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三浦和人さん作詞・作曲の「愛はかげろう」という曲がありますが、
その詩の発表当時の評判をお伺いしたいです。

詩だけ読むと、
男性と肉体関係を持つ交際をしたものの、
その後すぐに振られてしまった女性の気持ちが描かれているようにみえます。

誤解を恐れずに書けば、「ヤリ捨てされた女性の気持ちを、捨てた側の
男性側が歌っている」ように見えます。

(テレサ・テンの歌詞もそうですが、)このような趣味の悪い歌が、
なぜ当時大ヒットしたのかという理由が、一番知りたいです。

●質問者: Xenos
●カテゴリ:芸能・タレント
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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1 ● a-kuma3
●150ポイント

「三浦和人さん」と言われると (?_?) な感じですが、「雅夢」と言われれば、分かります :-)

当時は、まだ演歌もフォークソングも元気だったし、いわゆるポピュラーソングが流行った時代。
身も蓋もない言い方かもしれませんが、当時の流行。

流行ったときには、チェリーでしたが、まだ歌詞は覚えてますよ(さっき確認してみたら、二番は ちょっと怪しかった)。
流行りの歌なんて、歌詞の意味を考えて歌っちゃあいなかった。
時代はちょっとずれますが、殿さまキングスの「なみだの操」とか、中条きよしの「うそ」とか、ぼくは小学生でしたけど、チャリをこぎながら口ずさんでました。

「愛はかげろう」の近辺で言うと、似たような歌で流行ったといえば、こんな感じ?

あみんは、この中に入れるのは ちょっと違うかな...
まあ、どれも歌詞だけ見ると うじうじした曲ばかり。
でも、どれも売れましたねえ。

ややポップな曲調で、歌いやすいメロディーライン。
そういうのが、一定の割合で需要があったし、需要があれば それを供給する側がいる。

大衆の好みは変わっても、いつの時代も 大して変わらんと思います。


Xenosさんのコメント
女性の気持ちを男性が歌うだけに留まらず、例に挙げられた歌の時代を追ってみると、確かに、どの時代でも 情けない女心を男が歌う歌はそれなりに需要があるのかもしれません。 例の列挙ありがとうございます。 ただ、「愛はかげろう」はさらに、踏み込んで、 1)個人的体験ではなく、愛の一般的な定義を歌詞に表現してしまっていて、 2)しかも、その定義をよく読むと到底女性側は承服できないような内容になっており 3)それを男性が作詞・歌唱する この三点がセットであることが非常に驚きなのです。 まず曲の題名なんかひどいですよね 寿命は3日のかげろうと愛は等しいと、男が歌ってますよね。 女性の賞味期限は3日とも取れる表現です。 2番の歌詞もひどくて、冷め切った愛の過ぎ去る後に残るものは”いつも””女” の涙・・・と表現されています。 個人的体験談に基づく歌詞なら、”いつも”は付かないし、”女”は”私”と言い換える はずです。 さらにこの内容を考えだしたのが男で、その張本人が人前で歌ってしまって、 その上それが大ヒットしたことが非常に驚きなのです!! だから、この歌を批判する意見がネットにあるはずなのに、それが見当たらないのが 不思議すぎるのです。

a-kuma3さんのコメント
>> 1)個人的体験ではなく、愛の一般的な定義を歌詞に表現してしまっていて、 << そういうふうにも、取れますね。 ぼくは逆に、個人的な体験を一般的なものだとすることで昇華してるのだと思ってました。 不幸なのは、自分だけじゃなくて、女はみんな不幸なんだ、と思うことで自分を慰めてる。 >> 個人的体験談に基づく歌詞なら、”いつも”は付かないし、”女”は”私”と言い換える はずです。 << 個人の見解ですが、当時のあの手の歌は、歌詞の意味にそんなにこだわりが無かったのではないかと思います。 大切なのは、リズムとか調子。 当時、朝日新聞だったか、宮川泰という大先生が連載を持っていて、当時の流行歌をバッサリと切っていました。 度々 使われたのは、日本語を大切にしていない、と。 唯一、覚えているのは、甲斐バンドの「安奈」。 サビの「あんな?ぁ」というところの、イントネーションが気に入らないと(作曲家でしたから)。 人の名前であれば「あ」にアクセントを置いて、高い音になるはずなのが、あの曲調だと、「あのなぁ」と、あのねって 呼びかけているようにしか、聞こえないと。 いや、難癖をつけてるだけなんですけどね。 # 「安奈」も売れた >> だから、この歌を批判する意見がネットにあるはずなのに、それが見当たらないのが 不思議すぎるのです。 << これは、時代のせいでしょう。 当時に、Twitter とか発言小町や 2ch があれば、それなりにネットに流れていたはず。 インフラやサービスが整ったときには、あの頃の歌に好感を持ってた人しか、ネットに書き込んでいない、というだけのことだと思います。 そういえば、ぼくが子供のころにサザンオールスターズを聞いてて、親が「何を歌ってるか、さっぱり分からない。あれのどこが良いんだ」って言ってたのを思い出します <tt>:-)</tt> 歌詞もヤバいのが多いし、あんなに売れたのは、不思議といえば不思議です。

