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戦争を終えた日が、14日ではなく15日だった理由は何かありますか。

●質問者: surippa20
●カテゴリ:人生相談
✍キーワード:戦争
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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1 ● adlib

満月信仰(0014 or 0015)? 高貴な人々の忌日 ?

釈迦が生まれ、悟って、没したのは、すべて満月の夜とされる。

(四月八日の満月は、出生地と往生地の暦法が異なっていたとみられる)

※下記の訳注「二月は物寂しい云々」説は、太陽暦を混同した曲釈。

願はくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月のころ(西行)

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090311

如月の望月 ? 陰暦考 ?

 西行 法師 歌人 1118‥‥ Japan   11900323 73 /元永 1.‥‥?文治 6.0216
 釈迦 牟仁 仏教-04660516 India  -03860311 79 /孝昭 9.0408?孝安 6.0215(擬説)
 孔子    儒教-05510928 China  -04790411 73 /孔子の寿命(生没年月日諸説)
http://knowledge.livedoor.com/43260 天寿 ? 天命50歳、天授250年 ? 
 
 浅野 内匠頭長矩 16670928 播磨 江戸 17010421 35 /寛文 7.0811?元禄14.0314“赤穂事件発端”
 萱野 三平重実  1675‥‥ 播磨 江戸 17020210 28 /延宝 3,2.‥?元禄15.0114“主君命日殉死”
 吉良 上野介義央 16411006 江戸   17030131 62 /寛永18.0902?元禄15.1214“赤穂事件討入”
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030131 忠臣蔵300年 ? 元禄15.1214(17030130)? 
 
♀マリア   聖母-00190908 Hebrew  003,0815 ? /キリストの生母「童貞聖母披昇天」
 Napoleon I 皇帝 17690815 France  18210505 51 /Bonaparte,
 阿南 惟幾 陸相 18870221 Japan   19450815 58 /割腹自決「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19920815 八月十五日の熱月抄

古代ギリシャ暦は、夏至に近い満月の夜をオリムピアード起源とする。

ユダヤ教の移動祝祭日は、春分に近い満月の夜を“過越祭”とする。

── 仏教の彼岸思想は、春分待望・秋分願望に由来する。

http://d.hatena.ne.jp/adlib/19921025 十月X日の春秋反歌

◎質問者からの返答

参考にさせていただきます。ありがとうございました。


2 ● ラージアイ・イレブン

降伏の決定は、8月10日に天皇が出席した「最高戦争指導会議」の「聖断」により下されたものですが、15日の玉音放送は、「最高戦争指導会議」の「聖断」を覆そうとする一部軍人たちによるクーデターを阻止し降伏を実施するため、前日14日に急遽開かれた「御前会議」により決定されたものです。

玉音放送をめぐっては、いわゆる陸軍軍部によるクーデター「宮城事件」の発生を受け、15日に放送されないままずるずると本土決戦になり、日本全土が広島・長崎のような焦土になっていた可能性もありました。

しかし、幸いにも、クーデター実行よりも先に玉音放送が放送されたため、本土決戦という最悪の事態にならずに済みました。

ただし、東京軍事裁判において認定された事実によれば、大日本帝国が降伏するチャンスは、8月15日以前にも何度もあったし、もっと早く降伏ることもできたので、8月15日は遅すぎる「聖断」だったという解釈もまた有力と思われます。

なお、国際法における「降伏」の定義とは、次の4条件を全て満たした時点を指します。

1 国家元首による降伏の決定と意思表示

2 敵国への降伏意思の通告

3 部隊・戦闘員に対する戦闘停止命令の発令

4 事実としての軍事組織における戦闘の停止(武装解除)

この4条件を満たした時点が「降伏」です。

どれかひとつでも条件が欠けていれば、それは完全な停戦ではありません。国際戦争法上、停戦プロセスの途上状態であり、不完全停戦です。

8月15日は、国家元首(天皇)が主に国内向けに降伏の意思表示をした日です。

敵国に対する降伏意思の通告は、8月15日よりも前でした。(8月10日。相手国により異なる)

しかし、その外交公電における降伏通告の時点では、戦闘員に対して戦闘中止命令は出ておらず、実際に戦闘は続いていました。

そこで戦闘を中止させるために、まず戦争をはじめた天皇自身の意思で降伏するという意思を国民に示し、さらに部隊長から戦闘中止命令を出さなければなりませんでした。

そこで、玉音放送が実施され、武装している軍部の部隊長が終戦記念日のあとに戦闘停止命令を出したのです。

15日の玉音放送がなければ、軍部が自分の判断で勝手に戦闘を続け、その結果として本土決戦で非戦闘員がさらに死ぬという事態になっていたでしょう。

ちなみに、以上は、国際戦争法からの分析で、政治的な意味での降伏、文明史としての日本国民の降伏の考え方は別です。

政治的な意味での対アメリカ戦争、政治的な意味での対中国戦争、政治的な意味での対連合国戦争は現在も続いている、天皇が降伏し戦闘は終わったが、日本民族は降伏していない、日本民族によるアメリカや中国やロシアとの戦争は、今までも続けてきたし、今も続いているし、これからも続くだろう、それが日本国の「独立」というものだ、…などというような考え方も存在します。

そのような大日本帝国永久戦争説なる考え方が正しいかどうかは、あえてここでは書きませんが、いずれにせよ、人々の心の中の戦争がまだ終わっていないとすれば、再び日本が戦闘状態となり、国土が焦土と化す可能性はあることになります。

そういう経緯から、日本国憲法第12条は、こう明記されました。

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

平和憲法があったとしても平和は実現しませんし、自由と権利も永続しません。

平和は、国民の不断の努力によってのみ実現されるものだからです。

国民が戦争を望めば、その国は戦争になります。戦争とはそういうものです。

◎質問者からの返答

大変参考になり勉強になります。ありがとうございました。



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