも色々。

気分次第で色んな香りや味を選べますね。


[14]>13 カミサンが普通にいれてくれる茶 some1

ヨメはダージリンだのアッサムだのの種類や、桜だ、果物だのフレーバーティーの香りとか、詳しく細かくやってるのですが、


自分はのどを潤すために水分を摂る意味しかほぼなく、風情だ香りだという前にガバガバ飲んで、「高いお茶なのに・・・」とか言われたりもします。


だけども、ヨメがいれてくれてる茶を心置きなく飲んで「リラックスしている」事の方が自分にとっては重要なファクターです。


[15]>10 「東京しぐさ」 some1

腰浮かせ、傘かしげだのは3代ちゃんと続いてる江戸っ子のこちとらはあったりめえにやってるけども、

相手側は「何してるんだ?」みたいな反応ばっかりですね。(それでもこっちは別にやめないけど)


一方で道の真ん中を横に並んで歩道を占有してる年寄りだのが都内をウロウロしてやがるのがやたら多くて「お里が知れらあ」とか思うわけで。

(のろくた隅っこ歩いてるならまだしも、歩道占有してくっちゃべってやがるときは「退け!」って明確に伝える)


でも、年寄りと違って、子供達は挨拶は普通だし。

何かやらかしちゃった時もちゃんと謝罪できて「行儀のいい子だねえ!」ってのも結構多いので、

「東京しぐさ」を身につけていってくれてそうに思います。

要は小さい時からそういう環境で躾として身に付いてるかどうかなんだなあとか思ったりします。


ちなみにゴチャゴチャした所に大勢住んでいるので揉めない知恵もあったりもしますが、

火事と喧嘩の例えもあるように、人間関係でぶつかる事も多く、

逆に売り言葉、買い言葉の上手さも実際は必要。他人様ともかく家族や仲間の事はあるんでね。


それと人前を横切る事は込入ってる場所柄、仕方ないので、「ゴメンよ」って手刀を切るのも江戸しぐさ。


[16]>2 会社での朝食は握り飯 some1

ヨメが作ってくれますが、具が何かは食べてみてのお楽しみです。


でも、割とポピュラーな梅干やオカカのつもりで齧ったら、青紫蘇の実だった時は

「え?これ何だ??茶殻?でも味はやや辛い??」みたいな感じに。


[17]>8 黒米や雑穀米 some1

確かに黒米「だけ」で食べる気はさらさらしないですけど、白米に混ぜたら何とも良い風味をだしてくれました。


雑穀米も自分としては割と好きで、しょっちゅう食べるのですが、


とある偉い方と食事をした時に

「家では健康の為と言われてずっと雑穀米だったので、久々に白い御飯が食べられえ嬉しい」とこぼされて、

まるで戦中や敗戦後に「銀シャリ」有難がってたみたいな言葉だなあと。・・・何事もバランス。


[18]自家製ぬか漬けでお茶漬けの夜食 NazeNani

和な感じで、ぬか床を育て、きゅうりやなすの自家製のお漬け物を作り、お茶漬けにしたりしています。秋の夜長に、小腹が空いた時に、ああ日本人で良かったなあと思う瞬間ですw


[19]こたつでみかん、ほかほかお鍋〜 NazeNani

冬めいてきると懐かしいのが、こたつとみかん、ほかほかのお鍋を家族団らんで囲むことです。湯豆腐、すき焼き、しゃぶしゃぶ、鶏すき、水炊き、雑炊からおでんまで、和食ならではの愉しみだと思います。


[20]伝統の生地を使って sumike

私は、食器拭きと台布巾に「かや生地の布巾」を愛用しています。

マイクロファイバーの布巾、薄手のタオル布巾、手ぬぐい、サラシなど色々な布巾を試してみましたが、

どれも吸水性がイマイチだったり、耐久性が弱くすぐ破れてしまったり…となかなか気に入る布巾がありせんでした。

ある日友達のイエに遊びに行った時にとても手触りの良い布巾を使っているので、これどこの?と尋ねたらかや生地の布巾とのこと。

え?…かやってあの蚊帳?

蚊帳(かや)といえば夏の伝統的な虫除けアイテムですが、かや生地布巾はこの、蚊帳用に作られた丈夫な布地を幾重にも折り重ね、

丁寧に縫い上げた布巾なのだそうです。

すぐには想像がつきませんでした。なにしろ蚊帳を吊ってもらって寝たことがあるのは遥か昔のこと、布巾のような生地だったかしら?

そして翌週に友達から、これ使ってみてと渡されたのが、友達とお揃いのかや生地の布巾。これはとっても使いやすく、重宝したのです。

調べてみると今、奈良の蚊帳生地のふきんは大評判とのこと。

そして奈良のかや布巾を探してみたら、多く蚊帳生地の布巾のメーカーがあってビックリ。

色々検討し、いくつか購入してみました。

1つは友達から貰ったのと同じ、垣谷繊維の「白雪ふきん」

http://www.shirayuki-fukin.com/shohin/index.html

名前の通り、シンプルな真っ白な布巾ですが、これがすごく優れものなのです。

まず、汚れを拭きとっても、さっと濯げば、買った時の雪のような白さに戻ります。

いっぱいあちこち拭いても薄汚れた感じにならないので、いつも綺麗で清潔に使えます。

最初に、食器洗い&食器拭き、ちょっとくたびれてきたら台拭きに、薄く汚れてきたら窓拭き用や掃除用の雑巾に、

最後は油汚れを吸わせて捨てる予定ですが、なかなかくたびれそうにないので、このサイクルで一巡するのは、

思っていたよりも時間がかかりそうです。

この布巾は、年に一度(8月7日)の東大寺の大仏様の御身拭いの時用に献上されているとのこと!心して使いますw

それから同じく垣谷繊維の白雪ふきんの「友禅染シリーズ」。

http://www.shirayuki-fukin.com/shohin/uzen/season/index.html

なんとも素敵な柄のかや布巾を、いきなり食器拭きにおろすのんもったいないな?と思いながら色々見ていたら、

「ランチョンマットにすることもできます」という文字が!最初の使い道決定ですw

季節折々の模様も素敵です。

布巾で四季を感じることができるのはいいですね。

そしてお次は中川政七商店の季節のおいしいものをモチーフに絵柄を染めた、中川政七商店の「ごちそうふきん」

http://www.nakagawa-masashichi.jp/item/5001.html

見ておもわず、「なんて素敵!」と大感激^^台所に置いてあるのを見るだけで幸せ気分に浸れます。

最後に吉田蚊帳の「ならまち布巾・染」http://yoshidakaya.co.jp/1.html

なんと色の種類が豊富で、家族のイメージカラーの青、緑、赤、桃の色が揃っているのでお絞りに使用。

このお店では、蚊帳本体も売っています!

