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読書の魅力がわかりません。切実に悩んでいます。読書の魅力を語ってください。
4月から勤務する職種の関係上、読書経験を蓄えておく必要があるのですが、なぜか読書が習慣付きません。「読まなきゃ」という強迫観念でいくらか本は買うのですが、数十ページ読み進めたところで、気付いたら放置されています。

そんな私に【読書(特に小説)の魅力】を語ってください。あなたが個人的に思っていることで構いません。「新しい世界に出会えるから」などの抽象的な一般論よりもむしろ、あなたの読書経験を踏まえた読書の魅力に関する具体的なエピソードなど語っていただけると嬉しいです。「この本を読めば、読書の魅力がわかるよ」のような本を紹介する形の回答も歓迎します。

切実に悩んでおりますので、お力をかしていただける方、ご回答よろしくお願いします。

●質問者: akito1063
●カテゴリ:学習・教育 書籍・音楽・映画
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 19/19件

▽最新の回答へ

1 ● よたか

5年前まで、漫画を含めて、ほとんど本を読みませんでしたけど、
娘がいろんなアニメを見始めたのをキッカケに、深夜アニメまで見るようになったんです。
深夜アニメを見てると、コミックだけでなく、ラノベ原作の物も多かったので、続きを知りたくて読みはじめました。
物語の続きを知ってると、娘とガチの話が出来て、とても楽しいです。

最初は、十二国記。
次は、涼宮ハルヒシリーズだったかな?
そして、化物語シリーズ。
ラノベは、かたり言葉が多くて、あまり考えずに読めるので割と読むのが楽でした。1冊2日以内。
それから、始まって、ラノベ以外も含めて、月に10冊程度読んでます。

ところでお勧めですが、
ラノベではないし、かなり古いけど、綿谷リサの「インストール」が読みやすいと思いますよ。


akito1063さんのコメント
早速のご回答ありがとうございます。 アニメの続きを知るためという動機で読書習慣が始まったのですね。なるほど。 しかし、キャラクターに動きや声や表情があったり、背景やBGMがあったりするアニメと比べると、本はその辺りの魅力が半減していると感じることはありませんか? 映画やドラマやアニメは、視覚的表現・聴覚的表現をフル活用して、物語世界を表現してくれます。ですので私は、映画やドラマやアニメには魅力を感じます。ちなみに、生で役者さんが演じる演劇やお芝居にはそれ以上の魅力を感じています。 ですが小説の世界は、文章で書き表されているのみです。映画やドラマやアニメは、目と耳に向けて多角的・直接的に訴えかけてきてくれます。しかし小説は、文章でしか表現されていませんし、文章を読んで自分で物語世界をイメージしなければなりません。私には想像力がないのか、小説を読んでその世界をうまくイメージすることができません。 このような捉え方なので、私が魅力を感じている順番は、演劇>映画・ドラマ・アニメ>小説という順です。誤解を恐れず言えば、小説は映画やドラマやアニメの劣化版と思ってしまっています。 しかし、本当はそうではないのではないか、とも思っています。映画やアニメや小説はそもそも比較できない別物であって、小説には小説の魅力があるはずだ、と思っているのです。 映画やドラマやアニメに勝る、小説の魅力ってなんでしょう? 映画やドラマやアニメにはない、小説ならではも魅力ってあるのでしょうか? 引き続きのご回答、お待ちしております。

2 ● shino_j

小説の魅力という疑問ですが、
私は、映画も、演劇も、文学も別個の物として楽しんでいて、特徴が違うため比較はしてません。

映画や演劇は作者の世界観を受動的に楽しむもの。
小説は作者の世界を、読み手が能動的に楽しむものです。

映画や演劇は、世界観を受け手の想像に全てを託すような表現手法はありませんが、
小説では、当然、登場人物の顔、世界の景色、音、色、匂い、温度、感触。
これら、すべてを読み手が能動的に想像する行為が必要です。

逆に言うと、この世界観を自由に想像するという行為が快感となった人は小説にのめり込むのです。
作者が書いた物語を媒介にして、読み手が自分の想像力を使って読み手世界を創造するような事ができるわけです。
想像という作業に慣れていくに従って、いつしか小説のほうが自由に想像力を発揮できる物として、より楽しく感じる時もあるわけです。

