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有名選手の入団オファーや企業の合併などの話を持ちかける際にあった、イイ話知りませんか?

普通に話を持ちかけても受け入れてもらえる可能性が低い話を、

ある工夫や努力やセリフによって成功をもたらした、というような内容です。



有名企業A社はライバル会社B社に合併の話を持ちかけようと考えたが、

普通に持ちかけても受け入れてもらえる可能性は低いと考え、A社のカリスマX氏がこんな手段を使って相手を口説いた!

というような話が基本形と思って頂ければ幸いです。

もちろん多少形は違っても構いません。

大物スポーツ選手へのオファー、企業の技術の交換(共有)などでもOKです。

●質問者: ryota11
●カテゴリ:ビジネス・経営 経済・金融・保険
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● meefla
●100ポイント

松下電子工業の設立に際しての、松下幸之助のエピソードです。
松下は、オランダのフィリップス社との合弁で新会社を作ろとうしていました。

しかし、提携交渉は思った以上に難航した。フィリップス側は、新会社に対してイニシャル・ペイメント(実施料)55万ドル、株式参加30%および技術援助料として7%を要求してきたのである。


ロイヤリティとして売り上げの7%を要求してきたフィリップス社に対して、松下幸之助は、「技術指導料を7%とるといいますが、経営の責任は松下です。だとすれば、経営指導料をいただかなければいけません」と言い、「松下の経営指導料を3%、フィリップスの技術指導料を4.5%としてはどうか」と逆提案しました。

「そんなことをやった経験はない」と突っぱねる相手に、一歩も引かなかった。あわや決裂寸前というところで、?橋専務の説得が奏功。松下を「頼もしい会社」と見たフィリップスはついにこの要求を呑んだ。

ご参考になれば幸いです。


2 ● gtore
●100ポイント

こちらのケースも該当すると思います。

味の素を製造する過程で必要な塩素酸カリウムは塩化カリウムを電気分解して得られます。このため、事業の安定化には豊富な電力を安価で利用できることが必要でした。当時の電力は水力が中心。そこで鈴木は1917年、千曲川流域の水利権を抑えていた高橋保らとともに東信電気を設立し、社長に就任。水力発電事業に乗り出しますが、地元の有力者の協力が得られず、難航します。

ここで森矗昶が登場します。房総でヨード事業を営み、以前から知り合いであった森が第一次世界大戦後の市値暴落で経営破綻した房総水産株式会社の救済合併を懇願してきました。これを受け入れて森を信州の発電事業に担当させたところ、わずか1年で4つの発電所を完成させるという手腕を発揮しました。

ただ、塩素酸カリウムは海外からの輸入品のダンピング攻勢に負けてしまいます。そこで安価に建設した発電所を東京電燈に売却し、莫大な利益を上げ、さらに電力会社を買収、発電所を建設して東京電燈に売ることで1927年(昭和2年)には資本金4千万円を超える大会社へと躍進しました。

https://kmonos.jp/topic/2011/07/t002.html

森矗昶の経営手腕のすばらしさは、こちら にくわしく書かれています。

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