Xenosさんのコメント
レスありがとうございます。 > 個人的な体験を一般的なものだとすることで昇華してるのだと思ってました。 当時は男女平等の現代とは異なり、女性が男性を選べる立場ではないとすれば、 女性側の諦めの気持ちを表現する手法として、あえて一般化して表現する 手法を用いたのはうなずけます。 両親に聞いたところ、”2号さん”という言葉が存在したように当時は 女性の立場は弱くて、相手を選ぶ権利とかの発想がそもそも無かったのでは と推測していました。 >当時、朝日新聞だったか、宮川泰という大先生が連載を持っていて、当時の流行歌をバッサリと切っていました。 >度々 使われたのは、日本語を大切にしていない、と。 時代が進むにつれて、日本語はおろか、歌からその歌が生まれた物語が 全く推測できない歌が、あふれる様になって来ました。 サザンオールスターズなんかは、その先駆けかもしれません。 現代のアニソンの歌詞も同じように、歌詞が不連続で意味がつながらないのです。 最近の唯一の例外は「女々しくて」でしょうか? あの曲は歌詞を読むだけで、男の情けなさが伝わってきて非常にわかりやすいです。 (振られた男側の気持ちを男性歌手が歌っているところも相まって、男の情けなさをよく際立たせてますよね。)メロディーもリズムも覚えやすいです。 だから、あの歌が売れたのは納得いくのです。 手厳しい物言いになるかもしれませんが、「愛はかげろう」のような歌が問題かしなかったのは、当時の歌謡曲の消費者の平均的な国語力が、その時代から既に劣化していたのでは ないのかなという気がしていました。 >大切なのは、リズムとか調子。 一方で、確かにそんな細かい読解なんかしながら歌を聴いたりしないというのももっともな 意見です。 フォローレスありがとうございます。

a-kuma3さんのコメント
>> 最近の唯一の例外は「女々しくて」でしょうか? << 最近のうちには入らない、というか、もう20年以上前かー、って感じですが、槇原敬之の「もう恋なんてしない」を思い出しました。 SMAP の「青い稲妻」も、似たような感じ。 もっと古いところなら、 -「青い稲妻」 SMAP -「TRUE LOVE」 藤井フミヤ -「そして僕は途方に暮れる」 大沢誉志幸 -「クリスマスイブ」 山下達郎 -「ルビーの指環」 寺尾聰 などなど。どれも、超メジャー(大沢誉志幸は、今どきだと微妙)。 んー、女の子が、男目線で振られた男を歌ってるメジャーな曲って、なかなか思いつかないなあ。

2 ● sasada
●150ポイント

http://www.uta-net.com/song/122/
「愛はかげろう」にかぎらず、たとえばクールファイブの歌なんかもそうですが、男性が女性の気持ちを歌うのは当時普通でした。聞いてる側は女性が歌ってるのと同じ感覚で「女心」を聞いていたんだと思います。けっして振った男の側が女の心を歌ったわけじゃ無いと思いますよー。
なぜ大ヒットしたかと考えますと、ポップスをはじめとする大衆音楽の歌詞(売れたもの)は、当然当時の大衆にうけるものが主流です。「愛はかげろう」の歌詞が許されたのは、そういう時代だったからだと思います。刹那的で切ない時代だったんですよ。


Xenosさんのコメント
> 当然当時の大衆にうけるものが主流です。 この考えから推論すると確かに、その当時は刹那的で切ない時代立ったのかもしれません。 今からは想像も出来ませんが、当時の女性は大変でしたね。
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