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【イエはてな】"ディア・ライフ" #012

THEME:「家庭訪問から会食まで!わが家の来客と集いの思い出」

“ディア・ライフ”=『親愛なる日々』。イエは暮らしと人生の舞台。「LIFE」という言葉に、生活と人生の2つの意味をこめて、イエと家族のストーリーを語り合いませんか? 心のページに刻まれた思い出も、現在のイエでの愛しいワンシーンも。毎回のテーマに沿って素敵なエピソードを、豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで投稿ください!

*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿くださいね!

「Welcome to イエはてな」

http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731


テーマ詳細とアイデア例

http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20110406

※ピックアップ受賞メッセージは、〈みんなの住まい〉サイトにて記事紹介させていただきます。またメッセージは表記統一や文章量の調整をさせていただくことがございます。
※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。投稿期間中ははてなスターのご利用を控えていただけますようお願いいたします。
※質問は4月11日(月)正午で終了させていただきます。

1302066102
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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:4月11日 theme 「LIFE」 いただきます いね
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 27/27件

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[1]喜ばれる訪問と会食 eiyan

他人の家庭に訪問する時は訪問される家庭の家族が余程好んだ場合でないと本心からは喜ばれない。

お久しぶりとか遠路はるばるの訪問だとご苦労さんという意味もあり、懐かしさも手伝って喜ばれる。

”良く来てくれたな?!”との言葉が全てを語る。

そんな大歓迎の時の会食はお料理の種類や出来不出来ではなく、心と心の触れ合いが一番の”おかず”になる。

親戚の行事等で集まり会食も又楽しいものである。

普段は核家族で寂しい食事も沢山の親戚が集まっての会食は又雰囲気も違うので食事も美味しく感じる。

核家族の家庭で育った者にとっては大勢の会食は賑やかでいいな?と感じる。

そんな想い出ももう過去のものになってしまった。

祖母や叔父さん等が星となって輝いている現在、決して再開出来ない寂しさを想い出の中に蘇らせる。

世の中ドンドン変化して行く中での回想の場機会を与えてくれた企画に感謝したい。

これがなかったら思いもしなかった過去の回想。

もう完全に過去のものになってしまった。

出来れば擬似回想会食でもして見たい。

そんな気持ちです!


[2]会話は、楽しいのですが、リラックスできない会食 nakki1342

親戚のおばさんの家で食事をしたときの事なのですが

正直、食べる事にものすごく緊張をした覚えがあります

理由は、自分の食事マナーに自信を持てないからなんですね

親戚なので話す事だけだと別に緊張をする事はないんですが

そこに食事が絡んでくると違ったものになってしまいます

ものすごく変な食事の仕方をしてるわけではないと

思うのですがマナーをちゃんと守れてるか?

そういわれると違うんですね・・

家で食べる時以外でも会話を楽しみ、食事も楽しく出来る

食事マナーに自信があったらいいナと思うんですが

面倒くさくてねえ・・


[3]父親の仕事仲間の来客 lepremierpas

私が子供の頃から年に一度必ず父親が父親の仕事仲間を我が家へ呼んでくるという事が毎年の定番となっていました。

私はとても人見しりが激しいのもあり毎年の行事化していたこの訪問が苦手だったのです。

10人以上の人が集まって、我が家でちょっとしたホームパーティが行われるのです。

母親が一生懸命料理を作りおもてなしをするのですが、私は見知らぬ人たちの前に出て挨拶したり会話の輪に入るなど恥ずかしく、いつも母親について台所の手伝いをしてるふりして陰に出来るだけ隠れる努力をしておりましたw

それでもやっぱり来た時に必ず挨拶しなければいけないし、父も自分の娘だと紹介をするので、そのたびに父の仲間たちから色んな質問が飛び、四苦八苦するという事態に陥るのでした。

皆さんが丁度お酒も回り始めた位になると少しだけ私も馴染みやすくなり一緒に笑ったり話したり出来るようになるのですが、その慣れる時間までがとても辛いものでした。

ところがある年の事なのですが、その年のこの仕事仲間の訪問の際、なんと、アメリカ人の方が一人来られたのです。

その頃の私は今まで身近で外人さんと接したこともないし、幼いながら驚きを感じずには居られませんでした。

勿論いつもの如く、母親と一緒に裏方に隠れ、出来るだけ大勢の中に出ないようその時も務めていました。

しかしながら、初めて目の前にする外人さんへの興味も大きく、そっと裏の方から気になっていました。

皆にお酒が周りワイワイしてきた頃に私もいつものことながら少しずつ姿を現しw皆の中に入って行きました。

するとそのアメリカ人の方が優しく話しかけてきてくれたのです。

日本語がとっても上手な方でしたので、安心しました。

子供ながら外人さんとお話出来るなんて!と感動を今でも忘れられません。

そして色々と相手してくださり、遊んでくれたり、笑わせてくれたり。

時には少し英語を交えながら色んな事を教えてくれました。

今になってはそんな大したことではないかもしれません。

しかし初めて外人さんと触れ合うことが出来たというのは子供心には興奮だったのです。

最終的にはその外人さん、お酒も沢山飲んでおり、そのまま我が家で爆睡してしましましたw

これまで私は父の仕事仲間の来客がとても嫌で仕方なく憂鬱な行事に思ってましたが、このような機会のおかげで初めて外人さんとお話することが出来、その年はとても感謝の気持ちに包まれました。

人と人の出会いというのは出会うたびに大きな刺激なのだと思いました。

初めて誰かと出会うことを恐れていては新しい可能性を自ら絶ってしまうのでしょう。

今でもそれを教訓に、人見しりではありながらも、出来るだけ素晴らしい出会いの機会の場へは参加していきたいなと思いました。

そこにはあの幼い日のような新しい刺激となる出会いもあるのでしょう。


[4]異国の風を感じた伯父の訪問 offkey

ブラジルに住んでいる伯父が我が家に初めてやってきたのは、私が幼稚園の頃だったと思います。

思います、というのはそのときの記憶が残ってないからなのです。

アルバムを見ると、家の前で伯父と私たち家族が写ってる写真があって、なぜか私は大泣きしていました。でも伯父が怖かったわけではなさそうで、というのも、市内の大きな公園へいって伯父と一緒に写っている写真はにこにこしていたからです。

地球の裏側に住んでいる伯父が再びやってきたのは小学校も高学年になったころでしょうか。

この時の記憶は残っています。

外国とは全然縁のない我が家に訪れた伯父は私の目には珍しいお土産をたくさん持ってきました。

たとえば、ビンに砂を詰めて絵を描いた置物。これはどうやって作るんだろうとしばし見入ったものです。

また、青く光る羽根をもった美しい蝶を真ん中にかざり、貝殻で額縁を作った壁掛け。日本では見ることのない色合いの蝶に異国の憧れが掻き立てられます。

それから、両側を封印した木の切れ端。

封印をはがして植木鉢に植えると葉っぱが出てくるというのでこれもまた不思議な心地がしたものです。外国語で書かれた名札が読めなくて、伯父に読んでもらうと、「デラッセイナと書いてあるね」といいました。

