人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

野田秀樹「南へ」
長塚圭司「浮標」
宮本亜門「金閣寺」
などで、舞台上に役者さんが椅子に座って演技を見ているという演出を最近続けてみかけました。とても違和感を感じつつ、効果的だと思うところもあり、不思議な気分です。
?ルーツ
?その狙っている効果とは
?今流行っている理由
?今後の展望(これは回答してくださっている方のご意見)
をお教えいただけますでしょうか。

●質問者: owada
●カテゴリ:芸能・タレント 芸術・文化・歴史
✍キーワード:ルーツ 不思議 宮本亜門 展望 意見
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

▽最新の回答へ

1 ● practicalscheme
●60ポイント ベストアンサー

演劇史などちゃんと学んだことがないので、限られた知識からの推測です。(しかも挙げられた舞台はひとつも観てないです)。識者によるちゃんとした回答が来るまでの議論の種にでもなれば。

舞台で演じられている芝居を(その芝居に参加していない)舞台上の役者が観ている、という状況は、その観ている役者が「観ていることを演じている」のか、それとも「素の役者として観ている」かによって意味が違ってきます。

前者の場合はいわゆる劇中劇で、「芝居を観る」という行為を相対化する役割がありますが、これはシェークスピアにも出てくる、昔からあるテクニックですね。質問者さんの関心はむしろ後者の状況にあるのではないかと思います。

(1)(2)ルーツと効果

後者のような演出、つまり、役者が素のまま舞台を観ていて、その芝居に入る時にすっと「役に入る」というのは、ブレヒトによるEpic Theatre(叙事的演劇)と関係が深いのではないかと思います。(それがルーツだと断言できる知識はありませんが)。

19世紀後半からのリアリズム演劇では、舞台上の状況を観客が事実として感じ、登場人物と同化して脚本上の出来事を主観的に体験し、カタルシスを得る、ということが重視されました。そのために役者は「役の人生を生きる」ような演技が必要で、ともすれば舞台袖や楽屋、あるいは公演期間中はずっと「役になりきる」ことも辞さないようなアプローチも是とされます。

ブレヒトはそれに異を唱え、観客に常に「この舞台は作り事である」ということを思い起こさせるような芝居づくりをしました。観客は物語を体験するのではなく、舞台上に呈示される個々のエピソードを客観的に目撃します。それによって、感情に流すのではなく、批判的に考えさせる、というのがブレヒトの意図です。そのため場面のつながりは時に断片的で、場面の合間に役者が説明をしたり、場面の時系列が前後して必ずしも後半にクライマックスが来ない、という芝居づくりがよく観られます。一人の役者が場面に応じて色々な役をしたり、役を取り替えたり、そして場面に参加していない役者が舞台の周辺で芝居を観ている、というのもBrechtian Theatreではよくあります。

ただ、役者が役を切り替えたり、突然役を離れて観客に語りかけたり、登場人物が舞台の虚構性に言及したり、といった手法はずいぶん広まったので、現在ではブレヒトがもともと意図した通りの効果を狙っているとは限らないかもしれないな、とは思います。

(3) 今流行っている理由

もう10年以上前から芝居を頻繁に見られる環境でなくなってしまったので、これはわからないです。流行ってるのですか? 野田さんは既に遊民社時代にやっていますから(『半神』)新しい試みではないと思いますが、最近特に増えているとしたら何か時代背景があるのかもしれませんね。ブレヒトが流行ってきたとかそういうことはありますか?

(4) 今後の展望

Brechtian Theatreということであれば既に半世紀以上経っている手法であり、今後急に発展するとか変化を与えるというようなことは無さそうにも思います。

ただ、マスのメディアは多くの観客を得る必要上、「観客に考えさせず、感情的に巻き込む」方向に走りがちで、そういう作品も時には良いものですが、ギミックを多用して易きに流れることも多々あるかと。Brechtian Theatreはちゃんとやろうとすると小手先のごまかしが利かない、演技の芯ともいうべきものに近づけるのではないかと思います。Brechtian Theatreを観ていると、不思議なことに、観客の主観的感情移入を避けているはずなのに、それがむしろ余分な飾りを取り去って「素の感情や行動が産まれる生の現場」にじかに触れている感覚を持つんですね。なので演劇に限らず、もっと広まってもいいんじゃないかとは思います。

(舞台は観られる場所と時間が限られてて例にあげにくいので、映像作品としてルイ・マル監督の『42丁目のワーニャ』をおすすめしておきます。)


ここまで書いてきましたが、もしかして「役者が場面を眺めていること」一般ではなく、「椅子に座っている」演出についてお尋ねだったのならごめんなさい。特に椅子に座っていることにどういう意味を持たせたいか、というのはわからないです。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。私にとりまして、「椅子に座っている演出」=「役者が場面を眺めること」と思っていましたので、ほぼ私が謎に思っていたことについてお答えいただけたものです。満足しております。

Brechtian Theatre

ここ3年ばかり芝居に興味を持ち始めた者ですので、演劇の基礎とか知らないもので、なるほどそういうものがあるのかと感心しているところです。これから勉強してみます。

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