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【イエはてな】"ディア・ライフ" #010

THEME:「家族や友達やいとこたちと……イエ遊びの思い出」

“ディア・ライフ”=『親愛なる日々』。イエは暮らしと人生の舞台。「LIFE」という言葉に、生活と人生の2つの意味をこめて、イエと家族のストーリーを語り合いませんか? 心のページに刻まれた思い出も、現在のイエでの愛しいワンシーンも。毎回のテーマに沿って素敵なエピソードを、豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで投稿ください!

*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿くださいね!

「Welcome to イエはてな」

http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731


テーマ詳細とアイデア例

http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20110209

※ピックアップ受賞メッセージは、〈みんなの住まい〉サイトにて記事紹介させていただきます。またメッセージは表記統一や文章量の調整をさせていただくことがございます。
※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。投稿期間中ははてなスターのご利用を控えていただけますようお願いいたします。
※質問は2月14日(月)正午で終了させていただきます。

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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:2月14日 theme 「LIFE」 いただきます いね
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 31/31件

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[1]いとこの家で兄弟と一緒にゲーム。 nakki1342

自分の家にTVゲームがなかった頃の話です。

日曜日に祖母の家に遊びにいった時

そこに近い、いとこの家にも顔を出すことがありました

目当ては、その家にあったテレビゲームです

我が家には、TVゲームがなかったので

そこで遊ぶのは、ホント楽しかったですね

ちなみに、まだファミコンの時代の事です(汗)

自分の家にあるわけではないので

ずっと出来るわけはもちろんないので

そこまでうまく遊べたわけでもないんですが

兄弟で楽しんだ記憶があります。

いとこの家から祖母の家に帰る時も

兄弟で話が盛り上がった記憶も。

なつかしい思い出です

(家で遊んだというよりは子供の頃は団地に住んでいたので

兄弟と遊んだ思いでは、主に外ですね)

おもちゃのバットとボールで外で同じ年頃の子供が集まって

野球やかけっこをした思い出の方があります)


[2]夏の花火と畜産祭り nawatobi_penguin

泳ぐというには川は深くなくきれいでもないし、祖父母の家のいとこたちともそれほど親しい訳でもない。

お互い嫌いじゃないけどどうしたらいいのかもじもじしてました。

昼間にお祭りに連れて行ってもらいましたが、畜産祭りだったのでいとこは出店がなくてつまらなかったようです。

子豚とのふれあいコーナーでよろこんでいるのは自分だけで、血は近くても興味の対象は同じじゃないんだなと

やはり気まずく思いました。

それでも夜に花火を一緒にやったら、いとこたちも楽しそうだったので、こちらも楽しく嬉しかったです。

今思うと祖父母も農家で忙しい中ですし、孫にべったりという愛情表現をする人達ではないので

畜産祭りに連れて行ったのも花火を用意したのも祖父母なりの最大限の愛情表現だったんだと分かります。

今もいとこ達とすごく仲がいいという訳でもないのですが、よく考えると結構歳が離れているのでした。

(自分がお年玉をあげる側になるくらい離れています)

歳も離れているし愛想がいい訳でもない親戚の子にあわせて興味のない畜産祭りにもついてきてくれて

不平も言わなかったいとこ達に感謝しています。


[3]イエかくれんぼ Dictionary

まだ小学生の頃の話しです。

祖父母と一緒に住んでいる従兄弟たちなのですが、月に一度だけその従兄弟&祖父母の家に遊びに行くのが恒例となっていました。

我が家は当時マンションに住んでいたためあまり大きなスペースもありませんでしたが、従兄弟と祖父母の家は二世帯が一緒に住んでいることもあり、一軒家の二階建て、スペースも我が家よりずっと多くありました。

そのためイエの中で遊ぶにも十分であり、子供ながらとても広く感じました。(大きさとしては普通の一軒家の大きさです。単に自分が子供だったことと、自分の家がマンションだったために、一軒家というだけでまるでお城のような感覚で居ました)

そして従兄弟と祖父母の家に遊びにいくと決まって始まるのが「かくれんぼ」

もう凄く興奮しました!!!!!!!

まず、普段兄弟だけではかくれんぼなど出来ない人数ですが、従兄弟も合わさることで大人数で遊べるということ。

そしてマンションよりスペースが十分であること。

それから、押し入れやなど、隠れるスペースが沢山あること。

この状況で始まるかくれんぼ大会というのは、子供心には、もうたまらないものです(笑)

普通かくれんぼというと、外でやることが多いかもしれませんね。

草むらや、木のかげ、公園用具の裏など。

しかしイエかくれんぼというのは隠れる所は様々!

押し入れ、秘密の部屋に、トイレ、洗面所、お風呂、ソファの下などなど。

隠れるには最適なものが沢山。

隠れる時間は5分!

その間に必死に隠れる場所を探します。

そして5分経つとそこからは息の音さえとめる勢いで心臓バクバクしながら鬼にバレないよう静かに待ちますw

こうして一日中をイエの中でかくれんぼ大会しながら過ごすことを楽しむという、極めてインドアでありながらアクティブにスリルを楽しめるのが「イエかくれんぼ」

そしてこのイエかくれんぼの最大の良いところは、従兄弟との距離が一瞬にして縮まる瞬間でした。

たまにしか会えないと、久々に会う瞬間はどうしても余所余所しくなってしまう。

たった一カ月でもお互い距離感を感じるし、少し寂しかったりもしたものです。

しかしこのイエかくれんぼを始め、終わる頃にはまた気持ちの上でも距離を縮めることが出来ました。

そしてそして。このイエかくれんぼをしながら、楽しそうにニコニコと私たちを見つめていた祖父母の嬉しそうな表情は今でも心に残っています。

自分の孫が自分のイエの中で勢ぞろいして、孫同士が楽しそうに仲良くしてる姿を見るというのは、自分の子供たち兄弟が仲良くしているのを見る以上に、祖父母にとって嬉しくてたまらないものだったのではないでしょうか。

今さらながらそう思うのです。

大人になった今、こうした遊びはもう従兄弟とすることは絶対にありませんが、私にとって最高の従兄弟との想いででもあります。


[4]>3 大人げないかくれんぼ some1

実家が3階建てなので、全域を使ったかくれんぼはそれなりにやりがいがありました。

子供が隠れるのは結構楽なのですが、大人が隠れるのは難しいので知恵の使い様です。


ただ、親父が洋服箪笥の上に登って隠れていたのを発見した時には

子供心に「そこまで大人がやるか!」と思いました。


[5]模造紙に架空地下都市を描く!! Fuel

押し入れの中から、くるくると巻かれた大きな紙が出てきました。模造紙です。こんな大きな紙、学校でしか見たことがありません。母にもらっていいかとたずねると、快くOKをもらいました。数日後、イエに遊びに来てくれた二人の友だちと一緒に、この大きな紙に絵を書いて遊ぶことにしました。


「何書こうか」「これだけ大きいんだからマチじゅうの絵地図が書けるぞ」。そこから発展して、まず実際のマチの地図をえがき、それに重ねて、この町の地下に架空の地下都市の地図を空想しながら書いていこうということになりました。対象とする地域は、私たちの小学校の校区全体と決定。この大風呂敷が後で大変な苦労をすることにつながりますが、だからこそ思い出に残る「イエ遊び」になったともいえるでしょう。