かや生地布巾は、買ったばかりの時にはパリリッと糊がついていて、固い(ごわごわ)です。

しかし、お湯で糊を落として使い始めると、なんともやわらかく吸水性、汚れ落ちがよく、乾くのも早くて、絞ったときの手触りがいい感じです。

洗えば洗うほどにふわふわと手にやさしくなじみます。

自分で使うだけでなく、プレゼントとしても素敵ですね。

布巾の素材を見てみると綿とレーヨン混合と書かれていました。

レーヨンなんて昔は使って無かったんじゃないの?と思って調べてみたらカタカナなので紛らわしいのですが、これ化学繊維ではなく、

ユーカリ、アカシア等の繊維を使って作られた、再生(エコ)繊維なのですね。昔の日本では竹なども使われていたのかな。

先人の残した技術と伝統による蚊帳から生まれた、かや生地布巾は、その強度と柔らかさ、汚れ落ちの良さなどの特性を生かした素材です。

吸水性に優れ、使い込むほどに柔らかくなり、ほっとする優しい手触り。

地味な存在だけれど、とても大切な布巾です。


[21]琴や尺八・三味線などの音で和を楽しむ TomCat

箏曲「春の海」(宮城道雄作曲)が流れてくると、季節にかかわらずお正月気分に浸ってしまう人は少なくないと思います。このように、音で呼び起こされるイメージというのには、とても鮮やかなものがあると思うのです。「春の海」に限らず日本の伝統的音楽の名曲は様々ありますから、それらを暮らしの中のBGMに取り入れてみませんか。琴や尺八、三味線などの音色が流れてくると、もうそれだけで、どんな場所にも和の空間が広がります。

たとえば雅なお琴の音色を聞きながら、お気に入りの和菓子でおいしいお茶。考えただけでも和むと思いませんか。さらにテーブル上に季節の花を和風に飾ったりすると、いつものリビングが趣のある和空間に早変わりです。お花は、小さな剣山と、ちょっと深めの陶器のお皿などを組み合わせて飾りましょう。生けたお花を乗せる花台の代わりには、和風の鍋敷きなどが使えます。

三味線もいいですね。夜、部屋の明かりを落として、しっとりとした三味線の音色を聞きながら月を見上げる、なんていかがですか。凍てつく夜空の冴え冴えとした月を眺めていると、「おまいさん、一本つけましたよ」なんて恋女房の声。「いよっ、嬉しいねえ、おめェもここに来て一緒にどうでェ」。こんな時は、照明をフロア直置きの小さなスタンド一つにしてみましょう。これが行灯の代わり。三味線の音に合わせて、「わしとおまえは羽織の紐よ 固く結んで胸に置く」なんて都々逸の一つも口ずさんでみたくなるような、粋な晩酌が楽しめます。

こういう和空間の演出に使える音楽を色々ストックしておくと、お正月や雛祭りなどの伝統行事はもちろん、和風のホームパーティーなど、様々な場面で活用していけますね。ご近所様にご迷惑にならない程度の音量で庭にも聞こえるように鳴らしてやると、夏の夕涼みなんかもいい雰囲気。春秋のうららかな日には縁台に緋色の毛氈でも掛けて、お庭でプチ野点なども楽しんでみましょう。お抹茶と、ちょっと上品なお菓子の用意があればそれだけでお友達が呼べる、気軽な和のガーデンパーティーです。

さて、和楽器が奏でる音色は、もちろん普通の音楽と同じように鑑賞してもよいのですが、ここでもうひとつ、ちょっと目先を変えた鳴らし方を提案してみたいと思います。それは、離れた部屋で鳴らすという方法です。イメージとしては、箏曲を鳴らすなら、たとえば源義経にまつわる浄瑠璃姫伝説のような感じです。それはこんな物語。

身分を隠してとある長者の家に一夜の宿を借りた若き義経は、夜の庭を散策していました。すると、どこからともなく聞こえてくる琴の音。はて、誰が・・・・。月明かりの下で目をこらすと、美しい姫が琴を奏でていたのでした。義経は笛の名手です。愛用の笛を取り出し、その琴の音に合わせて吹きはじめます。ここから、義経と姫の、美しくも儚い恋物語が始まっていくのでした。

なんていうシーンも思い浮かんでしまう、とても素敵な時間が楽しめますよ。音源の位置を離して、部屋というアコースティックな空間を通して流れてくる音に耳を傾ける。この風情もまた格別です。音楽がその存在を主張しすぎない、環境の一部として漂ってくるような聴き方もまた、素敵な和みのひとときを演出してくれることでしょう。

CDを探す時は、「邦楽」ではなく「純邦楽」のカテゴリで探してください(CDショップで言う邦楽は、ほぼJ-POPとイコールです)。探してみると、意外にたくさんのCDがリリースされています。日本の伝統音楽にもそれは多彩なジャンルがありますから、とりあえずは安価なレンタルを利用して、色々聴いてみるといいですね。とにかく数を多く聴いて、お気に入りの曲を見つけ出してみてください。図書館にも貸し出し可能なCDが資料として置いてあると思いますので、ちょっと覗いてみましょう。

