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私に、哲学にかんすると思われる質問を、してみてください。

私は、
「西洋哲学と、正しい百科事典(文と理)をあわせると、最高の知性なるのではないか」と
考えてまいりました。

しかし、最近、「日本人に対して、西洋哲学を使って、ものごとを説明する」ということの、
むずかしさ、特に、言語に由来する困難や、
「価値はお金に換算できる」とか「論理はつねに空論である」などのような、
心のあり方に由来するよる困難を、非常に感じるようになってまいりました。

そこで、
「物事を思考・解決するうえでの、西洋哲学の有益さ」を、
具体的な会話の中で、「わかっていただきたい」と考えまして、
その「わかっていただく力」を鍛えたいと存じます。

そこで、私に、「哲学に関係すると思われる質問」を、してみてください。
ここでいう「哲学的」は、広い意味、つまり、「世界や諸学芸の根本にかんして」いることです。

なお、言葉を適切に定義なさったうえで、ご質問をねがいます。

では、どうぞよろしくお願い申し上げます。



●質問者: YooskeAKIZUKI
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:お金 価値 哲学 定義 日本人
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 20/20件

▽最新の回答へ

1 ● taroe
●13ポイント

あなたは、何者ですか?

◎質問者からの返答

私は、Yooske AKIZUKI という名前の人でございます。


2 ● ゴム
●13ポイント

人間とか地球とか宇宙とか愛とか、存在する意味って分かんなくなりますけど、意味あるんですかね?

◎質問者からの返答

ご質問、ありがとう存じます。

「(人間・地球・宇宙・愛などが)存在することの意味は何か」

まず、「意味」という言葉を吟味すべきであろうかと考えます。

哲学(特に分析哲学や数理論理学)では、「意味」には、少なくとも 2 つの、異なる種類のものがあります。それらは、〈意味〉と〈意義〉です。これらは、ある言葉・概念・文の、「広い意味での『意味』の二つの側面」であるといえます。

原語と英訳語から考えてみると、これらのちがいを把握するのが容易であろうかと思います。〈意味〉の原語は、独語の “Bedeutung” (「ベドイトゥング」)で、英訳は、“reference” です(ときに “meaning” や ”denotation” とも訳されます)。いっぽう、〈意義〉の原語は “Sinn” (ズィン)で、英語では ”sense” です。

上からわかるように、〈意味 reference〉とは、「(論理的・自然科学的な)言及」です。いっぽう、〈意義 sense〉とは、「考えられかた」です。そのことから、”Gedanke” (ゲダンケ、thinking、思想)と言われることもあります。

例を挙げます。AAA City という街へと向かう「道しるべ」があるとします。それらのすべての道しるべは、”AAA City” という、ただひとつの街を〈意味〉しています。しかし、それぞれの道しるべば、「ここを右へ曲がって 1 km の場所」とか、「ここから BBB City を抜けて道なりに 1 時間」などといった、別の種類の「意味」もあります。これらが、それらの道しるべの、それぞれの〈意義〉です。

また、別の例を挙げてみます。「人を殺すということは、社会的死を意味する」というとき、この「意味」は、〈意義〉です。

このように、〈意味〉とは、「辞書的な定義」のたぐいであって、いっぽう、〈意義〉とは、ある考えかたにもとづいて何かの事物を見た場合の意味のことです。

さて、すべての辞書は「循環定義」の集まりであるということが知られています。つまり、”ccc” の実体を探ろうとして、辞書の ”ccc” の項目を見ると、「ccc とは ddd である」と書かれています。そこで、 ”ddd” の項目を見ると、「ddd とは eee である」と書いてあります。このようにして進んでいくと、いつか、かならず、「fff は ccc である」として、最初の “ccc” にもどってきてしまいます。これが「循環定義」です。ですから、辞書的な意味の連なりである、〈意味〉をさがしても、かならず、循環定義におちいって、ご質問の意図であろう、何か「意味がある」物事を、探し出すことはできません。言いかえると、〈意味〉の世界にいるかぎり、「言葉だけの世界」から脱出することはできません。そうではなく、〈意義〉を探さなければなりません。

したがいまして、人間、地球、宇宙、愛などの「存在」は、何を〈意義〉しているのかについて考えるのが、ここでは、適切であろうと存じます。一つ一つ、吟味していきたいと存じます。