まず取りかかったのは、実際のマチの地図を模造紙の上に書いていくことでしたが、これがやってみると何とも難しいんです。自分のマチなんですから知り尽くしているはずなのに、いざ地図に書こうとすると、あの道はどこにつながっているんだっけと大騒ぎ。記憶だけではとても地図が書けません。たしか自治会が作ってくれた町内の地図があるはずと探して、私のイエの周りの地図は見つかったのですが、それは広い校区の一部にしか過ぎませんでした。


結局初日は私たちの町内の地図だけを模造紙に下書きして終了。残りの地域の地図は、クラスの友だちに探してもらうことにしました。でも地図が集まるまで待てないので、校区を自転車で回って直接取材。「あの倉庫、地下室が作れるな」「よし、そこが地上への出入り口だ」などと、想像たくましく足元の下の架空地下都市の様子を思い描きながらあちこちを回りました。


やっと現実のマチの地図が模造紙の上に完成。思わぬ社会科の勉強をしてしまったようです。みんなずいぶんこのマチに詳しくなりました。ここからが本番、地下都市の構想です。


「まず学校の真下に、本物の学校とそっくり同じ物を作ろうぜ」「いいね、建物も校庭も本物と全く一緒」「でも全教室遊び放題、階段抜かし放題、廊下駆け放題」「ひゃっほぅ」。なんという構想。悪い子供たちです(笑)。


地上の各自のイエから、同じく地上の学校や駅までを結ぶ地下ハイウエイも通します。ハイウエイと言っても小学生の構想なので、走るのは自転車。「坂道にならないように平らに作ろうな」「地下道路なら雨が降っても平気だからいいよな」「地上の公園にもつなげようぜ」「どこから出入りする?」「防災倉庫あるじゃん、あそこに地下に通じる階段があるんだよ」「よし、決まり」。


「サッカーと野球のスタジアムが欲しいな」「巨大スクリーンにはゲーム機もつなげて対戦出来る」「ゲームもできるスタジアムか」。

「放送局作ろうよ、地下なら電波は地上に漏れないでしょ」「え、そうなの?」「なら地上のテレビと同じ電波でも混信しないね」。

「俺ここに商店街作る、全部俺の店、俺の経営」「なら俺はこっちに食堂街作る、ラーメン屋からハンバーガー屋まで何でもある」「あ、それなら俺、ここにお祭り通りを作るぞ、一年中お祭りの屋台が並んでて、いつでも遊びに行けるんだ」。

「釣りとかキャンプが出来る場所も欲しいな、大きな池作っていいか?」「ならそこは大きな公園にして、ローラースケートとか凧揚げとか、地上じゃやりにくい遊びが何でもできる場所にしよう」「バーベキュー広場もな」。

「本物の図書館の真下にマンガ図書館作ろうよ、日本中で売られる雑誌とコミックスが全部揃ってる」「テレビのアニメも全部録画してある」「すげ??」。


どんどんワガママな夢が広がっていきます。住宅地の土地はその多くが宅地で占められますが、私たちの地下都市が想定する住人はせいぜい小学校の生徒くらいの数ですから、様々な施設が作り放題です。交通も自転車ハイウエイの他、ジェットコースター、チンチン電車などが地下都市を縦横に走り、行きたい場所によって絶叫しながら乗ったり、ゆっくりのんびり乗ったりして変化が楽しめるように考えました。


地下都市作り構想は一回では終わらず、何回も集まって計画をバージョンアップ。大幅な変更のあった個所には紙を貼り付けて、その上に新しい地図を書いていきました。ただの空想を紙に書いていっただけでしたが、これは本当に楽しい遊びでした。今、住んでいるマチがこんなに好きなのも、子供のころのこうした遊びがあったからかもしれません。


[6]元旦家族水入らずで遊ぶ offkey

子どもの頃の我が家ではお正月にはもっぱら自宅で過ごすのが慣わしでした。

父は自営業なので決まった休日というものがあまり取れなかったりすることもあります。

また、親戚の家へ遊びにゆくのも、3が日が明けてからとか、お盆の頃に行くのが習慣になっていて、年末年始にどこか別の場所で過ごしたという記憶がありません。

今思えば、決まった休日が取りにくい父としては誰もが休めるお正月くらいは家でのんびりしたかったのだと思います。

私たちきょうだいもお正月どこかへ出かけたいと思ったことがなく、それこそ出かけることがあるとしたら、友達と受験の年に神社へ初詣へいったくらいです。


その当時、お正月といえば今と違いお店も休みでしたし、テレビも子どもにはあまり面白いと思うような番組がなくて退屈といえば退屈です。

そんなとき、父が花札をしようと提案してきた年がありました。

3人で役を作ってその点数を競う遊びなのですが、当時はその遊び方の名前を知らず、後にそれが「花あわせ」という遊びであることを知りました。

初めてこの遊びを教えてもらったときに父は

「ほら、こうやって札を出すときに場札に当てるようにするんだよ」

といって、ビシッと札と札をぶつけるようにして、手持ちの札を出しました。

妹は父に合わせて同じようにしますが、私はへそ曲がりなところがあって、トランプのように手持ちの札をだしたものです。

それから役を作るためにあわせる札について、私たちきょうだいは父に一生懸命聞きます。

父は自分のことも忘れて説明に大わらわです。父の説明の仕方はポイントではなくて全体を順序だてて行なうので壮大な説明になってしまうのです。

そのうちみんなわけがわからなくなって中断。また遊びを始める前に確認ということが続きました。

それでもなんとか覚えて遊んでいるうちに面白くなってきたのです。


そういうことで、覚えた「花あわせ」はお正月になると夜更けまで延々と行なわれるのが我が家の恒例になってきました。おせち料理を食べ終わった夕方、おもむろに居間で父と妹と私が座布団を真ん中に囲むようにして座ります。母は近くのソファに座って高みの見物です。

子ども相手なのでなにかを賭けるということはしません。

ただ、点数を数えるためにマッチ棒を使いました。

最初に親をやるのは大抵父。

賭博なら絶対使わないであろう、隅の折れたような花札を持ち出してきて配りだします。

賭け事ではないからそれほど本気ではなくても、やりはじめたら、熱中してきます。そして、そのかしましいこと。

うちの家族はなんて自己主張が激しいんだ、という意味のことを子供心に思ったくらいです。

そして、そんな自分もまた激しくわめいてゲームに熱中してるのです。

時はどんどん過ぎて、夜中の12時、1時。

私たちは冬休みだし、父もあと2日は休みなので、余裕で夜更かしします。

高みの見物の母はいつの間にか就寝。

流石に1時を過ぎるとみな疲れてきてもうろうとするのでお開きになります。

そして翌朝は遅い起床。これがお正月の楽しみでもありました。


勝敗はなかなか拮抗していて、誰が強いとかそういうことはあまりなかったような記憶があります。

なにより、親子兄弟の遊びといえども真剣勝負が非常に印象に残っている家での遊びなのです。


[7]ダンボール箱でドラムごっこ C2H5OH

近くに従兄の家があり、よく遊びに行っていました。今でこそ家が建ち並んでいますが、当時はまだ空き地も多いこれからの町で、従兄の家の周りも空き地に囲まれていました。その時、従兄は六年生、私は四年生でした。