デラッセイナ。

その木はバナナかとうもろこしのように鮮やかな緑の大きな葉をつけました。

後年、それがドラセナの一種だと知り、ああ、だからデラッセイナなんだなと納得したり。

それからオリーブオイル。

このオイルはバージンオイルではなかったので、クセがあり、当時の私たち家族にはちょっと食べられず、揚げ物に混ぜて使ってたりしたのを懐かしく思い出します。

伯父の奥さん、すなわち私からみると伯母ですが、彼女はとても社交的で話の場を一番盛り上げてくれました。

話している内容はおもに父の兄弟のことだったりするのですが、ブラジルで出会った人の話をすることもあって、そんな話を横でぼんやり聞いていました。

そして、ブラジルってどんなところなんだろうなあと想像したり。

伯父さん夫婦は異国の風を運んできてくれたのでした。


さすがに遠い国なので、その後は我が家にやってくることはなかったのですが、伯母が毎年クリスマスカードを送ってくれてそこにも異国の匂いがします。

伯父の訃報を聞いたのは奇しくも私が退院した日でした。

クリスチャンの伯父にあてはめるべきことではないかもしれませんが、今年十三回忌を迎えます。


[5]美容師の猫子さんがやってきた!我が家で「着付けの練習」 iijiman

先々月(2月)のことになりますが、近所で美容院をやっている美容師さんの「猫子さん」が、我が家にやってきました。

最初は、猫子さんから、「着付けの練習をさせて欲しい」とのメール。

で、うちの奥さんが練習台になって欲しい、と。

もちろん快諾、しようかと思ったのですが、その前に・・・家の障子は穴だらけ、襖の「朔ぴょんホール」も紙を貼って塞いだだけ。あちこちひっかき傷だらけ。どうしよう・・・・・

「うちも十分汚いよ、気にしなくていい」と、猫子さんからお返事。

しかしいくらなんでも障子は酷いと思って、慌ててホームセンターに行って障子紙を買ってきて、部分的にですが補修しました。

そして、我が家に初めて、血縁関係のない人物がやってきました。

着付けは2時間ほどで終了。

帯の結び方を2種類練習したいとのことで、帯だけは2回締め直し。

さすが美容師さん、綺麗に着付けてくださいました。

着付けの後で一息。

猫の朔ぴょん、猫子さんと初めてご対面。

しゃーっと怒るかと心配したのですが、猫の好きな人は分かるみたいで、お腹のタルミをつままれてもおとなしくすりすりしていました。


[6]>2 目上との会食 eiyan

家長等家の大黒柱と呼ばれる頭と会食をすると昔は緊張して不味い会食になりますね。

でも現在は家長の権威も下がり、皆平等の会食が実現出来るのではないでしょうか?

そこには”平和”な会食が存在しますね。


[7]>3 仕事上の会食 eiyan

仕事上での会食には色々な思惑があって楽しくないですね。

それでもお酒の力で心が緩んで楽しく出来ますね。

でも常に限度を考えなければならないのは苦しいですね。

時にはパーとやりたいですね。

”パー!”と。


[8]>4 懐かしき思い出 eiyan

懐かしい想い出なんですね!

経験してきた想い出は記憶として残ります。

懐かしい思い出はなかなか消失しません。

それは心の安らぎを記録するからです。

異国であろうとそうでないであろうと記憶の想い出は相違しません。

唯、香りとして記憶された想い出はその香りを忘れないのでその香りに再開した時はその当時の記憶がより強く蘇ります。

それは異国の香りとして記憶された想い出は異国の香りとして再び蘇ります。

さらに叔父さんの香りとして蘇るのではないですか?

叔父さんの香りは永遠です。


[9]>1 会食の意義 eiyan

家族や親族そして知人等の会食は親密さを増すに意義がありますね。

核家族化が進む現代において昔と違った効果があると思います。

エコや節約を兼ねた会食にはその他の効果が見込めます。

躾の良い機会にもなりますね。


[10]>5 猫子さん? eiyan

猫子さん?って誰かと思いましたよ。

いたずら好きの猫子さんには梃子摺りますが、動物好きの人には甘えます。

それは動物の本能、気配で判るのですね。

時には猫子さんにも着付けをしてあげましょう!

リボンも着けてね!

きっと可愛く見えると思いますよ!!


[11]お食い初め ekimusi

約2年ほど前の話になりますが、娘の生後百日目に行う行事、お食い初めに親族一同が集まった親族の食事会のが想い出深いです。

少人数で行う予定が総勢15人もの大人数なることがわかり、お店でしようかとも迷ったのですが、結局我が家で開催しました。

久しぶりの親族の集いですので、娘を肴にいろいろ話に花が咲きました。

食事は尾頭付きの鯛、かぼちゃの煮物、蛤のすまし汁、赤飯、小ぶりの梅干、桜茶。

大人にはちらし寿司も。主役よりも周りの方がご馳走です。

そして娘の前だけにあるのが前の週に用意した、歯固め用の小石です。

丈夫な歯が生えるようにという意味での「歯固めの石」は神社の境内の石が良いといわれていたので、

熱田神宮へお散歩に行った際に白くて丸い石を見つけて、綺麗に洗ってしっかり消毒もしておきました。

うちの実家のお食初めの風習は、ご飯茶碗に最初は歯固めの小石を入れたお膳を揃えて、小石を箸で口元まで持っていき

丈夫な歯が生えるようお願いしてから、小石はよけて、ご飯茶碗にお赤飯をよそいます。

夫側の親族にはお食い初めの手順にこだわりはないとのことでしたが、綺麗に洗ったとはいえ、小石を入れたお碗に赤飯を

入れるのには苦情が出ないかどきどきしました(実際娘は食べないのですが)。

また、娘には祖母が箸で食べさせる真似をしたのですが、小石を食べさせる真似をする時に、小石をつかむのが意外と難しく、

落としては大変と祖母も力んでしまい、手が震えているのがわかり私もちょっとあせりました。

ようやく小石を口元に持っていくと、まるで結婚式のケーキ入刀の瞬間のように皆が注目!