漫画と小説の差も上の話と同じです。想像する余地が無いために漫画を読まない人がいます。

ただし、映画も演劇も漫画も小説も別個の物で良し悪しや優劣の議論は学者に任せておけば良いと思います。
全部楽しめばいいと思います。


akito1063さんのコメント
ご回答ありがとうございます。 文学は、映画や演劇と比較することのない別物であり、その楽しみ方が「能動的な楽しみ」であることが理解できました。とてもわかりやすい説明をありがとうございます。 shino_jさんのご回答を踏まえて、私は「想像する作業」を煩わしく思っているために、「世界観を自由に想像するという行為に快感を覚えたことがない」ということに気付きました。 私には想像力が不足しているのでしょうか。それとも、受動的享受と能動的享受とは個々人の好みであって、抗うことができないのでしょうか。 しかし、私には文学作品を読む必要があります。そしてできることなら、「必要だから仕方なく読書する」のではなく、「文学を読書することの喜びを知っているから読書する」状態になりたいと思っています。 ・想像力を鍛えるためにはどうしたらよいでしょうか? ・「世界観を自由に想像する快感」を覚えることができるような文学作品には、どんなものがありますか? 新たな質問が生まれてしまいました。引き続きのご回答をお待ちしております。

3 ● よたか

直接小説の魅力ではありませんが、小説を読みながら、自分ならどんなアニメにするか、舞台にするか配役は誰でとか、BGMはこれがいいとか、考えて読むのも好きです。
特に、化物語のシリーズはシャフトがいろいろやってくれるので、原作とアニメを見比べるのも楽しいですね。

乱暴ですけど、小説の方が優れて部分は2つあると思います。

1つ目は、原作者との共有感
アニメだと、制作プロダクションの都合で絵や、カットが可哀想になる事があります。
一例として「いつか天魔の黒ウサギ」娘はこの原作が好きでずっと揃えて読んでいたのですけど「パンツアニメ」になっていたので、シラケてしまって作品自体が嫌いになってしまいました。
原作を見る限りにおいては、そんな話じゃないと思いながら1巻を読みましたけど。

2つ目は、感情移入
ドラマや、アニメでも十分可能なんですけど、時間的な制約の中だと限界があるような気がします。
ましてや、自分とにても似つかないキャラだと余計だと思います。
でも小説だと、デフォルメして自分に重ねやすいので、私は入り込みやすいですね。

特に、文学少女シリーズはよかった。50歳近いおじさんが、高校2年生の井上言葉に感情移入してしまいました。
そういえば、文学少女も、いろんな制約からでしょうけど、アニメは沢山端折ってました。


少し趣旨とはずれますが、最近ジャンヌ=ダルクに関する本を沢山読んでます。
神様の使いだと絶賛する本や、偶然の産物だと言う本、そうかと思えば彼女と対話して書いた。と言う本まであってとても興味深いです。

もし、ジャンヌダルクというテーマで映画や、芝居をみてたら似たような作品にしか出会えないような気がします。
細かいエピソードや、通常切り捨てられてしまうであろう視点なども含めて、書籍を読む価値がある様に感じました。


akito1063さんのコメント
二度にわたるご回答ありがとうございます。 原作と二次創作物とを比較するからこそ気付くことができる、小説ならではの魅力があるのですね。 はなまち の よたかさんが語ってくださった魅力は、作品の世界を能動的に楽しむ力があるからこそ感じられるものですね。原作に作者が描こうとした世界を想像したり、登場人物をデフォルメして感情移入したり、小説をアニメ化するときのことを考えたり、と。 やはり「文章から物語世界を想像する力」は、小説を楽しむために必要不可欠なのでしょうか。 引き続きご回答よろしくお願いいたします。

4 ● mikayuchon

私は、裏のあらすじとかを見て面白そうと思って読み始めましたね。
それまでは小説とか全然興味のかけらもなかったんですが、
シリーズ物とかだと先が気になったりして自分から読みたくなります(笑)
有名なのでは、「ハリー・ポッター」が最高です。
こんなん子供でしょって思って馬鹿にしながら読んでたら
先がきになりすぎて自分からどんどん読んでました(笑)