人間の存在の意義 …… ある物質(身体)が(複雑な(高度な))精神を持つことがあるということであろうかと考えます。さらに、この「精神が存在すること」の〈意義〉が生産されると考えます。まず、物質が、(自然や物理法則から切り離された)「自由」を持つことがある(よく、「人間とは、自然から切り離されて自由になった動物である」などといわれます)。さらに、自由を持つということは、実体的な主体であるということです。したがって、契約能力や責任能力の根拠が発生します。また、他者や動物、あるいは物質や、社会集団が、精神を持っているかもしれないと(人体と同じ「物質」であるということから、)類推できます。したがって、法人が存在することの根拠や、刑事法の根拠などが、発生します(刑罰とは、「国や社会(あるいは神)に対して罪や害をなしたことにたいする罰」です。このことは、とくに、麻薬にかんする刑罰の、法哲学的な根拠になります)。そして、充分に複雑な精神は自己言及することができるので、自己の死を認識して、この死を恐れるに至る可能性が発生します。したがって、他者や動物を殺すのは、(少なくとも、殺される者がそれを望んでいるのではない限り、)悪いことであるという原則がみちびきだされます。

地球の存在の意義 …… ご存知のとおり、英語の earth 冠詞は the です。また、earth のほかの意味は(「彼岸」に対する)「現世」とか、(「海」に対する)「陸」などですし、語源は、「土」・「大地」です。このように、「地球」とは、代替不可能な、人類にとっての、ただ一つの、我々を物質的に支えている、故郷です。このことから、たとえば社会(学)的には、「地球の存在」の〈意義〉は、「人類は今、一つの星に住んでいるし、かつ、人類は数が多く、すべての人が互いに存在を認識しあっているので、肉体的に殺し合うような悲惨を避けるためには、理性的なコミュニケーションによって、(考えかたはちがっても)共生するしかない」という〈意義〉がありましょう(cf. バベルの塔)。

宇宙の存在の意義 …… 「宇宙 space, universe」は自然学的な表現でして、哲学では「世界」(仏 monde、独 Welt、伊 mondo、羅 mundo、英 world)のようにいわれます。「世界」とは、その世界に存在する人間の、知覚または想像することが可能な物事の、総体です。自らの「世界」がどのようなものであるか、ほかの「世界」と比較するなどして考えたりすることによって、自らの世界をもっと拡張したり、さらには限界を知ったり(ソクラテス「汝を知れ」)することができます。

愛の存在の意義 …… 「愛」ということばは、上記の三つとはちがって、とてもとても、広い意義を持っています。しかし、歴史的に見ても、すべての場合に共通して言える「愛」の意義は、下記のようなことであると思います。すなわち、動くことの「原因」であること。かつ、人間の理性とは無関係の「動因」であること。さらに、(自己へ向かって)「引っぱろうと」する、という方向の動きを指していること、です。今では、日常用語としての「愛 love」は、「人が非常に好くこと」という、過去から見れば非常に狭意味に押し込められていますが、洋の東西を問わず、哲学においては、物理法則そのものがなぜ存在するのかとか、神と人間とのつながりはどのようなものであるか、などといった、人間理性を超えた「動くことの原因」そのものを説明するために、広く使われてきました。ただし、ほとんどの場合、「愛する」ということは「行為」であって、その行為の主体は、人格を持つものでした。したがって、愛の存在の〈意義〉は、「人知を超えた事象が存在する」ということであると考えます。しかし、以上の説明では、あまりにも大雑把であり、ご満足いただけないであろうと思われますので、愛を、一般的に、以下のように、いくつかの種類にわけておきます。すべて、歴史的に存在した見解です。が、思いつくまま順不同です。(1) 「エロース」: 肉体的な愛や超越者への愛。性欲や、宗教など。(2) 「ピリア」: 友愛。精神性の共有への愛。学知愛や、名誉欲、仏教、イスラム教など。(3) 「アガペー」: 神的な無償の愛。隣人愛、博愛、西洋神秘主義、キリスト教など。(4) 「自然的な愛」: 血縁による愛。親子愛や、種の保存機能、ユダヤ教など。(5) 「幻想愛」: モノへの愛。金銭欲や、物欲、物神崇拝など。(6) 「ナルシシズム」: 自己陶酔と死への嫌悪。資本主義の原理や、(米国に見られるような)女性嫌悪など。(7) 「融合愛」: 強いものと同一化して、自分の強さをも担保しようとする愛。親分への依存的忠誠や、異性(特に母親や妻)への依存的な融合欲など。(8) 「バイオフィリア」: 「生命愛」。延命至上主義の医学、動物愛護心など。(9) 「ネクロフィリア」: 「向死愛」。「死への欲動」、自殺願望など。(10) 「サディズム」: 悪徳行為による自由感への、愛。いじめ願望、犯罪癖、いわゆる「異常な」性欲の多く、など。(11) 「マゾヒズム」: 苦痛と拘束状態への性愛。強姦被害欲や、公然猥褻欲、奴隷願望など。

