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日本人の特徴といわれる、同質性が高いことによる曖昧なコミュニケーションについて質問です。

外国人から見ると、曖昧な指示や説明の不足により効率が悪いといわれますが、
日本人から見ると、同質性が高いことによる曖昧なコミュニケーションは逆に効率がよかったりしませんか?

そのような同質性が高いことによるメリットとデメリットを教えてください。

●質問者: rsyudou
●カテゴリ:ビジネス・経営 生活
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 9/9件

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1 ● mikayuchon
●23ポイント

私が思うのは、説明が少なくても何を言おうとしているか
くみとれる能力?洞察力?とかが鍛えられるのではないでしょうか?
というか、同質性というのも人それぞれだと思うんですが・・・
曖昧すぎて結果どうすればいいのって感じにもなるときがあるし、
ううん?書いてたらよくわからなくなってきた・・・
すみません・・・


rsyudouさんのコメント
言わなくてもそれくらいわかるよね、というのは前提の何かがないと困りますよね。 確かに相手が何が言いたいかという、空気読む的な力は伸びてると思います。

2 ● kodairabase
●23ポイント

rsyudouさんのコメント
少ない指示で作業者に考えさせるというのは、たしかに人が育つ方法になるかもしれません。 職人が弟子に教えるようなものですね。

3 ● papavolvol
●22ポイント

公益財団法人日本生産性本部の労働生産性の国際比較 2010 年版によると、アメリカ人の労働生産性(就業者 1人当たり購買力平価換算済みの名目付加価値)は $98,773です。日本の労働生産性の $65,896と比較すると、アメリカ人1人が、日本人1人の 1.5倍の価値を生み出しています。
日本の就業者の生産性が低いのは、「同質性が高いことによる曖昧なコミュニケーション」だけが原因ではないと思います。しかし、日本の就業者の生産性が低いのは数字が裏付けています。
私は、日本人の「同質性が高いことによる曖昧なコミュニケーション」は実はコミュニケーションできていないのではないかと考えています。そして後になって「常識だろう」と相手を責めているのだと思います。自分が伝えようとして伝わらなかったことで、伝えようとしなかった自分ではなく、伝わらなかった相手を「どうして分からないんだ」と責めているのではないでしょうか?
これまでに、私のブログで関連記事を書きました。もしよろしければ、ぜひご覧ください。


rsyudouさんのコメント
ブログ拝見させて頂きました。エクセルとワードだと私もエクセル派です。新しいツールは他の人がわからないからと、あえてエクセルで頑張ろうとします。。 そして同質性が高いことによる曖昧なコミュニケーションが工業の時代では長時間労働で切り抜けていたものの、情報の時代には切り抜けられないくらい生産性を落としているのではとも思いました。

papavolvolさんのコメント
コメントありがとうございます。ブログにもお越しいただいてうれしいです。 私の見解はあくまで一面であって、少し極論でもあるのですが、これからの日本の方向性をオープンに議論して、これからの日本を良くしていきたいと思って問題提起されていただきました。 「曖昧なコミュニケーション」はコミュニケーションには時間がかからないのですが、後で問題が起こりがちで結局時間がかかります。欧米流は最初に文書化や議論に時間がかかりますが、問題が起こりにくいと思います。 私は、自分の「常識」は狭い世間でしか通用しないこと、人はそれぞれ考え方が違って当たり前なことを、すべての日本の人に知ってほしいと考えています。

4 ● suppadv
●22ポイント

メリット
日本人同士なら、曖昧なコミュニケーションだけで効率よく仕事が出来る。

デメリット
同質化された相手以外とのコミュニケーションが必要な場合には、却って効率が悪くなる。


rsyudouさんのコメント
国籍もそうですが世代を超えて同質化することが難しくなってきている感じがします。 たしかに阿吽の呼吸だけで仕事ができたらどんなに素晴らしいことか。

