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Q:帰納法と演繹法を統合して科学的方法を考え付いたのは誰か

科学史においては、
古代ギリシャのアリストテレスやフランスのデカルトらが、
論理学や数学と親和性の強い演繹法を、
イスラムのハイサムやイギリスのベーコンらが、
統計学と親和性の強い帰納法をおおむね作ったと言ってよい、
という風に理解しております。

ところで、この演繹法と帰納法をうまく組み合わせると科学的方法になる、
という風に理解しておりますが、
これを組み合わせて「ああ、こりゃ歴史的に最初の科学的方法と言えそうだね」
といえそうな実験や論文を出した学者は、歴史的には誰になるのでしょうか。
いまいちGoogleなりWikipediaなりを調べても分からないので、
ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてくださると幸いです。

(なおドイツのカントは「演繹法と帰納法はこれこれの場合には使ってはならない」
ということを示したのであり、彼自体が科学的方法を示したとは考えていませんが、
これもそうではなく、「ちゃんと科学に影響を与えているんだよ」というのであれば、
そういった話もお聞きしたいです)


●質問者: 犬神工房
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 科学・統計資料
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● rsc
●200ポイント

こちらは参考になるでしょうか。そもそも論になりそうですが、科学には、「実験による検証のプロセス」がないと駄目で、「帰納法と演繹法の統合」だけでは不十分だと思います。(^_^;
ちなみに、「実験による検証のプロセス」を持ち込んだのは、ガリレオで、「帰納法と演繹法の統合」は哲学の範疇でカントだと思っていましたが、ウィリアム・ヒューウェルあたりかも。(^_^;

●仮説演繹法

仮説演繹法という名前を最初につけたのはウィリアム・ヒューウェルであるが、これは科学的方法の記述として提案されたものである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%AE%E8%AA%AC%E6%BC%94%E7%B9%B9%E6%B3%95
●仮説演繹法
http://kotobank.jp/word/%E4%BB%AE%E8%AA%AC%E6%BC%94%E7%B9%B9%E6%B3%95
●実験レポート/考察の書き方を解説 試験対策に物理学解体新書
http://www.buturigaku.net/main02/Report/index.html
●科学的方法
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9A%84%E6%96%B9%E6%B3%95


犬神工房さんのコメント
おおお。カント系でヒューウェルという科学哲学者が! ありがとうございます。かなり大きな知見です。 やはりそこまで待たないと、いわゆる科学的方法ってのはなかったんですかねえ。じゃあニュートンがやってたのは何だったんだろう。方法はなくてスキルだけでやっていた? (自分で人体実験していたように) 「実験による検証のプロセス」あっ、ハイサムの帰納法はまさにそういうことを含んでいたものです。ハイサムは「目が物を見えるのは、目からビームが出てるか、目が反射光を拾っているかどっちか」を実験で確かめた人なのでした。

rscさんのコメント
そういえば、ニュートンは、プリンキピアの中で潮汐の説明をしてましたが、その説は現在では間違っているとされているのを思い出しました。(^_^;

2 ● Hyperion64
●200ポイント

おおむね、その人物とは「カール・ポパー」になると思います。

常識的な科学論理というと帰納主義が当然だと考えられています。
フランシス・ベーコンが主張したように「観察から科学的法則が導き出される」とい立場です。
ところが、ヒュームが重大な異論を唱えます。いくら観察を繰り返しても「法則」にはならないというのです。

ラッセルが七面鳥の喩え話で帰納主義の欠陥を指摘していますね。

毎晩、ごちそうを与えれていた帰納主義者の七面鳥が、今まで自分は厚遇されてきたのだから、それは一生続くであろうと結論づけます。そして、感謝祭の夜に自分がごちそうにされてしまった。


カントはヒュームの議論とニュートン力学のパワー(当時、力学的な現象はすべてニュートン力学で説明できると考えられていました)を融和させるべく、先験的総合判断という人間の認識能力を導入しました。

ここまでが犬神工房さんの理解であろうかと思います。

そこから先を自分の手に余るのですが、簡約して紹介しておきます。

20世紀になって科学の基礎について一歩進めたのは、カール・ポパーです。
科学的命題とエセ科学のそれとの違いは、反証可能性にある。単純な検証ではなくて、否定可能な観察や実験を提起できるどうかが重要なのだという説です。より多くの反証に耐えた命題だけが「法則」となりえるのです。定量的な命題提起も反省可能性を多く含みます。
ある意味、科学法則の普遍的な妥当性は捨てたのですが、科学の「進歩」を認めているわけです。
反証主義は、今日でも多くの科学者が求める科学のロジックの地位にあるようです。

主著がこれです。

科学的発見の論理 上

科学的発見の論理 上

科学的発見の論理 下

科学的発見の論理 下



もちろん異説もあります。
最大の論敵はトーマス・クーンでした。さらに科学基礎論の最後の大物ファイヤアーベントも反証主義を認めていません。

その辺の経緯はこの本が参考になるかと。

科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか?

