『メロン味のミゾレ・果肉入り』
「ミユキぃ。いるかぁ」
俺は、お客の応対をしながら姪っ子を呼ぶ。慣れてないから、周りをバタバタ走り回っているだけだ。
「俺の車から、シロップのブルーハワイと、えーとメロンを取ってきてくれるかな。」
「えー、暑いよ」
もう、ガキはこれだから。
「それとって来たら、氷食って休んでていいから。」
遠ざかる足音を聞きながら、ますます増える客の応対をする。氷かき機が電動でよかった。
「ハイ、イチゴね。そっちのボクはマッチャか、おとなじゃん。ミゾレとメロンとブルーハワイは待ってね。はいレモン。」
バタバタという足音が帰ってきた。
「持ってきたよ、もういい?」
「ブルーハワイを一番左の子にあげて、残りの子にメロンをあげてくれたらいいよ。」
かいた氷の入ったカップを、ふてたミユキに渡した。もう氷が無い。ミユキの分をかいて、新しい氷をセットして、と。
「ミユキ、これ」
あっという間に俺の手の上のカップが消える。
ん?そこに立っている子は?まだ渡してないんだっけ?この、幼稚園児くらいの子はメロンだったよな。
「ごめん、まだ渡して無かったかな?」
うなづく。
「メロンだっけ?」
うなづく
メロンあげろって言ったろ、と口の中で呟きながら氷を削る。シロップをかけようとして、手が止まる。
あれ?メロンのシロップが無い。さっき取って来いって言ったよな。
「ちょっと待っててね」
うなづく
見回すと、ブルーハワイとメロンの瓶はほとんど空で、ミゾレの瓶がふたが閉まったまま転がってる。紙パックのブルーハワイのパッケージが空いたまま置きっぱなしで、まわりにシロップが飛び散っている。
やれやれ。中学生に頼むことじゃなかったか。
メロンの瓶をひっくり返して、なんとか一杯分を作る。
「お待たせしました。ごめんね。」
うなづく
でも帰らない。
「ん?どうしたの?」
「メロンはくエないの?」
「それ、メロンだけど」
顔が左右に振られる。右目と左目がダブるくらい、左右に振られている。
「メロン。メ・ロ・ン」
何を言っているんだろうか、この子… 俺は、車の中の様子を思い浮かべた。
あ。まさか。
俺は顔くらいの大きさの玉を、両手で作って聞く。
「メロンって、こおんな丸い果物のこと?」
今度は顔が縦に振られる。
「そう。まウいの。あエ、くエウんでしょ?あのおにーさんがもアったみたいに」
お兄さんてだれだ。あ、さっきのミゾレの子か。
「いや、あれは…当たりの時だけね。君は残念賞だから、それ一杯ただ。お代はいらないよ」
ミユキはどこなんだ。
「メロンがいい。メロン」
「だから、それ、メロン味だって」
「メロン、メロン、メロン」
おれは、頭を抱えた。この子の親御さんはどこなんだろ。ミユキはどこ行ったんだ。メロンはどこなんだ。
「メロン食べたいの?」
聞きなれた声が、足下でする。周りを見回していた俺は、足元の幼稚園児のそばにしゃがみ込む巫女さんを見つけた。
「おねえさんね、メロン持ってるの。いっしょに食べる?」
また顔が縦に振られる。さっきよりも振れ幅と速さが違う。おもし… いやいや、お客様だ。
巫女さんが立ち上がり、俺に振り向く。
「ね、このメ・ロ・ン、切ってくれる?」
巫女さんは、顔くらいあるメロンを、俺の目の高さに持ち上げる。これは、あのメロンだ。
「えっと、その、あの」
なんて言えばいいんだ。
「あの、ユミ。そのメロンは」
ユミの手の上で、メロンが半回転する。
「これ、タケシ君のでしょ。こんなことするの。」
俺の目の前には、”YUMI LOVE”と彫りこんであるマスクメロンがあった。
たぶん、俺、今真っ赤だと思う。
「あの、その、今夜それをね、ユミにね、えと」
しどろもどろ
「なんで、これ、私が持ってると思う?」
いたずらっぽく笑うユミの巫女の袴を、幼稚園児が引っ張る。
「あ、そうね、メロン食べるのね。うしろで、これ切るわよ。ミユキちゃんもおいで。」
いつの間にか現れたミユキと、浴衣姿の少年と少女が俺の屋台の裏にまわる。この少年は、ミゾレの子だな。
メロンを半分に切って、その半分を六等分。種を取って、横に切れ目を入れて、氷のカップに乗せて串を刺す。てきぱきと巫女の姿でメロンを分けるユミ。手際がいいねぇ。っと、そのメロンは
「はい、タケシ君もどうぞ。」
目の前のメロンを食べる。うまいなこれ。
「このメロンをね、この子がぶら下げて、お守り買いに来たの。目の前にメロンがあるじゃない?そこにさ、へたくそな文字が彫られてて、YUMIな んて書いてある。あら、これどこで買ったのって聞いたら」
「もらったんス」
と少年が言う。スポーツ刈りの少年は素直そうだ。
「っていうから、そんな気前のいい屋台ってどこって聞くとね」
