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現在いる会社は残業代が出ないといわれました。
労働局に問い合わせるとそれは違法だとの回答。
しかし日本は法治国家でありながら労働法を守られていないのが普通。
「労働法が…」とか言おうものなら周りに嫌な顔されたりする。
おかしくないですか?
法治国家において違法行為をしている会社を擁護するとか。
いったいいつになったら労働法がきちんと守られるのが当たり前な社会になるのでしょうか?

私が思ったのはそもそも労働法なんて公務員のためにあるだけなんじゃないかと…
だってほとんど守られていないのですから…
もちろん管理職など残業という概念自体がない役職があるのも知っているので管理職だからでしょとか言う回答にならないものはいりません。

一体なぜ国民の生命、人権に非常に重要な労働法がこうも軽々しくみられているのでしょうか?
そしてきちんと守るのが当たり前の時代はいつくるのでしょうか?


●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:政治・社会
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答1号

>労働局に問い合わせるとそれは違法だとの回答
>「労働法が…」とか言おうものなら周りに嫌な顔されたりする


簡単でしょう?
「労働法が…」とか言いつつ断固としてケンカし、残業を断り、残業させられたら残業代を要求し、払われなければ訴訟を起こす。


「きちんと守るのが当たり前の時代」はそうした意識ある国民の普段の努力(もしくはケンカ)の積み重ねによってしかやってきません。


2 ● 匿名回答2号

御主張の内容、ごもっともと感じます。
事情を把握しながら事態を放置している当局にも、違法行為を何とも思わない会社の側にも多いに問題があると思います。
さて、法治国家という言葉ですが、読んで字のごとく法によって国政が行われる事を基本とする国家、という意味です。法律というのは守られるべき"最低限の"決まり(あまり細かなことは法律ではなく、道徳心を持ってなされるべきで、違法でなければ何をしてもいいというのは文化としてあまり感心できた状態ではありません)であり、違法行為がまかり通っている状態を法治国家と呼べるかどうかは甚だ疑問です。
ご質問対するはっきりとした答えを持ち合わせておらず申し訳ありませんが、私も仰られているような違法状態がまかり通っている状態に腹立たしい気持ちを感じるばかりです。
時の政権の積極的な対応を期待して止みません。

違った切り口から見て見ますと、このような記事が目につきました。
山本七平という方が、自書の『『派閥』の研究』という著書の中でこう記しています。
引用ここから
「日本は法治国家ではなく納得治国家で、罰しなければ国民が納得しないほど目に余るものは罰する法律を探してでも(別件逮捕同然のことをしてでも)罰するが、罰しなくとも国民が納得するものは違法であっても大目に見て何もしない」
引用ここまで
もしこれが日本人の国民性であるとするならば、その国民性こそが日本を法治国家たらしめざるものではないかと思います。
礼儀を重んじ、規則や規律のみを拠り所にするのではなく、法律は守るべき最低限のもの、という考え方(あくまで個人的な考えです)に立てば、自ずとこのような風潮が良いものではないということに気付いてくるように思います。

また法と自由、という立場に立てば、個人は法律を守ってこそ自由を手に入れることができる一方で、人は自由を重荷と感じ自由から逃れようとする、という古い心理学者の指摘もあります。

法律を守るという最低限のことが実際には難しい現状は人の心理に根ざした根深いものがあるように感じます。
駄文長文ではありますが、質問者さまの参考に少しでもなれば、と思います。

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