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文系の学問における、基本の基本の“モノの考え方”を教えてください。

自然科学だったら、仮説を立て、実験群と統制群に分けて実験することで、問題の所在を切り分けていったりできます。
その過程では、他の人が追試しても同じ結果が出ることが大事であったりしますよね?
それはなんとなく理解できます!

でも社会科学や人文科学だとどうでしょうか?
歴史的な事情は実験群と統制群に分けたりできませんし、追試もできません。歴史学の人は、そういう状況で、自分の学説にどうやって説得力を持たせているのですか?

あるいは、ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品があったとします。それが政府批判であるという読みが思い込みでないことを、どうやって他人に説明したらいいのでしょうか?

関連する本とかあったら教えてください。
高校生か学部生向けぐらいの本ならがんばって読めます!

●質問者: ハコサト
●カテゴリ:学習・教育 科学・統計資料
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 8/8件

▽最新の回答へ

質問者から

歴史は科学じゃなくて、文学でしょ
もともとこれを見て、自分にはうまく考えられないなぁ…と思ったのがきっかけです。

5日と20日は歌詞と遊ぼう。
私は歌詞を読むブログを書いているのですが、読むということにどういう意味があるのか、前から気になっていました。
「そんなの断章取義じゃん!」
って言われたときに、
「でも楽しいからいいでしょ?」
って答える以外の方法はないかな…ってずっと思っていたのです。

アブダクション - Wikipedia
「アブダクション」がヒントになるかな?とか勝手に考えています。なんないかな…。


1 ● tea_cup
●10ポイント

> ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品があったとします。それが政府批判であるという読みが思い込みでないことを、どうやって他人に説明したらいいのでしょうか?
証拠を示すしかありません。例えば、作者が親しい人に書いた手紙や初版本のみについていたあとがきなど。

科学では、証拠に基づく議論は大事で、証拠を捏造する「ゴッドハンド」は最低の行為です。


ハコサトさんのコメント
tea_cupさん 回答ありがとうございます。 そのスタイルだと、文学でいう「作家論」というものに似ているかと思います。 でもそれだと、作者がAをBと言えば、それだけでAがBになってしまいそうで、 少しナイーブにすぎるという感じがしています (それとも、私の認識がナイーブなのでしょうか…)。 ただの童話という体裁の文章があり、それが政権批判にも読める場合、 作者に政権批判という意識がなくても、結果的に 政権批判する効果をもたらす、みたいなことはあると思うんですが…。 これ、話を進めるとだんだん自分でも何を言っているのか わからなくなりそうな嫌な予感がします…。

2 ● たけじん
●30ポイント ベストアンサー

科学的という哲学は、
「世の中の事象は、何らかの仮説が当てはまるかも知れない」
が根本原理です。そして、その仮説が構築する筋道は、
「よりシンプルな方が、きっと本質だろう」(オッカムの剃刀)
という方向で考えます。
仮説は仮説であって、次に出てくる「より本当らしい仮説」が現れるまでの命です。
この仮説構築と、仮説の補強は、どの分野でも有効な考え方なので、理系文系を問わず、使用できます。
実験による検証と、1回しか起こっていないことの検証は、実は同じで、その本質は何?に答えられればOKです。抽象的な概念でもOK.論理さえ通っていれば、証明可能です。

強いて言うなら、類似の事象が存在していて、そちらの本質も同じ論理であることが実証(論理だけで押し通すのですが)できればOK.

「歴史は繰り返す」
「英雄譚の類型」
「人間の本質と、独裁者の振る舞いは類似する」
等々、エッセンスで歴史も比べられそうです。

文学も、構造的に論じる方法があり、シェイクスピアとの構造比較など、文学部の一部では普遍的なアプローチと思われます。

エッセンスの埋め込みと掘り出しは、謎解きとは違い、答えがあるかどうかわからないところから始まります。しかし、童話に含まれる寓意や社会思想は、論理で当てはめることができるはずです。なぜならば、その社会思想を童話を読んで「読み取った」人がいるわけですから。なにか理由があるはずです。それは、思考の破たん者でない限り、何らかの説明が付きます。この説明こそが、仮説であり、どんなに突飛でも「破たんのない論理」で貫かれている限り、議論の対象になるはずです。

恐竜の考古学は、実験不可能ですが、科学的アプローチを行っています。
生命を生じさせる実験はまだできていませんが、その仮説は議論の対象です。
いまだに、コンクリートが固まる原理がわかりません。仮説に結論はないのです。

科学は仮説の議論の場です。鼻から否定する姿勢が、非科学的なだけなのです。

この概念は、

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

この本に書かれています。


ハコサトさんのコメント
たけじんさん回答ありがとうございます! >> 文学も、構造的に論じる方法があり、シェイクスピアとの構造比較など、文学部の一部では普遍的なアプローチと思われます。 << 構造主義でしょうか。 文学的な作品を、もっと抽象的にモデルにして、同じモデルに対して 同じ操作ができる、という感じでしょうか。 具体的作品を抽象的モデルにするにあたってはアブダクションを使う感じ…かな。 本のご紹介ありがとうございます! タイトルが妙にキャッチーなので勝手に忌避していました。 明日図書館に行ってみます!

