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明治ごろの小説家の文章で「後の世で図書館かどこかで片隅にある自分の本を取ってくれる人が一人でもいれば自分は満足だ」というような内容の文章があった気がするのですが、心当たりのある人は教えてください><

●質問者: md2tak
●カテゴリ:書籍・音楽・映画
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● tmasao
●100ポイント ベストアンサー

芥川龍之介の「後世」というエッセイの中に似たような一節がありますが、こちらでしょうか?

(青空文庫) http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/33202_12224.html

時々私は廿年の後、或は五十年の後、或は更に百年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。その時私の作品集は、堆(うづだか)い埃に埋もれて、神田あたりの古本屋の棚の隅に、空しく読者を待つてゐる事であらう。いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚(しみ)の餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。しかし――
私はしかしと思ふ。
しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。


md2takさんのコメント
ビンゴです!今日はいい夢が見れそうです。
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