粉雪の降り積もる田舎街｡
着物姿の年老いた男女が､寄り添って富士山を見ている｡
老女が言う｡
｢これほど待たされることも無ければ､私達の運命もまた変わったのでしょうか？｣
老男が答える｡
｢そんなもの､わかりゃしないさ｡あの時は実際に何も起こらなくて良かったと思った｡それは本音だ｡だが､今こうして､実際に起こったのを見てしまうと……｡どうして何十年も待たされたのか……とも感じてしまうがな……｣
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そのｾﾝｾｰｼｮﾅﾙな情報が広がるのに時間は掛からなかった｡ある研究者が発表した深刻なる情報｡
『5年以内に富士山が噴火する』､そう説いたのは､新進気鋭の火山学研究者､長谷川という男だった｡
長谷川は､観測ﾃﾞｰﾀから､独自の結論を導き出した｡近いうちに必ず富士山はその活動を活発化させると｡
実際のところ､それが何年後になるのかは､わからない｡長ければ数年､いや数十年後の話となるかも知れない｡
しかし､学者という前に一人の人間として､もしもの時に､出来るだけ多くの人命を救い被害を最小限に抑えるために､『早ければ5年以内』という説を強調した｡
そしてそれは一人歩きを始める｡
『5年以内の富士山噴火』と｡

長谷川は一躍､時の人となった｡その観測技術や解析能力に他の学者も難色を示すことなく同調した｡ただし､そういう可能性も否定できないという前置きを添えて｡
かくして､長谷川は毎夜毎夜､ﾃﾚﾋﾞに出演し､噴火の兆候､その危険性を説く｡
視聴者はそれを見て､危険に備える｡そこまでは良かった｡

やがて､数ヶ月が過ぎ､長谷川の露出も少なくなった｡
1年が過ぎた頃､長谷川のことが話題に昇ることも無くなり､さらに時が､全てを忘却の彼方に追いやった｡
しかし､それから5年が過ぎた時､それは起こった｡
突如､発生源不明のまま巻き起こった長谷川ﾊﾞｯｼﾝｸﾞ｡
『早ければ5年以内』と説明していたという長谷川の主張は当然受け入れられなかった｡ﾏｽｺﾐはこぞって､お騒がせ研究者､当代きっての詐欺師として長谷川を叩いた｡
その､批判の対象は家族にまでも及び､長谷川の妻は､耐え切れなくなり幼い娘を連れて､長谷川の元を去っていった｡
長谷川は家族だけでなく､職も信用も全てを失った｡
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あれから､数十年｡
火山灰の降り積もる田舎街｡
着物姿の元老夫婦が､寄り添って富士山を見ている｡

『激闘！ ﾏｸﾞﾏｸﾞﾏｰの脅威！！』


B美は尋ねた｡
B美｢あなたたちはどう思ったの？｣
D菜が答えた｡
D菜｢老夫婦っていうのが問題なんじゃないかな？ 孤独死とか､年金問題とか､高齢者の自殺とかが多数発生して話題になったりしてたら､そういうのを暗示するこういったCMってﾀﾞﾒなんじゃないかなぁ……｡そうだ！ 富士といえば樹海だから樹海で心中事件が起こったとか？｣
B美は感心した｡
B美｢なかなかいい答えだと思う｡F吉は？｣
F吉は自信なさそうに答えた｡
F吉｢僕は1択だね｡ずばり､田舎町の旅館で､宿泊客の間でﾄﾗﾌﾞﾙがあって殺傷事件に発展したんだと思う｡あまりに騒いでうるさい礼儀知らずの若者に文句を言いに行って､逆ｷﾞﾚされたのが老夫婦なんだとか……｡だから静かな旅館っていうのが問題になったんじゃないかな？｣