ハコサトさんのコメント
図書館でゲットしましたので、あとで読みます!

たけじんさんのコメント
[asin:4163444904:detail] 文学部唯野教授のサブテキストが、筒井康隆の持っている文学論の抜粋と言える。広範な文学を語らせたら、小説家の中では筒井のみが到達できる場所。まさに、他の追随を許さない。ご一読を。 [asin:4566023826:detail] 古典的なファンタジーである指輪物語。この物語の最も重要なガジェットである指輪。それを「核兵器」と読み替える読者・批評家・作家が多数いて、その議論も白熱。しかし、作者のトールキンは否定。寓意を読み解くということは、作者の意図とは別であるという典型。 [asin:4488422012:detail] 小さなバーの片隅で、歴史の謎を解き明かすシリーズ。少ない情報から、最大の結果を論理的に導き出す傑作。その結論が真実に近いかどうかは、他の仮設との比較で推定するしかない。しかし、その論理の一貫性は、ちょっといいんじゃない?と思える説得力。

ハコサトさんのコメント
『文学部唯野教授』はブコメでお勧めされたので読みます! 一番手近なはずの図書館には文庫がないのでくやしい…。 『サブ・テキスト』なら蔵書があるので、本編が終わったらこれ行きます。 『指輪物語』は未読なので触れてみたいです。 >> 寓意を読み解くということは、作者の意図とは別であるという典型。 << 私はパルトを少し読んだことがある厨二なので、 「作者の死」とか安易につい思ってしまいます。 解釈とはだれのものなのか(作者のもの?それとも読んだ人のもの?) しばらく考えていた時期があります…。 『邪馬台国はどこですか? 』は初めて聞きました。 論理の一貫性で「納得」を誘うのは、なぼりんさんの言う 「文系」のやり方ですね。 http://q.hatena.ne.jp/1410569452#c277153

3 ● youtaiga
●15ポイント

歴史は主に二種類あると思います。

一つは、洗脳や結果ありきで、そのために作られた物語としての歴史。
日本書紀も皇国史観もマルクス主義もこの類。
一見非科学的ですが、「いかに洗脳するか、他人を納得したつもりにさせるか」という点では「科学的」だと思います。(洗脳・納得させることができれば成功)

もう一つは、実証史学。
史料批判を重視したもの。
一般的には科学的なものとされていると思います。
史料批判で積み上げても、隙間はできるのでそこは仮説でおぎなうことになる。
完全な証明は新史料がでるのを待つことになるのでしょう。
でもこれは、理論物理学などとも似ているところです。
実験が簡単にできないので、もっともっぽいもので単純に説明できるものを是とする。

>ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品があったとします。それが政府批判であるという読みが思い込みでないことを、どうやって他人に説明したらいいのでしょうか?

「当時の政府を批判している」の定義がむつかしいですね。
1.筆者の意図が批判であることなのか、
2.筆者の意図と別に政府が批判と感じていることなのか、
3.第三者が批判と判断していることなのか。

1.なら、筆者の考えがわかる他の文献があるかなど。
2.なら、政府が筆者を罰したり規制したりしているか、コメントなどを出しているか。
3.は広すぎですね。当時だけでなく、現在までの人々の判断ですから。

個人的には、批判したかもしれない作品が潰されずにどういう経緯で残されていったかに興味があります。
そのへんにヒントがあるかもしれません。

>歴史は科学じゃなくて、文学でしょ
自然科学も「文学」的なところがある。

相対論や量子論を勉強した人は、「ニュートンの力学を教えられたことの物語性」に気づくと思います。


ハコサトさんのコメント
youtaigaさんありがとうございます。 >> 「当時の政府を批判している」の定義がむつかしいですね。 << そうですね…。っていうか、私はその難しさにつまづいてる感じがします…。 >> 3.第三者が批判と判断していることなのか。 << >> 3.は広すぎですね。当時だけでなく、現在までの人々の判断ですから。 << 私は、3の状況でも「当時の政府を批判している」と指せると思うんですが、 どうでしょうか…。 浅学なので具体的な例を挙げられないですけど、筆者の意図とは関係なく、 「当時の政府を批判している」ように見える文学作品を受けて、 それが革命の遠因といわれるようになったり、あるいは新しい文学の 潮流が生まれたりということはあり得るんですよね? 「遠因」とか「潮流」とか、私の言葉遣いあやしいんですが…。 テクスト論の立場だと、筆者の意図と内容とを切り離して考えるんですよね? …ポストモダンってなんだろ…。

