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【大臣達の定員】幕末頃の朝廷の議政官の職位ごとの定員について伺います。太政大臣から参議までですが、それぞれ定員があったと思うのですが、江戸時代以降ですと、武家諸法度により、武家の任官は公家とは別の定員枠であったと思います。
すると、?太政大臣も公家と武家から一人ずつ、?左大臣・右大臣も公家と武家からひとりずつ、ということも理論的には可能だったのでしょうか。
?内大臣も。
?大納言と?権大納言、?中納言と?権中納言、?参議と?権参議も、やはり、公家と武家でて定員がそれぞれ別に決まっていたおかげで、総定員が大幅に増えていたということで正しいでしょうか。
(なお、准大臣というのはなかったと思っています)

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :キャンセル
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