また、テレビではNHK教育、ラジオではNHK-FMで、様々な日本の伝統音楽を扱った番組がありますので、そういう放送の利用もお勧めです。毎日何かしらの「純邦楽」番組がありますから、今まであまり馴染みがなかった人も、これを機会にぜひ。音楽への理解を通じて心の中の「和」を育んでいくのも素敵なことだと思います。

http://www.nhk.or.jp/koten/bangumi.html

色々な曲をコレクションして、暮らしの中の様々なシーンに和の音楽を生かしていきましょう。今夜の私は、バスルームの隣の脱衣室で新内でも流しましょうか。今夜は長湯になりそうです。


[22]茣蓙 mododemonandato

わたしのイエでは、畳の上に茣蓙をしいて寝ています。

こうすると畳の目がいたまないので、かなり重宝します。

井草の香りがして、心身ともに癒されるようです。

そして、夏などには夜に寝るときに、背中が涼しくて快適に眠れます。

カーペットや畳でも暑い時期には暑くなるので、快適とはいえません。

フローリングだと体が痛くなるので、それなりに柔らかい茣蓙が最適といえるでしょう。


最近では茣蓙をカーペットのようにして、フローリングやカーペットの上にも敷けるような製品もあります。

和の生活を生かしながら、現代でも手軽に和の空間を利用できる優れものと言えるでしょう。


[23]>19 コタツみかん eiyan

コタツみかんは良いですね。

日本独特の風景。

日本に在住してる外国人がコタツに惚れる。

だが、背中が寒いって言ってましたね!

日本人って背中が寒くないのか?って!それが不思議って言ってましたよ。


[24]>22 い草敷き eiyan

畳とい草の間に自然とゴミが溜まりますね。

短期間ならそうでもlないが長期間だとかなりの量。

やはり年末の大掃除は欠かせない。

年末総入れ換えは必須でしょうね!


[25]>20 フキン eiyan

フキンには普通絹生地を利用しますが、最近はフキン用の生地があるそうですね。

空気通りの良い生地は乾きやすいし拭き易い。

手触りは”ネル”生地が良いのだけど、やはり絹辺りが良いですね。


[26]>18 お茶漬け eiyan

夏の夜食には漬物にお茶漬けは良いですね。

夜の夜食にはラーメン食。

特に受験生には夜食が必要ですね。


[27]>16 おにぎり inio

もう日本のソウルフードですよね!


[28]>21 和楽器 inio

心に響く独特な音色をしていますよね。


[29]>28 和楽器 otayori

琴はひいおばあちゃんの思い出です。

一度だけ遊びに行ったときに会って

琴をひかせてもらいました。

どこかテープに声とお琴の演奏が残ってるはず。

見つけたら、保存しなきゃ


[30]>27 おにぎり otayori

おにぎり大好きです。

ノリが湿ってるほうがすき。

たぶん、学校時代の母のお弁当の影響と思います。


[31]>12 野に咲く花 castle

花の変化といえば、野に咲く花などに「花も生きているんだ」と感じさせられることがあります。タンポポと夕顔がわかりやすくて、特にタンポポは先日まで黄色かった花がいつのまにか白い綿毛になっていると、花って生きているんだなと改めて感じますね。

生け花とまではいかなくても、コップに野の花を一輪挿すだけで部屋の雰囲気が和らぎます。

あと、花ではありませんが、雑草の春から夏にかけての伸び方を見ていると、植物のたくましさを思い知らされます。

刈っても刈っても切りがなくて、あれは本当に凄まじい生命力…。


[32]>23 コタツにお餅も捨てがたい castle

背中ははんてんを着て寒さからガードです。

ストーブかヒーターがあれば防寒対策としては万全ですが、最近だと家庭用の蓄熱設備などエコ暖房もそれなりに普及しているようです。うちの実家も数年前に導入してました。

はんてんを着ながらこたつで丸まってみかん、鍋、もありますが、あとお餅も捨てがたいです。お餅も焼ける電気オーブンで表面をパリパリに焼き上げながら、びろーんと伸びるお餅の中身を味わう時の醍醐味といったらありません。おもちはお腹がふくれやすいので、5個目ぐらいからちょっときびしくなってきますが。


[33]>9 ススキも赤とんぼも少なくなり castle

お月見といえばススキを思い出しました。昔と比べるとススキがかなり減っているような気がします。今でも生えているところには生えていますが、ススキの野原って見かけなくなりました。

秋つながりでいうと、赤とんぼも減ってしまいました。昔小学校の頃に見た、校庭の空を埋め尽くすような赤とんぼの大群なんて、今ではもう見られないそうです。

自然を感じるというテーマからすれば主旨と異なるかもしれませんが、季節の風物詩を感じさせてくれる自然そのものが減ってきているという不安は募る一方です。

ススキの原っぱや赤とんぼなどが多少なりとも増えてくれれば、季節感を取り戻せるような気がします。ですが、世の中は移ろうものなので、これもないものねだりかもしれません。


[34]>30 おにぎり adgt

コンビニの普及とともにさらに支持層が拡大したイメージがありますね。例えば、イケテル人たちなんて、昔はおにぎりなんていわなかったでしょうし、その発想の転換が素晴らしいですね。


[35]>29 和楽器 adgt

昔、祖父が尺八を吹いてました。どことなく音色に哀愁がただよっているのが和楽器の特徴だと思います。機械的でなくて良い音ですね。


[36]ししおどし adgt

竹筒を切ったものに、水をためていき、重みで石に竹筒が当たる。「コンッ!」とあの音が響き渡るだけで日本の独特の空気感が出てくる感じがします。風情がありますね。


[37]茶道 adgt

今は型が注目されますが、茶道の中の日本人的な側面、特に死との向き合い方は非常に学ぶところが多いです。そいうった建築の志向が存在したことは文化的にも価値のあることだと思います。

そして茶道には「一期一会」という言葉があります。人との出会いを一生に一度のものと思い、相手に対し最善を尽くしながら茶を点てることは、まさに「死」を茶室に取り入れることに他なりません。日本の美とは、死の美です。日本の美に切々たる繊細さがこもっているのは、それが生ではなく、逆に「一期一会」という死の切迫した意識から生じたものだからなのです。

http://www.ichijyo-shinya.com/writings/writings_box/culture_page...