娘は親族の中では5番目の子どもながらも、久々に生まれた女の子ということで、皆、娘に興味津々。

次は順番に抱っこをしたいと、双方の両親から小学生の甥まで全員が順番に落とさないようにそっと抱っこしてくれました。

その時の娘はというと、人見知りもせず、泣かず騒がず笑顔で愛嬌を振りまいてくれて私達は一安心。

皆にも笑顔が可愛い可愛いと連呼され、娘なのになぜか男前と褒め讃えられ(旦那の小さい頃に似ているとか;^^)

とっても静かなのはお利口さんな証拠で、これは頭の良い子に違いないと一同べた褒め。

そしてオムツ替えと休憩がてら娘はお着替え(お色直し?)をするため隣の部屋に移動し、食事(の真似)が終わったので、いただいたベビー服を着せて戻ると、これまたよく似合うと大絶賛!あぁ皆娘にめろめろです。

食事会自体はごく短いものでしたが、充実した一日になりました。

この日の料理もひとつひとつ料理を作りながら、娘や久々に会う人のことを考え、楽しみながら作ることができました。

料理って作って楽しみ、食べて楽しみ。

こうやって、親族が集いお祝いをしていただけたこと、今まで元気に過ごせたことに、感謝しつつ、

娘に早くこんな風に祝ってもらったんだよって伝えられるように・・・これからも健やかに成長してくれることを祈ってます。


[12]お好み焼きを囲んで maruiti

当時、実家の近所に家族ぐるみで付き合っていたお好み焼き屋があった。

そのお好み焼き屋の姉妹(仮名:ミイちゃん、ケイちゃん)とは、年が近かったせいもあり、小さなころから仲が良く、

店に遊びに行ったり、そのうちに手伝いもするようにもなった。

店を手伝う中で、あいさつや礼儀はもちろん、客や、店の人、姉妹の両親から沢山のことを教えられた。

そのおかげで今の自分があると言っても過言ではないくらいだ。

そして十五年ほど前、その一家が引っ越すことになり、その引越しの前日に、我が家に姉妹が遊びにきて一緒に最後の食事をした。

その日のメニューは姉妹二人がわざわざ「一緒に我が家でお好み焼きを食べたい」と言ってきた。

彼女達はお店で美味しいお好み焼きを毎日のように食べているはずなのに、わざわざ母が焼くお好み焼きを食べることに。

山芋がたっぷりはいった生地は彼女達が持参してくれたので、キャベツや卵、イカや肉、チーズや餅などを我が家で用意した。

お店の鉄板で焼くお好み焼きとは火力が全然違うわよ?と母親は言いつつも我が家で一番大きな中華なべを出して焼きながら、

台所ごしに四人で昔話に花を咲かせた。

母:「そいやミイちゃんは、昔はよくお客さんに男の子と間違えられていたっけ」

ミイ:「ショートカットだったからって間違える人は目ぇがおかしいわ」

自分:「w。そいやケイちゃんは、野菜を切るのが上手になったね?」

ケイ:「そうよ今ではキャベツの千切りは母だってかなわないくらいよ」

自分:「お好み焼きは奥深いけど、失敗はしにくいよなぁ」

ミイ:「ところがどっこい、小麦粉と強力粉を間違えたら大変なことに」

自分・母:「どうなるの?」

ミイ:「焼いてもなかなか生地が固まらないのよ、びっくりしたわ。母が買ってきたパン用の強力粉と小麦粉を間違えたみたい」

ケイ:「山芋すったの入れて無理やり固めたっけ」

母:「将来はお好み焼き屋さんになるの?」

ミイ:「さあ、どうかな?女優になるかも」

ケイ:「ミイは女優よりは女子プロ向きよ」

こんなたわいもない話ばかりだったが、昼前から始めた食事会は盛り上がったまま、なんと夜の九時すぎまで続いた。

最初は鉄板と違って深さがある中華なべなので、半分ほどヤキソバを入れて、たっぷりキャベツも入れてじっくりと蒸し焼きに。

途中からは餡子を入れたおやつ焼きや、チーズに餅、夕食にはキムチや明太子なども入れて変わりお好み焼きにした。

その日のお好み焼きは、母が少しでも鉄板焼きの雰囲気を出せるようにと鉄板皿に盛り付けてくれた。

焼き上がりを見計らって鉄板皿をオーブンで熱々に熱しておき、木の台にセットした鉄板皿の上の熱いままのお好み焼きを

ハフハフいいながら食べる。

生地が美味いので、何をいれても美味かったんだと思う。

食べるのも箸ではなく、記念にと彼女達からプレゼントされた一人一本のミニヘラ(コテ)で。

店でも箸で食べていたので、箸でなくヘラでお好み焼きを食べるのは、なんだかちょっと粋な気分になったのを今でも覚えている。

彼女らの店でいつも漂っていたお好み焼きの匂いは、いつしか暮らしの一部となっており、一家が引っ越してからは

母親が代わりにお好み焼きを作ってくれるようになったため、自分にとってお好み焼きは至極身近な食事の一つになった。

そんなこともあり、我が家でのおもてなし料理として来客と一緒にお好み焼きを作ることがある。

そして自分が作るお好み焼きには、ちょっとした工夫がある。

一つは子供達の苦手な野菜、ニンジンや椎茸、ピーマン、トウモロコシをみじん切りにし、

生地にたっぷり入れてキャベツや肉と一緒に焼く「攻略焼き」だ。

友人が子供と一緒に遊びに来た時も、ピーマンと椎茸を子供が苦手で食べないと言っていたが、それらを入れた「攻略焼き」を作ったら、

ソースの味で上手に苦手な味がごまかされたのか、子供達はすごい勢いで食べてお代わりまでしてくれた。

また元気のない時や、楽しいこと・素敵なことがあった時には、大好きなものをいっぱい入れて焼く「大好き焼き」だ。

我が家のお好み焼きはこうしてよく「攻略焼き」だったり「大好き焼き」になったりする。

友達夫婦の引越し祝いには、桜海老、車海老、トッピングにも生甘海老をのせた海老尽くしの「大好き焼き」。

ついでに甘海老の頭はこんがりと揚げて塩をしただけで、とてもいい酒のつまみになり盛り上がった。

義弟が無事転職できた際は牡蠣を入れた「大好き焼き」を。子供はいないが、息子と波長が合うようで、叔父さんではなく

お兄さんと呼んでもらってご満悦の様子。

彼は自分が滅多にしないダイナミックな体を使った遊びをしてくれるので息子は会えるのをとても楽しみにしている。

そして会いたくなると、息子は「ぼく牡蠣の大好き焼き食べたくなっちゃった、お兄さんも来ない?」と叔父を食べ物で釣ろうとするw

年末に娘が2歳になった時にもチーズとベーコン入りの「大好き焼き」を焼いた。

ベーコンとチーズの香ばしい匂いにイスの上で足をパタパタさせて喜んだ娘は、ふーふーして食べさせられるのがまどろっこしかったのか

手づかみで食べようとしていた。おおっと危ない(汗)

お好み焼きそのものは特にご馳走ではないが、みんなで囲んで食べるととても楽しくて美味しいご馳走となる。

ワイワイとしゃべりながら食べるのが最高の調味料になるのかもしれない。

いつの日か鉄板付きテーブルを手に入れてお好み焼きパーティをする夢を見ながらも、専用の鉄板がなくとも

家族や友達やみんなでお好み焼きを囲んで語らうのは最高のひとときだと思う。

みんなもお好み焼き焼いて、色々語って、いっぱい食べて元気になろう。


[13]まずは会話 mokou_jp

よく食事をする時はいろんな人としゃべりますね。

打ち上げはいい思い出と思います。


[14]可愛いお客様がやってきた SweetJelly

以前も似たような体験が書き込まれていたと記憶していますが、それが我が家にも起こりました。わが家の庭にモップの先みたいなものがやってきて、ゴソゴソ何かをしていたのです。え?何?犬?。良く見ると、それはとてもよく手入れされたワンちゃんでした。でも、毛の色がややくすんで、しばらく放浪していた感じです。