科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか?


犬神工房さんのコメント
ポパーは確かに超有名ですが、最初悩んでいたんですよ。「この人、1902年7月28日 - 1994年9月17日の人なのに、まさかそれまで科学的方法なんてものはなかったのか!? じゃあニュートン(1643年1月4日 - 1727年3月31日)のやっていたことは何だったんだ!?」って。ポパーはある種完成系だけど、それ以前ってどうなってたんだ、って。 でも、どうやらヒューウェル(1794年5月24日 - 1866年3月6日)とかポパーが練り上げるまで、科学はあっても科学哲学はなかったのかも知れなかった、ということなのでしょうか。うーん。 それとも、しばらくはハイサムやベーコンの「古い」帰納法が科学哲学の古拙的かつ不完全な支柱だったが、カントやヒューウェルに洗練されて完全に近づき、ポパーで一度完成した、ということなのかしらん。でも大体方向性は見えてきました。

Hyperion64さんのコメント
カント以降の科学的な論理に貢献した思想家としてはアメリカのC.S.パースを追加しておくべきでした。 そのアブダクション http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%80%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3 が有名ですね。しかし、カントほどには科学者に影響を与えてはいませんね。 帰納主義はポパーやラッセルまで生き残ったようです。たいていの科学哲学入門は帰納主義とその誤謬を説明してから、反証主義を扱います。

犬神工房さんのコメント
パースは個人的に注目している学者です。数学者や科学者よりも、企業家や発明家に受けたような印象ですね。彼がいなかったらアメリカは、企業家や発明家の少ない、やっぱり大いなる田舎のままだったかも知れません。 パースのアブダクションは、多分こういうことだと思うんです。 演繹法は原因と法則から結果を導き出す(これは常に正しい)。 帰納法は結果と原因から法則を導き出す(正しいとは限らない)。 アブダクションは結果と法則から原因を導き出す(正しいとは限らない)。 結論「川に砂金がある」法則「川は山から海へ流れるものだ」原因「きっとあの山は金脈じゃね」みたいな(果たして本当にそうかなあ)。 確かに原因・法則・結果を扱うなら、この三つの方法を組み合わせれば既存の科学よりもっとすごいものが出来そうですが、あるのかな。フォード社のUSITとかくらいかな? なお、類推や、東工大の川喜田二郎のKJ法はまたちょっと因果律とは違うようなので(むしろ原因や結果を同定する際の、同一性・パターン抽出のように見える)ちょっとまた後日興味が出たら勉強します。 むしろ今の興味は「因果律をガチッと見出すための科学的方法っていつ生まれたんやろ」にあるようでして、そういう質問に最初から明確にすべきでした。済みません。

3 ● ShinRai
●200ポイント

ヒルベルトの公理的思考と、フォン・ノイマンの経験にもとづく数学というのはいかがでしょうか。

世界の名著 66 現代の科学 2 (中公バックス):二十世紀の科学思想 / 湯川秀樹, 井上健 [著]は、ヒルベルトの「公理的思考」 やフォン・ノイマンの「人工頭脳と自己増殖」 を掲載しています。

20世紀、人類の科学は、五官で感知できない量子力学の世界におよんだために、新たな科学的アプローチが必要とされるようになりました。

ヒルベルトは「およそ科学的思考の対象となりうるものは,すべて, 一つの理論を形成できるほど成熟すると, 公理的方法を介して間接的に数学に帰属する.

次第に深みにある公理層へ進むに従って, 科学的思考そのものの本質を, ますます深く洞察できることにもなり, 数学の統一性をよりいっそう意識するようになるだろう. 公理的方法を目じるしとして, 数学は, 科学一般における指導的な役割を, 天職とするように思われる」と述べています。

公理的思考というのは、参照モデルと似ています。モデルを作って、そこに複雑多岐にわたる法則や現象をあてはめて、ああでもない、こうでもない、ああかな、こうかなと考えることをしないと、五官で感じられない複雑システムは思考しえません。

