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東寺の講堂での僧の活動
http://www.toji.or.jp/kodo.shtml
東寺の金堂に薬師如来(顕教)、講堂に立体曼荼羅状態の像(密教)があります。全焼後に短期間で講堂を再建した後、長期後の1603年に金堂が再建され、瑠璃光如来が祭られたのか、護国寺/真言宗のスタンスで、秀頼の意向をどうして受け入れたのかがわかりません。 講堂では空海の基本設計を踏襲して須弥壇が講堂一杯につくられています。上のURLの下の画像からうかがえるように僧が入れるスペースはごく狭いです。講堂は、密教に基づく真言呪を唱え、密教典を講読するだけなのでしょうか。 本尊に祈願し、呪法を行うだけでしょうか。瞑想や勤行で感得するだけなら講堂である必要はないでしょう。真言宗/東寺真言宗では、講堂の意味が違うのでしょうか。 『曼荼羅やほとけから学ぶ』ので『学校の講義室とは違います』との説明を受けました。私は「講堂」を宗教上の僧が集団学習を行うための「僧の集会所」であると理解していました。

観光事業が一般化する以前の、教王護国寺・東寺での僧の金堂・講堂の使い方がわかるものを、よろしくお願いします。

●質問者: hathi
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:URL ほと スタンス 如来 学校
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● meefla
●100ポイント

この質問文だけでは意図を図りかねる部分がありましたので、OK Wave の 東寺の金堂の再建と薬師三尊像と真言宗の関係 も参照しつつ回答させていただきます。


1603年に金堂が再建される以前から、東寺金堂の本尊は薬師如来でした。823年に嵯峨天皇から空海に下賜された時点ですでに金堂は存在しており、そこには薬師如来が祀られていたわけです。

新版 古寺巡礼 京都|淡交社 の「第一巻 東寺」に収載されている梅原猛氏の巻頭エッセイ「立体曼荼羅の寺」から引用します。(9?10ページ)

東寺の建設において空海がもっとも力を注いだのは講堂であろう。金堂はすでに薬師如来を本尊として完成していた。薬師如来は、桓武帝の時代のもっとも重要な問題である政治的犠牲者の怨霊の鎮魂に力を発揮する仏であった。現在の金堂の薬師如来像は桃山時代に造られたものであるが、空海が東寺を賜ったとき、すでに金堂には巨大な薬師如来像が存在していた。空海はこのような顕教による怨霊の鎮魂では不十分であり、密教によってのみ怨霊は鎮魂されるべきものであると考えた。それで空海は、講堂をかれの真言密教思想の表現の場所すなわち第二の金堂にしたのである。


顕教の薬師如来を本尊としている、という所に違和感をお持ちのようですが、そもそも一つの本尊を「尊ばれ崇められるべきもの」と考えるのは、真言宗的ではありません。

Wikipedia の 本尊 によれば、

日本では鎌倉仏教の時代に、日蓮によって以下の3つの意義を要件として教義とするようになる。(中略)これは、日蓮の最もライバルとして意識していたと思われる空海の興した真言宗への対抗意識のなせる業ともいわれている。

真言宗…中心的尊格は大日如来だが、各寺院の本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、不動明王などさまざまである。これは全ての仏は宇宙の真理の象徴であり、法身である大日如来が姿を変えて現われたものとする観念に基づくと思われる。東寺、神護寺、醍醐寺の本尊はいずれも薬師如来、金剛峯寺の本尊は阿閦(あしゅく)如来(薬師如来と同体とも)である。


また、東寺の平面図 を見ていただければお分かりになるでしょうが、東寺の伽藍配置は、金堂・講堂・食堂(じきどう)を南大門から北大門に至る直線上に置く「仏・法・僧」の配置になっています(菩薩道)。

つまり、食堂を含めてワンセットなわけです。(「堂」の原義は、神仏を祭る建物)

この食堂の本尊は、千手観音でした。

Wikipedia の 千手観音 によれば、

日本での千手観音信仰の開始は古く、空海が正純密教を伝える以前、奈良時代から造像が行われていた。

ですので、密教の曼荼羅にも描かれてはいますが、顕教的な要素も少なくないと思われます。


空海あるいは真言宗が、他宗教に対して排他的なスタンスを取らなかったという事実は、東寺の敷地内、南大門の西側に八幡宮(神社)が存在している事からもわかるでしょう。

この八幡宮は、空海の時代からあるものです。

薬子の変の際、空海はここで嵯峨天皇勝利の祈祷を行っている。

(東寺 - その他の堂宇)


