人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

日本刀について質問です。知人との会話で「セキノカネシゲ」という刀について話題に上りました。知人の家に代々伝わってきた刀のようでとても興味深い話だったのですが、当方に刀の知識がなくどれだけ価値のある刀なのかがわかりません。美濃の関で金重が作った刀ではないかと推測しているのですが、刀剣に詳しい方がおられましたら詳細を教えて頂けないでしょうか。宜しくお願い致します。

●質問者: syouhos0
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● なぽりん

カネは金ではなく刀工におおい「兼」の字かとおもいますが、シゲの字がなかなかみあたりません
最上大業物 - Wikipedia
刀剣の業物一覧 - Wikipedia
ここにもその名前はありませんが
岐阜県は関の刀匠で、酒向兼茂(さこう かねしげ?)という刀匠についてなにか情報... - Yahoo!知恵袋

酒向兼茂という人(関の人)ならいらっしゃるようです。
軍刀ということでけっこうあたらしい刀工さんかな。

とおもったら下でもっといい可能性も。
読みのカネシゲだけではどちらかわからないですね。


syouhos0さんのコメント
ご回答ありがとうございます。リンク拝見しました。参考にさせて頂きます。

2 ● MEI-ZA-YU
ベストアンサー

カネシゲ又はキンジュウとも呼ばれるようです。
金重の刀は大変貴重で、現存する在銘の作は僅少で、数口に留まるようです。
http://sanmei.com/contents/media/K29306_S2576_PUP.htm

元重を始祖とする関鍛冶が飛躍的に発展したのは、次世代の金重かねしげに負うところが大きかったといえる。金重は越前敦賀、清泉寺の僧とも伝えられる。61歳という高齢にもかかわらず、鎌倉の五郎入道正宗に弟子入りし、のちの正宗門下の逸材と称せられた志津三郎兼氏をともなって帰郷します。金重も兼氏も正宗十哲といわれた刀匠。 関鍛冶の技術が飛躍的に向上し、金重が関鍛冶の始祖と云われる所以です。現存する在銘の作は僅少で、数口に留まるが、金重は事実上の関鍛冶の祖とするのが定説となっている。
本間順治博士は「南北朝時代の金重には二代あると思われる。初代は同時代の前期、二代は後期とみる。したがって正宗との関係は初代に認められる。」と述べている。


販売済みなのでキャッシュで失礼(きんじゅうで検索)
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:jH6On5He8E0J:katananokura.jp/hpgen/HPB/categories/6933.html+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

短刀で550万円の販売価格ですから、在銘で長い刀があれば相当高価と思われます。
f:id:MEI-ZA-YU:20140205221323p:image


syouhos0さんのコメント
貴重なご回答ありがとうございます。知人の話では刀(セキノカネシゲ)はかなり貴重なものであり短刀であるということから正しくMEI-ZA-YUさんのご紹介して頂いた関金重のことだろうと思います。お蔭様でどれだけ価値があるのか解りました。大変助かりました。
関連質問

●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