自転車で従兄の家に向かう途中、ゴミ捨て場で面白い物を発見しました。バスドラムを足で踏んで鳴らすペダルです。テレビで見たことがある、間違いない、兄ちゃんに見せよう。本当はゴミ捨て場といえども置いてある物を勝手に持ちだしてはいけませんが、子供のことなので勘弁してください。私はそのペダルを自転車の篭に入れて、従兄の家に行きました。


従兄はそれを見て大喜び。これでドラムセットを作ろうということになりました。材料はダンボール箱です。お店を回ってダンボール箱をもらい集め、幅広の板にペダルを取り付けて、その上に接着剤で一番大きくて頑丈そうなダンボール箱を貼り付けました。ペダルを踏むと叩くバチ部分が動いて、うまく箱を叩いています。ボン、ボンと、わりといい音がしていました。


さらにスネア(小太鼓)、タム、フロアタムとドラムセットの各太鼓に相当する箱をカッターやガムテープを駆使して作り、叩きやすい位置に並べました。ハイハット(2枚重ねのシンバル)は、物置にあった使っていない鍋の蓋の取っ手を外して重ねた物。立てるスタンドは小さな椅子に棒をくくりつけた物としました。残念ながらトップシンバルに相当する物は見つからず断念しましたが、あとはこれを叩くスティックがあれば完成です。何かいい物はないかと探し回った結果、壊れたハタキの柄を適当な長さに切って使うことにしました。


このようにかなりいい加減かつ粗末なドラムセットもどきでしたが、叩いてみるとなかなかそれっぽい音がする気がしました。初日は滅茶苦茶叩いて遊びましたが、それだけでは面白くないので、従兄の家の近所のバンドをやっている中学生に、本式の叩き方を教えてもらうことにしました。やってきた中学生はこのドラムもどきを見て大笑いしていましたが、叩いてみるとなかなかいいじゃないかとのこと。本物のスティックをお借りして、本式の叩き方を教えてもらいました。


このドラムの場合、スネアはスティックの先で叩かないで、パシンと横腹で叩き付けるようにしよう、これは本物のドラムのリムショットという叩き方に似ている。ハイハットはガシャガシャうるさすぎるから、ちょっとガムテープを貼ってミュートしてみよう。色々アドバイスももらって、いよいよカセットから流れる音楽に合わせて叩いてみることになりました。


まずお手本を中学生のお兄さんから。うまい、かっこいい、さすが!続いて従兄。これもなかなかうまいです。最後は私。ちょっとリズムがずれましたが、みんなにうまかったと言ってもらえました。


このダンボールドラムは、それからもけっこう長く私たちの遊びの中心になってくれました。今ではもう近所迷惑もはなはだしい遊びになってしまいますが、当時はこんな騒々しい音を立てても平気だったんですね。もちろん離れているとはいえ、ご近所に音は届いていたでしょう。それでも子供の遊びの音を快く受け入れてくれる、人の心の温かさもあったと思います。


[8]人生ゲーム Rytandrezone

人生ゲームやドンジャラはよく友達としましたが・・・。

正月は家族でもよくしましたね。


[9]つりざお人形劇場 MINT

今でも時々見かけることがあると思いますが、糸も何も付いていない(ように見える)のにピョンピョンと踊りまくる紙人形、ありますよね。お祭りなどの人の集まる所でそれを見せながら売っていたりします。私も友だちと行ったお祭りでそれを見て、すごく真似したくなってしまいました。私たちはそれがほしくてほしくてたまりませんでしたが、人がたくさん集まっているので、恥ずかしくて「それください」と言えません。結局見ているだけで終わってしまいました。


後日、その人形のことが忘れられなかった私たちは、真似して自分たちで作ってみることにしました。体は厚紙。人形の絵を紙に書いてそれを貼り付けます。表の姿と後ろ姿の2枚を作りました。足は紐です。あの人形は、プラプラ揺れる紐の足がかわいいんです。紐の先に要らないボタンをつけて足先にしました。前姿と後ろ姿の絵を貼り付けた厚紙をそれぞれ輪郭にそって切り取り、足を挟んで貼り付けてできあがりです。


「この人形、なんていう名前だっけ」

「うーんと、なんとか君」

「そうだよね、君がついたよね、英語っぽい名前で」

「なんだっけ、なんだっけ」


思い出せないので、適当な名前を付けることにしました。名前がないと呼びかけられないので、立って踊らせることができません。付けた名前はハリー君でした。どうもテレビで見た映画の主人公の名前に影響されていたようです。(クリント・イーストウッド、かっこいいですよねーw)


「さぁハリー君、立って」

「立って立って」


もちろん動くわけがありません。それは私たちにも分かっていました。お祭りで見た人形にはきっと特別な魔法がかかっている。私たちの人形にそれはない。子供の頭ではそういう理解ですが、とにかく次はハリー君を動かす仕掛けを考えなければなりません。そこで私たちが考えたのは、釣り竿のような長い棒に糸を付けて、それでハリー君を吊って踊らせる方法でした。これならハリー君を踊らせながら、離れた所でそれを鑑賞することもできます。人形使いと観客の両方が楽しめる名案です。


釣り竿的な棒には篠竹を使うことにしました。

「そんなのどこに生えてるの?」

「前にお兄ちゃんがどこかから取ってきたことがあるんだ、だからお兄ちゃんに頼めばだいじょうぶ」

「じゃこれから頼みに行ってみよう」

友だちのイエに行って、お兄さんにお願い大作戦です。最初はめんどくさいと断られてしまいましたが、一生懸命お願いしたら、明日取ってきてやると言ってもらえました。

「長いのね、二本ね」

「自転車で運べる長さ以上は無理だぞ」

「うん、それでいい」


こうして出来上がった釣り竿ハリー君。友だちも別の紙人形を作って、一緒に踊らせて遊びました。糸で吊った人形は、あっちへふらふら、こっちへふらふら。おまけにクルクル回ってしまってめちゃくちゃな動きですが、だんだんじょうずに動かせるようになってきました。


「ねぇ、お話作って、それで人形劇しようよ、それをお兄さんに見てもらって竹のお礼をする」

「えー、あのお兄ちゃんに?」

「私お小遣いでジュースとか買ってくから、それでお楽しみ会みたいにしようよ」

「お楽しみ会、大賛成」


二人でお話を考えて、釣り竿人形劇場が始まりました。人形の動きはめちゃくちゃですが、そこはストーリーとセリフでカバー。なんてうまくできるはずがありませんが、それでも自分たちで考えたお話を自分たちでやるのは、本当に楽しいことでした。


友だちのイエで、お兄さんも交えてお楽しみ会。お兄さんもそれならと即興で物まねを披露してくれたりして、とっても楽しい時間が過ごせました。お兄さんの物まねの歌に合わせて私たちの紙人形もダンス。友だちと二人のイエ遊びがこんな楽しい会にまで発展した、忘れられない思い出です。