小説は自分が面白いなと思わないとなかなか・・・
買った本によってちょっとずつ魅力も違うので逆に私は
そこがいいと思ってます^^


akito1063さんのコメント
ご回答ありがとうございます。 私も、背表紙のあらすじを読んだときは「この小説は面白そうだな」とよく思います。しかし、いざ購入すると、最初の数十ページ読んだところで気付いたら手元から離れていきます。 『ハリー・ポッター』は小学生か中学生のときに家族で挑戦しましたが、みな数ページ読んだところで飽きてしましました。今思えば、『ハリー・ポッター』が、私が読書から脱落した最初の体験だったかもしれません。ここになにか、私が読書をできない原点があるような気がしてきました。 また、私は「先が気になる」という感情に乏しいかもしれません。映画やアニメを観ているときや、小説を読んでいるとき、その一瞬一瞬で物語世界に入り込んでいて、充実感があることはあります。しかし、「ここからどう展開するんだろう」というように先が気になったことはあまりないようです。 ご回答のおかげで新たな気付きを得ることができました。 ありがとうございました。 引き続きのご回答、よろしくお願いいたします。

5 ● kumonoyouni

映画やドラマやアニメは、視覚的表現・聴覚的表現をフル活用して、物語世界を表現してくれます。ですので私は、映画やドラマやアニメには魅力を感じます。ちなみに、生で役者さんが演じる演劇やお芝居にはそれ以上の魅力を感じています。
ですが小説の世界は、文章で書き表されているのみです。映画やドラマやアニメは、目と耳に向けて多角的・直接的に訴えかけてきてくれます。しかし小説は、文章でしか表現されていませんし、文章を読んで自分で物語世界をイメージしなければなりません。私には想像力がないのか、小説を読んでその世界をうまくイメージすることができません。


ということであれば、まずはご自身が面白いと思われた映画やドラマの原作本から読んでみるというのはいかがでしょうか?
そうすると、イメージしやすいと思いますし、映画やドラマの中で表現できなかった違いも見れて面白いです。また、それにより、原作者の違った作品も読んでみようという気になりやすいと思います。


ご参考になれば幸いです。


akito1063さんのコメント
ご回答ありがとうございます。 そういえば、重松清『その日のまえに』は、映画と原作の両方に触れていたことを思い出しました。 本を購入するも例によってすぐ読まなくなってしまいましたが、映画化されていたことをあとで知り、DVDを借りて映画を観ました。しかしその映画にあまり魅力を感じず、原作本に戻って読んだときに「原作本のほうが面白いかも」とちょっと思いました。たしか、映画ではカットされていた部分が原作本では描かれていたり、映画の配役に違和感があったり…。東野圭吾『容疑者Xの献身』でも同じようなことを感じた記憶があります。私も、ある程度は小説の魅力を感じることができているのかもしれません。 しかしできることなら、二次創作物との比較を通すことなく、その小説世界を純粋に楽しめるようになりたいです。比較しないとそのものの良さがわからないというのは、寂しいことのように感じますので…。 引き続きのご回答をお待ちしております。

kumonoyouniさんのコメント
実は私自身、akito1063様と少し近い感覚があります。 昔は月に何十冊も読破してたこともありましたが、最近は活字離れと言うか、私も活字を読む根気が無いんですよね(読んでいるうちに違うこと考えはじめることも・・・^^;)。 だから、活字密度が高い本は見た瞬間に嫌になります。でも、仕事では読まざるを得ないこともありますので、そこは仕方なく読むわけですが、私の場合、月に何十冊も読破していた頃に気がつけば速読のテクニックのようなものが身につきまして、短時間で読み終えることができるようになりました。 ・・・と書いているうちに思いつきました! ここは視点を変えて、速読の技術を身につけるというのはいかがでしょうか? 速読の力がつくと理解力が高まることにもなります。 ちょっと探してみたところ、[http://www.servicemall.jp/sokudoku/:title]のようなものが見つかりました。 ご参考までに。 最後に、私思いますに、akito1063様は与えられるより、自分で表現するほうが向いているのかもしれません。映画やドラマに興味をお持ちのようなので、自主製作映画づくりに参加されてみるのも一つの切欠になる気がします。一つの台本からどうやって作品ができあがっていくのか分かると、文章から映像がイメージしやすくなったり、作品に対する見方も変わってくると思います。 ご参考になれば幸いです。

deep_oneさんのコメント
むしろ読書する行為そのものが「二次創作的」であると考えることも出来るのではないか?という話があったのを質問者のコメントを読んでいて思い出しました。

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