youtaigaさんのコメント
>私は、3の状況でも「当時の政府を批判している」と指せると思うんですが、 どうでしょうか…。 「当時の政府を批判している」でもいいと思います。(排除する意図はありませんでした。混乱させて申し訳なかったです。) 範囲が広いので、第三者が批判する文献などもたくさん残るだろう、という趣旨のつもりでした。 時代が変われば過去の政府に対する批判も容易になるだろうし、その辺に触れても問題視されなくなったりするので。 ただ、第三者が「当時の政府を批判している」と判断するにいたる考え方が重要ですね。 この場合は、知識や能力、生い立ち・時代背景など第三者に関わる環境などが影響してしまいます。 その辺を加味して判断するようになるのでしょうが、難しいですね。 どちらかといえば第三者による捉え方、受け入れ方という問題になりますね。 文学作品の内容の問題と、それがどう受容されたかは別の問題として捉えたいところです。 >筆者の意図と内容とを切り離して この場合は、第三者による読み方・感じ方の問題になるので、「ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品」という発想そのものがでてこないのだと思います。(この考え方を否定しているわけではなく、筆者の意図と読み手の判断は別箇に両方考えたほうがよいということです。)

ハコサトさんのコメント
>> この場合は、第三者による読み方・感じ方の問題になるので、「ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品」という発想そのものがでてこないのだと思います。(この考え方を否定しているわけではなく、筆者の意図と読み手の判断は別箇に両方考えたほうがよいということです。) << なるほど、その点は納得です! >> 文学作品の内容の問題と、それがどう受容されたかは別の問題として捉えたいところです。 << 両者をバランスよく考える立場もありそうですが、 それとは別に、文学作品の内容だけにフォーカスする立場、 また受容のされ方だけに着目する立場もありそうですね。 何か、見通しがよくなりそうな整理のしかたはありそうでしょうか。 テクスト論とかと関連があるでしょうか?

youtaigaさんのコメント
>文学作品の内容だけにフォーカスする立場、また受容のされ方だけに着目する立場もありそうですね。 研究の世界全体で担保されていればいいので、各研究者または各論文でどちらかにフォーカスがあたるのは問題ないと思います。 ただし、「読み手の感じたこと」を単純に「作者の意図」であるとしたり、「作者の意図」がそのまま「読み手の感じたこと」になるわけではないということです。 「作者の意図」と「読み手の感じたこと」が、ごちゃごちゃにならず整理されていれば問題ないと思います。 「作品の感想」を言うのは簡単ですが、「作品を論じる」のは難しいですからね。 >テクスト論 わたし個人の考えでは、ちょっと行き過ぎているかなと思います。 作品に「作者の意図」が完全には表れないというのと、「読み手の感じたこと」は人によって様々というのが理解できていればいいのかなと。 暫定的なひとつのアプローチの仕方としてならいいのですが。

ハコサトさんのコメント
>> 「作品の感想」を言うのは簡単ですが、「作品を論じる」のは難しいですからね。 << その通りですね…。 いま『文学部唯野教授』を読んでいますが、同じように思っていました。 まだ読み始めたばかりですが、今後この話と関連するところが出てきそうです!

4 ● adlib
●5ポイント


理系・文系・体系 ? 智に働けば角が立たぬ ?

…… この書物の全体が一つのながい議論なのであるから、主要な事実
と推論とを簡単に要約しておくことが、読者のためにつごうよいであろ
うと思う。(第一四章 要約と結論 1859)(P185)
── ダーウィン/八杉 竜一・訳《種の起源(下)19791220 岩波文庫》

Darwin, Charles Robert 18090212 England 18820419 73 /進化論
Marx, Karl Heinrich 18180505 Preußen 18830314 64 /唯物論

…… マルクスは、この階級の歴史的性質を余すところなく分析し、総
合した。だから『資本論』は、労働者階級の書である。だから社会主義
革命の書である。したがってまた真理の書である。(P176-167)
── 向坂 逸郎・解題《資本論(九)19700310-19970515 岩波文庫》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20101204 北向く侍たち

Freud, Sigmund 18560506 Czech London 19390923 82 /夢判断
Jung, Carl Gustav 18750726 Switzerland 19610606 85 /共時性

…… フロイトは患者をベッドに寝かし、ユングはチェアに座らせた。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0830.html(20030804)
松岡正剛の千夜千冊『心理学と錬金術』

…… 山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹さ
せば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
── 夏目 漱石《草枕 19060900 新小説》

…… いろいろ「研究」してもわからないことが多すぎるのだ。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20070719
河合家の人々 ? 七人の男の子 ?

…… 「わたしの研究室では、来年の課題を“文学”と決めることもで
きます」これには、作家とノンフィクション作家も、黙りこんでしまっ
た。(略)生物学者は、ノーベル文学賞作家が“化学”というテーマで
小説を書けないことを、ずばり指摘してしまったのです。
http://okwave.jp/qa/q4149869.html(No.3 20080705 06:48:33)
理系文学待望論 ? さらば、余りに文系的な文学談義 ?


ハコサトさんのコメント
adlibさんありがとうございます。 「わからないことが多すぎる」! http://okwave.jp/qa/q4149869.html これが少し参考になりました。

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