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「京都の坪庭」の話ですが、蚊は湧かないんでしょうか。縁側から部屋へと入ってこないか、気になります。風が通って気持ち良いとか、部屋から庭を眺めて風情があるとか云っていますが、蚊が入ってきては困ります。

昔はどうだったのでしょう。いまは薬を撒くことができますけれど、昔は、薬などありませんし(除虫菊など、特殊な植物を積極的に植えていたのかもしれません。そうであれば、そのような知恵は重要ですね)。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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1 ● 匿名回答1号

除虫菊を使うようになったのは、ごく最近のことです。

明治18年、創業者である上山英一郎がH・E・アモア氏と出会い、当時日本になかった除虫菊の種子を手に入れて130年近くの歳月が経ちました。

金鳥の歴史 | 会社案内 | KINCHO 大日本除虫菊株式会社

昔は蚊遣火と言って、ヨモギなどを炊いていぶしてました。

蚊遣り火(かやりび)とは、よもぎの葉、カヤ(榧)の木、杉や松の青葉などを火にくべて、燻した煙で蚊を追い払う大正時代初期頃までの生活風習である。季語などで蚊遣火と書く。

殺虫効果がある製品が販売されている近年では見ないが、平安時代から大正初期頃まで蚊を駆除するために行なっていた生活風習であり、江戸時代の江戸庶民の間では夏の風物詩でもあった。古典の随筆、和歌、俳句にも「蚊遣火」の記述が散見され、現代俳句においても夏の季語として扱われている。

蚊遣り火 - Wikipedia

坪庭は、ある程度周りを囲まれていますので、家の外よりはましだったと思います。
ボウフラがわく水も、手水鉢くらいしかありません。
坪庭には風情を楽しむという目的もありましたから、手水鉢は定期的に清掃されていたでしょう。
水も交換されていたと思いますので、手水鉢にボウフラが沸くことはなかったと思います。


2 ● 匿名回答3号

部屋に入ってきても、刺されなければ良いのです。
蚊帳 - Wikipedia

日本には中国から伝来した。当初は貴族などが用いていたが、江戸時代には庶民にも普及した。

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