慌てて家族を呼ぶと、母がやってきました。「あらー、こんなワンちゃんが捨てられるわけ無いから、飼い主さん探してるわねぇ」とのことで、捕まえることにしました。「早く、お母さん」「何言ってるのよ、私は犬は苦手なのよ」「ええっ、私が捕まえるの?」。


小さなワンちゃんでしたが、私は慣れていないのでこわごわです。向こうもそんなこちらの気配を察したのか、緊張しているようでした。いけないいけない。子供と接する時のことを思い出して、しゃがんでみました。出来るだけワンちゃんの目線に合わせてみようと思ったのです。それが良かったのか、ワンちゃんは警戒を解いてくれたようでした。が、手を伸ばそうとするとまた警戒します。しばらく膠着状態が続きましたが、そのうち心を許してくれたのか、く?んと鳴いてくれました。おいでと声を掛けると、来てくれました。ワンちゃんの方から!!これでお招き完了です。玄関に入れて、扉を閉めました。


次は飼い主さん探しです。保健所と警察署に電話をしてみましたが、どちらも今のところ該当する届け出はないとのことで、しばらくは我が家で面倒を見なくてはならない雲行きになってきました。犬のことはよく分からないので、詳しい友達に電話でSOS。さっそくワンちゃんが喜びそうなフード持参で駆け付けてくれました。


犬の種類はスコティッシュ・テリア。普通は黒っぽい毛色が多いとのことでしたが、この子は明るい小麦色です。ウィートンというそうです。「スコティッシュ・テリアのウィートンは数が少ないし、この子みたいな白っぽいウィートンはさらに数が少ないから、これは飼い主さん探しのいい情報になるよ」とのこと。うわぁ博識です!助かります!やはり持つべきは友達です。


ワンちゃんは尻尾をプリプリ振りながら甘えてくれました。友達はそれを見て、よく短時間でこんなに懐いたねと驚いていました。テリアは一般に警戒心が強く、知能も高いので、とても気難しいのだそうです。「恐い思いをしてたんだねぇ、そこから助け出してくれたことに恩義を感じて、あなたに従う気になったんだよきっと」とのことでした。


独りぼっちだった寂しさを早く癒してあげるためにも、お食事タイムにすることにしました。友達が持ってきてくれたフードをお皿にあけると…。あら、いい子で待てをしています。友達が食べていいよの合図をすると、喜んで食べ始めました。「よく躾られてるね。犬を見ると飼い主さんが分かるよ。躾は愛情の一環だから、この飼い主さん、きっと今頃すごく心配してるね」とのこと。ごはんを食べて、お水も飲んで、ワンちゃんはご機嫌です。


食べてる時のワンちゃんって可愛いですね。私はそんな可愛い姿をもっと見たくて、おやつを買ってあげたくなりました。どんなおやつがいいのかなと相談すると、友達は、体調や体質が分からないうちは基本的なフードだけにしておいた方がいいとの意見です。「だめなの?」「うん。もしかすると体質的に合わない物があるかもしれないから。このフードも念のためアレルギーが出にくいのを持ってきてみたんだよ」とのことです。これは気が付きませんでした。ワンちゃんのおもてなしも、ただ喜ぶ物を出せばいいというわけにはいかないようです。


でも勉強になりました。ペットといえども、お招きから食事まで、人に対する配慮と同じような気配りが必要なんですね。特に初対面の時の心の通わせ方や、食事内容の配慮などは、人間の子供に対する時とかなり似ていると思いました。遊び方も甘え方も、表現は動物独特ですが、心は私達と変わりません。


結局、このワンちゃんは三日ほど我が家に滞在しました。三日目に飼い主さんと連絡がつき、無事元のお家に帰ることが出来ました。飼い主さんが迎えに来ると、ワンちゃんは大喜び。帰り際、ワンちゃんは私の方をじーっと見つめてくれました。門の所でお見送りです。笑顔でバイバイ。何とか玄関に入って扉を閉めるまでは、涙を流さずにいられました。犬は三日飼ったら恩を忘れないと言いますが、私の方がワンちゃんと過ごした三日間を忘れられなくなりました。


でも、飼い主さんとはその後もメールでやりとりをしていて、ワンちゃんの写真をたくさん送ってくれます。隣町のワンちゃんだったのであまり頻繁には会えませんが、時々一緒にお散歩に歩かせてもらったりもしています。また我が家にお招きしたいなぁ。その時はどんな風におもてなししましょうか。飼い主さんも交えた会食プランを想像すると、思わず顔がほころんでしまいます。


[15]>14 お客 eiyan

お客は人のみでなく色んなものがいますね。

人並みに接待すればそれはそれで良い。

きっと喜ばれるには違いありません。

色んな形で感謝されるでしょう。


[16]>13 会話 eiyan

昔は食事の時は会話禁止でしたが、現代は会話も良いおかずになりますね。

会話の弾む会食は楽しいですね。


[17]懐かしい友達を迎えて思い出のお弁当を再現 Cocoa

小学生の時、とても仲が良かった友達。転校でお別れになって、必ず手紙を書くよと約束を交わしておきながら、結局そのままになってしまっていた友達がいました。仮にその子をAちゃんと呼びます。

Aちゃん、どうしているかなぁ、まだ同じ場所に住んでいるかしらとダメモトで手紙を出してみたら、返事が返ってきました。それからは手紙やメールでやり取りを続け、去年、やっと会えることになりました。Aちゃんが私の家に来てくれることになったのです。


さぁどんなふうにお迎えしましょうか。色々考えているうちに、一つの思い出が浮かんできました。それは遠足が雨で中止になってしまった時のことでした。


遠足が中止になると普通の授業です。でも給食はないのでお弁当になります。そこで先生方が素敵なアイデアを考えてくれました。それは体育館に移動して、遠足気分でお弁当を食べようというものでした。それがとても楽しかったのです。その日の帰り道、私とAちゃんは、お弁当っていいね、またあんな風にお弁当食べたいねと、そんな話ばかりをしていました。でも遠足は来週です。そんなに待っていられません。そこで、土曜日にお弁当を持って公園に行って二人で食べようとことになりました。家に帰って早速母にお弁当箱を返しながら、土曜日のお弁当をねだりました。そうして作ってもらったお弁当。土曜日はとてもいいお天気で、私達は素敵な遠足気分を満喫できたのです。


そうだ、あの時のお弁当を再現して一緒に食べよう。二人でおかずを交換し合いながら食べたお弁当。卵焼きやウインナー、共通のおかずもそれぞれ味が違っていて、とても新鮮に感じられました。そういうところが再現できたら素敵です。一生懸命当時を思い出しながら作りました。記憶が曖昧なので完璧とは言えませんが、なんとか出来ました。


Aちゃんがやってきました。駅まで迎えに行こうかと言いましたが、住んでた町だもん平気だよとのことでイエで待っていると、呼び鈴が鳴りました。玄関を開けると、Aちゃんが両手一杯の花を抱えて立っていました。「駅前の花屋さん、まだあったんだね、嬉しくなってこんなに買っちゃった」。そうでした。Aちゃんはお花が大好きな女の子だったのです。駅前の花屋さんは、二人で何度も足を運んだお店でした。もちろん買うのではなく、見るだけでしたが。