[38]香りで楽しむ日本の心 SweetJelly

香りを楽しむ文化は洋の東西を問わず存在しますが、日本の伝統文化では、香木の香りを楽しむことがその中心です。しかもそれを煙を出さないように慎重にくゆらしながら、立ち上る香りを楽しむのです。その香りを感じることを、日本では「香を聞く」と表現します。この繊細な香りの文化は、華道や茶道とほぼ同じ室町時代に、香道として大成されていきました。この日本独自の美意識によって育まれてきた香りを、現代生活にも生かしていきませんか。


香木を本格的に香らせるには、専用の炭を熱源にして灰で温度調節をするという香炉が用いられますから、炭を熾したり灰を整えたりと、かなり手間がかかります。また、上手に焚けるようになるには少しの慣れも必要です。でも最近はいい物があるのです。


たとえば蝋燭を熱源にした香炉。蝋燭に火を付けて、上に香木を乗せるお皿をかぶせれば、それだけで手軽に、平安時代の姫君も楽しんでいたであろう香木の香りが楽しめます。香木は、くゆらす温度が大切ですが、それは蝋燭と香木を乗せたお皿との距離で調節します。蝋燭ですから燃えていけば短くなって温度が一定しませんが、香道の聞香(もんこう)のような掌の香炉からほのかに立ち上る香りを直接楽しむデリケートな焚き方ならいざ知らず、室内に香らせる空薫(そらだき)なら、こんな簡易な方法でも結構楽しめます。欠点は、蝋燭の燃焼の匂いが混ざってしまうこと。特に火を消した時の匂いは目立ちますから、消火は室外で行うようにいたしましょう。


さらに簡易で欠点も少ない現代的な香炉として、電気を熱源に使った物もあります。これは温度調節もしやすいですし、熱源の匂いもありませんから、とても簡単に香木の香りが楽しめます。私が持っているのは、伝統的な香炉と同じように銀葉(雲母の薄片)を乗せて使用する物なので、香り方もなかなか本格的です。欠点は、ちょっと価格が高いことと、熱源が地球温暖化につながるエネルギーに依存してしまう点。


伝統的な香炉は熱源が炭ですし、蝋燭の香炉も木蝋など植物由来原料の蝋燭を使えば、どちらも二酸化炭素の発生と固定の均衡を崩しません。が、電気ではそうはいきませんね。些細な排出とはいえ、やはり四季の自然の美しさを尊んできた和の心を楽しもうとする時に、それに逆行する二酸化炭素の排出は胸が痛みます。電気香炉は、日頃から省エネに努めて、それでお金と二酸化炭素排出量を節約して買ってください。こういう自然環境を尊ぶ配慮も、和の心のひとつだと思います。


さらにお香と環境について書いておくと、上質な香木として珍重された伽羅(きゃら)は、今はワシントン条約希少品目第二種に指定され、容易には輸出入が出来なくなっています。植物その物が絶滅の危機にあるということではないと思いますが、お香のお店のサイトにこんな説明がありました。

http://www.yoshihashi.co.jp/shop/kotoba/soboku/soboku.html#san

沈香のとれる産地はベトナム、カンボジア、インドネシア等です。

沈香のある場所は、ジャングル。しかも戦争があり地雷が沢山。

よって人が入っていける場所にはもう沈香はありません。

しかも、木にバクテリアが作用して樹脂化したものなので人工的に作る事はできません。

ですから、今現在使用しているものがなくなればもう沈香はありません。

沈香のなかでも伽羅は最良のものです。だからとても高価なのです。

どうやら長く続いたベトナム戦争の傷跡が、今も尾を引いているようです。


日本の伝統の香りとはいえ、その原料は遥か昔から、海を渡って日本にもたらされてきた物でした。その貴重な香木を大切に大切に、少しずつ少しずつ使って香りを楽しんできたのが、千数百年にわたって日本で育まれてきた香の文化だったのです。


今私達が容易に入手できる香木も、やはり産地の多くは東南アジア諸国です。香は心を落ち着け、安らげてくれますが、その香を聞く時には、戦争なんて必要のない世界の安らぎと安定も願っていきたいものですね。


ちなみに香の楽しみを道にまで高めた香道も、足利将軍家の近臣であった志野宗信(香道および茶道の志野流初代)が、戦乱による世相の悪化を憂い、将軍に香や茶や連歌などをすすめ、武家政治の中にも温雅な思想を打ち立てようとしたことに始まると言われています。香はただ香りを楽しむだけでなく、世の中の平和安定を願う心の文化でもあったのです。

http://www.okou.or.jp/manabi.html


そうしたことも踏まえながら、繊細な和の香りの美を、まずは手軽な道具で楽しんでみてください。忙しさに紛れて温雅さを忘れがちな毎日の中に和の香り。煙を立てて焚くお線香や洋風のアロマオイルとはまた違った伝統の香りが、ゆったりとしたくつろぎをもたらし、心も体も癒してくれると思います。