D菜｢ねえ､B美？ どっちか正解？｣
B美｢どっちも外れね｡惜しいけど｡D菜のは､もっともらしいけどそれじゃあ､老夫婦自体がNGになっちゃうでしょ？ このCMでは樹海なんてどこにも出てきてないし｡F吉のもおかしいよね｡静かな旅館だけに着目して､視野が狭くなっているわ｣
F吉｢じゃあ答えは？｣
B美は静かに肯いた｡
B美｢これはね､雪が問題なのよ｡富士山､雪で連想されるものといえば？ 雪って考えると難しいかもね｡単に白くて空から降ってきて､積もるもので考えればいいの｡
それは､かざんば……｣
F吉｢わかった！ 麻薬を満載した飛行機が富士山にぶつかって墜落して､麻薬が撒き散らされて､皆ﾗﾘっちゃったんだ！ それで､うつろな目で富士山を見つめる！ そんな危ないCMは流せないな､いやあさっぱりした｡B美ありがとう｣
D菜(それでいいのか……)

粉雪の降り積もる田舎街｡
着物姿の老夫婦が､寄り添って富士山を見ている｡

……様にも見えるが決してそうではない｡
降り積もるものは粉雪にしては色がおかしい｡
老夫婦は寄り添っているようでその実､いがみ合っている｡
｢はぁ……ここも人がずいぶん減ったわい｣
｢何が『静かな日本』だよ｡あの日からここ一帯､静かだった日なんてありゃしない｣
｢まぁまぁ､落ち着けって｣
｢こんなんで落ち着けるもんですか｣
あの日――300年以上ぶりに起きた事象により大地は鳴動し､赤い魔の手が地を這い､灰色の粉雪が空より降り注いだのである｡

悪魔のﾅﾚｰｼｮﾝ 騒がしい日本にようこそ ○○旅館跡

粉雪が舞う田舎町｡ふだんならのんびりとした温泉街だが､今日は違っていた｡
｢おおぃ､こっちだ｣｢点呼しろ｣｢新しい機材はこっちへ｣
声の飛び交う中､地面が揺れる｡旅館の二階の窓ｶﾞﾗｽが､ﾋﾟｼｯと鳴る｡旅館
の玄関から､女将が空を見上げる｡その視線の先には､黒い煙が広がっ てい
る｡雲とも煙ともつかないその塊は､広く上空を覆っていた｡太陽はさえぎら
れ､まるで夜の入口の様だ｡
｢女将さん､電話です｣
仲居が声をかける｡女将は､時おり赤く光る山腹から視線をはがすと､旅館の中
へ入っていった｡

｢ええ､しかたありません｡はい､そうですか｡おいそがしいところ､すみませ
んでした｡｣
傍らに佇む老人が､女将に頭を下げている｡
｢すみません､せっかく作ったCMが流せなくなったなんて｡｣
｢番頭さんのせいじゃありませんよ｡それより､救助の人たちを応援しましょう｡｣
温泉街の中央通りは､ﾚｽｷｭｰや自衛隊の車が行きかう｡旅館の前に､ﾏｲｸ
ﾛﾊﾞｽが停まる｡
｢いらっしゃいませ｣
女将や仲居がﾊﾞｽから降りる面々に挨拶する｡よく日に焼けた一人が言う｡
｢こんな時に､お宿を提供していただいて､ありがとうございます｡ﾎﾞﾗﾝﾃｨ
ｱの基地として使わせていただきます｡｣
火山灰が降り､低周波の響きが家々を揺さぶる｡ﾊﾞｽを降りたﾎﾞﾗﾝﾃｨｱたち
が旅館に入っていく｡列の最後の女性が､女将に振り向く｡
｢いつもだったら静かな旅館ですよね｡富士山は必ず静まります｡その時は､ま
た､静かな温泉に浸かりに来ます｡｣
女将は､女性の手をやさしくしっかりと包み込んだ｡

粉雪の舞う田舎町｡富士山の見える旅館の窓を開け放つ｡その瞬間､ｷｰﾝとい
う金属音が響き､旅館が振動する｡あわてて窓を閉めるが､古い旅館の 建物
は､音を隠しきれない｡
｢あいすみません､ﾘﾆｱﾓｰﾀｰｶｰの路線が､後ろにありまして…｣