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「どんな学校に転校してもいじめられるなら、そりゃ本人に原因があるんだね」という命題は、「論理的には」正しいと思いますか? YesでもNoでも、理由を挙げて述べてください。(ここで学校・転校・いじめ・本人・原因といった用語に関しては一般的な意味であり、特殊な意味は持たないとします)

●質問者: lionfan2
●カテゴリ:学習・教育 ネタ・ジョーク
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 13/13件

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1 ● なぽりん
●20ポイント

「どんな学校に転校してもいじめられるなら、そりゃ本人に原因があるんだね」の対偶は
「本人に原因がないのなら、どんな学校に転校してもいじめられない」
でありますが、これは私からみれば明らかに偽です。対偶が偽なら命題も偽ですから結論から先に言えば私の回答はNoです。

以後対偶のほうを検討いたします。

・一つの仮説として本人の原因の有無を「よく検討しない転校先へ転校する」行為にまで拡張するとすれば、一見真かのように見えますが、一般の国民でさえ政府の予測のつかない政策転換に「おいこりゃいじめだろう」というような世の中では、本人がいかにアカシックレコードなみの人智をつくしても、いじめが起こらない学校を選べるとはいえません。適職論にも似ています。
・また、もう一つの仮説として本人の原因の有無を「状況をいじめと感じる心」にまで拡張すれば、一見真かのように見え、これは第一の仮説よりももっともらしくみえます。ただし、人生には各種の挫折がつきものであり、心を捨てることはできませんからやはりいくら健全な心の持ち主であっても状況をいじめと判定せざるを得ない機会に遭遇する可能性がゼロではありません。


・わたしとしては、「どんな学校に転校してもいじめられないなら、そりゃ本人に原因があるんだね」つまり裏のほうを興味深くほりさげていきたいものです。適切な守護が存在することで「いじめられない原因」=「実力に裏付けられた自信」をもった学校生活を送っていただきたいものです。その守護のことを「個性」とか「居場所」と呼べる場合もあるかもしれません。家庭かもしれないし部活動かもしれない。
部活動や各種の課外活動をする日本の学生生活アニメを中国の学生はとてもうらやむといいます。どうあれ、ぜひ居場所をつくってほしいとおもいます。


lionfan2さんのコメント
id:NAPORIN様、回答ありがとうございます! いじめに対する強い思いが伝わってきて、もしNAPORIN様が小学校の先生でしたら、ぜひ自分の子供を預けたい方だと思いました(←子供どころか相手もいないですけどw)。・・・ですが、ついさきほど、クイズ出題で致命的な大ミスをやらかした自分が言うのですが、対偶のところで、うっかりミスをされているかと。

なぽりんさんのコメント
oh、少なくとも一つの学校、か

2 ● sibazyun
●50ポイント

(1)「どんな」というのを、常識的に選択可能な、と限定し、
(2)「本人に原因」というのを、「原因は責任とは違う」と注釈すれば、
成立しそうな気がします。たとえば、もちろん現代の倫理では不可ですが、
「黒人であったので、白人国の全学校で差別される」という状況が考えられます。
黒人国にいけば差別されないだろうが、常識的には選択可能ではない。
また、黒人に生まれたことは、本人の責任ではない。


lionfan2さんのコメント
id:sibazyun様、ありがとうございます。了解です。「原因と責任は違う」というのをしっかり明示して論じていたので感心&驚きました。 今回の質問をしたのは、あるサイト(URL忘れました)の文章を読んだからなのです。「<b>何回</b>、転校してもいじめられるなら、それは本人に<b>責任</b>があるのだ」という文章は<b>間違い</b>だ、という主張が書いてあり、その趣旨は「たとえその人が周囲の人をムカつかせる天才であろうとも、ムカつく周囲の人たちの心に原因があるから」というものだったのですが、いまいち納得できなかったのです。ですが、どこがおかしいのか、はっきり指摘できなかったのです。ですので今回は、論理的によりクリアでシャープにしたバージョンで、とりあえず聞いてみたのでした。

sibazyunさんのコメント
よく考えると、命題の文に主語がいりますね。「生徒が」で、「生徒本人」ですね。こうすると、論理的にはなりたつとおもいます。たとえば原因が「生徒の服」でも「生徒の肌の色」でも「生徒の言動」でも成り立ちます。一方、別のかたの出した例ですが、 主語が「食材が」なら「食材自体」で成り立ちます。主語が「料理」なら「食材自体」は「料理の一要素」なのでなりたたない、ただ、主語が「料理」なら「料理自体」は、料理の食材でも料理の調理人でも料理の味付けでも含むので成り立つ。

3 ● Gleam
●15ポイント

結論からいうと、本人にいじめられる原因がある場合と、ない場合があるので、命題は正しくない

自分が中学生のときを思い出しました。

転校生でありながら、非常に高飛車で、暴力は振るう、爪が伸びていて喧嘩のときは凶器になる、給食は食べ散らかして掃除もしない人がいました。

この人は転校してきて、1ヶ月くらいで誰からも相手にされなくなりましたが、それは本人が悪いと思います。
人に好かれる努力するということを、明らかに怠っていました。
私は40代にもなりますが、今でもたまにその人が悪行をしている場面が思い出され、夢にうなされることもあります。

