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犯罪者の人権を尊重すると被害者や大衆の感情を逆撫でするのは何故ですか

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:政治・社会 生活
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

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質問者から

関係ない気がします


1 ● 匿名回答1号

罪を犯した者を甘やかすとは言語道断という感情からだと個人的に思います。

例えば殺人の場合。
「人を殺した奴がどうして衣食住保証された場所に居ることがゆるされるのか。市中引き回しで石を投げつけられ、張り付けにされて飢え死んでもかまわないのではないか」
「死刑が決まっているのに何故長々と収監されているのか。国民の税金で死刑囚を生かし続けるのは疑問だ」

というのが、遺族としての気持ちだと思います。だって、殺人の被害者は何をしても戻ってきませんから……そのきっかけとなった人間=加害者に対する憎悪は言葉では表せないでしょう。
病気や天災で大切な人を亡くしても、辛く苦しいのです。そして何かに対して怒りをぶつけたいけれど、その対象がない。だけれど、殺人なら加害者という対象が存在するのです。

ですが日本は法治国家です。法に従って罪を裁き、罰を与え、私刑をすることはゆるされません。

それゆえ、苦しい感情だけでも叩きつけたいというのが自然な流れなのではと個人的に思います。

id:Kaoru_A


匿名回答1号さんのコメント
>でも罪を犯した人にも遺族はいるし、罪を犯した人だって殺したら戻って来ないと思います 罪を犯していないのに、命を奪われた人。 罪を犯し、法に沿って死刑となった人。 この差が大きいと、少なくない人が思うのではと個人的に考えます。<span style="font-weight:bold;">「罪を犯したら、罰を受けなくてはならない」</span>のです。 その「罰」の一つが「社会的制裁」であり、法がコントロールしきれず、なおかつ、被告人の人権救済活動をしている人達が懸念している事の一つであろうと個人的に思います。そして、社会的制裁は被告人だけでなく、その家族や周辺まで影響を与えるケースが多々あると感じます。 上にも書きましたが、私刑を法は認めていません。ですが、一般的な人々は、汚いものを嫌うように、罪を犯した者を嫌うのです。さすがの法も、人の心までは縛ることはできません。被告人の人権救済活動をしても、「ケガレを嫌う人の心」を変えることは非常に難しいのではないでしょうか。 逮捕、起訴、裁判、収監を経て、様々な心境の変化があった被告もいました。宗教に帰依し贖罪の祈りを捧げる日々を送った被告、謝罪の手紙を何通も出した被告、俳句や小説などを書き上げた被告、様々な被告がいました。 しかし、罪を犯したという事実は覆せないのです。 罪を犯すこと。それがいかに重いものか。自分の家族、周囲に辛い思いをさせることになるか。そのことを十分に分かって欲しいと思うのです。 id:Kaoru_A

匿名質問者さんのコメント
人を殺す人には動機がある訳ですよね その人を殺してやりたい理由 遺族が裁判で被告に求めている気持ちと似たようなものだと思います 大切にされる人に偏りがあります もしも殺してやりたい理由を公で解消すれば事件は起きなかったかもしれない

匿名回答1号さんのコメント
>もしも殺してやりたい理由を公で解消すれば事件は起きなかったかもしれない 計画性のない殺人の多くがその時「とっさにやってしまった」という一言で片付けられていると個人的に感じます。かっとなって殺してしまった、肉体的精神的に追い詰められて逆襲してしまったなどです。 また、子供の虐待致死を防げなかった児童相談所の会見等をで所長などが「もっと早くに気づけば」とか言っていますが、虐待やネグレクトをしている家庭に行政が踏み込むには法制度の改革が必要であり、現状は難しいものがあります。 >罪を犯したものに罰を下したいという感情を持つ人は >他人の犯した罪が大事で自分がどうかは気にしないで他人を罰する事に関心があります <span style="font-weight:bold;">日本は法治国家であり、刑法があります。</span> 法に背いた行いをし、逮捕起訴され、刑事裁判で判決が出たならばそれに従わねばならないのです。 聖書には、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」というイエス・キリストの言葉がありますが、<span style="font-weight:bold;">人はそれほど聖人君子ではありません。人の心には光と影、両方の面があるのです。片方だけ存在することは難しいのです。</span> 「ケガレを嫌う気持ち」や「社会秩序を乱した者を排除したい気持ち」それらを完全に消すことは難しいでしょう。 夢を語るだけなら誰でも出来ます。ですが、現実は汚いし、臭いし、暗くジメジメしているものなのです。そんな現実の中で、自分の中の「よどみ」が増えないよう、どう生きていけば良いか。 それを考えるのが、道徳やマナー教育であり、「悪の情報を知ることで、悪から身を守る」などの防犯意識などだと個人的に思っています。 多分、これ以上自分がコメントしても何も変化は起きないでしょう。 自分はここで降ります。 id:Kaoru_A

質問者から

でも罪を犯した人にも遺族はいるし、罪を犯した人だって殺したら戻って来ないと思います


2 ● 匿名回答2号

先に人権を損なった犯罪者の人権を尊重することは理不尽です。

全ての犯罪が人権を損なうことでは無いかもしれませんが、この質問の場合には該当すると思います。

>でも罪を犯した人にも遺族はいるし、罪を犯した人だって殺したら戻って来ないと思います
それは結果です。
先に罪を犯している事実が問題なのです。
犯罪者が後のことを考えているのであれば、犯罪は起こらないでしょう。
起こすとしても別の手段を取るでしょう。
あなたが仰るように、公で解消するなりして。


質問者から

警察は決定的な事が無い限り、普通は動かないので
立場の弱い人は結局犯罪をします
立場の強い人は相手は公のルールを守っている限りは安泰です



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