5 ● なぜなに
●22ポイント ベストアンサー

メリット

☆日本人同士でのチームワークが得意。以心伝心、あうんの呼吸、空気を読むなどで、日本人ならではのチームワーク作業が円滑にできる。

☆みんなと一緒のペースだと安心して行動してくれるので、作業ペースを他の人達と自然と上手く合わせることができる。

☆作業の際に、同時に細かい気配りなどもできる。

☆日本人に取っての常識の作業の場合、いちいち言葉で説明する手間が省けるので簡潔になる。

☆言うまでもなく、日本の常識的に、ある程度の仕事のクオリティなども期待できる。

☆曖昧さがある部分、それがクッションとなり、人間関係の摩擦などが仕事の場で表面化してドラマ化するリスクは少ない。


デメリット

★ミスが起きた場合、明確に指示されていない部分がうやむやになり、作業レポートなどでなぜそうなったのかの経緯や原因を明確に記録及び追求がしにくい。ミスが恥ずかしくて報告できないまま、お互いに気を遣っい合って長期間あやむやになってしまう企業内での隠蔽体質に繋がってしまうこともある。

★多文化(multicultural)のチームで一緒に作業する場合、他のカルチャーとのコンフリクトが生じる場合がある。(例:同じジェスチャーや言葉に違う意味がある場合など。日本人が「結構」だと言ったので、納得済だと思って作業をすすめたら、実は必要がない方の「結構」だったなど。)また、日本独特のYesともNoとも取れる表現や、なんとなくしてはいけない様な重い空気があるためにできない状況などがあるために、コミュニケーションを全て明確かつオープンにするのが難しいことで、多文化チーム全体に理解されるまでに余計な説明で時間がかかることがある。また正確に説明できない場合もある。

★同調できないチームワークが不得意で非効率化する。また、曖昧でどちらともとれる表現がある場合、外国人にはもちろん日本人同士でも集団内で、誤解やKYなどの疎外や作業ペースの乱れ等が起きる場合もある。

★何か責任問題が起きた時も、人の顔色を伺うためにあやむやになりがちな部分がある。また責任問題回避や出る杭打たれる文化的背景のために、リーダーシップを充分に発揮しきれない場合がある。

★まじめではあるが、個人責任で単独行動を伴う仕事の場合、いちいち外回りから「本社に確認」してきたりするので、慣れるまでがやたらと手間や通信費等がかかる人が多いそうです。曖昧な表現を使う一方、日本人は自己責任回避のために、未来の自分の行動の指示に対する明確さを求めるので、日本人はいちいち許可を求めてくる、という話は有名(※)。優秀な人材だから、臨機応変に自己判断してくれるだろうと任せていたら、決められたことに従うのは得意だが、マニュアルになかったために本社の許可待ちで作業が保留されていて延滞が生じたなど。

※メリットとデメリットには表裏一体の部分もあって、各カルチャーの違いを理解して、上手く多国籍チームをまとめるために、ホフステッドという学者が多国籍企業となったIBMのために研究しているプロジェクトがあります。これによると日本人は曖昧な表現を使う一方で、最も未来にすべきことの指示に対する明確さを求めるという傾向があるそうです。:
http://geert-hofstede.com/japan.html

★他人からのちょっとしたサインを見逃さないために、常に気を遣っていることで、表面上にはあまり出さないが人間関係などでストレスを抱えている場合がある。この場合、ストレス性の何かで倒れられても、外国人上司には、何が本当の原因だったのかが分かりにくいために職場等の環境を根本的に改善しにくい部分がある。


rsyudouさんのコメント
複数の回答ありがとうございます。 曖昧さゆえに品質を上げるというのは、なるほどでした。明確な指示で思考がストップするのとは逆の効果ですね。 曖昧な表現とは別に、未来にすべきことの指示に対する明確さを求めるというのは、被コントロール欲求に近いものでしょうか。 もうひとつの日本人の特徴として、コントロールされたい欲求というものを最近感じています。主体性が発揮できないのは、過干渉な教育の結果なような気がします。

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