一方、病気や事故などで他人と著しく異なる身体を持っている人がいます。
そうなったのは、全く本人の責任ではありません。
しかしながら、未熟な子供の人間的な完成度で学校生活を過ごす中、そのような人が傷つくことを1回も言われないとしたら、それは奇跡です。

子供の社会は大人の社会の縮図です。
大人になりきれていない大人が子供に虐待をしたり、そこまででなくても弱い人を攻撃したり、差別的なことをしたりしている世の中では、学校でのいじめは絶対になくなりません。
最近のニュースで、いじめについてさかんに色々なことがいわれていますが、いじめをなくすためには、まず何より先に、大人が社会を変えなければいけないと思います。


lionfan2さんのコメント
id:Gream様、ありがとうございます。たいへん心やさしい方だと思いました。 ただ今回は「論理的な」話をしており、つまり人や社会がどうあるべきか、については一切、度外視したいのです。また本人に「責任」があるかではなく、「原因」があるか、の話をしています。書きながら気づいたのですが、いわば今回の質問は「原因」とは突き詰めると何? ということに帰着しそうです。

4 ● khurata
●50ポイント

論理的には、「必ずしも正しいとは言えない」と思います。なぜ私がそう思うのか、以下に示します。

まず、論理構造の似た文章を題材にして考えてみます。

「どんな学校に転校してもいじめられるなら、そりゃ本人に原因があるんだね」という文章は、「どんな調理をしてもマズいなら、そりゃ食材に原因があるんだね」という文章に、論理構造が似ていますが、後者は肯定出来るでしょうか。
多少腕に覚えのある料理人が後者の文章を聞いたなら、「私がやれば違うかも知れない」と思うでしょうし、食材の生産者が聞いたら「そんなはずはない」と思うのではないでしょうか。

以上の論理的な問題点は、「どんな学校に…」という前提について疑義を生じさせるに充分だという事を示しているでしょう。
本当に、ありとあらゆる全ての学校に転校出来るか・したのか、と言う問題が、この文章には在るのです。料理人ならば、「本当にありとあらゆる調理を試したのか」と疑うでしょう。

次に、「本人に原因」という点について考えてみます。

「本人に原因」と言いますが、本当にそうなのかどうか、という話です。たとえば、この「本人」が外国生まれ外国育ちで、日本語がほとんど話せず、そのためにいじめられたならば、それは「本人に」原因があるのではなく、「本人の育った環境」や、「本人を転校せしめた人」に原因があると言えます。
また、たとえば本人が事故で片腕を失っており、そのためにいじめられたならば、それは「本人に」原因があるのではなく、事故を起こした方に原因があるでしょう。
要するに、「本人に原因」という文章は、それが本人自身に起因するものかどうか、本人の意思と努力でどうにかなるものかどうか、という点を無視しているのです。


lionfan2さんのコメント
id:khurata様、「どんな調理をしてもマズいなら、そりゃ食材に原因があるんだね」と置き換えて考えてみる、というのは面白いですね。 さて、今回は現実的な話は一切、度外視し、「論理的に」正しいか、という話ですので、 ・「本当に、ありとあらゆる全ての学校に転校出来るか・したのか」 ・「「本当にありとあらゆる調理を試したのか」 については、どちらもYesだ、と思ってください。 後半については非常に興味深かったです。今回の自分の漠然とした疑問のポイントをはっきりしてくれました。 >> 「本人に原因」という文章は、 それが本人自身に起因するものかどうか、 本人の意思と努力でどうにかなるものかどうか、 という点を無視しているのです。 << ただ、これは「本人に<b>責任</b>があるか」についてであれば、100%正しいと思いますが、「本人に<b>原因</b>があるか」の話ですので、まだ議論の余地はあると思います。 ネットの広辞苑でひいてみたのですが、「原因」の定義は 「ある物事や、ある状態・変化を引き起こすもとになること。また、その事柄。」 http://dictionary.goo.ne.jp/srch/all/%E5%8E%9F%E5%9B%A0/m0u/ でした。 そして、いままでいじめがなかったX学園だったのに、ある転校生が来た途端、その転校生に対するいじめがはじまったのなら、「その転校生が、X学園の変化をもたらしたもとになった」という言い方にすれば、命題としては正しいんじゃないかとも思えるのです。 「その転校生がいじめられる原因には、さらにさかのぼって別の原因がある」場合でも、できるだけ遡り、ただ一つの原因につきつめる必要があるのか? というのが自分の疑問だ、ということにいま気づきました。質問して良かったです。 そして今のところ、「その転校生に『原因』がある」、という言い方は、人間としての感情的には、たいへんひっかかるのですが、理論的にはしてもいいんじゃないかと思いました。 料理の例えだと、「どんな食材であれ、ダメな料理にする調理人」であれば、「原因は調理人」というのは、すごく説得力があると思います。ただ、「ほとんどの食材については、おいしい料理にできる料理人がいるのに、しいたけに関してだけは、いつも失敗してしまう」場合、しいたけに原因があるのか、料理人に原因があるのか、と言われると、なるほど、わからなくなってきますね! 話がずいぶん込み入ってきましたので、これはしばらく考えさせてください。