[39]>32 こたつにみかん gtore

こたつにみかんというのは、まさしく和を感じさせるものですよね。

おせんべいなんかがあれば、もう最高ですね。


小池真理子さんの掌編小説に「年始客」というものがあるのですが、

こたつでおせんべいを食べているシーンがありまして、

まさに日本の原風景が描出されています。

読んでいるだけでも、なぜかほっこり温まったような気になりました。


[40]手書き文字を見直そう ekimusi

現代では会社や学校、家庭でもパソコンや携帯での文書作成、メールでのやりとりが急速に普及しています。

とっても便利ですが、その反面、活字には感情が欠けてしまうため、文字から感情が伝わらず行き違いが生まれたりすることも。

私は普段、手書きの文字は鉛筆、ボールペン、サインペンなど様々な筆記具を用いて書きます。

文字はもともと中国で発達した漢字が、日本に6?7世紀頃、筆、墨、紙とともに伝えられたものなんですよね。

そしてそれ以降日本独自の漢字や、かな文字や、カタカナが表現されるようになりました。

日本語は人々の生活から生まれた日本の伝統的な文化です。

字は個々の特徴が出るものの一つですね。

手書きで書かれた文字には、人の優しさ、温かさ、誠実さなどが相手に伝わります。

また人々は多くの書体を生み出しました。

「文字に精霊が宿る」「書は人なり」と言われるように「文字」は書く人の心境を表現し、人となり、人格を表すと言われます。

上手な人は尊敬しちゃいますし、上品な文字からは書いた人の品格さえ感じます。

現代、メールの活字で、人と人のつながりをつくっています。

しかし、メール、インターネットの時代に入ったものの、手書きの手紙は廃れてはいません。

我が家もメールは大活躍していますが、暑中見舞いや毎年の年賀状の宛名は手書きで、また目上の方へは筆を使って墨で書いています。

ハガキに筆で上手に文字を書くのは難しく、うまく書けない時にはモヤモヤが募ってきますが、うまく書けた時の達成感はそのモヤモヤを一瞬で吹き飛ばします。

同じ文字でも、書いた時の気持ちや体調によって同じ字にはなりません。

手書きの文字というと、多くの方が「下手だから苦手」と言われます。

でも、下手だから書かないでいたら勿体無いです。

キーボードで打って、どれもが同じ活字で表されるようなものじゃなく、

その日、その時、その思いが表れた世界でただひとつしかない「手書き文字」は、大切だと思うんです。

というのも、私が夫と出会った当時、まだ携帯電話は一般的ではない時代で、パソコンなんて個人が所有するものではなく、

会社に数台ある程度でした。

また電話代も高かったため、遠距離に住むお互いのやり取りは専ら手紙でした。

お世辞にもだんなの直筆は達筆とは言えませんが、遠距離恋愛をしていた1年半の間に、夫からもらった直筆の手紙は十年近く経った今でも私の宝物です。

きっと、メールをプリントアウトしたものだったら、こんなに大事に取っては置かなかったでしょうね。

自分でもあとで読めない・・・というのはちょっと問題でしょうが、多少のクセは味だと思いますwいっぱい書けば、きっと上達します。

旅先から貰う絵葉書に、ちょっとした内容でも手書きの文が添えられていると、心がほっこりします。

だから私もこれからも手書きで文字を書く機会があれば、どんどん書いていこうと思います。


[41]>34 おにぎり gtore

おにぎりは、日本食の代表格といえますね。

私も、海苔が湿っているほうが好きです。

コンビニのおにぎりは、ある意味で変革をもたらしましたよね。

具材にシーチキンをつかうという発想は、それまでなかったのではないでしょうか。

いまとなっては、次から次へと新しい具材が開発されている状況で、なかなかに面白いです。


[42]>17 玄米食 gtore

私も、数年前まで白米をいただいていました。

それが、健康食ブームで玄米をいただくようになりました。

あまりおいしいとはいえないので、はじめはちょっと抵抗があり、

2日に1回くらいにしていましたが、

いまではもう慣れてしまって、毎日いただいております。


[43]書道 gtore

書道は、日本の伝統的な文化ですね。

正座をして、すずりで墨を水ですりおろしていると、

なぜか心がしんと静まってきますよね。

筆でゆっくりうごかして、字を書いていると、

心の背筋が伸びてきます。


[44]たたみを感じる gtore

普段、和室で寝ている人でも、たたみに直接寝転がるというのは、

あまりしないのではないでしょうか。

たまにはたたみに寝転がってみるのもいいかと思います。

たたみのい草の匂いは、なんともいえずいいものです。

横になっていと、なんとも心が和らいでくるのを感じます。


[45]千代紙で遊ぼう Cocoa

気楽に和の時間を楽しむなら、千代紙を使った遊びはいかがですか。千代紙には、素材にも、刷られ方にも、模様にも、和の伝統が息づいています。


まず最初は折り紙です。似たような紙の細工は外国にもあるようですが、日本の折り紙は外国の影響を受けることなく、日本で独自に進化してきた物のようです。大きく分けると熨斗のような儀礼目的で用いられる物と、折り鶴のような遊戯として折られるものがあり、千代紙で折るなら主に後者ですね。


今は折り紙というと子供の遊びというイメージですが、江戸時代の11代将軍家斉の時代に出されたという秘傳千羽鶴折形という書物には、とても子供には作れないような高度な連鶴の折り方が49種類も載っているそうです。ここまでくると、遊戯というより立派な工芸です。


ほかにも伝承の折り紙がたくさんありますから、ネットで探したり本で探したりしながら、色々折ってみましょう。折りながら和紙の風合いや伝統の模様に直に触れていく時間は、「素敵な日本を発見!」そのものです。しかも、折り方はちょっと難しいかもしれませんが、正方形の千代紙が1枚あれば楽しめるのですから、この気楽さにも注目です。


姉様人形も作りましょう。髪は縮緬紙。衣装は千代紙。花嫁姿のお人形です。姉様人形には色々な作風というかタイプがあるみたいで、地域によっても違った姉様人形が伝えられているみたいですが、そのどれもが素敵です。素朴な姉様人形は、子供のおままごとのお人形。きっとこれで、小さな女の子が美しい花嫁となる日を夢見て遊んだのでしょう。出来上がった姉様人形でそんな遊びをしてみる時間も、素敵な「和の時間」ではないでしょうか。


千代紙で箱を飾るのも、昔からあった使い方ですね。適当な箱に千代紙を貼っていくだけで、素敵な和の工芸品に早変わり。宝物を入れる小箱を作ったり、工夫をすれば和の情緒漂う小引き出しなども作れます。


