「で? そのまま別れちゃったわけ」
コーヒーを若菜の前に置きながら、明菜は呆れたように天を仰いだ。
「で、えもっちゃんは何て言ってるの?」
「お前の好きにすればいい、ってさ」
「なにそれ、恋女房にずいぶん冷たい言いぐさよね。あきれた」
恋女房なんてずいぶん古臭いな、と言い返されることを期待した明菜に対して、若菜はうつむいたまま答えない。ついに痺れを切らした明菜が、ちょっと乱暴に椅子を鳴らして立ち上がると若菜も顔を上げた。
「真弓は……チームに必要だから」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた若菜に、明菜はふう、と大げさにため息をついて見せた。
「あなたっていつもそうよ、自分のことは二の次」
「そうかな」
「そう、そうなの。そうなのよ。」
ジッとコーヒーカップを見つめている若菜の頭を、明菜はポンポンと叩く。
「損な、若菜」
若菜の目からあふれた涙は、カップから立ち上る湯気を揺らし、コーヒーの表面に波を立てた。
「それで、これからどうする気?」
「アメリカにでも行こうかな」
「また留学するってこと?」
「ちょっと違うけど……まあ似たようなもんか」
「いいんじゃない? 行ってきなよ」
「そうするか」
「よし決まり」
そして、若菜嘉晴の新たなる挑戦は舞台をアメリカに移すことになった。
もう書かれちゃいましたが、間に挿入してもOKです。
首都東京に新たに作られた電波塔の袂に、規模は小さいけれど常連客が多く、どんなバンドでも受け付けるライヴハウス、『キサラギ』がある。そこで歌って喝采を浴びると出世すると言う伝説があり、キサラギ出身とプロフィールに掲げる有名なバンドも少なくはない。そんな環境が根付いた街に住んでいたからか、自然とミュージシャンを志していた、白鳥若菜、高校二年生の春。
「ミュージシャンを目指したいから、高校をやめたい」
父親は激怒して顔を紅くし、母は驚きのあまり顔面蒼白になった。たどり着いた答えは“勘当”。高校退学の手続きを済ませ、三日以内に出て行けと言われて宿無し金無しになった時に、助け舟を出してくれたのは結婚を間近に控えたお姉ちゃんだった。
「“若菜さんの歌声がすごく好きです”だって」
「本人だって、意外と好きよ」
「“若菜さんのファッションも大好き。絶対デビューして”ですって」
「……ファッションはお姉ちゃんが買ってくれたワンピースの着回し。デビュー云々はもう無理な話だ」
「まったく。若ちゃん、頑固なんだから。折角、若ちゃん宛てのファンレター届いてるのに」
「だからなんですか、明菜オネエサマ」
昨日の話だ。一緒に退学した仲間と作ったバンドで、キサラギでライヴをやらせてもらった。出来は上々、だと思っていたが、ベースとドラムが喧嘩を始めた。あそこはどうだ、ここはああだと、争っているのを周りは見ているしかなく、行きつく先は解散。それは、親に勘当された頃を思い出させて余計に泣けてきた。
「そりゃ、若から音楽とったら何もないですよ。ニートとか言うやつですよ」
「そうね、家もないものね。新婚の姉夫婦の家に自分の部屋作ってるぐらいだものね。あと、自分のことは私って言いなさいよ、いつまでも“若”じゃ、笑われるよ」
「……お姉ちゃん怖いよ、その微笑み。音楽も人間の性格と一緒でね、進みたい方向に違いがあるのよ。音楽に正解はないの。若は自分を貫いただけ」
「で?別れちゃったわけ」
コーヒーを若菜の前に置きながら、明菜は呆れたように天を仰いだ。
「そう。そうなの。そうなのよ。」
ジッとコーヒーカップを見つめている若菜の頭を、明菜はポンポンと叩く。
「損な、若菜」
若菜の目からあふれた涙は、カップから立ち上る湯気を揺らし、コーヒーの表面に波を
立てた。
「もうやめるよ。音楽やめる。私には才能も人脈もないのよ。辛い思いはもうこりごりよ。だってさ、ベースとドラムは高校にいた時からあんまり仲良くなかったのに、“若菜のヴォーカルに惹かれた”とか言ってさ。キサラギの舞台に立つ夢の踏み台に、若を使っただけじゃない。もういやーやめてやるー!」
ぐいっと少し涙味のコーヒーを飲み干す。お姉ちゃんは空のカップを受け取って、新しいコーヒーを注いでくれた。私の好きな、特別な配合のブレンドコーヒー。ああ、明菜お姉ちゃん。あなたはなんて妹思いなの、と、優しい言葉を期待していたら、
「じゃ、やめれば?」
にっこりと、おそらくいつもと違わぬ天使の笑みで、悪魔の言葉をささやいた。
「でも、勘当されているから、若ちゃん部屋に住むんでしょう?目的も目標もないのだから、バイトでもしてお家賃は払ってね」
心が凍りついた。いつも笑顔で助けてくれるこの姉が、勘当された時、宿無し金無し人間の妹に助け舟を出してくれたこの姉が、まさかこんなことを言うなんて。天使の顔をした悪魔だ。
「フフフ、お家賃は半分冗談」
半分?ああ、恐ろしい我が姉。
