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相続登記で必要な戸籍で戦前分が必要な場合、戦前戸籍を入手しますが、関連して聞きます。死亡者(被相続人)の出生から死亡までの戸籍が必要ですが、よほど長生きした場合でない限り、下記の?か?で間に合うと思います。即ち、?明治5年戸籍(壬申戸籍)。?明治19年戸籍(明治19/10/16?明治31/7/15)。?明治31年戸籍(明治31/7/16?大正3/12/31)。?大正4年式戸籍(大正4/1/1?昭和22/12/31)。
そこで、じつは、手元に、多分、?らしいものがあり、見ていますが、士族とも平民ともどこにも書いていません。こういうことは、どこに書いてあったのでしょうか(戸主や前戸主の欄には何もないです)。戦前は、皇族の他に、華族、士族、平民があったことは知っています。
?か?らしいものもあり(?と?をどうやって区別するかわからず)、その戸主・前戸主欄にも、それらしい文言はありません。
士族・平民を示した他の書類があり、現在は開示されていないということでしょうか。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:政治・社会
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 匿名回答1号

ウィキペディアからの転載で、原文にはあたっていませんが:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B0%91
旧戸籍法第18条では、華族、士族の旨は記載して、平民の旨は記載しない
そうです。いまでいう「デフォルト」(省略時の解釈)ですね。


匿名質問者さんのコメント
(1)Wikiに関連した内容があったとの情報、ありがとうございました。 >明治8年3月布告第44号には >「人民署名肩書ハ何(府県)華族、士族、平民ト記載可致此旨布告候事」 >とあるが、 >旧戸籍簿には華族、士族は族称として明示するが、 >平民の称はこれを記載しなかった(旧戸籍法第18条)。 明治8年の布告で署名するときは族称を書けとなっていたのですね。 しかし、本人が、士族と書いても、戸籍を提出させても、 本当かどうか、わからないですね。 何か、別の公的な書類があったような気がしました。 それと、華族も戸籍法で律せられていたのですね。戸籍法なら内務省の 管轄だと思います。 華族は、宮内省管轄におかれ、別の特殊な「戸籍」かな、 と勝手に想像していましたが。 ありがとうございました。

匿名質問者さんのコメント
2)Wikiで言及ある「明治8年3月布告第44号」にのっとり、 署名捺印するときですが、族称を書くとは、どんな感じかな、と 思いました。 士族なら、 三重県士族 ☆山 ◎◎ でいいと思います。 華族なら、 京都府華族 ?小路 ▽▽ とかでしょうか。 ちなみに、有名な、日本国憲法の書類を見ると(大臣の署名花押)、 次のようになっており、 族称は一切書かれていません。 男爵家の当主が「男爵」と書いているだけです。 当主でなければ何も書かなかったでしょう。 吉田茂 花押 男爵 幣原喜重郎 花押 卒業証書には、族称が書いてあったと思います(地方の郷土資料館)。 当然、学校は把握していなければ書けません。入学時に、 何か公的書類(族称を示す)を提出するのではないか、 また、卒業時も提出(在学中に、父が分家すれば、華族や士族も平民になる) と理解しているからです。
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