僕はポジティブなときもあり、ネガティブなときもあります。なんだろな…
でもこういうのは人それぞれと言うしかないと思います。
毎回ネガティブに考え、過去を引きずり過ぎてはいけませんし、ポジティブ過ぎて回りを困らせてもいけませんと思います。
人生を思い悩んでいる人は確かにアーティスト的で繊細な感性を持っていると言えます。過去の詩人や小説家はそんな人ばかりだったと思います。
ですが、ポジティブだからこその感性もありますのであまり気にしない、自然のままがいいと思います。
人間には、「こうなったらどうしよう」と考えたり悩むことは必要だと思います。それをネガティブというのならそうなのでしょう。
しかし、悩んでもどうしようもないこともあり、いつまでも1人で悩み続けて体を壊したり…、というのは避けるべきで、そのような場合には、誰かに相談するとか、別の方法を試すなど、ポジティブな方向に切り替えるべきだと思います。
人には、いろいろなやり方があり、「過去を振り返っていても仕方がない!とにかく行動!」と言い切る人もいれば、過去の自分の行動などについて吟味したり反省し、いろいろ模索してこそ、より良い行動ができるとする人もいるでしょう。
私も「とにかく前向きに」「悩んでいても仕方がない」とよく言う人は、何というか「深み」がないと思います。思慮深さが欠けている、と思ってしまいます。
ただ、最悪の事態を考えることは必要ですが、だからといって、「どうせ失敗する」などと弱気になってしまってはいけませんね。
最悪の事態を想定しつつも、あくまでも行動は成功めざして強気でいく、というのが理想ですね。
小説や詩などに見られるような、ネガティブなこと、人間の弱さや繊細さなどを考えることも時には必要で、万一、実際にネガティブな思考に陥ってしまった時に、そうした小説や詩で読んだことが勇気づけてくれることもあると思います。
たとえば、疲れた時には、気を張るのをやめて、行動を控えるなどして休むことも必要だといったことですね。
強さと弱さ、やさしさとしたたかさを知っている人が、本当の意味で強い人なんだと思います。
自分の担当医のアドバイスの一つに「ポジティブ/ネガティブと考えるのは止めましょう。その時の自分にとって”適切な行動か”考えて下さい」というのがあります。
自分は病気なので、辛い時は動けず、布団で横になっています。
これをポジティブかネガティブかと考えると、一般的な社会人からすればネガティブなイメージかも知れません。
しかし、「病気で療養のために薬を飲んで安静にする」ことはその時の病状からすれば適切な行動であると自分は考えます。
辛い時に、特に急ぐ訳でも無い用事の為に外出することは、「辛いのによくやったね、がんばったね」とポジティブな風に捉えられるかも知れません。
しかし、上記のように考えれば、辛い時は安静にしていることが重要ですし、急ぐ用事でもないので、この行動は「適切では無い」と考えます。
まあ、自分が病気のために、一般的な「ポジティブ/ネガティブ」イメージから脱却することが必要なため、こういうアドバイスになったのだろうとも思います。
しかし、経営者が事業について考えたり、また、新居を購入するか中古のリフォーム物件を購入するかなど人生の岐路について考える時、こういう「自分の状況をよく考えて、適切な行動を取る」ことは大切だと思うのです。
その結果、周囲の人から「消極的ね」とか「もっと前向きに」とか言われることもあるでしょう。しかし、しかるべき所に相談したり、自分達が考えた結果、適切だと判断したことです。流行や見栄、勢いなどで行動してしまうより、熟慮することは決して悪いこととは個人的に思いません。
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ポジティブ、ネガティブで割り切れないことがたくさんありますし、そもそも、本当の意味でポジティブな性格というのがどういう人なのかよくわかりません。外に向かう力が強い人、行動力のある人がポジティブで、内側に向かう力が強い人で、思慮深い人がネガティブといわれがちな気がしますが、どちらも適材適所なんじゃないでしょうか。
あと、コンプレックスを感じさせない、明るい人というのは本当の意味で友達ができないと思います。なぜなら、誰しも多かれ少なかれコンプレックスや不安を抱いているからです。つまり「私にも不安がありますよ」と心を開いてくれないと、自分も心を開きにくいんだと思います。自慢話ばかりしている人が好かれない、というのも同じ理屈だと思います。
結局、みんなコンプレックスを抱いている「自分への不安」=「ネガティブ」ととらえられるので、それを解消したい=ポジティブになりたい、ポジティブがいい、という風潮になりやすいんだと思います。でも、本当に100%ポジティブな人は何かしら欠けているように思われがちなので(反省や、振り返りがない人なので)、結局はある程度ネガティブな人のほうが共感されやすいと思います。
個人的にはポジティブを考え出したときはたぶん自分で絶望しているときだと思いますので、あまりいい徴候とはいえないなと考えてます。
太宰治でしたか、『源実朝』でたしか、暗いうちはまだ破滅しない、というような意味のことを書いていた記憶があって、ネガティブに考えてるうちはまだなにかの見込みがあるような気がします。
まあ、ポジティブにしろネガティブにしろ、そう思えないのに無理やりそう考えるということは体に良くないと思うので、好きな風に考えるのが一番いいんですけど。