お花を花瓶に生けてテーブルに飾り、Aちゃんが大好きだったシュークリームでお茶です。「あ、この味!」。「憶えてる?Aちゃんのお誕生会で出してもらったシュークリームだよ」。「うん、すぐ分かった」。味の記憶って、何年たっても鮮明です。色々思い出話に花が咲きました。


いよいよ思い出のお弁当です。ちょっと待っててねと席を外し、用意しておいたお弁当と、水筒をそれぞれ二つずつ。Aちゃんは、もうそれですぐに分かってくれました。「お弁当、公園で食べたよね!」。「うん。それを思い出して作ってみた」。「蓋取っていい?」。「うまく作れてるか分からないけど」。Aちゃんは、そうそうウチのお母さんてこういう味、そっちもちょうだい、わーこの味も憶えてるよと、とても喜んでくれました。


水筒は麦茶です。Aちゃんのイエはちょっとお砂糖入り。わがやはお砂糖なしです。「あの時も二人で交換しながら飲んだね」。「水筒の蓋ごと交換したから間接キスだったよね」。私達は本当に仲良しでした。その仲良しが、お弁当とともに復活しました。「はい麦茶、蓋ごと」。「はい、私も蓋ごと」。本当に楽しい時間が過ごせました。今度は私の方から、Aちゃんの住むマチに遊びに行く予定です。Aちゃんも、とっておきの何かを考えてくれているようです。


[18]>12 お好み焼き eiyan

お好み焼きは色んな具を入れると美味しいですね。

好みで色んな具を入れての会食はとっても楽しくて嬉しいものですね。

今度のお好み焼きの出る日を待ち焦がれますね。


[19]>17 懐かしさ eiyan

想い出や懐かしさがおかずになると格別なものになりますね。

それが楽しい思い出だと余計にそう思いますね。

思い出の食事会食はもう忘れられないですね。


[20]由緒正しき神社の神主様ご来訪 YuzuPON

といっても親戚ですが、縁起をたどるとかなり由緒正しき神社の神主様です。失礼があってはならないということで、大慌てで季節外れの大掃除が始まりました。屋敷は常に清浄であるべきというのが神道のしきたりですから、そういうイエでお迎えしないと失礼です。せっせと床を磨いたり、窓を拭いたり。神社でもお寺でも、掃除というと、とにかく磨きますね。磨くということが魂を磨くことにつながると考えられているようです。


庭も掃きます。神社の庭のように、きれいにきれいに掃き清めます。こうして土曜日を一日費やしてお掃除。でも、掃除の意識として、きれいにするというのと、磨き清めるというのでは微妙に違いますね。ふぅ、お掃除終わり。とても清々しい気分でした。


しかし、ご苦労様とお茶を飲んでいるうちに気が付きました。「トイレ、忘れてたよね」。トイレ磨きは私が引き受けました。トイレは磨くべき個所が多いので、やり甲斐がありました(笑)。


こうして清浄の気漂う屋敷に脱皮したわが家に、いよいよ神主様がやってきました。私は特に信仰は持っていませんし、両親も同じですが、神主様というとやはり緊張します。親戚と言っても本家筋の方で、父も若い頃にお会いしただけという方ですから、さらに緊張してしまいました。


しかし、ドアを開けると、なんと優しい笑顔のおじいちゃん。挨拶もそこそこに庭を見回し、あぁこれこれ、この木に会いに来たのですよと1本の庭木に歩み寄って、とてもうれしそうにしていました。なんでもその庭木は神社のご神木の隣りに自然に生えてきた実生の木で、縁起がいいからと、わが家の新築祝いに贈ってくれたものなのだそうです。それを思い出して、わが家に立ち寄ってくださったのでした。神主様はしばらく木と何かを語り合っていたようでした。


イエに上がっていただき、お茶で接待の後は何か店屋物でも取っておもてなししようと相談していたのですが、神主様は、いつもわが家で食べている普通の食事がいただけたらとおっしゃいます。もう5日もホテルの食事と外食ばかりなので、家庭的な味がほしいとのことでした。


そこで、焼き魚や煮物などの本当にごく普通の家庭の食事。神主様も気さくな会話で、家族の団らんそのままの会食となりました。由緒正しき神社の神主様とのことで緊張しまくっていたのがうそみたいでした。会話が弾んで、時がたつのも忘れてしまうくらいでした。


帰りがけに神主様は、私にそっと耳打ちをしてくれました。「君はあの木をとても熱心に世話してくれているそうですね。木がお礼を言っていますよ」と。そして、あの庭木は縁結びの御神木のゆかりの木であること、木は大地を通してたくさんの木とつながっているので色々な情報を持っていることを話してくれました。

「あの木が言うには、君のことを好いているお嬢さんがいるそうです。良縁になりそうかいと聞いたら間違い無しと言っていましたから、きっと近いうちに福が舞い込むことでしょう、楽しみですねぇ」

と、すごいことを話してくれました。そしたら本当に、生まれて初めて彼女が出来ました(笑)。


ちょっととりとめのない話になってしまいましたが、緊張したり楽しかったり、ちょっと不思議な体験までしてしまった「わが家の来客の思い出」でした。


[21]プロの蕎麦職人がお客様、おもてなしは無謀にも父の手打ち蕎麦 Fuel

母方の遠い親戚に、プロの蕎麦職人がいます。小さな蕎麦屋ですが、一貫して手打ちの自家製麺にこだわり続けて何十年というお店のご主人です。そのおじさんが所用で上京してくることになり、わが家に立ち寄りたいと連絡してきました。しかもその目的が、父の打つ蕎麦だというのです。せっかく近くまで行くのだからどんなものか一度味わわせてくださいとのこと。おじさんにしてみればプロのちょっとした洒落っ気というところでしょうが、父にしたら大事件です。


いよいよ、老舗のご主人がやってきました。父はこの日のために選びに選んだ蕎麦粉を取り寄せ、何日も前からまるで運動会前の子供のように浮き足立っていました。まずはるばるたずねてきてくださったおじさんにお茶など召し上がっていただきながら世間話ですが、おじさんもお蕎麦が好きで好きでたまらない人ですから、自然に話はそちらの方へ。父はもう、憧れの野球選手にでも会った子供のように目を輝かせて聞いていました。


いよいよ父の蕎麦打ちです。蕎麦は打ちたてが命ですから、素人が素人なりに少しでもおいしい蕎麦をお出ししようと努力するなら、必然的におじさんが見守る前で打つことになります。父は緊張しまくりでしたが、蕎麦の打ち方は一つじゃない、人それぞれ色んなこだわりがあっていいし、色んなやり方があっていいんです、いつもやっているように自由にやってくださいとのお言葉をいただき、いよいよ作業が始まりました。


最初はヒヤヒヤするくらいぎこちない様子でしたが、やっと調子が出てきて、いい手際になってきました。笑顔も出ています。作業は割合スムーズに進み、ほどなくして四人分のざる蕎麦ができあがりました。薬味は一切ありません。蕎麦だけの味を楽しみますから何も要りませんと、おじさんがそう指定されたのです。