以上が、返信として適切であろうかと考えます。ご批判・ご批評があれば、ぜひお願いいたします。心より歓迎いたします。


3 ● sibazyun
●13ポイント

日本語で、「犬は動物である」と言えますが、「動物は犬である」とは

言えません。論理的には犬=動物でなく、犬<動物です。

英語でも、A dog is an animal. ですが、 An animal is a dog.

とは言えません。たまたま英語をあげましたが、他の私の知る印欧語系の

言語でもそうです。

しかし、「である」やbe動詞を「=」と解説することも世間ではあります。

これから、この「である/be」の認識が、論理学的には異なるのに、

西洋・東洋では同じ、という結論が仮に引き出されます。

これについて、コメントいただけると幸いです。

◎質問者からの返答

私のような者に、「コメントいただけると」とおっしゃっていただき、光栄です。

まず、あなた様のご認識を、僭越ながら、整理させていただきます。

「?は?である」は、「?=?」に置き換えることができないが、一方の “? be ?” は、「?=?」に置き換えることができると言われている。したがって、「?である」と “? be ?” は、論理的にちがうはずである。ところが、実際の使われ方をみると、「?は?である」と “? be ?” は両者は同じ意味で使われている。この矛盾をどう考えるべきか。

ということですね。つまり、「純論理的に違うはずが、実際の論理では同じ意味になっている」という点ですね。

まず、つっこみたい点が一つございます。”An animal is a dog.” は、文法的にも、自然科学的にも、論理的にも、可能なのではないのでしょうか。少し、英語能力の点で自信がありませんが、次のような例を挙げることができるのではないでしょうか。

Here, there are various animals. An animal is a dog. Its name is “Jonny”.

さて、私の不完全な英語能力はおいておいて……。

ここで私がもっとも考えてみたいのは、「本当に “be” は「=」に置き換えることができるのだろうか」、という点です。この点が崩れるとあなた様のご指摘全体が崩れますし、さらに、”? be ?” は「?は?である」に置き換え可能であることをも証明できれば、あなた様がご私的の矛盾は解消されます。

まず、前者の点、つまり「”be” は “=” に置き換えることができるか」という点ですが、私は、「いいえ」であると思います。なぜなら、おっしゃるように、”任意の動物は(つねに)犬である」は間違いだからですし、”An animal is a dog.” の真理値は、場合によって真であったり偽であったりするからです。したがって、「”be” は “=” と置き換え可能である」は、間違いです。これで、一つ目の問題が解決できました。

次に、二つ目の問題、つまり「”? be ?” を「?は?である」に置き換え可能であるか、という点ですが、私の考えは、「はい」です。これは消去法的な証明になりますが、次のような理由からです。

・現在進行形の be …… “I am kicking.” は「私は蹴っている者である。」と訳せます。

・受動態の be …… ”I am kicked.” は、「私は蹴られた者である。」と訳せます。

・形容詞の be …… “I am angry.” は、「私は怒っている者である。」と訳せます。

・成句の be (1) …… “I’ll be back.” (「また来る」)は「私は戻ってきた者である予定だ。」と訳せます。

・成句の be (2) …… “There’s an apple.” は、「そこにあるのは任意のリンゴである。」と訳せます。

上記のように、be を使った文を、「?は?『である』ような?である」と訳せない場合は、思い当たりません。逆に言えば、それが be の定義です。つまり、be の「コアの」意味は、「(?は)?で在る(ものだ)」であって、何かが「在る(存在する)」という意味です。

以上で、あなた様がお考えの矛盾は解決されたのではないでしょうか。ご批評、お待ちしております。


4 ● sansanpan
●13ポイント

哲学って頭の良い人の難解な言葉遊びの先には何があるのでしょうか?

所詮言葉なんて人間が作ったザルなもんですし、小さなコップしか持たない猿が海の容量を測ろうとしてるようにしか見えません。


5 ● サディア・ラボン
●13ポイント

鳥の先祖が飛べるようになる前は、

中途半端な羽根は邪魔でしかなかったと思うけど、

鳥の先祖は何万年も、先祖代々飛ぶ事を目標にして修行してたんでしょうか。


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