贈り物のラッピングなどにも千代紙です。落ち着いた色柄が多い京千代紙は、贈答品を包むために用いられた絵奉書が木版摺りの技術と結びついたものですから、今でもプレゼントのラッピングに使うと素敵な色柄の物がたくさんあります。包装にも真心を込めたい大切な人へのプレゼントに、どんな物を使おうかなぁと選んでいる時間も素敵な「和の時間」ですね。


このほかにも、考えていくと、様々な千代紙の楽しみ方が広がると思います。さらに千代紙以外にも、あでやかな友禅文様を表した友禅紙や、南蛮貿易によってもたらされた模様を型染めした更紗紙、紙を屏風だたみにして両面から板を当てて染色した板締紙など、美しい模様が施された和紙が色々ありますから、そういう紙にまで範囲を広げていくと、さらに楽しみの範囲も広がっていくと思います。

もちろんこれらは、何もせずに眺めているだけでも、素敵な「和の時間」をもたらしてくれますね。


[46]>42 雑穀米 Rytandrezone

体にもいいし、精神安定させるのにもいいと効きましたが・・・。

2週間に数回は使用してます。


[47]>36 鹿威し gtore

鹿威しは、日本庭園の装飾としてとても趣のあるものですよね。

竹でできた筒に水が溜まると、いい音がします。

その音にはなんともいえない響きであり、

見ている者の心を鎮めてくれます。

日本の庭園の風景は、見ているだけで心を癒してくれるなにかがあります。


[48]そうだ、神社、行こう YuzuPON

JR東海のキャッチコピーに「そうだ 京都、行こう」というのがありますが、身近にあって和に浸れるスポットとして、神社も注目できると思いませんか。観光名所でない神社は普段は閑散としていますし、たいして見る物もありませんが、そのシンプルさこそが「和」だと思うんです。見方によっては、京都に負けない「和」が楽しめますよ。


散歩のついでに、ちょっと神社に足を向けてみましょう。都会の神社は、マチの喧噪の中にぽっかり開いた異空間。田舎の鎮守の神様も、周囲の森や林とはちょっと違った空間になっていると思います。その静けさを楽しみましょう。音は、何かしら聞こえてくると思います。それでも感じる独特の静けさ。これが日本人の尊んできた清浄ということなのかなぁと思ったりします。


神社によると、境内が子供の遊び場になっていたりするかもしれませんが、それもまた「和」の雰囲気ですね。今は隅っこに座ってゲームに興じている子供などが多いと思いますが、昔だって一人遊びはありました。手にしている物が違うだけで、大きな違いはありません。


神社には、公園などとはちょっと違った種類の木が植えられているかもしれません。木の種類を調べ、その木にまつわるいわれを調べてみたりすると、日本の伝統文化に対する理解がちょっと深まるかもしれません。


神社の中には、境内社と呼ばれる小さな社もあるかもしれません。色々な縁で祭られたそれらのいわれも調べてみると、さらに郷土に対する理解が深まりそうです。こうした知識も増やしながら二度三度と足を運んでいるうちに、今まで単なる場所としてしか捉えていなかった神社という存在が、歴史と伝統と和の宝庫として捉えられるようになっていくでしょう。


鳥居や狛犬さん、社殿拝殿の建築様式などにも、見るべき「和」がたくさん隠れています。何も無いと思っていた神社に、実は「和」の凝縮がある。ぽっかりと開いた空間に、和の風情が満ちている。神社って、そういう場所ではないかと思うんです。


機会があったら、例大祭の式典も覗いてみてください。祭殿の様子や神主さんの厳かな祝詞、式次第などにも、今の私たちの日常では体験することの無いような、貴重な和のエッセンスが満載です。


宗教的な理由から神社には足を踏み入れないという人もいるかと思いますが、日本の神道は八百万の神、つまり森羅万象を神として尊ぶものですから、古代においては自然その物が境内であり、社殿・拝殿であったと考えられると思うんです。ですから今のイエも道路も、全てが太古の神社だったかもしれない場所です。信仰とは無関係に誰でも足を運んで良いのが神社ですから、ぜひそこで、和の原形、和の源泉を楽しんでみてはいかがでしょうか。宗教的な理由で避けている方は、拝殿で参拝するかどうかにだけこだわればOKだと思います。


[49]和菓子で和!! momokuri3

大人になって、和菓子っておいしいものだなと感じるようになりました。おいしいだけでなく、よくできた和菓子には、日本文化の根底をなす季節の美しさを愛でる心が溢れています。様々な季節の風物をおいしいお菓子にして表現していくこの文化は、世界に誇れるものではないでしょうか。その和菓子を通してさらに和を感じ楽しんでいくための、私なりの方法をご紹介してみたいと思います。


まずお菓子は目で見て楽しみます。庶民的なお菓子だって、本当に良い物は見ただけで素材の良さや作り手の腕の確かさなどが伝わってきます。また前述のようにお茶席などに供せられる上生菓子にいたっては、もうその姿だけで芸術の域に入っていると言いたいくらいの美しいお菓子もありますね。


耳ではどう楽しみましょうか。聴覚での和菓子の味わいは、その菓銘にあります。庶民的なお菓子にも、その成り立ちや歴史などがうかがえる名が付されていることが多いですし、上生菓子には、日本独特の四季の美しさなどを詩的に表現した菓銘が与えられていたりします。そこから伝統の食文化や作り手の思いなどを味わっていきましょう。


干菓子やお饅頭のたぐいは、正式な席でも手で取っていただきますから、その時の触覚も味わいのうちですね。そのほかのお菓子の場合は黒文字や楊枝で食べやすい大きさに切っていただきますから、口で触感を味わいます。


もちろん香りも大切な味わいです。あまりクンクンと匂いを嗅いでは日本の様式美に反しますが、口に運ぶ寸前に感じる香りや、口の中で広がる香りは、同じ味わうなら、しっかり記憶にとどめたいものです。日本の食は素材を生かすことが特徴ですが、お菓子もまたしかり。ここから素材の持ち味も感じていくことができます。