[10]>8 モノポリーや特急旅行ゲーム some1

正月には従兄弟たちとアナログ(といちいち書かなければいけない時代に・・・)ゲームで遊びました。


通信対戦とは違う場の雰囲気の面白さはアナログの最大の魅力ですね。


[11]言葉遊び mododemonandato

幼い頃はイエで、いくつも言葉遊びをしていたものです。

他愛の無い言葉遊びでも、かなり盛りあがった思い出があります。

保育園の先生に教わった「ぶたのしっぽ」という言葉遊びを、イエでも良くやりました。

何を聞かれても、返事は「ぶたのしっぽ」と言わなければなりません。


「あなたのお名前は?」

「ぶたのしっぽ」

「おとうさんの名前は?」

「ぶたのしっぽ」

「おかあさんの名前は?」

「ぶたのしっぽ」

と、いうように、何でもぶたのしっぽといわなければいけないので、質問を工夫すればとてもおかしな返事になります。

イエでやるたびに大笑いになりました。

こんな単純な言葉遊びでも、イエでやれば楽しいものでした。


[12]お部屋で海に挑戦!! 室内磯釣りごっこ TomCat

小さな頃、父が作ってくれました。釣り竿は細い木の枝です。釣り針は、輪にした針金をゼムクリップの外径のような細長い形にして、それを「W」型に曲げた物。ずいぶん柔らかい針金でしたので、おそらく園芸用アルミ線が使われていたのだろうと思います。このへんは安全に対する配慮と共に、針の重量を軽くして、ちょっと釣り上げるのを難しくする効果も狙ったのかもしれませんね。糸は「W」型の真ん中にくくりつけられていました。使われていた糸は、おそらく凧糸だったと思います。

魚は、紙に絵を書いて切り抜いた物。口の所には幅5mmくらいの紙の短冊がループになって貼られていました。ここに、針金の釣り針を引っ掛けて釣り上げるわけですね。魚は大きいのや小さいの、丸っこいのや細長いの、色んな魚がありました。いくつか赤いのもありました。これはきっと鯛ですね。一つだけ、タコもいました。タコは頭の上に紙のループが付いています。

そして、寝間着の浴衣の帯が一本。これは海岸線です。床に帯を横たわらせ、その脇に低い椅子を持ってくると、それが海辺の岩場になりました。さぁ、磯釣り開始です。

この遊びには、ちょっとした伏線がありました。夜、目が覚めてトイレに起きると、父がまだテレビを見ていたのです。そこでやっていたのが磯釣りのリポート。私も父の横に座って少し見ていました。うわ?、釣れた、でっかいです。あれって何ていう魚? 答えは聞きましたが、今はもう覚えていません。でも、お刺身にするとおいしいんだよと言われたのは覚えています。また違うのが釣れました。

「あれもお刺身になるの?」

「なるよ、お寿司にしてもいいね」

うわぁ、海ってご馳走の宝庫なんだ。お寿司お刺身大好きの私は、一匹釣れるごとに豪華な食卓を想像して歓声を上げていました。

「海っていいね、お刺身、いいね」

私があまりに興奮するものですから、

「お父さんもお刺身食べたくなっちゃったよ、明日、お母さんにお願いしてみようか」

そうしたら翌日は本当にお刺身になりました。私はおいしいお刺身を食べながら、釣り?、釣り?と、テレビで見た釣り人の格好を真似して、また興奮していたそうです。

この室内磯釣りごっこが登場したのは、その翌日でした。昼間父がいたので、きっと休日だったのでしょうね。貴重な休日のひとときを、父はこんな工作に費やしてくれたのでした。

私は椅子の上の岩場から糸を垂れて、お魚を狙いました。あれ、なかなか難しいです。思った所に釣り針が行かなくて、なかなか釣り上げることが出来ません。そのうち、魚によって短冊のループの大きさに違いがあることを発見しました。釣れる難易度に違いがあるとは、今思うと、すごくリアルな作りです。大きそうなループのお魚を狙って引っ掛けると・・・・。釣れました!! 大成功!!

段々上手になってきましたが、タコはループが小さくてなかなか引っ掛けることが出来ません。う?、釣れそうで釣れない、イライラします。父が、釣りは人と魚の知恵比べなんだ、どうやったら釣れるかを考えて工夫するんだぞーと声援を送ってくれました。あ、そうか。針の動かし方を工夫して、焦らず慎重に・・・・。あ、掛かった!! そーっと、そーっと。釣れた?、タコさん釣れたよ?。

子供の集中力なんて短時間しか続きませんから、これはきっと、ほんの短い時間の出来事だったことでしょう。でも私には、何時間にも及ぶ壮大な釣りロマンだったように思えました。父が、「海は荒海 向こうは佐渡よ」と、歌を口ずさみ始めました(北原白秋作詞・中山晋平作曲『砂山』)。父はこの歌が大好きだったのです。何度も聞いていた歌なので、私も一緒に歌いました。

帰ろ帰ろよ ぐみ原分けて

すずめさよなら さよならあした

海よさよなら さよならあした

これで、今日の磯釣りは終わりです。私はいつか本当の海が見てみたいと思いました。


[13]>11 しりとり eiyan

言葉遊びには”早口言葉”がありますね。

考えられた言葉でなかなか言えない。

案外つまらない事が面白く、面白い事がつまらない。

言葉って本当に面白いですね。

これって”しりとり尻取り”になってるかな。


[14]>5 ミニ都市 eiyan

都市を模造した箱庭の様な台座で架空や実際の都市作りは壮大ですね。

人形が可愛く出来上がると正にリアル。

大男が現れた感じです。

模型とは又違った間隔ですね。


[15]>4 イエかくれんぼ nakki1342

かくれんぼといっても祖母の家に遊びにいった時の遊びのひとつです

一軒家なので色々かくればしょがあったので

面白かったですね

室内だけでなく、室外も使ってのかくれんぼだったので

なかなか大変だったですよ

とてもたのしかったなあ


[16]家が宝島、宝探しごっこの思い出 Cocoa

たとえば、テーブルの上に一枚の紙が乗っています。そこには「くまちゃんのおしりのした」などと書かれています。くまちゃんのぬいぐるみの所に行ってお尻の下を見ると、また紙が置いてありました。今度は「かびんのした」と書かれています。花瓶、いくつかあるけどどれだろう。あ、裏に絵が書いてありました。花瓶の横に電話機が書かれています。あそこだ!行ってみると、また紙がありました。そこには「れいぞうこのなか、プリンがあるよ」と書かれていました。わーい、おやつです。


父や母はこんな宝探しを仕掛けるのが大好きで、なんとお年玉が宝探しになってしまったこともありました。お年玉袋の中に最初の謎が書かれた紙が入っています。その謎を解いて次のステージへ。順調に進んで、きっと次はお年玉に到着だ?と思ったら、なんと出てきた紙には「おしごとのさいちゅうは かならずねているもの なーんだ」と書かれていました。お父さん、これ宝探しじゃなくナゾナゾ!


えぇー、全然分かりません。寝ている物、寝ている物…。何だろう、枕かな?…違いました。枕を見ても何もありません。お仕事の最中っていうんだから何かの道具よねぇ。ボールペンかな?いいえ、これは使い終わった後に寝る道具。そうだ、もう一度紙をよく見てみよう、何かヒントがあるかも。ありました!紙の裏に「ヒント・だいどころ」と小さく書いてありました!


