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ぼくがみんなに質問したいことなど皆無(かいむ)ですが、みんなに質問してほしいことがあります。
みんなが講談速記本(こうだんそっきぼん)について、知りたいことを質問(しつもん)してください。
知りたいことがない人は無理矢理(むりやり)でもいいから考えて、ジャンジャン質問してください。
講談速記本(こうだんそっきぼん)を知らない人は、適当(てきとう)でいいので講談速記本(こうだんそっきぼん)を想像して質問をしてください。
なるべくがんばって質問に答えようと思いますから、熱意(ねつい)を持って質問をしてください。
あと夏休みの宿題で明治文学のことが出てる人がいたら、そのことについて質問してもいいですけど、その場合はぼくにカラースターをください。
それではよろしくお願いします。

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●質問者: あー
●カテゴリ:学習・教育 書籍・音楽・映画
✍キーワード:かい カラースター ジャンジャン 夏休み 宿題
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 22/22件

▽最新の回答へ

1 ● naonao200170

歌舞伎には時代物と世話物がありますが、講談にも「時代物の講談」と「世話物の講談」

があると側聞します。

そこでお伺いしたいのですが、両者の内容的な違いはどこにありますか?

また、どちらが先に成立し、どちらが後から成立したかを出来れば教えてください。

お願いいたします。

◎質問者からの返答

これはなかなか難しい質問ですね。

どちらが早く成立したのか

講談は元々軍記を読むことから始まりましたから、時代物(軍談)が先に成立しています。

また神様の話をする神道講釈というのもありますが、こちらもかなり古くから存在していたようです。なにをもって講談とするかという問題はありますが、解釈によっては世話物より古くから成立していたといえないこともないです。

内容の違い

講談速記本は他のジャンルから物語りを借りてきてアレンジするのことに秀でた芸能で、探偵小説や新聞記事あるいは文芸作品などを題材にして講談速記本が作られています。

またある講談で語られたエピソードを借りてきて、他の講談で使ったりもします。

そのため世話物で培われた人情話や町人の仇討ちの要素が、豊臣時代に出てくることがままあります。大阪の陣以前の地方の町に、どう考えても江戸っ子みたいなのが出くることもありますね。

逆に軍談に出てくるエピソードが、世話物に出てくることもあり、なかなか複雑です。

不思議な事に後期の講談速記本では、合戦の模様は省略されてしまうことが多いです。

明治後半の時点で鎧や馬の描写などは、すでによく分らないものになっていて、お客さんや読者にあまり人気のない場面だったのかなと、僕は考えています。

講談という芸能自体をあまり鑑賞したことないので、演者の語り方などはなんとも言えません。


2 ● SHINO

講談速記本の題材にされた存命中の本人や、本人の関係者がクレームをつけるレベルで、事実と本の内容が食い違っていたり、やたらと尾ひれ背びれがついて誇張されていたりすることはあったのでしょうか。

また、架空の人物を題材にして、講談速記本のように書かれた小説は講談速記本が流行していた当時存在するでしょうか。

◎質問者からの返答

尾ひれ背びれ

ネタ元の本が政治的な意図で多少の尾ひれ背びれ書かれてたりもします。

豊臣秀吉は貧乏だったけど、高貴な血統だとかそういうのですね。

明治の後半になると、尾ひれ背びれはかなり付き、36人斬りをした荒木又右衛門と9人の仲間で太平の時代に10万石の城と戦争したりするようになります。当然ながら荒木又右衛門と9人の仲間が勝つわけですが。

存命中の人物、クレームなど

存命中の人は基本的にあまり出てこないです。

かっちりしたルールではありませんが、現代物の講談で存命の人物が出る場合、『松崎一郎君』の様に君づけて登場人物が出ることが多いみたいです。

ただ実際に起きた事件を描いた講談があり、その中で殺人を犯した犯人が恩赦で出てきて、今は反省してどこそこ何番地に住んでいますっていうのは見たことがあります。

罪を償った生きてる人の住所を書いてるわけですから、ずいぶん酷い話にも思えますけど、当時はあまり支障がなかったのかもしれないですね。

清水の次郎長などヤクザが出てくる場合、今も活動をされている組も存在していたりする場合があります。一方が善、一方は悪として描かれる事が多いため、悪役として描かれた人たちは気分は良くなかったと思います。