こうして様々な感覚で受けとめてきた味わいをメインの味覚にプラスすると、そのひと口がまさに和!日本の食のすばらしさを堪能する一口になります。ここに本当にうまい茶が合わさったら、心の底から「日本人に生まれてよかった?」と叫びたくなる気持ちが湧き上がってきます。


そうそう。話が前後しますが、お饅頭のたぐいは食べやすい大きさに手で割って、餡の色や艶も楽しんで食べていきましょう。上生菓子の場合は、黒文字などで切った切り口の様子も目の楽しみです。外から見ただけでは分からない、意外な贅が尽くされていたりすることがありますよ。


こんなふうに着眼点を明確にしながら楽しんでいくと、それまでただのお茶請けに過ぎなかったお菓子が、和を感じ楽しませてくれる主役にまで高まってくれると思うんです。一皿のお菓子と一杯のお茶から広がる和の楽しみを、たっぷりと堪能してください。


[50]風呂敷で楽しむ日本の美 Fuel

風呂敷は、それらしい物が正倉院にも見られるほどの歴史を持つ、由緒正しき日本の伝統的アイテムです。平安中期の辞書的書物「和名類聚抄」にも、古路毛都々美(ころもつつみ)という名で登場しています。


その後、風呂敷は日本の伝統美と共に進化し、現代に伝えられてきました。風呂敷の売り場があったら、ちょっと覗いてみてください。それは美しい風呂敷が並んでいます。小さな物は額にでも入れて飾りたくなります。いや、実際、日本の伝統的な技法で染め抜かれた風呂敷を額に入れて飾ったら本当にすてきです。額はポスターなどを入れて飾るようなアルミフレームの物で構いません。むしろ洋室に飾るなら、こういった現代生活の中のアイテムがベストマッチング。そんなフレームに風呂敷を一枚入れて飾るだけで、あっという間に部屋の雰囲気が変わります。季節に合わせて入れる風呂敷を変えて飾る楽しみ。これは試してみる価値ありますよ。


また、大きな風呂敷は、テーブルランナー的に使う楽しみもあります。風呂敷の対角線をテーブルの横方向の中心線に合わせるように掛けてやると、これがなかなかの見栄え。丸テーブルに風呂敷の組み合わせもお勧めできます。大柄のシンプルな模様の風呂敷が似合いますが、お子さんの集いなどの時には、うさぎ模様などのかわいい柄もいいですね。布一枚で、見慣れたテーブルが一気に和の装いです。


風呂敷の本来の目的は、もちろん包むという使い方ですが、この風呂敷包みが、またいいディスプレイになるんです。たとえば風呂敷でワインボトルを包むなんていうやり方の説明を見ることがありますが、ワインの空き瓶をちょっと口を出し気味に包んでそれに花を飾ったりすると、これまたかわいいインテリア。花と風呂敷をコーディネイトするとさらにすてきですね。


暮らしの実用的な道具としては、風呂敷のエコバッグ的利用が注目できますね。最近はエコバッグを使った万引きが横行しているという世知辛い世の中で、店内でエコバッグを出していると、よからぬ人と間違われたりする恐れがあります。でも風呂敷なら使用前は畳んでいますから、これなら客もお店も安心ですね。季節やその日の気分で使う風呂敷を選ぶと、日常の買い物も和の雰囲気満点です。同じ持ち歩くなら、画一的なレジ袋なんかより、自分らしさが表せる趣味の良い風呂敷の方が圧倒的にお洒落ですね。


私は最近、家紋を染め抜いた風呂敷を持ち歩いています。スーパーでもコンビニでも、買い物をしたらそれに包みます。わが家のアイデンティティを掲げながらマチを歩く。ちょっと誇らしげな気分です。落ち着いた色合いの風呂敷ならスーツとの相性もいいですから、ビジネスシーンでも使えます。


和服を常用しなくなった現代では、風呂敷は和の布に親しめる数少ないアイテムだと思います。皆さんも様々な風呂敷を楽しみつつ、色柄からも使い方からも、日本文化を再発見していってみてください。


[51]石で和の時間を楽しむ Catnip

日本には昔から、石や、石のある景観を楽しむ文化がありました。その代表例が日本庭園ですね。日本庭園には様々な様式がありますが、その多くに石の醸し出す自然の景観が取り入れられています。


水石という石の楽しみ方もあります。自然石を台座や水盤に砂などと共に配置して鑑賞するもので、石を飾って楽しむ習慣の元は大陸から渡来したものと思われますが、庭園・建築様式をはじめ、茶道・華道・能・連歌など様々な芸術が花開いた東山文化の中で、この室内における石の楽しみも日本独自の感性による進化を遂げ、芸術の域にまで高まって現代に至っています。


盆栽にも石を取り入れたものがあります。根が石を抱き込んだ形になっているもの、大きめの石に粘度の高いケト土などを付けてそこに植物を植えていくものなど色々な形がありますが、どれも雄大な自然の景観を感じさせる素晴らしいものです。


こうした石の楽しみを、暮らしの中に気軽に取り入れてみませんか。水石や盆栽には一定の様式がありますが、ここでは難しいこと言いっこなしの自分流で出来るやり方を考えていきます。


たとえば石付き盆栽に似た鉢を気楽に作る、石を配した寄せ植えなんてどうでしょう。適当な盆栽用の鉢を用意して、岩山にでも見えそうな石を置き、土を入れます。そこに、季節の山野草を植えていくのです。背の高い草、地を這うような草など、タイプの違う草を様々に取り入れていくといいですね。造形としては、生け花によく見られる芯・添え・控えの姿を意識すると、落ち着いたスタイルに仕上がると思います。ネット上にはたくさんの生け花作品の写真がありますから、そういうのを見て造形のイメージを膨らませ、それから植える植物を選んでいくと良さそうですね。仕上げに、土の表面や、場合によっては石に対しても、苔を貼っていきましょう。


あるいは、苔玉に仕立てた数種類の植物を、石と共に水盆の上に飾ってみる、なんていうのもいいですね。これは苔玉と石が独立しているので、時々配置を入れ換えたり、植物や石を別のものに取り替えたりして、変化に富んだ楽しみ方が出来ます。色んな苔玉植物を用意しておいて、気分に合わせてディスプレイしてみるといいですね。