いよいよ試食です。自作の蕎麦を、おそるおそるおじさんに差し出す父。おじさんの箸がザルの上のお蕎麦に伸びていきました。緊張の一瞬です。箸で蕎麦をつまみ上げて、おじさんは「ほう」と言いました。「たいしたもんだ、丁寧な仕事が仕上がりに生きています」とのこと。これはアマチュアにとっての最高の誉め言葉でしょう。技術ではプロにかなうはずがないのですから、心を込めて丁寧にやる以外、アマチュアにできる努力はありません。


続いてまずつゆ無しで蕎麦を口に運びました。しばらくして、うん、これなら店に出せますよと、これまたすごい誉め言葉でした。親戚としてのリップサービスもかなりあったと思いますが、父はもう大喜びでした。あとは皆でズズーと元気な音を立てながら、楽しくお蕎麦をいただきました。


おじさんは、自分で作ると出来具合ばかり気になるし、息子さんが作ってもそう、同業者の所に食べに行っても専門的なことばかり気になって心から楽しめない、久し振りに心の底から楽しめるお蕎麦だったと、これもかなりお世辞が入っていると思いますが、とても喜んでくださいました。


あとは、おじさんと父で心ゆくまで蕎麦談義。親戚と言ってもかなり遠縁の方ですから、こんなに親しく話をしたのはお互い初めてだったようですが、プロの職人さんと趣味のアマチュアの違いはあっても蕎麦を愛する心は通じ合うようで、とても楽しそうでした。


後日おじさんから、プロの目で選んだとっておきの蕎麦粉が届きました。別便で手紙も届き、いつか遊びにいらっしゃい、そのまま住み着いてうちの暖簾を継いでもらっても構いませんといったようなことが書かれていました。もちろん冗談でしょうが、父は「食べてもらうだけでない、おもてなしの蕎麦を目指す」と、半分本気になって蕎麦打ちに励んでいます。あれだけお世辞を言われても天狗にならず研鑽に励む姿勢だけは、わが父ながら拍手です。父が退職を迎えたら、本気で蕎麦職人になりたいと言い出すかもしれません。


[22]大吟醸を飲む会 momokuri3

「榮四郎」という名のお酒が手に入りました。親戚の伯父さんが、とにかくうまい酒なんだ、今度手に入れて送ってやるよと言ってくれていたお酒です。忘れた頃に届きました。


飲む前にどんなお酒かと調べてみると…。驚いたことに一升一万円の価格が付いていました。この価格、蔵元の自信のほどが十分にうかがえます。これはただものではなさそうです。


翌日職場でその話をしたら、早速飲ませろと言う人が寄ってきました。自分で買った物ならとてももったいなくて振る舞えませんが(ケチですねw)、すばらしい酒を体験させたいと贈ってくれた伯父の気持ちになると、私も仲間と一緒に味わいたくなってきました。「よし、メンバーは今ここにいる三人だけだ」。「これ以上増やすと飲める量が減るからな」。「極秘だな」。土曜の晩に決行することにしました。


さて、問題は肴です。これも私が用意しなければなりません。まだ封を切っていないお酒ですから、どんな肴が合うか見当も付きません。おそらく大吟醸なら特徴はフルーティーな吟醸香。これを邪魔しない肴。ネットで調べると、味わいは淡麗辛口とのことです。私一人なら肴は不要といきたいところですが、来客を迎えますから、ここは白身魚の刺身でいってみることにしました。


さて何にしようと考えていたら、父が「俺も入れてくれるなら極上の平目を差し入れよう」とのこと。やってくる二人にもう一人増やしてもいいかと聞いたら「あのおやじさんなら大歓迎だ」と快い返事。職場からOKのメールを送ると、腕のいい板前さんに造ってもらうから楽しみにとのメールが返ってきました。


当日です。大吟醸は基本的に冷や。10℃くらいでいただきます。夏でしたので常温ではちょっとぬるい。一升瓶は冷やして待機です。友人たちがやってきました。寝間着持参で泊まる気満々です(笑)。満を持して平目の刺身を携えた父が登場。友人たちの推薦で、父が1本1万円なりの一升瓶の封を切ることになりました。


栓が抜かれ、各自の器に大吟醸が注がれました。おお、予想した通りの素晴らしい吟醸香です。吟醸香にも様々な特徴がありますが、これはたとえて言えばメロンのよう。口に含むと、すっきりとした爽やかな味わいです。「ひょ?」「うめぇ」と声が上がりました。まずは肴なしでお酒のみを味わいました。


続いては刺身です。お、うまい!友人たちから、夏場なのによくこんないい平目があったねと声が上がりました。父は鼻が高そうでした。でも私は知っています。冬が旬の平目ですが、だからといって夏に味が落ちるわけではないのです。夏もうまいが、旬の時期に特別美味しくなる。それが平目なんですね。しかし、父の面目がありますから、ここは黙っておきましょう(笑)。


お酒はあまりグイグイやっているとすぐ無くなってしまいますから、ゆっくりと楽しみます。夏の夜でしたが、冷房はかけません。そんなことをしたら、せっかくの大吟醸のうまさが半減するからです。本当に良い酒は、自然の風の中で楽しむに限ります。暑い夜でしたが風は心地よく、窓辺の風鈴の音が爽やかでした。


刺身はたっぷり。いくら夏でもうまい平目とはいえ、これは上物です。刺身だけでも盛り上がれるうまさでした。一升空いた所でもう深夜。しかし修学旅行の夜と同じようなもので、一人世代の違うのが混ざっていますが、語らいは止まりません。そのまま夜が更けるのも忘れて、野郎トークが続きました。結局その晩は全員雑魚寝。友人たちは持参の寝間着に着替えることなく遅い朝を迎えてしまいました。四人で一升なら一人二合半。そんなに度を過ごす量ではありませんが、やはり質の高いお酒と雰囲気が、アルコール分以上に場を楽しませてくれたようです。


この時飲んだ「榮四郎」は、福島県の栄川酒造という所が作っているお酒です。福島。心配になって、今ネットで検索して調べてみました。そうしたら、

お知らせ


「東日本大震災」におきまして、被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

当蔵は、大きな被害もなく、従業員一同一日も早い復興活動に努めておりますので、今後ともよろしくお願い致します。取り急ぎご報告申し上げます。

皆様のご無事を心よりお祈り申し上げます。

平成23年3月14日

榮川酒造?代表取締役社長

宮森 優治

http://www.eisen.jp/top.html


とのことで、ホッとしました。皆さんも東日本のお酒を是非どうぞ。自粛などせずどんどん飲んで、被災県の経済を活性化させていきましょう。またそのうち、東日本の名酒を味わう会を催したいと考えています。