最後に、講堂の存在意義ですが、上記「古寺巡礼」の133ページに、東寺教学部による次のような記述があります。

空海はこう考えた。

「自分が亡くなっても、語る僧侶がいなくても、永遠にこのお堂のもの言わぬ仏像たちが教えを語り、このお堂に訪れる者たちがどこまでもその教えを受け取っていく、どんな悩みに対しても幾重にも出てくる答えを受け取っていくであろう」

と。すなわち自分と仏が一対一で対話して、やがて真理に目覚めていく。東寺の講堂はそういう役割をもったお堂なのだ。

スペースが狭いのは、仏と対峙するための意図的なものであると考えます。


以上、ご参考になれば幸いです。


2 ● mirakurutoshiki
●50ポイント

http://oshiete.goo.ne.jp/search_cse/result/?from=search_redirect&MT=%E5%AF%86%E6%95%99%E7%9A%84%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%81+(%E5%B9%BB%E5%86%AC%E8%88%8E%E6%96%B0%E6%9B%B8)&mt_opt=a&qatype=qa&st=all&sr=norm&tf=all&good=0&dc=10&type=html&code=utf8

多分これ


3 ● meefla
●500ポイント ベストアンサー

コメントのご質問に対する回答になります。


?東寺での、9世紀中葉の僧の「金堂」「講堂」の使い方

Google books で読める 東寺沿革略誌 には、次のような記述があります。

(以下、リンク先ページの「PDF」リンクからダウンロードできるPDF版のページも併記します。最初の76ページは図版で、本文は77ページから始まります)


第五 歴代帝皇の鎮護国家の大祈祷(本文11ページ、PDF 89ページ)

淳和帝の天長年中、高祖大師勅に依りて、親しく導師となり、大師の長足実恵大徳は護摩壇師となり、真済大徳は十二天供師となり、真雅僧正は聖天供師となりて、帝威倍増、海内無事、五穀成就、万民豊楽の為めに講堂に道場を荘厳して、仁王護国の秘法を厳修し奉る。

この後にも、仁王護国の秘法が講堂で何回も行われたようです。

本文16ページ、PDF 94ページから、仁王護国の秘法以外の例として、孔雀経法が記載されています。

これは雨乞いや安産祈願の秘法のようで、神泉苑仁寿殿 など宮中で行われた他、東寺灌頂院や西院道場でも行われた、とあります。

しかし、孔雀経法が講堂で行われたという記載はありませんので、講堂は「真言一家不二の妙典」たる仁王護国の秘法を行うための場所であった、と考えられます。


?東寺での、16世紀前半の僧の「講堂」の使い方

上記「東寺沿革略誌」と同じく Google books で、さらに詳しい 東寺略史 では、本文257ページ(PDF 283ページ)から文明18年(1486年)の土一揆の記述になっています。

本文260ページ(PDF 286ページ)下段の記述によれば、文明2年9月以降、長者のなり手もなく、御影供すら行われていなかったようです。

御影供が再開されたのは延徳元年(1489年)の事で、御供物は延徳4年のものの四分の一だったそうです。

本文264ページ(PDF 290ページ)上段の記述によれば、大永4年(1524年)正月に、後柏原天皇から金堂再建の綸旨があったようですが、政情不安と財政困窮のため実現しなかったようです。

天文3年(1534年)に、空海の700回忌が行われていますが、場所は西院のようであり、これは例外的なイベントだったと思われます。(本文265ページ、PDF 291ページ)

というのも、本文270ページ(PDF 296ページ)上段の記述によれば、天文年間の後半(1543年ごろ)から天正年間の後半(1582年ごろ)まで約40年間にわたって、長者も職役も欠員のままであり、御影供も灌頂も行われていなかったからです。

堂宇の焼趾には草茫々として、狐狸の巣ふ所となり、

されば、此時東寺の衰微頽廃は、真に言語に絶し、空前絶後と云ふべきなり

要するに、土一揆で被害を受けた講堂は、かろうじて再建はされたものの、そこで何かを行うべき僧侶のほうが存在していなかった、という状況であったと考えます。

戦乱を逃れて、高野山に避難した僧もいたようです。


なお、真言宗そのものに関する成書を探して大手書店を当たってみましたが、通俗的なものはあっても、お勧めできるものは見つかりませんでした。

Google books の 秘密仏教史 の方が良いかもしれません。

PDF の227ページから、「真言宗の特殊相」という章があります。


ご参考になれば幸いです。

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