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dankogaiさんが堀江さんについて語ったブログのエントリーについて解説をお願いします。
これは重要!とおもうのですが、自分の物として理解することが出来ないでいます。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51861215.html

「今ならわかる。自分だけでは書けない人生の一節を、どう自分のものとして引用するのかを、彼から学びたかったなのだ、と。
結局私はその点において、彼ほど上手になることも好きになることもなかった。しかしそれが時に必要であり、必要なときにはどうすればよいかはいくばくか学ぶことが出来たと思う。今私がこうして本記事を書いているのだって、その成果の一部である。」

この部分が指している能力について(出来れば具体的に)説明してください。

「犯罪ではない以上、誰でもできるはずなのに、なかなか出来ないこのことこそ、著者から一番まなびたい。」

上記と同じ答えかもしれませんが、この文章の「なかなか出来ないこのこと」を(おなじく出来れば具体的に)説明してください。

●質問者: eggi
●カテゴリ:学習・教育
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● 伊達要一
●10ポイント

山本一郎さんが本件を言い換えた形でわかりやすく語っております。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20130303-00023713/


eggiさんのコメント
ありがとうございます。山本一郎さんのこの記事も読んではいましたが、dankogaiさんはもっと具体的なことを話しているのかなと思いまして・・

2 ● asatoryu
●30ポイント

小飼弾氏は堀江貴文氏が代表を務めていたオンザエッヂにヘッドハンティングされ、最高技術責任者に就きました。
二人には惹かれ合う点がありました。二人とも、分かりやすい正論を紹介して、それ以外は“間違っている”と断じる(逆に分かりやすい反論を紹介して、だから“間違っている”と断じる)思考の持ち主です。すべての事象を真偽のデジタルで判定するプログラマー思考というやつです。

堀江氏は法律で規制されていないのだからという正論を主張して収監されたわけですが、この時の堀江氏の行動を批判しつつも、じつは小飼氏は堀江氏の究極のプログラマー的思考を羨んでいたのではないでしょうか。

小飼氏はブログなどで「弾言」という用語を好んで使いますが、究極の「弾言」が堀江氏の行動であったといえます。これが「犯罪ではない以上、誰でもできるはずなのに、なかなか出来ないこのこと」なんだと思います。

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eggiさんのコメント
ありがとうございます。 別の方のご意見ももっとお聞きしたいです。

3 ● Baku7770
●50ポイント

文章内には具体的に示されていませんが、質問への回答を簡単に言ってしまえば、
「人を踏み台にした上に、それを自分独自の手柄とするそんな世の中の渡り方、生き抜き方」
とでもなるでしょう。
文章から引用するのなら、
>自分だけでは書けない人生の一節を、どう自分のものとして引用するのかを、
これが何を示しているのか理解すれば良いのです。
>彼から学びたかったなのだ
正しく書くなら「彼から学びたかっただけなのだ」と『だけ』が抜けたので解りづらくしたのでしょうね。

もう一つの質問も回答は同じですが、引用するなら、
>引用符。それこそが、「まねる」と「まなぶ」の違いではないか。まなびはまねびから生ずるけれど、くくらなきゃまなびにはならないのだ。
多分ここも誤字があって、最後は「くくらなきゃまねびにはならないのだ。」でしょう。
つまり、引用符がなければ自分の主張に見せることができる。と言いたいのです。


eggiさんのコメント
ありがとうございます。 堀江さんも小飼さんも、人を踏み台にしたとは思いませんが・・。 他の方の人生を「引用する」という事を小飼さんは言いたいのでしょうか? もしそうなら、それって具体的にどういうことなんでしょう?

4 ● meefla
●410ポイント ベストアンサー

解釈は人それぞれと思いますし、別の人の意見も聞きたいという事ですので、私見を。

「人生の一節を引用する」=「(人生の大事な局面で)他人の力を借りる」と解釈しました。

ご存知とは思いますが、dankogai さんはオン・ザ・エッヂの CTO に就任するまで、ほぼ独力で仕事をしてきた人です。
それが可能であったのは dankogai さんの才能のなせる技ではありますが、1999年当時の dankogai さんに欠けていて堀江氏が持っていたものは、(特に日本人的な風土における)他人とのネゴシエーションの技術だったのではないかと邪推します。
だとすれば、堀江氏が dankogai さんをオン・ザ・エッヂの CTO とした事それ自体が、堀江氏による「dankogai さんの引用」と言えるでしょう。

ネットワーク屋さんをしていたころ、堀江貴文氏と出会い、『半年後に会社を上場するんだけど、CTOがいないので、やってくれますよね』といわれてCTOになった

「誰もやらない仕事を受け止めるのがCTO」――CTO48レポート ? @IT自分戦略研究所

と語っている dankogai さんですが、2001年に CTO を退任します。
個人的にどういう経過で退任したのか興味を持ったので調べてみましたが、

だからこれ以上自分がいても後進が育たないだろうということと、自分でもやりたいことが出てきたので、2001年に会社を辞めました。

″ライブドアの社員は、ライブドアの技術のなんたるかを知っておく必要がある″ - 小飼弾さん

くらいしかわかりませんでした。
もしかすると、

一方、堀江さんは“会社は大きくすべきだ”という考えでいた。意見がかみ合うことはなく、そのまま彼女はオン・ザ・エッヂを去ることになる。

ITは、いま──個人論オン・ザ・エッヂを創業した彼女が歩いてきた道 - ITmedia ニュース

という、有馬あきこさんのように (堀江さんとは)根本的に違うものを感じた のかもしれません。
ともあれ、CTO 退任後の dankogai さんの歩みを見てみれば、「他人の力を借りる」事が「彼ほど上手になることも好きになることもなかった」のがわかると思います。

ちなみに堀江氏は、優秀な人材には相応の報酬を出していたようです。

弾:そう,ちゃんとできる子にはお金ザクッと出してたからね

#13 シックス・アパート 宮川達彦:小飼弾のアルファギークに逢いたい♥|gihyo.jp … 技術評論社

第二点目の「なかなか出来ないこのこと」は、素直に「どこにいても、だれからも、まなぶ」だと思います。
孔子の「三人行けば必ず我が師有り」ですね。
「まねる」のは、コピペのできる人なら誰でもできます。
引用符を付けて出典を明示した引用は、著作権法で認められており、犯罪ではありません。
しかし、引用になっていないコピペブログのいかに多いことか。
「くくらなきゃまなびにはならないのだ」は、引用を引用であると明示する事によって「自分が考えた事」と「そうでない事」を峻別する所から「まなび」が始まる、という事だと解釈しました。
「どこにいても」が「刑務所でも」を包含する事は言うまでもないでしょう。

余談ですが、「徒手徒拳」は「徒手空拳」なんじゃないかと思います。
以上、お役に立てることを祈りつつ。

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