だいどころー。お鍋かな?包丁かな?あ!まな板!あれは使ってる時必ず寝てる!!立てかけられているまな板の裏に、「きのうはおせちのお手伝いごくろうさま。この紙をもってお母さんのところにいってごらん」と書かれた紙が見つかりました。「おかあさーん!」。最後の紙を差し出すと、母はうふふと笑って「はい」とお年玉を手渡してくれました。そして「これは昨日たくさん手伝ってくれたからご褒美」と、もう一つ追加のお年玉袋をもらってしまいました。中を開けてみると、なんとお手伝いのご褒美の方がたくさん入っています。働くって尊いんだ!なんてその時の私が思ったかどうかは不明ですが、このことは大人になった今でもたまに思い出して、「仕事、辛いなぁ」なんて思う時の励ましになってくれています。


こうして家の中で宝探しを続けていると、いつのまにか家中が宝のありかになっていきました。お家が素敵な宝島。今は誰も隠し場所のメモは残してくれませんが、掛け替えられたカーテンや、無造作に置かれた新聞、ありとあらゆる物に、家族の思いや存在という、かけがえのない宝が隠されています。


[17]家族の双六 sumike

二十年ほど前になるでしょうか、私が小学生高学年の頃、正月に2つ下の弟と二人で仲良く遊べと双六を買ってもらいました。

双六といっても、持ち運びの出来るポータブルな、手のひらサイズのもの。

小さな磁石の駒で、やはり小さな小さなボード上で遊びます。

これを私はいたく気に入り、夜や休日には友達や弟、時には両親も誘ったりしてみんなで何度も遊びました。

ただ、なにしろボードが小さいので、コマを置くと下の文字が見えなくなってしまうし、同じマスに2人も来ようものなら

一人は横へはみだしてしまいます。

もっと大きな双六があればいいと思っていましたが、そこでひらめいたのが、自分達でのオリジナルの双六作り。

私も弟も本当は当時ブームにもなった人生ゲームが欲しかったのですが、予算の都合上双六になっていたので、

人生ゲームというわけにはいきませんが、人生ゲーム風の双六を作ろう!ということに。

紙はB5サイズの紙が家にいっぱいあったので、それを父に頼んでなんと50枚ほども分けてもらいました。

あとは黒のサインペンと色ペンを用意します。

B5の紙1枚を2マスに線で分け、スタートの1からゴールの100までの数字を書きます(これは生まれてから寿命までの年の予定)。

そこに、自分達のいままでの出来事と、未来については両親に聞きながら、何歳で結婚したの?、何歳で車や家を買ったの?

何歳で私達は生まれたの?、なんて聞きながら将来のイメージを紙に書いていきました。

例えば、18のマスには「18さい サクラチル→1回休み」とか24のマスには 「24さい 結婚!→5つ進む」、とか

30のマスには 「30さい 子どもが生まれる→3つ進む」、とか、40 のマスに、「40さい 家を買う 4つ進む」などと書き、

あまりイメージがわかない所は、空白にしたりしました。

もちろん想像のところもありますが次々と出世をし、ついには社長になったり、犬や猫を飼ったり、ハワイ旅行や

月旅行へまで行くなんて書いたりしてましたっけ。

そしてできあがった紙を重ならないように、きちんと順番に並べてセロハンテープで留めていきます。

なにせ50枚もの大作です。

広げると大きいのですが、しまう時には畳んで小さくなるようにと考えました。うまく止めないと綺麗に畳めません。

双六の中身を考えるのも時間がかかりましたが、紙をテープで止めて行くのが実は一番手間がかかった部分です。

最初は全部ピッタリ貼っていましたが、途中からきちんと貼らなくても、バラバラになければ大丈夫と数箇所止めるようにしました。

この出来上がった人生双六は、サイコロを振って出た目を進むという普通の双六同様に、遊びます。

駒も手作りで色ちがいの色画用紙を丸く筒状にしてホチキスで止めたものに厚紙に似顔絵を描いたものを貼った駒でした。

両親の分の似顔絵を弟が描いていたら、父から「もっと髪をフサフサに男前に描け」と注文がついたりしましたw

畳めば封筒に納まるサイズで、広げると部屋の半分は占めるような巨大な家族の人生双六。

これはなかなか面白くて、しばらく家族で楽しんでいました。

ところが、この人生双六を、ある日弟が友達ともやりたがったのです。

親としてはなんだか気恥ずかしかったようで、今度は違うのを作ろう!と、言い出しました。

B5の用紙で同じく蛇腹折りでしまえるように作りましたが、紙は白紙のままで線だけ書いてマス目をつくり、

紙も今度は全部をつなげずに、5枚から8枚くらいにして長さをつなぎ方で調節できるようにしました。

そして別の紙に、指示を書いたものを用意して、ゲームをする時にマスの上に伏せて並べて、毎回内容が変わるオリジナル双六にしました。

指示は主に腕立て伏せ5回!から、3回まわってワン、変な顔をするなどバツゲーム的なものや、一人だけお菓子をもらえるとか、隣の人の肩たたき10回など、その時のメンバーの気分や趣味で変わったりして面白かったです。

この人生双六、オリジナル双六はどちらも私にとって懐かしく思い出のあるゲームです。いつかは今の家族と一緒にオリジナルイエ双六を作りたいなぁと思います^^


[18]竹あそび maruiti

自分が小学校に上がった年の年末のある日、親父がなにやら立派な竹を何本も肩に乗せて家に帰ってきた。

友人の竹林の整備を手伝った礼に竹を分けてもらってきたそうだ。

竹を担いできたから何だろうと思っていたら、いいもんを作ってやると言って笑った。

自分はまだ幼かったので見ていただけだが親父は大工仕事が好きだったので、大層張り切って、漬物樽に「こも」を荒縄で巻いて土台を作り、

斜めにカットした竹に松と椿を寄席植えをし、大変立派な門松を作ってしまった。

当時、遊びにきていた友達と作っているところを眺めていたが「おまえんとこの親父すげぇ」って驚かれた。

正月のお飾りは時期が過ぎたら神社などで焼いてもらうのが一般的で「どんど焼き」等、呼ばれていたりする。

本来は門松も同じように処分するらしいのだが、太くて立派な竹をそのまま燃やしてしまうのを、勿体無いと思ったのは自分だけではなかったようで

松の内を過ぎて門松の解体はしたものの、竹は使わなかった竹と一緒にして保管してくれて、この竹で親父は得意の腕を振るってくれた。

ひとつは竹積み木(積み輪)

直径10センチから15センチ程の竹を幅2?3cm位の輪切りにする。

竹は縦には割れやすいが材質は硬く、滑りやすいのでまっすぐ切る時には歯の細かい「竹引き鋸」を使用。

竹は表面がつるつるしているので、最初に歯を入れるときに位置がずれないように要注意だと言いながら、親父はまっすぐノコギリを引いた。

この時の竹の真っ直ぐな繊維が切れる音と、筒に共鳴するノコギリの音が何とも心地よかった。

40個位の竹の輪切りと、少々曲がってしまったものは半分にナタで割り半円のものも十数個できた。

切りたての竹は手を切り易いらく、角にやすりをかけるのは自分もやった。

積み輪を高く積んでみては、崩す・・・・。

普通の積み木のように安定していないので、高く積むには少々テクニックが必要だ。

崩したとき、普通の木の積み木とは違う竹独特の綺麗に響く音も楽しめる。

遊び方にルールはなく、重ねる、並べる、縦に積むなど、無限大に抽象的な形が次々に生み出せた。

竹の輪を転がして、積み上げた竹の輪を狙う竹のボーリング遊びもした。

竹のボールは本物みたいに、親指・人差し指・中指用の穴も開けてくれた!