ヒルベルトの弟子のフォン・ノイマンは, きれいな数式がひとり歩きする審美主義に堕した科学を救う唯一の方法は, 数学を再び経験主義に戻すことだと述べています。

「数学は経験的な学問である.幾何学や計算から,形式論理学,群・集合論,位相幾何学にいたるまで,数学はすべて経験主義的な起源をもっている.」

「経験的起源から遠く離れた数学は,『現実』の問題に触発された世代から二世代,三世代後の世代において,
重大な危険にさらされる.ますます純粋審美的になり,ますます『芸術のための芸術』に陥る.(略) 研究分野
は, なんら抵抗をみせないまま, あまり重要でないバラバラの領域に分裂し, 統制を失った些事と煩雑さの
集積した学問に堕ちる危険性がある.言葉を変えれば,経験的起源から遠く離れてしまうと,あるいは,『抽象
的な』近親交配が長く続くと, 数学的分野は堕落する危険性がある.

こうなったときの唯一の治療法は, 若返るために再び起源に戻ることだ. 多かれ少なかれ, 直接的で経験
的な発想を再注入するのだ. これが学問の新鮮さと活性を保つ必要条件であり, 未来においても同じだと私
は信じる.」(The Mathematician, in "The Works of the Mind", 1947, Univ. of Chicago Press

経験に根ざすということも、現代科学が忘れていることかもしれませんね。とくに量子力学や情報理論などは。


犬神工房さんのコメント
ヒルベルトとノイマン! なるほど。 ヒルベルトといえば「カントールの集合論は数学上すごい発見だけど、数学が危うくなる問題をはらんでいたので、根本的に解消するためにとりあえず論理学のみで数学を完璧に再定義できれば色んな知見が得られるのではないか」のヒルベルト・プログラムの方ですね。 (のちにゲーデルに「論理学の仕様上、証明も反証も出来ない領域が存在する、数学でさえそうだから、論理学で記述された完璧な数学というのはあり得ない」と不確定性原理を持ち出されてぐえー、というところまでは噂ながら存じております) ヒルベルトの数学にかける情熱は本物でしたが、弟子のノイマンは「やっぱ経験の裏付けのない数学的な科学はダメだ」と思ってたんでしょうね。やはり科学はある程度は統計学である、と考えていたのでしょうか。統計学は数学の一種だけど、現実のデータを扱う分だけ数学とはちょっと違う。という風に。 今「虚時間があれば時間にまつわる問題はガガッと解決できる!」「世界は11次元だった!」とか面白い意見があったりしますが、正直Newton誌読んでも「虚時間って何よ。あと11次元ってどんな軸を含んでいるんだ(ポカーン)数学上必要だから捏造したんじゃなくて?」というのが正直なところです。でも多分必要なんだろうなあ。

ShinRaiさんのコメント
シュレディンガーの統計力学あるいは統計熱力学などの統計理論は、個別の粒子や分子の運動については予測不可能なので、統計的に大雑把に処理しましょうというものです。 これは量子力学を馬鹿にした、ペシミズムな発想だと思います。だからシュレディンガーとボーアは理解しあえなかった。シュレディンガーこそが、量子力学を歪めた人物といえるかもしれませんね

TAKESANさんのコメント
不確定性原理はハイゼンベルクですね。 ゲーデルは不完全性定理。

犬神工房さんのコメント
そうでした。うっかりしてました。済みません。

4 ● meefla
●200ポイント

Wikipedia 英語版の History of scientific method(科学的方法の歴史)に Integrating deductive and inductive method(帰納法と演繹法の統合) という項目がありました。
この項目によれば、現代科学的な意味でこれを最初に提唱したのは、デンマークの物理学者、化学者、そしてポスト・カント派哲学者の ハンス・クリスティアン・エルステッド (Hans Christian Ørsted) だったようです。
エルステッドは電磁気学の基礎を築いた人で、磁場の CGS 単位としても有名ですね。

Ørsted's "First Introduction to General Physics" (1811) exemplified the steps of observation, hypothesis, deduction and experiment.

History of scientific method - Wikipedia, the free encyclopedia

「エルステッドの "First Introduction to General Physics" (1811年) には、観察、仮説、演繹、実験というステップが例示されている」

エルステッドに続くのが rsc さんの回答#1に出てくるウィリアム・ヒューウェルですが、ヒューウェルの "History of the Inductive Sciences, from the Earliest to the Present Time" は1837年の著作です。

エルステッドは、カントの『自然科学の形而上学的原理』(1786年) に深い影響を受けていたようです。

Hans Christian Ørsted ... was heavily influenced by Kant, in particular, Kant's Metaphysische Anfangsgründe der Naturwissenschaft (Metaphysical Foundations of Natural Science).