浪曲ではそういった面から、封印されたレコードもあるそうです。

あと忠臣蔵や相馬大作など藩同士の紛争を描いた講談が、地域同士の喧嘩を促進するとかはありました。裁判とかになってた気もします。

個人的なクレームもあったと思いますけど、個別の例はあまり知りません。

架空小説

架空戦記みたいな小説はかなり昔からあったみたいです。

講談速記本の文体そのままで、架空の人物を描いた小説というのは存在しません。

理由は講談速記本自体が後期になると、直接講談速記本のスタイルで架空の人物を描くというスタイルで生産されることになったからです。

ただ当時の空中軍艦などが出てくる冒険小説は、確実に講談速記本の文体の影響を受けている様に思えます。

そういう意味では未来講談速記本と呼んでもいいかもしれないですね。

また拳骨勇蔵の様に架空の人物を扱った初期の歴史小説を、講談にして読みなおすといったケースもあります。


3 ● sibazyun

「講談速記本」というのは、「既に講談師が語る講談があって、その音を文字に写した」という言い方である。それでは、講談の原作はだれが作って、どのように流布したか。つまり、「講談速記本」が実は原作本であったり、弟子への教則本だったりしてはいないか。

また、力関係は、講談師と速記者/版元ではどちらが強かったのか。速記者と版元とはどういう関係であったか。

----

(追記) いやあ、百科辞典ですね!

◎質問者からの返答

力関係について。

講談速記本の発生当初は速記術と講談師の宣伝の意味合いが強く、そこから徐々にビジネスの関係に発展していったみたいです。

講談師は基本的には先生で偉い人です。

先生であると同時に芸人なので、微妙なんですけど、とにかく先生です。

速記者は依頼されて速記をするわけですが、自分で面白い演目を探してきて、出版社に持ち込みするなどの活動もしていました。後に講談速記本による宣伝の効果によって、議会を速記で記録する仕事などが増え、速記者は講談速記本の仕事を断り始めます。

また速記者や講談師の事務所を作り、金銭的な交渉なども始める人もいましたから、ほぼ対等のビジネスパートナーみたいなものだったと考えても良いと思います。(この辺り出版社と速記者の裁判などがあったりして難しいのですけど)

原作

講談本の原作は、太平記や真田三代記などの軍記や歴史小説です。

それらの物語に出てくるサブキャラクターを主人公にして派生の物語を創造したり、いそうな人物をでっち上げて、新しい講談が作られる場合もありました。

先にも書きましたが文芸作品や、当時書かれた歴史小説を元に講談にするなども、当り前に行なわれていました。今とは著作物への概念がかなり異なりますね。


4 ● MoJa la Miguel

講釈師の台本と速記本は全く違うと言われてますが、なぜ台本の方は出版されなかったのでしょうか?(via. hideworker )

◎質問者からの返答

これはマーケティングの問題です。

先に落語が速記本を出版しバカ売れしたので、講談も速記本を出したのです。

ですから講談速記本が誕生する以前には、タネ本自体はわりと多く出版されていました。

しかし台本やタネ本を講談師が解釈創造し舞台に上げるのが講談ですから、当然ながら速記本のほうが読む分には楽しいのです。

楽しいほうが売れる、売れるから出すといった感じでしょうか。


5 ● MoJa la Miguel

講談速記本はいつ頃から廃れていったのですか?また、なぜ現在は講談速記本は作られてないのですか?(via. hideworker)

◎質問者からの返答

いつ廃れたのか

すでに大正に入る頃には、新しい表現や物語を作る力はなくなっていたようです。

これは人材も減り、時代的な勢いも消えてしまったことが原因だと思われます。

子供向けの文庫は人気があり売れてはいましたが、新しい創作物を産み出すというためには、莫大なエネルギーが必要なのです。

どうして作られないのか

なぜ講談速記本が今は作られないのかというと、これは単純に売れないからです。


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