[23]花火パーティ sumike

以前に住んでいた、11階のマンションの部屋からは花火が実に良く見えました。

海の日とクリスマスイブに打ち上げられる、名古屋港の花火、6月5日には熱田神宮近くから上がる熱田まつりの花火、

8月の第一土曜日に開催される庄内川の花火と3箇所、年4回も。

その花火に合わせて、わが家の夏の恒例行事だったのが、花火パーティです。

窓やベランダ、ルーフバルコニーから一望出来る花火を求めて毎年友達がたくさん集いました。

しかし、よく見えると言ってもやはりわが家から見える花火は、多少距離があり、花火の音もさほど大きくはありません。

学生の頃は間近まで行って見物したものですが、ある程度年齢を重ねると、花火の質よりは、

見る環境に重きが置かれ、のんびりまったり見られる事が喜ばれるようですw

花火パーティの日にはベランダには敷物を敷いて、バルコニーには簡易テーブルとベンチを設置しました。

また部屋には、季節の花や、香り、音楽などを工夫してみんながリラックスできる空間作りを^^

料理は基本的に1品持ち寄るのが暗黙のルールで、料理やお酒以外にお茶でも可。

ボトル入りのお茶でも、茶葉でもOK!としたら、緑茶に紅茶、中国茶や、ハーブティー、健康茶なんかも?とバラエティ豊かで、

その人の個性がなんとな?くですが、わかって面白かったです。

ただ、この企画では、メニューが偏ったり重なることも。

そのためわが家でも料理を多少は用意しておきます。

手の込んだものはあまり作れませんが、みんなの出身地の名物料理を作ってみたり、簡単に出来るけど美味しい料理

を作るのは上手になりました。

当日は玄関、洗面所にトイレもいつもより丁寧に掃除し、掃除機もかけて、そしてリビングのセッティングをしていきます。

テーブル移動したり、家具を動かしたり、テーブルクロスも洗濯して?と大変でしたが、

集まったみんなが喜んでくれるのが嬉しくて頑張れました。

みんなが持ち寄った料理や飲み物、グラスをダイニングテーブルの上にビュッフェ形式に並べて、

各自で料理を皿にとって窓辺やベランダ、バルコニーなど好きなところで花火を見ながら食べて飲むという感じです。

花火が終わった後は、部屋に戻ってまったりと。そのまま深夜まで宴会が続くのも珍しくはありませんでした。

そして、今の住まいからも、なんと名古屋港から打ち上げられる花火を見ることができるのです。

ところが引っ越し後、すぐに子どもが生まれ、しばらくは子どもが小さいからと夜の花火パーティは休止しており、

子ども達が少し大きくなってからは、なんと息子が花火を打ち上げる音が恐い!というために、当分花火延期に。

うちでは花火大会開催中はしっかりと窓を締め、窓越しに光の花を眺めるだけに…。

この調子では花火パーティは当分無理かな?とすっかり諦めていましたが、最近の息子はコワイものなんてない!と強気です。

そこで思い切って今年の海の日に、久々に我が家で花火パーティ開催の予定を立ててみました。

子ども達が花火の音を恐がったら窓は閉めて部屋の防音対策はする予定です。

夜も遅くなりすぎないように、始まりを早めにして、花火の終了とともに解散するくらいの設定で。

ひょっとしたら今年の花火大会は自粛となるのかもしれませんが…、その時はバルコニーで手持ち花火大会に変更です。

雨が降ったらどうしようかしら?

本当は花火見物というのは口実で、みんなで集まっておしゃべりすることが目的なので、雨でもきっとなんとかなります^^

あちこちに転勤して、しばらく会えていなかった友達たちにも連絡をとってみたら、久々に会いたいから是非参加したいとのこと。

子ども達とはこれが初めての顔合わせになる方も多いです。

懐かしい友達と元気に再会できることに感謝しつつ、会える日を心待ちにしてます。


[24]担任の先生が泊まっていた朝のこと Oregano

小学校の時、奇遇なことに父と担任の先生が大学時代の友人同士だったことがありました。通っていた大学は違っていたようですが、サークルの付き合いだったようです。新しい担任の先生が懐かしい友達だったことを発見した父はさっそく連絡を取ったらしく、しばらく途切れていた付き合いが復活したようでした。


父のお盆休みの朝、起きてみると、なんとリビングに先生がいるではありませんか。父とお茶を飲んでいます。ななななな、なんで!寝ぼけ眼が一瞬で覚めてしまいました。

「いやー、早起きだね、えらいえらい。実は先生はえらくないんだよ、ゆうべ君のお父さんとお酒を飲んで、酔っぱらいすぎて泊めてもらっちゃったんだ」

父も楽しそうに笑っています。親友、男同士という感じがとても好印象でした。


朝ご飯です。その日母は旅行で不在でしたので、父と私で作ることになりました。先生は飲み過ぎて二日酔いだというので、主食はお粥です。お粥は父が炊いてくれました。私はキュウリの酢の物。キュウリあるけどどうやって食べたい?と父が聞いたら、先生が酢の物と言ったからです。わが家の酢の物には大葉が入ります。これは爽やかで、二日酔いの先生に効きそうです。あとは味噌汁。具は、たしかナスだったと記憶しています。私は味噌を溶いて入れる所だけ手伝いました。


こうして出来た二日酔い用朝食。先生はとても喜んで食べてくれました。

「長く先生をやっているけど、男子が作ってくれた家庭料理を食べるのは初めてだよ。まぁ酔っぱらって生徒のイエに泊まったのも初めてだけどね」

学校で見る先生とは違う、まるでもう一人のお父さんがいるような食卓でした。


父が、ところで学校での息子はどうだいと、困ったことを聞きました。私はお世辞にも良い子ではなく、ふざけて授業の邪魔をしがちな子供だったからです。ところが先生は私の方をチラッと見てニッコリ。「いい子だよ、クラスの細かいことに色々気を配ってくれるし、この前は崩れていた花壇のレンガを直してくれていたよなぁ、先生みてたんだぞ」なんてすごくほめてくれました。


「勉強は?」

「うん、まぁまぁだな」

「可もなく不可もなくか」

「まぁ多少は可だ。このままいけばお父さんと同じ大学くらいは大丈夫だよ」

「わははははは」

いつのまにか親友トークに戻っていました。


こうして楽しい団らんの時間を過ごして、先生は帰っていきました。学校で見ていたのとは違う先生の姿を見て、それまでも好きな先生でしたが、一層その先生が好きになりました。今でも懐かしい夏の日の思い出です。


[25]大先輩を迎えて男だけの鍋大会 tough

これは自宅ではなく、一人暮らしをしていた大学時代の話です。大学生というとすぐに集まって飲み食いですが、ちょうど私の所で鍋をやると決まっていた日に、突然大先輩が加わることになりました。私達はいわゆる体育会系でした。その大先輩と言ったらやはりスポーツマン。しかもオリンピック候補にまでなった、その世界では大変なヒーローです。

「先輩に粗相があってはならんので掃除を行う」

「押忍」

てなもので、皆でボロアパートの大掃除です。きれいにしているつもりでも、他人の目で見ると気が付かなかった部分が色々と見つかるものですね。皆のお陰で見違えるほどすっきりした部屋になりました。