筒なので、まっすぐ転がすのは簡単そうなのだが、簡単ではなかった。

なぜか左右に曲がる曲がるw

他にも竹の輪投げや竹トンボ、竹の水鉄砲も一緒に作ってくれた。

肥後守で鉛筆削りはしたことがあったが、錐や小刀の使い方は、この時初めて教えてもらった。

竹の輪投げの輪も、もちろん竹の輪切り。

そして受ける側は斜めにした台に細い竹を10センチ位に切ったものをいくつも取り付けたものだ。

この竹輪投げは友達を呼んで一緒に遊んだ時に一番人気だった。

自分も真剣になったが人がやっている所をみていると、その様子が実に面白い。

百発百中を狙って、すごく近づいて輪投げをする友達。

なかなか入らなくても、命中させることの面白さを追求し、かなり遠くから投げるのに夢中な友達。

人それぞれ、色んな楽しみ方があるのだなぁ・・・と、遠くから眺めて感心した。

この時、親父と一緒に竹遊びをしたことが、今の物作りが好きな自分の原点でもある。

それは、物を作ることの楽しさや喜びだけじゃなく、親のありがたさも教えてくれたような気がする。

そして道具を自由自在に操っている親父の姿に、「親父ってすごいな」と心の底から尊敬した。

現代は、技術は進歩して便利になった反面、玩具ひとつとっても修理のきかないものばかりだ。

修理すればまだ使えるのに部品がない、修理費用の方が買い換えるより高いなどの理由で、捨てざるを得ないケースも多い。

子供たちには、親父を見習って物を作ることと一緒に、物を大切に最後まで使いきるということも一緒に教えたいと思っている。


[19]祖父母の家で折り紙大会 watena

親戚の子がたくさん集まっていたので、おそらくお正月のことだったんだろうと思います。当時私はまだ小学校に上がる前でしたので詳しい記憶は残っていないのですが、とにかく集まった子供達で折り紙大会が始まりました。

折り紙といっても、素材としての折り紙、言い換えれば色紙ですね、それを使った物なら何でもOK。鶴を折る女の子がいたり、大人に教えられながら手裏剣を折っている男の子がいたり。中には折り目をハサミで切り抜いて、開くとレース模様になるなんていう工作をしている子もいました。私はと言うと、なぜか折り紙を切り抜いてクジラの形を作っていました。

集まっていた子供の数は、たしか7?8人。その人数でどんどん色紙細工を量産していきますから、あっという間にテーブルの上は折り紙だらけになっていきました。畳の上にも、投げて遊んだ手裏剣などが散らばっています。

するとおばあちゃんが、それを真っ白な襖に貼り付けはじめたではありませんか。私のクジラも貼ってもらいました。クジラの周りには、手裏剣が三つ四つ、星のように貼り付けられています。私は水色の折り紙を噴水のように切り抜いて渡しました。それも貼ってもらって、潮吹きクジラさんの出来上がりです。

私達は大喜びで、さらに折り紙細工を続けました。やっこさんや兜などの折り方を教えてもらったり、折って切って開いて雪の結晶のような模様を見よう見まねで作ったり。まだ小さかった私も、色々な新しいことを覚えました。

おばあちゃんはバランスを考えながら、これはここがいいわねぇなどと、次々と襖に貼っていってくれます。気が付くと8畳ほどある部屋の両側の襖に、色とりどりの折り紙が散りばめられていました。

最初は全ての襖が、真っ白の無地の襖紙でした。それがびっくりするほど賑やかな襖に変わっています。襖を開けた時に重なりの後ろになる襖には厚みのない切り紙細工が、前側になる襖には立体感のある折り紙が主に貼られていたと思いますが、それぞれ白い空間を上手く生かして、連続した襖全体が一つの宇宙というか、色紙の天の川になっているような感じでした。

テーブルの上を片付けて、完成した襖を眺めながら美味しいお菓子。ジュースも出てきて、まるで誰かのお誕生会のようです。おばあちゃんは、素敵なお部屋になりましたよ、ありがとうと微笑んでくれました。

祖母は本当に子供が大好きな人でした。そんな祖母が企画した、伸び伸びと遊ぶ子供達の作品で襖を飾っていくという素敵な部屋作り。そこに加わることが出来たのは、なんと幸せだったことでしょうか。これは本当に楽しいイエ遊びでした。


[20]>19 折り紙 eiyan

折り紙は現在作っています。

一寸した保存箱です。

でも人にあげてもそれ程喜ばれな?い!

それ程日本は現在物が豊富になってるんですね。


[21]>18eiyan

竹は日本に有って色んなものに利用されますね。

しかも成長が早い。

軽い。

最近は破砕されたりチップにしたりして燃料に使える。

小さい時は食料になる等して利用し切れない程利用出来ますね。

大木や物干し台にまで使える。

今は人工ものが大流行になってしまったけど、昔は殆んどつかっていた。

竹は電球のフィラメントにまで利用出来たんだものね。

竹って偉大だな?!

って感心感激してま?す!

といって今年もお世話になりま?す!


[22]>15 押し入れでクイズ iijiman

小学生の頃。私の修学旅行が近づいて、妙にハイになっていた時がありました。

その頃、なぜかよくやっていたのが、「押し入れでクイズ」。

修学旅行と何の関係もないのですが、妹と2人で押し入れに入って、「修学旅行クイズ」というのをやるのです。

修学旅行の行き先とかをクイズで出して、当たるとなぜか10円(私が妹に)あげるという。

何でそんな奇妙な遊びをしていたのだろう?

多分、私は相当ハイになっていたんでしょうね。


[23]>17 ゲーム eiyan

昔はスゴロク等のゲームをお正月遊びとしてよく遊びました。

最近は殆んどしなくなり、パソコンゲーム等に暴騰する光景が見えますね。

それだけ世の中進歩したのでしょうか?