khurataさんのコメント
p1?p5 を拝読しました。しかしながら、まだ「抜け」が有ると思います。 p1?p5 が全て成り立つ場合、いじめられている生徒が原因を「帯同している」のは論理的に確かだと思います。しかしそれはその生徒自身に原因が在ることと等しいとは言い切れません。 「帯同しているもの」は、親が無理矢理着せている服なのかもしれませんし、誰かに強制された髪型であるかも知れませんし、医療事故によって引き起こされた顔面の変形であるかもしれません。そしてこれらは、その本人に原因が在ると言い切れないものであると、私は思います。 ちなみに私は、シイタケは大好物です。

lionfan2さんのコメント
ありがとうございます。シイタケが好きとはうれしいですね。自分も焼きシイタケは大好きです。 さて、「帯同している」についてですが、今回は「帯同している」場合でも「本人に原因があり」と言ってしまいたい、と思います。それが気持ち悪いと感じるのであれば「本人<b>側</b>に問題がある」でもいいです。(このアイデアはオリジナルではなく、クリティカル・シンキングの若山准教授のアイデアをお借りしてしまいました)

khurataさんのコメント
上記了解しました。しかしながら、「原因がある」という言い方には、まだ留意すべき点が残っています。 質問者様の今までの文面を私が読み取った限りでは、「本人に原因がある」は、「本人が原因を持っている」と言い換えても良いのではないか、と思えました。 私が上記で書いた事柄は、全て「本人が原因を持っている(本人の意思・好悪に関わりなく)」と言ってよいものだと思います。 では、その「持ち物」は、本人の意思で、手放す事が出来るものでしょうか……本人の意思で手放さず持っているのならば、これはもう「本人に原因がある」と言い切って良いと思います。 しかし、本人の意思に反して持たされている・手放す事が出来ないものであるならば、これを「本人に原因がある」と言い切って良いものかどうか、私は悩みます。 たとえば上記で書いた「医療事故に起因する容貌の問題」などは、「本人が手放したいと思っているにもかかわらず手放せない『持ち物』」ではないかと思えます。このような原因で、どこに転校してもいじめられる場合、「本人に原因がある」と言い切れるのかどうか、難しいところだと思います。

lionfan2さんのコメント
id:khurata様、了解です。今回ですが、「本人の意思に反して持たされている・手放す事が出来ないもの」であっても、あえて「本人に原因がある」と言い切りたいと思います。それで気にかかるのでしたら、バージョンA「言い切る」、バージョンB「言い切らない」のうち、今回はバージョンAを掘り下げる、でもいいです。今回、驚きなのは、バージョンAでさえ、論理的に厳密に考えるだけでは、問題の命題では「本人に原因がある」とは言い切れない、ということでした。考え得る最強の強い因果関係があってさえ、論理的な演繹ができないというのは驚きです。帰納法は万能ではない、というのは知っていたつもりでしたが、「事実上は」万能ではない、というだけでなく、ありとあらゆるケースを試せる空想のケースでさえ、帰納法が演繹にとってかわることはない、というのは予想外でした。

khurataさんのコメント
たけじんさんの回答、鮮やかでしたね、BA で大賛成です。論理の問題を論理で明確に切り返す、私も斯くありたいと思いました。

lionfan2さんのコメント
id:khurata様、コメントありがとうございます。id:khurata様の回答も、たいへん勉強になりました。自分は論理的な人間だとなんとなく思っていたのですが、いわゆる「下手の横好き」であったと実感しました。ですが、たいへん面白かったです。

5 ● 水樹
●15ポイント

人によって一部Yesと判断されると思います

子ども心に、人と違うというのはすごく目立って見えて、それが弱く見える場合はいじめが発生しやすいです
例えば、太っている 例えば、口調が特徴的(方言、厨二など) 例えば、髪の色が違う
などなど

この手のものは、改善しようと思えばできるものとはいえ、本人に原因があるとも言えるのではないでしょうか

自分は小学校のときから太っていました(ラグビーをやっていて筋肉少しついて、だいぶ大きかったです)
3年生の頃から太りだし、同時にいじめが出ました
自分がまわりとくらべて大きい身体をしていたのが原因だったんじゃないかと考えますね


lionfan2さんのコメント
id:nanaTigers様、回答ありがとうございます。ある人がいじめられているときに、その原因によって分類する、という視点はいいですね。たとえば [1] 本人的にはどうしようもない理由 (たとえば超有名な犯罪者の親戚である) とか、 [2] 本人の行動次第で、すぐにどうにでもなる原因(たとえば異臭のするアクセサリーをいつも身に着けているが、本人的には他のアクセサリーでも全然かまわないと思っている) かで、考えてみるのは意味がありそうですね。ありがとうございます!!

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