続いては鍋の準備です。

「何鍋にする?」

「たしか雑誌でちゃんこが好きだって読んだぞ。鶏肉団子入り」

「よし、それでいこう」

男の料理はとにかく量。予算の関係で、鶏肉団子は手作りです。鶏肉は最も安い胸肉。これを包丁で叩いてミンチにし、つなぎに片栗粉、山芋のすりおろし、卵黄を加え、塩、味噌、おろしニンニク、おろし生姜、ネギみじん切り、胡椒を加えて練ります。その他の材料も手分けして下ごしらえし、土鍋にダシ昆布を沈めて準備完了。

「先輩に粗相があってはならんので片づけを行う」

「押忍」

台所もきれいになりました。


大先輩を迎えに行き、いよいよ鍋の開始です。

「先輩に敬意を表し、本日の鍋奉行をお願い致します」

「お願い致します」

「いやいや、僕はご馳走になる立場だから。それよりうまいうどんを持ってきたんだ、最後にこれを入れて食おう」

とても気さくな先輩でした。


先輩から、技術的なアドバイスからスポーツ界の裏話まで色々聞かせていただいて、とても楽しい時間になりました。ビールもどんどん空いて、だんだん皆ベロベロです。「○○大学応援歌いきま?す」「こらやめろ、お隣様に失礼である」「うるさいというのならわかるが失礼とは何だ」「いやお前は小声で歌っても失礼な声だ」「ぐあっはっはっはっ」。男の宴会は品がなくていけません。が、それもまた楽し。


飲んで食べて、大先輩の差し入れのうどんも平らげて、とても楽しい時間を過ごしました。実はこの年度で私たちはクラブを引退。全員それぞれの社会人としての歩みをはじめる直前だったのです。大先輩も、それを祝いに来てくださったのでした。その時集まっていた中の数人は、今もスポーツ界で活躍を続けています。大先輩も有能な選手を育てるコーチとして活躍されています。私はそのまま一線を引退して普通の会社員となりましたが、あの夜を思い出すと、また熱い血がたぎってくるのを感じます。家庭的な話題からは逸れてしまいましたが、学生の一人暮らしでもわが家はわが家。思い出の来客と集いの夜でした。


[26]エジプトの人が来訪!!日本らしいおもてなしとは何だ!? TomCat

突然、思わぬ外国の方が遊びに来てくれることになりました。

「なんかねー、これぞ日本っていうものに触れてみたいんだって」

「えー、そんなのうちじゃ無理でしょう」

「いいよ、畳があって障子があれば」

「じゃ、お花生けてお茶でも点てます?」

「うんうん、そういう感じで」

「お食事はどんなのお出ししましょうか」

「うーん、それなんだけど、もう代表的な日本料理はあらかた体験してるんだよね。季節的に食べてないのは鍋料理くらい」

「うわー」

「とにかく短期の滞在なんで、日本文化の片鱗が感じられるような企画を色々考えてもらえると」

「ええー」

というわけで、あっというまに当日がやってきました。この方はエジプトといっても、宗教的には国民の約9%を占めるというコプト正教会(エジプトで独自に発展したキリスト教の一つ)の家系だそうで、私達日本人が知らない特別な戒律はほとんど無いようです。

もうすぐ着くよと携帯から連絡が入って待っていると、来ました来ました。

「はじめまして、本日はお招き頂きありがとうございます」

おー!! 素晴らしい日本語です。この方は日本文化が大好きで、PCにも日本語フォントを入れて、今までも日本のサイトを色々見て回っていたとのことでした。実に日本語が堪能です。

会話はあまり経験がないので発音がおかしいでしょうと言っていましたが、どうしてどうして、日本の歌が好きというだけあって、発音も確かです。英語しか通じなかったらどうしようと思っていましたので、これでホッと一安心。

まずは上がって頂いて、和服に着替えてもらうことにしました。和服は基本的にフリーサイズですから、どなたにでも着て頂けます。そして座卓で緑茶、お茶菓子というコースから。

「お国は上エジプトなんですか」

「はい、カイロの南の方ですね。エジプトの首都圏は下エジプトですが、私達の土地も独自の文化に誇りを持っていますから、日本にたとえると、わて関西人やでー、です」

ほんと、会話には全く困りません。

続いては軽くお点前。エジプトの方にもお茶を点てて頂きました。すぐに道具の扱い方を憶えてくれて、抹茶の味も気に入ってもらえた様子。ぜひ道具と抹茶を買って帰りたいとのことでした。こういうふうに言って頂けると、日本人の一人として、とても嬉しいですね。

そのあとは、「愛しと書いて藤の花」と長唄を口ずさみつつ、半紙に筆でこんな絵を描くという、寄席の余興に出てきそうなことをやってみたり。

http://hakata.livedoor.biz/archives/626899.html

「・・・・??」

「あいうえおの“い”」

「い」

「1、2、3・・・・、ひー、ふー、みー、よー・・・・とう」

「とー」

「さしすせその“し”。い・と・し、I love you、(ここで藤の花の写真を並べて)藤の花」

「おおー」

楽しんで頂けたようです。

さて、そろそろ予定の時間も押し迫ってきましたので、軽く会食ということになりましたが、時間的にランチというには遅くディナーというには早すぎる時間帯でしたので、迷いに迷って決めたメニューは「おむすび」でした。

まず一つ目は、具も何も入っていない塩結びを召し上がって頂きました。日本の米は粘りが特徴で、冷めてもそれが失われません。しかも炊かれたご飯にはほんのりとした甘味があり、塩がそれを引き立てます。これぞ稲作日本食文化の原点ですね。

続いては梅干しの海苔むすび。これは酸っぱかったようです。焙じ茶をお出ししました。おむすびには、何といっても焙じ茶です。もちろん茶葉は自分で焙じた物を使いました。

最後は、葉わさびの茎、ちりめんじゃこ、胡麻を混ぜ込んで軽く味付けしたご飯を握り、葉わさびで巻いた変わりおむすびでした。これは美味しいですよ。エジプトの方の味覚にも合ってくれたようで、葉わさびの風味をとても気に入って頂けました。なお、付け合わせは大根の古漬けでした。

ふー。私も一緒に食べて、お腹が一杯です。

「おむすびと寿司は違うのですか?」

「はい、おむすびの原点は餅と同じとする説があります。これに対して寿司はこの漬け物と同じ発酵食文化に起源があります」

「餅と同じなのにおむすびは焼かないのですか」

「焼くのもありますよ、まだお腹に入れば作ってみましょうか?」

キッチンに場を移して、焼きおにぎりの実演となりました。エジプトと日本ではかなり食文化が違うと思うんですが、香ばしい香りが大好評でした。

こうして、私自身も普段なかなかまとめて楽しむことはない日本的なものを、たっぷり楽しませて頂きました。外国の方と接して初めて見つめ直せる日本文化の楽しみ。私自身にとっても貴重な体験でした。


[27]>16 会話。 nakki1342

一人ではなく、複数の人と食事をする場合は

やっぱり会話が楽しくないと

あまりメリットはないですよね・・

色々話す機会が食事時以外

あまりないかもしれないけれど

食事のときにむつかしい話はしたくないですね

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