でもパソコン等のゲームでは現実味がない。

やはり実態がないと悲しいですね。


[24]火鉢と遊ぶ momokuri3

はじめて火鉢という物を見たのは、お正月で行った、おじいちゃん、おばあちゃんの家でのことでした。それまでにも何度か訪れていましたが、いつも夏だったので、炭の入った火鉢は見たことがありませんでした。火鉢の周りは不思議な温かさ。まず最初は、そこでお餅を焼いてもらいました。


おばあちゃんのお持ちの焼き方は変わっています。炭を灰の中にうずめ、火力を弱くしてから餅網を乗せ、その上にお餅を置いたら、紙で出来たフードのような物をかぶせるのです。こうすることによって熱を効率よくお餅の周りに集中し、焦がさずふっくらと焼き上げるんですね。火の上に紙を乗せて燃えないの?見ている私はちょっとハラハラ。こんな珍しいやり方を見ているだけでも、子供にとってはすばらしい楽しみ、冬ならではの「イエ遊び」のひとつになりました。


続いての火鉢での遊びは、あぶり出しでした。ミカンの汁で絵や字を書いて、何と書いたかを当てっこしながら、浮き出す絵や文字の不思議を楽しみます。私のあぶり出しは、よく見るとうっすらと書いた跡に色が付いています。ミカン汁ですから当然ですね。ところが祖父の作ったあぶり出しは、よく見ても何の色も付いていません。すごいな、さすがはおじいちゃん、どうやって書くんだろうと思ったら、なんとおじいちゃんはお酢を使って書いていたのでした。


「酸っぱい物ならあぶり出しになるの?」

「そうねぇ、酸っぱくなくてもあぶり出しになる物があるんだけどね」

と、おばあちゃんがやってくれたのが、砂糖水によるあぶり出しでした。甘い物でもあぶり出しができるんだ。この驚きも楽しい思い出です。


次の火鉢遊びは、くるくるへびさん。これは、丸く切った紙をさらに螺旋状に切り、円の中心だった所を糸で吊って、ヘビのトグロのような形を作って火の上にかざす、というものでした。すると、紙のトグロが上昇気流に乗って回転します。ただそれだけといえばそれだけの遊びですが、螺旋の先にヘビの顔を書いてやってくれたので、私は「くるくるへびさん、くるくるへびさん」と大喜びでした。かわいいヘビさんがクルクル回る姿があまりに楽しかったので、その夜は白いヘビが回転しながら飛んでくる夢を見てしまったほどです。あとでその話をしたら、

「それは縁起がいいよ、白ヘビは神様のお使いなんだよ」

と言われました。


こうした火鉢を使った遊びには火災の危険が伴いますから、現代なら「とんでもない!」と叱られてしまいそうですが、昔はどこのイエにでもあった当たり前の道具でしたから、子供にとっても身近な存在だったんでしょうね。今の子供にこうした遊びを勧めるわけではありませんが、でも防火・消火の備えを十分にした上で楽しめるなら大丈夫。そうした注意が払える大人だからこそ楽しめる懐かし遊びというのもあるのかもしれません。わが家に火鉢がやってきて、今年が2度目の冬。あのころを思い出して、時々あぶり出しなどを楽しんでみています。


[25]ちいさなお店やさん ekimusi

小学生の頃、よく友達にイエに遊びに来てもらっては、お店屋さんごっこをしていました♪

お店屋さんごっこをする前には、ちゃんと売り子さん用のエプロンに客さん用の財布にお金だって手作りしたんです。

エプロンは大きな透明のビニール袋の底と側面を切り、開いて表側に商品の絵やかわいい模様を描きます。

上の方にリボンをつけて、腰に巻いてエプロンの完成!

財布は画用紙を折って物が入るようにします。少々、折りかたはメチャクチャでも大丈夫!!!

穴が開いてる場所はセロテープでとめちゃいます♪お金を入れたときに、お金が落ちなければ問題なし!

お財布が出来たら、絵を描いて最後はリボンで首からかけられる長さのヒモをつけてできあがり。

財布に入れるおかねは、お札はなくてなぜか全部コインでした。

厚紙を丸く切りって数字と好きな色を塗りました。

100円のお金もあれば、12円、33円、80円のお金も作りました♪なんて自由だったのでしょう。

これらは一回作れば何度も使えたので、お菓子の空き缶に大切にしまってありました。

よくやったお店屋さんは3つあり、クッキー屋さんと、キャンディー屋さんと、アイスクリーム屋さんです☆

もちろん商品もみんな手作りです。

クッキーはダンボールの片側をめくって片ダンボールにして、そのダンボール紙を色々な形に切ります○、△、□、楕円形など。

ギザギザの面に好きな色(味)の色を塗りぬり。

黄色・・・バナナクッキー、茶色・・・チョコレート、緑色・・・高級品だったメロン!

橙色・・・オレンジクッキーね^^な?んて言いながら、作るのだって楽しい遊びだったなぁ。

透明ボンドをクッキーにつけて、その上から、トッピングしたいもの(ビーズ、スパンコール、面白い形の乾燥パスタ、カラフルな毛糸など)

を乗せました。乾いたら袋に4?5枚づつ入れて、袋の口をカラフルモールかリボンで結んで止めます。

キャンディーは 薄くてやわらかい包装紙を10cm角に切って、真ん中にドングリをのせてくるくる包み、

左右の紙をキュっとひねってできあがったキャンディーを、5つ透明の袋に入れて、口をモールかリボンで結んで止めます。

アイスクリームの作り片は、白い紙をくしゃくしゃ丸めて手でおむすびを握る要領で丸くします。

8センチくらいの大きさにしたら、その周りをおり紙で包みボンドでとめて、コーンは茶色の色画用紙にワッフル模様を書き

円錐形にしてボンドで止めて、いくつも箱に並べておきます。

お客さんが来たら、どの味がいいですか??と言って欲しいアイスをコーンにセットしてから出します。

コーンよりカップがいい人は紙コップに入れてどうぞ♪と渡します。

私たちは交代でお客さんになったり、お店屋さんになったりしましたがどちらの役も楽しかったですね。

友だちと時間をかけて一生懸命作った品物を3つのお店を交代でやって元気に「いらっしゃいませ?!」と声を出してみんな楽しんでいました!!

お客さん役の友だちも財布を持ってお金を払い、たくさん買ってニコニコ笑顔。

もちろん値段もあってないようなもの。高めにつけると、まけてよ?、いいよ?の交渉を楽しんだり。

商品は帰りには記念品としてもって帰る子もいたし、また使うためとっておいたりもしました。

単純ですが、とっても楽しい遊びでした(^_^)v

この頃作った何枚ものエプロンや財布、おかねを入れた空き缶はだいぶ長いことイエにありましたが、残念ながら引越しを繰り返すうちに、いつしか行方不明に。

イエはてなのおかげで、忘れかけていた色とりどりのたくさんの思い出を、懐かしく思い出すことができました。

また、時々記憶の箱を開けて、子ども時代を慈しむ時間を作りたいな?って思います。


[26]変身ヒーローごっこで地球を守れ!! Catnip

hazamaさんはアイドルの振り付けレッスンだったとのことですが、私達のアクションを伴う遊びというと、何と言っても変身ヒーローごっこでした。変身ヒーロー物には、仮面ライダーなどのように単独のヒーローが活躍する物と、スーパー戦隊シリーズに代表される複数のヒーロー達が力を合わせて戦っていく物がありますが、みんなで遊ぶなら後者ですね。スーパー戦隊の場合、原則五人以内なら、集まった全員が主人公になれます。


私達は、クラスの班がそのままスーパー戦隊でした。男子3名女子2名で、それぞれに自分の色を持っています。班長はリーダーなのでレッド。女子の一名もピンクが指定席です。残りの色の割り当てはアミダで決めましたが、それぞれぴったりの色が決まりました。放課後は順繰りに、誰かのイエに集合です。