石と砂を組み合わせて、水盆の上に枯山水を作ってみる、なんていうのも楽しそうです。水盆の代わりに鏡を置いてその上に作っていくと、砂を掻き分けた所が「池」や「川」になります。枯山水とは水を使わずに水のある風情を楽しむ庭園の様式のことで、それは砂などを用いて抽象的に表現されていきますが、鏡を用いて具象的に表現してみるのも面白いと思います。


こうした楽しみ方に使える石は、山道などを歩くとよく転がっています。良さそうな石を見つけたら沢の水でゴシゴシ。形や色、大きさなどが気に入ったら、新聞紙にでもくるんでリュックにポン。ちょっと荷物が重くなりますから、お持ち帰りは帰り道がいいですね。いい石が見つかった時は、とても得した気分になります。


他にも石を使って和を楽しんでいく方法は色々あると思いますが、形式にとらわれない自分流なら誰にでも出来ますし、作っている時間も出来上がりを眺めてくつろぐ時間も素敵な和の時間になりますから、ぜひ皆さんも創意工夫を発揮してみてください。そしてその成果をここで教えて頂けたら、とても嬉しく思います。


[52]気楽な古民具と共に過ごす和の時間 watena

古民具。それは昔の庶民が日常生活の中で、あるいは農耕などの営みの中で使っていた道具のことです。骨董の一種ですが、高貴な人々の間で受け継がれてきた物や、美術的な価値が高い物とは違います。極論すれば、時代の変化によってうち捨てられてきたガラクタ。現代ならすぐに粗大ゴミとして捨てられてしまうような存在が、物を捨てない時代だったがゆえに現代にも残っている。そんな名も無き民の道具達です。

今もまだ、色々な道具達が現代に伝えられています。さすがに江戸時代からそれ以前の物は文化財的な扱いで一般に出回ることは少ないですが、明治以降の物なら結構、古物市場に出回っています。それらも段々現代に近い物にシフトしてきていますが、明治・大正・昭和と時代は流れても、農産漁村で使われてきた道具は、そんなに形を変えていないのです。ですから、比較的安価に手に入る数十年前程度の道具からでも、十分に庶民の歴史の再発見が可能です。

今、わが家のリビングには、昔の糸つむぎに使われた木製の糸車が飾ってあります。骨董品屋で見つけて、1個1000円で3個買ってきました。綺麗に磨いて和風の布の上に無造作に乗せていますが、なかなか素敵な和のインテリアとなって、家族にも好評です。

玄関では、おそらく何らかの農機具か水車などに用いられていた物だと思うのですが、木製の歯車が花瓶を置く台として使われています。しかしそれは見事にパカッと割れてしまっています。これも割れている状態のまま埃を被っていたのを安価で買ってきた物でした。丹念に磨いて2回ほど蜜蝋を擦り込んで仕上げたら、年代を経た木の肌の綺麗なこと。割れた片方を花瓶の台に、もう片方を花瓶の後ろに立てかけて使っています。これも和の雰囲気が満点です。

これらは今はもう使い道が無い物を飾り物として使っている例ですが、今まで何度かイエはてなでも話題になっている鉄瓶や火鉢といったものは、現代でもそのまま使っていける道具ですね。陶器の食器類などもそうです。庶民が使っていた陶器類は数物と呼ばれる量産品でしたから、古い物でもそれなりに安価に出回っています。こういう物は現代の私たち庶民の実用にも適した古道具です。

先日手に入れたのは、棹の上で分銅を動かして釣り合った所の目盛りを読んで重さを量る棹秤です。下皿も分銅も紛失した状態の半端物で、つまりは棹だけしか無い状態。これも大変お安く買ってきました。今、銅板を打ち出して下皿を作り終え、これから分銅の復刻(製作)に取りかかっていくところ。棹が作られた時代に合った形に作りたいと、ネットで色々な画像を検索して調べている所です。手仕事好き、物作り好きの人は、こんな半端ものや破損品のリペアーを通じて日本を再発見していく時間も楽しいと思います。

以上いずれの例にしても、元々相場が安いもの、傷ものや半端ものなどを上手く活用して、お小遣い程度の気楽な出費で楽しんでいく所に主眼があります。古民具が醸し出す和の雰囲気は、「和風」ではない本物の「和」ですから、皆さんもちょっと興味を持って、古い庶民の道具について調べてみてください。そこから模倣ではない本当の和に、手軽に触れていけると思います。


[53]>37 もてなしの心を極める「一期一会」 TomCat

武道にせよ、茶道にせよ、およそ「道」と名が付くものには、その目指す究極の目標というものがあります。茶道の場合は、もてなしの心を極めること。そのエッセンスとも言える言葉が、この「一期一会」の世界観なんですよね。

私はこの一期一会を、相手に対するというより、「今」というこの時に対して、というふうに受けとめています。

人には「えにし」というものがありますから、縁あって出会った人とは、出会う前からも縁の糸が結ばれていたし、それはこれから先もずっと結び続けられていくものです。そういう意味で縁は永遠。たとえ魂が此方と彼方に分かれても、それで糸が切れるものではありません。

でもとにかく、「今」という時間だけは二度と巡り来ない。次の瞬間になってしまえば「今」は「過去」。その「過去」のあなたに悔いを残さぬ「今」を過ごしたい。だからこの一瞬を大切に、今出来る最高のおもてなしをしていこうという覚悟。それが茶の湯の心なんだと思うんです。

これから先もずっと結び続けられていく縁を大切にしたいからこそ、今という一瞬に全てをかけていく。言い換えれば無限に広がる時間平面上では、どの一点を取ってもそれは平面上の真中心であるという考え方。そういう「今」という一瞬を真摯に受けとめ、最上のおもてなしをもってそれを表していこうとするあり方が、一期一会ということなのかなあと思ったりしています。

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