History of scientific method - Wikipedia, the free encyclopedia

従って、カントはちゃんと科学に影響を与えていると言って良いかと愚考します。

お役に立てることを祈りつつ。


犬神工房さんのコメント
ありがとうございます。エルステッドといえば電磁気学の歴史の本でその名前が出てきたことを思い出します。 「観察、仮説、演繹、実験」か。概ね基礎はちゃんと出揃っていたんですね。 うん、カントをバカにしていた私が悪かった。ちゃんと後の科学哲学にしっかりと影響を与えているじゃないか。 しかし、そうなると、つくづく「じゃあニュートンのやってたことは、ガチッとした科学哲学の要素は欠いていたのかなあ」と悩むものです。 そうだ。ニュートンの位置づけも悩んでいるのです。彼のやったことが科学じゃないとは口が裂けても言いたくないのですが、科学のエッセンスは各種実験の中では実現できていたが、言語体系化はできなかった? うーん。 やはり演繹法+帰納法+色々→「色々な」科学→「正しい」科学哲学、という筋があって、いきなり演繹法+帰納法+色々→「正しい」科学哲学→「正しい」科学とは一足飛びには行かなかったのかしら。後者をイメージしていたから混乱していたんだな。科学哲学そのものの歴史はきっとポストカント派以後のものであって新しいのかも知れませんね。

meeflaさんのコメント
ニュートンの立場は、デカルトの <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E7%90%86%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E5%93%B2%E5%AD%A6">合理主義哲学</a> ではなく、ベーコン以来のイギリス経験主義であり、帰納法寄りと言えるのではないでしょうか。 >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E7%90%86%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E5%93%B2%E5%AD%A6:title=合理主義哲学 - Wikipedia> 理性の能力を用いた内省・反省を通じて原理を捉え、そこからあらゆる法則を演繹しようとする演繹法が真理の探求の方法とされた << >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3:title=アイザック・ニュートン - Wikipedia> ニュートンは主著『プリンキピア』においてラテン語: "Hypotheses non fingo"(和訳 われ仮説を立てず)と宣言した。 << 「帰納法と演繹法の統合」という観点からすると、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E8%A8%BC%E4%B8%BB%E7%BE%A9#.E7.A7.91.E5.AD.A6.E5.93.B2.E5.AD.A6.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E5.AE.9F.E8.A8.BC.E4.B8.BB.E7.BE.A9">科学哲学における実証主義</a> にも記述があるように、 >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E8%A8%BC%E4%B8%BB%E7%BE%A9#.E7.A7.91.E5.AD.A6.E5.93.B2.E5.AD.A6.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E5.AE.9F.E8.A8.BC.E4.B8.BB.E7.BE.A9:title=実証主義 - Wikipedia> 生命、量子力学における観測問題など実証主義が適用できない場合もあり << >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E8%A8%BC%E4%B8%BB%E7%BE%A9#.E7.A7.91.E5.AD.A6.E5.93.B2.E5.AD.A6.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E5.AE.9F.E8.A8.BC.E4.B8.BB.E7.BE.A9:title=実証主義 - Wikipedia> 帰納によってのみ実証するという意味での実証主義は、科学分野の基礎としては弱点が見られる。 << という批判につながります。

犬神工房さんのコメント
ニュートンが大陸合理論ガン無視の帰納主義のイギリス合理論主者だった可能性は大いにあるというか、やっぱその結論になっちゃうのかなあ。 生命や量子力学では実証主義には限界があるというのはよく言われてきたことです。「実験できねえ!」「反射光が対象に当たったその瞬間の状態しか分からねえ!」という。確かにそこは数学や統計で概ねのアタリをつけていくしかないようですね。 実証主義はid:Hyperion64氏が語ったラッセルの七面鳥の逸話があるので常に疑いを持たねばなりません(あれは飼い主の判断や意図の問題が絡むからさらに難しくなっちゃうけど)。 またウィトゲンシュタインが「科学や因果律はそもそもニセモノの論理であり、ホンモノはトートロジーになるしかない、あと反論理がパラドクス」という、論理学者としておよそギリギリの発言をしており、「言いたいことはよく分かるがそれもう論理学と科学の関係を断絶しちゃうからマズイぜ」とは思っていました。 やっぱある程度自然界には論理が働いていて、それが因果律で、それを探り当てるのが演繹法や帰納法(やアブダクション)で、これを統合したのが科学的方法だと思いたいぜ。みたいな。