変身後のヒーロー達は、各自のカラーのバトルスーツに身を包み、独特のマスクで顔を覆っています。これらの統一感も大切ですから、それぞれ自分の色のトレーナーやズボンを着込んで集まります。顔は、本物のマスクのような物は作れませんからお面です。しかもボール紙で手作り。ほとんど節分の鬼の役みたいなもので、どう見ても強そうではありませんが、そこは想像力でカバーです。


まずはヒーローには変身ポーズや勝利の決めポーズなどがありますから、みんなでそれを練習します。特撮が使われるシーンは簡単には真似出来ませんが、細かい所はまたまた想像でカバー。必殺技なども練習します。みんなでアクションしてピシッと決まると、友情パワーの結集に感動。信じ合い、力を合わせて困難に打ち勝っていく素晴らしき仲間達。そういうのに憧れてのスーパー戦隊ごっこですから、ポーズだけを真似してもそれだけでは足りません。一緒に努力して一つのことを成し遂げるという感動が、この遊びのポイントなのでした。


続いては「今週の名シーン」の再現ごっこです。みんなで順繰りに放送を録音して、それを聞きながらセリフを覚え、テレビを見た記憶を頼りにそのシーンを演じます。ビデオも使おうと思えば使えましたが、当時子供が自由に使えるメディアと言ったらカセットテープでした。みんなでああでもない、こうでもないと言いながら「ダメ出し」を繰り返して、日が暮れる頃にやっとドラマの形になっていきます。


アクションシーンでは男子が張り切りますが、ドラマのシーンでは女子のきめ細かさが光りました。こんなふうにみんなの得意分野が満遍なく生かされていくことも、「仲間」に憧れる私達には大切なポイントでした。


こんなことを飽きずにずっと続けていた私達の班は、クラスでも団結力で有名でした。お楽しみ会の出し物としてヒーローアクションショーをやったこともありました。各メンバーのご家庭の皆様には、毎回毎回ドタバタとご迷惑をおかけしました。おかげで私達は、イエでも学校でも、かけがえのない仲間の絆を育むことが出来ました。


また、あるイエのお父さんは悪の怪人役を買って出て、私達に何度もやっつけられてくれました。あるイエのお父さんは、私達を本物のヒーローアクションショーに連れて行ってくれました。どんなスーパーヒーローにも、それを温かく見守り、支えてくれる人達がいます。私達の戦隊は、そんな素晴らしい皆さんにも恵まれていました。小学校5年生の頃の、懐かしい思い出です。


[27]>1 今でも「一緒にゲーム」は楽しいですよね TomCat

今はネットを介して同じゲームが簡単に楽しめる時代ですが、やっぱり直接目の前でプレイし合うってのは、ネットにはない楽しさがあります。ゲームはバーチャルでも遊びはリアル。ここが大事だと思うんです。

それにゲームはプレイだけでなく、熱く語り合うのが楽しいんですよね。ファミコンが普及しはじめた頃、盛んにTVゲームは子供の孤立化を増長するなんて時の大人から批判されたみたいですが、私はむしろ子供同士のコミュニケーションを活発にしてくれた効果の方が大きかったろうなあと思います。

特に男子の場合、体を動かして遊ぶことが苦手な子はどうしても孤立しがちだったと思うんですが、ゲームの登場で、そういう子供も含めてみんなに遊びの主人公になっていけるチャンスが広がった。これは大きかったと思います。

そんなことも含めて、直接会って遊ぶ、リアルなコミュニケーションの中で友情を育んでいく、「一緒に遊ぼ」と玄関で呼びかけ会える関係を、いつの時代も大切にしていけたらいいなと思います。


[28]>2 花火も素敵なイエ遊びですね TomCat

夏の夜空を彩る大きな花火も素敵ですが、やはり思い出に残るのは手持ちの花火。「イエ花火」とでもいうような花火じゃないかと思うんです。

子供にとっては、もう風呂に入って夕食を食べたら後はテレビでも見て寝るだけという、一日の終わりの直前に繰り広げられる、思いもよらない楽しい時間。もうそれだけでも、特別なご褒美をもらったような気持ちになりますよね。

夏の走りに花火の独特の匂いが漂ってくると、「あ、夏が来た!!」って思わず言ってしまいたくなる人が少なくないと思うんですが、それって、そんな特別な夜の記憶が蘇ってくるからじゃないかと思うんです。

そんな素敵な思い出を用意してくれたお祖父様お祖母様の愛情。これはかけがえのない思い出だと思います。

大人になると「イエ花火」を楽しむ機会が減ってしまいます。私は独身で子供がいないので、友達とやるしかないかなあ。大人が夜集まると必ず酒が出てくるので、ちょっと集いの性質が変わってしまいます。残念っ(笑)


[29]>6 お正月の花札!! TomCat

これは私もやりました。お正月だけは無礼講ということもあって、普段は子供が手を出したら不謹慎と言われそうな、ぶっちゃけバクチっぽいことも出来ちゃうんですよね。

同様に麻雀も定番でした。この時は点数計算の速い親戚のおじさんが必ず加わります。子供の私は何がどうなると何点という原則がまるで分からず、めんたんぴんどらどらばんばんなどと指を折って教えてくれるおじさんの手を、不思議な気持ちで眺めていました。

麻雀独特の子供には意味の分からない専門用語というか、符丁みたいなのも面白かったですね。「おっと残念、頭跳ね」「うわっ、焼き鳥確定、勘弁してよー」なんてやっている大人達に混じってジャラジャラやっていると、それだけで自分も一人前として認められたような嬉しさを感じていたりしました。


[30]>7 ダンボールで手作りドラムとは!! TomCat

私も子供の頃は、周りを空き地に囲まれた家だったんです。そこに引っ越したのは4歳くらいだったと思いますので本人は記憶がないんですが、ドリフの頭に落ちてくるような金ダライをガンガン叩いて遊んでいたそうです。

それでも数十メートル離れればお隣さんがいるわけですから、えらい近所迷惑な遊びだったと思いますが、ほんと、子供の遊ぶ音を微笑ましく受けとめてくれる土壌があったんでしょうね。

それから数年すると、すっかり家が建て込んで、もうそんな遊びは出来なくなってしまいましたが、今でも地方に行くと、いくらでも伸び伸びと音を立てて遊べそうなマチがたくさんあります。でも、そういうところは少子高齢化が激しくて、せっかくのマチなのに、肝心の子供の姿がほとんど見られなかったりします。もったいないですよね。

私が親に手を引かれて歩いていた頃には、おぼろげな記憶ですが、空き地にアンプを持ちだしてバンド練習をしているお兄さん達、なんていうのもいたように思います。

家のまばらなマチだからこそ楽しめることもある。そんなことがもっと注目されていったらいいのになあと思います。

最近あちこちで書きまくっていますが、雪国の山村に、将来の夢の拠点となるべきイエを手に入れました。春になったらそこにドラム持ち込もう。うひひ、楽しみ?。森の動物達にはお騒がせさまでございますw


[31]>28 イエ花火! nawatobi_penguin

TomCatさんから返信いただくなんて…光栄です!


大人になると夏場はお盆で帰省位しかないですから

大人が夜集まって花火やるのもいいですねぇ。

飲む人も飲めない人(子ども含む)も楽しめますからね。

#独身でも既婚者でも子ども連れでも遊べるのって花火かもしれないですね

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