「若ちゃん、本当は分かってるでしょ。人間ね、挫折があって成功するのよ。あなたの好きなキサラギ出身のミュージシャンも、たくさん挫折しているはずよ。挫折するから、振り返る。間違いを見つける。それを改善する。人生なんてこのローテーション」
「ああ、お姉ちゃんの好きな正のサイクルね」
「間違いは確かに間違い。若ちゃんのバンドのみんなの方向性を確かめなかったのは敗因よね。意味的には間違いはしてはいけないことだけれど、道徳的にはしなければいけないことよ」
お姉ちゃんの言葉が心に突き刺さる。失敗は成功のもと、とはいうけれど、実感したことなんてなかった。流石、我が姉。誇り高き私の姉。
「お姉ちゃん」
言いくるめられた気がして、少し、悔しい。
「私……音楽やめるかもしれない」
「うん」
「でも、やめないかもしれない」
「そう」
「バイト……やってみようかなと思う。お家賃も、ちゃんと払うよ。違う刺激があれば、何か見つかるかもしれないし」
「それがいいよ、お家賃は安くしとくから。夢は持つだけじゃなく、動いていかないとね」
未来なんて見えないから、どんな結果になるか分からないけれど、進まなければ何もわからない。
「あ、お義兄さん、お帰りなさい」
「あれ、若菜ちゃん、来てたんだ」
「悠斗、お帰り」
ありがとう、お姉ちゃん。待ってろキサラギ、今度はパワーアップして登場するよ。
▽3
●
libros ●30ポイント ベストアンサー |
若菜は辛そうに呟いた。
「自分なりにできることは全てやったわ。でもダメだった。やっぱり一緒にはいられなかった」
「で?別れちゃったわけ」
コーヒーを若菜の前に置きながら、明菜は呆れたように天を仰いだ。
「そう。そうなの。そうなのよ。もうこれ以上は無理」
ジッとコーヒーカップを見つめている若菜の頭を、明菜はポンポンと叩く。
「損な、若菜」
若菜の目からあふれた涙は、カップから立ち上る湯気を揺らし、コーヒーの表面に波を立てた。
「まあ、そうとう重症ね」
明菜がポケットティッシュを差し出すと、若菜は自分のトートバッグを引き寄せ、ボックスティッシュを取り出した。
「常備してる。これじゃないと足りないもの。…あーあ、今頃みんな楽しんでるだろうな、お花見」
涙をぬぐい、洟をかむ若菜を、明菜は気の毒そうに眺めた。
「こんな気候の良い行楽シーズンに外出が辛いなんて、本当に損ね、花粉アレルギーは」
『キャッチボールで窓を割り・・・』
「龍也!いくよ?」
「はーい、姉ちゃーん」
若菜と龍也は、庭でキャッチボールをしていた。
「はいっ!」 ビュッ!
ビシッ! 「獲ったよ!姉ちゃん!」
「いいよ、龍也?!」
「よーし、行くぞォォ」 ビュッ!!
「よーし、とるゾ・・・?」
ヒューーーー・・・玉は若菜を通り過ぎた。・・・ヒュ―――――――
パリン!バリバリバリバリ…ガシャアアアアァン!!
自分の家の窓ガラスが割れた
「・・・・・・」
「龍也!どんな投げ方してるの!窓ガラスが、割れちゃったじゃない!!」
「は?!姉ちゃんがとってないから、割れたんだよ!」
「窓ガラスをよく見て投げなさいよ!」
若菜は、龍也に怒鳴ると、龍也は、キレて言い返してきた。
「僕は悪くないからね!」
「謝りもなしなの!?そっちから投げておいてさ!」
「もういいや!ゼッタイ姉ちゃんとなんかキャッチボール、しないからね!」
ビュン! 龍也は、若菜に向かってグローブを投げた。
「ちょっと、龍也!ねえっ!」
「で?別れちゃったわけ(縁切っちゃったわけ)」
コーヒーを若菜の前に置きながら、明菜は呆れたように天を仰いだ。
「そう。そうなの。そうなのよ。」
ジッとコーヒーカップを見つめている若菜の頭を、明菜はポンポンと叩く。
「窓ガラス代、損な、若菜」
若菜の目からあふれた涙は、カップから立ち上る湯気を揺らし、コーヒーの表面に波を立てた。
ゴクッ、ゴクッ、プー・・・。
明菜は、コーヒーを頼み直し、自分のコーヒーをぐいっと飲んだ。
「・・・・・・」
若菜は涙が混ざったコーヒーを見るまま、うつむいていた。
「若菜、ひょっとして、龍也くんのせいにしてるの?」
「・・・・・・ッ!」
「・・・そこまで泣く事ないじゃない」
「だって、龍也…皆、…私のせいにするんだもん......」
若菜は、泣き顔になりながら、明菜に言い訳をした。
「ふうん、あれ以来仲直りしたの?」
「それが・・・、してないの」
明菜は、若菜に軽い顔で聞くと、若菜は涙が混ざったコーヒーを見た。
「じゃあ、若菜はこれからどうするわけ」
「・・・・・・」
若菜は明菜の回答に答えられなくなっていったのだ。
「まあ、仲直りするかどうかは、貴方次第だからね。私には関係ないから勝手にして。それじゃ、またね」
明菜は、席を立ち、若菜にサヨナラを告げて店を出た。
次の日
「姉ちゃん!」
龍也は、若菜に元気な声で言った。
「なぁに?」
「今日晴れてるし、外でキャッチボールしようよ!」