「かき氷屋さん」
浴衣の似合う少女は、よく見ると美少女だったりする。
「ははぁ、なにかの手違いなんだろうなぁって思ってると、社務所の裏からミユキちゃんの声が聞こえてくるじゃない」
「あ、さっきのメロン。そんなの彫ってあったんだ。」
「でね、ちょっと休憩もらって、話、みんなから聞いたのよ。」
「ごめんなさい、メロンとメロン味のシロップ間違えたみたい」
ミユキが頭を下げる。ま、説明が足りなかったんだよな。
「説明が足りなかったんだよな。俺が悪い」
「見つけてよかったわよね。私が。ま、メロン程度だからよかったけどねぇ。」
いや、そうじゃないんだ。メロン程度じゃ
幼稚園児が、ユミの袴を引っ張ってる。
「アい、こエ」
プラスチックでできた先の丸い白いフォークの先に、何か挟まっている。
「あら、何?これ」
さあて、なんて言おうか。予定してたシチュエーションと違いすぎて。ええい、出たとこ勝負だ。
指輪のサイズが合っていることを祈ろう。
▽13
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a-kuma3 ●48ポイント ベストアンサー |
「お待たせ。緑川くん、早いねー」
「いや、オレもさっき来たばっかりだよ」
「だって、約束の時間まで、まだ一時間もあるよ」
「うん、家に居たって、平和サミットがどうとか、つまんないニュースしかやってないしさ、それに、お祭りだと思ったらさ、なんか、もう、うずうずしちゃってさ」
「うん、私も」
もしかしたら、陽佳(はるか)が来ているかもしれない、とか思ったなんてことは、絶対に言わない。
朝顔の柄の浴衣に、アップした髪がとてもよく似合っている。まぶしいのは、提灯の明かりで逆光になっているだけじゃなさそうだ。いつのまに、こいつはこんなに女っぽくなったんだろう。
「まだ、みんなが来るまでには、しばらくあるね」
「どうせ、弘(ひろし)なんて、がっつり遅れてくるんだろ。いやー、わりぃわりぃ、電車が脱線しちゃってさー、とか言いながら」
「ふふっ。弘くん、小学校のころから、言い訳がおんなじだもんね」
「せっかくだから、夜店の方でも、ちょっと覗いてこようか」
なるべく、さりげない風を装って、陽佳の手を引く。
声は震えてなかったろうか。
手は汗ばんでないだろうか。
やべ、緊張してきた。後ろを振り向けない。
「慌てなくったって、夜店は逃げないよ」足がもつれそうになってたオレの横に陽佳が並ぶ。手はつないだままだ。
「ふたりっきりでしゃべるの、久しぶりだね」
「そうだなあ。小っちゃいときは、いつも一緒だったのにな」
「中学に入ってから、お父さんの仕事を手伝ってるんだっけ。学校もよく休むもんね」
「中学生には、中学生にしかできない仕事がある、んだと」
「いいなー、わたしも仕事してみたーい」やっぱり、言うことは、まだ子供だ。同い年のオレが言うのも何だけど。
「ちょっと、腹へらね? 陽佳、焼きそば好きだったよな」
「軽く食べてきちゃったんだよね。私、かき氷が良いな」
「良いね、かき氷。やっぱり、ミゾレ?」
「もち!」
陽佳を待たせておいて、かき氷の屋台へ向かう。
「おじさん、ミゾレをひとつと、えーと、ブルーハワイをひとつお願い」
「あいよ。ミゾレとブルーハワイ、ひとつずつ!」
かき氷ができあがるのを待ちながら、後ろを振り返る。
こっちを見ていた陽佳と目があい、こっちに向かって小さく手を振ってくる。なんとなく照れくさい感じがしたが、オレも小さく手を振りかえす。
親父の仕事に引きずり込まれ、自分だけが変わってしまったと思っていたけど、何も変わっちゃあいないんだ。で、みんなもちょっとずつ大人になっているんだ。祭りの提灯に照らされている陽佳を見ながら、こいつのことが好きなんだろうか、などということを考えていた。
「ほい、かき氷二つ、お待ち! 人が多いから、こぼすんじゃねえぞ」
屋台のおっさんの声で我に返り、オレは両手を伸ばして、かき氷を一つずつ受け取る。
「ぼうず、ごっつい腕時計してるじゃねえか。かっこいいねえ」
「おじさん、オレが頼んだの、ミゾレのやつだよ。これ、メロ……」
「ん?」
「いや、何でもないや。ありがとう、おじさん」
大人の世界が、無粋だ、ということを、あらためて思い出した。
人混みを離れ、腕時計をカードリーダモードに変更して、紙コップの底に当てる。思った通り、反応がある。イヤホンを耳にはめ、PIN を打ち込んで読み取りを開始する。
「Hello Mr. Green. Your mission, if you accept it ...」
ちぇっ、やっぱり呼び出しか。
あーあ、もうすぐ花火が始まるってのに……
(続く?)