犬神工房さんのコメント
イギリス合理論って何だ。イギリス経験論の間違いでした。済みません。

5 ● TAKESAN
●200ポイント ベストアンサー

明確に、演繹法と帰納法とを統合・洗練し、仮説演繹法を提唱したのは誰か、というを示すのはなかなか難しいですが(一応、19世紀のハーシェルやヒューエルなどが中心的な人達として挙げられるでしょうか)、著書において仮説演繹法のような方法に言及した人物で、より古いのは誰か、といった場合、まだこちらで出ていない論者としては、ロバート・グロステストがいます。「蟻と蜘蛛と蜜蜂」の比喩を用いたフランシス・ベーコンの論とあわせて、野家啓一『科学の哲学』から引用します(P67-P68)

すでに見たように、演繹法と帰納法は、それぞれの長所と短所をもっている。両者の長所を生かして、短所を補おうとう(原文ママ)するのが仮説演繹法にほかならない。これを明確な形で方法論として定式化したのは19世紀の科学哲学者たちであったが、それ以前にも、その萌芽的形態はすでに自覚されていた。たとえば、F. ベーコンは『ノヴム・オルガヌム』(1620)の中で、近代科学の方法を「経験的能力と合理的能力との真実の正当の結婚」として特徴づけ、その結婚の内実を「蟻と蜘蛛と蜜蜂」の比喩に託して以下のように語っている。
「学を扱ってきた人々は、経験派の人か合理派の人かの何れかであった。経験派の人は蟻の流儀でただ集めては使用する。合理派は蜘蛛のやり方で、自らのうちから出して網を作る。しかるに蜜蜂のやり方は中間で、庭や野の花から材料を吸い集めるが、それを自分の力で変形し、消化する。」(参考文献6-2 ※引用者註:ベーコン[著]桂[訳]『ノヴム・オルガヌム』)
つまり、蟻とは経験的データを収集して結論を導く帰納法の、蜘蛛とは公理から合理的推論のみによって結論を紡ぎ出す演繹法の比喩である。それに対して、蜜蜂はさまざまな材料を集めてきては自分の中で変形し消化する。これは帰納法と演繹法を組み合わせた仮説演繹法の比喩と見ることができる。
しかし、仮説演繹法に関してはベーコンよりも前に、さらなる先駆者が存在していた。「分解と合成の方法」を提唱した13世紀の哲学者R. グロステストである。「分解(resolutio)」とは、現象をその構成要素にまで分析してそこから一般原理を発見する過程であり、明らかに帰納法に相当する。「合成(compositio)」とは、見出された一般原理を組み合わせてそこからもとの現象を演繹的に再構成する手続きであり、これは演繹法にあたる過程である。そして、彼はその過程で導出された命題は経験的にテストされなければならないと主張した。その意味でグロステストの方法論は、19世紀に定式化される仮説演繹法の原型であったと見ることができる。

とあります。
この後に、19世紀になって定式化された事が示されていますが、そこで挙げられているのは、ジョン・ハーシェル、ウィリアム・ヒューエル、ウィリアム・ジェボンズなどの名前です。
この辺りの議論や歴史については、こちらで引用した『科学の哲学』や、内井惣七『科学哲学入門』などが参考になると思います。
また、グロステストについては、道家・赤木『科学と技術の歴史』にも、

グローステストは,イギリスの神学者で,オックスフォード大学教授,後にリンカーンの司教になった人で,アリストテレスの『自然学』や『分析論後編』に註釈を施し,農学,気象学,物理学,特に光学の研究を行なって公表し,数学的合理性と実験による実証性を結びつけようとした人と評価されている。

と紹介されています(P96)。この本では、グロステストとともに、13世紀のアルベルトゥス・マグヌスとロジャー・ベーコンが、「自然科学研究を行い,さらに実験科学研究の重要性を説く学者」(P96)として挙げられています。

以上、ご質問の回答となっているかは心許無いですが、参考になれば幸いです。


犬神工房さんのコメント
「分解と合成の方法」ですか! しかも一般的には帰納法・イギリス経験論の祖とされるベーコン以前! 大変先駆的な科学者だったんですね。ものすごく参考になりました。 ただ世間的には「宗教者であり政治家であり綱紀粛正者だった、えっ科学哲学者? そうだったの?」みたいな扱いだったようで残念です。 ただその精神はもちろんベーコンやニュートンやJ・S・ミル(文系倫理学出身の私はどうしてもイギリス功利主義のことばかり連想してしまうけど、逆演繹法はじめ論理学での功績を忘れちゃならないのでした)に脈々と受け継がれていたんだろうなあ、とは想像します。
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