わたしも書きましたっ
これ ノベルジム
『みやちゃん。今年こそ、お父さんとお母さんと、一緒にクリスマスを過ごしましょうよ。折角、教室も休みに入ったんだから。どうせ、お相手いないんでしょう?だったら、お仕事休んで家に帰って……』
「私の都合で教室の運営をするなって、前から言ってるでしょう。あと、通年彼氏いない女みたいな言い方、やめてもらえる?お仕事だって、お母さんたちは自営業だから自由に休めるけれど、こっちはそうはいかないの。以上。切るよ」
『ちょ、みやび……』
何が嬉しくてクリスマスを両親と過ごさなければならないのか、お嬢様育ちの母には分からないらしい。大学進学を機に東京に出てきて十年程たつが、毎年この時期にかかってくる催促の電話のせいで、私の心に“母のお節介”のストレスが山積する。
実家は地元では有名な音楽教室を営んでいる。比較的メジャーなピアノやヴァイオリンではなく、三味線教室だ。プロを目指す学生から趣味で通う年配の方まで年齢層も幅広い。数年前に三代目だった祖父から師範を受け継いだ父は、音大の同級生で琴専攻だった有名和菓子屋のお嬢様の母と結婚し、五代目となる予定の私が産まれた。和楽器教室の一人娘だから、と祖父が安直につけた私の名前は、平仮名で“みやび”だ。
音楽の英才教育を受けながら育ち、蝶よ花よと育てられた私が期待を裏切ったのは、高校に進学した時だ。将来は教室を継ぐのかと、ぼんやり思いながら進学した高校で、基礎があるという事で、ほぼ強制的に入部させられた吹奏楽部でサックスと出会ってしまった。両親は雅でないと渋っていたが、進学した音大ではサックスを専攻した。
有名な“シング・シング・シング”や“A列車で行こう”等、それまでほとんど触れてこなかった音楽から受けた衝撃を、音大を卒業した今も鮮明に覚えている。
「みやびさん、ちわっす。相変わらず人がいませんね、この店」
「そこでバイトしている物好き現役音大生よ、早く支度して頂戴」
個人経営の楽器店『スウィング』。立地的に、近くの音大――私の母校でもある――の生徒から、マニアックなセミプロまで幅広い年齢層をターゲットにしている。学生は終日、楽器好きのサラリーマンは夕方に訪れ、客が集中する時間は無い。終日、人が出たり入ったり。私も音大生の時はそうだった。
音大時代、先輩に聞いて訪れたこの『スウィング』の店主はとても気さくで、楽器のみならず様々な音楽に対する知識も深い。プロの志望だった私もよく相談に乗ってもらっていた。願いはかなわず、希望していたプロの楽団すべてに断られ、浪人するか、院に進むか、それとも音楽を諦めるか――愚痴ばかりの私に手を差し伸べてくれたのも店主だ。
『いいかい、みやびちゃん。プロってのはさ、結果を残さなければならない。字の如く楽しんで吹きたいのなら、連盟に登録したり、セミプロになったりしたほうが楽しい場合がある。サックスと出会った高校時代の部活、楽しかったろう?』
食っていくための音楽、楽しむための音楽。私は後者をとって、『スウィング』に入社した。もっとも、正社員は私だけで、募集もしていない。完全なるコネだ。
「昇、今日は何をやったの」
「アンサンブルコンテストに向けて猛練習。もう時期ですからねえ。夏のコンクールが懐かしいです」
「何を吹くの?」
「俺は木管アンサンブルで、アルトサックスを吹きます。曲は特別構成の木星ですね」
「ホルストか。あれのアルト、辛いよね」
「辛いっす。もう世の中クリスマスだと浮かれてるのに、ひとり店番のみやびさんの心情みたいに」
「あんたも言う様になったね……いらっしゃいませー」
棒読みの接客に私の苛立ちを汲み取った昇は、急いで店のエプロンをただして客のもとへ走る。カップルだった。ギターを見に来たんです、ここは通が来る店だと聞いたので。そういう客は大抵ウインドウショッピングだ。またのお越しを、と昇が声を張り上げる。やはり、買わずに出て行った。
ほぼ毎朝、楽器市に行き、鳴りがいい楽器と楽器用品を仕入れてから店に向かう私と違い、昇は近くの大学から直接来るので、体力に余裕のある昇が客の対応をし、私はレジ裏に引っ込んで交渉役となる。
本日、十二月二十三日。サックスのトップブランドのいい楽器が手に入った。見ただけで興奮を抑えきれず、試しに吹いてみたが、やはりいい。少しの呼気でいい音が鳴る。数年使い込めば、もっと深みのある音が出る名器になるだろう。やはり値段は張っていたが、店主にもらう予算内を八割つぎ込めば買える値段。残りの二割は、トランペットの備品を購入して帰ってきた。普段サックスばかり構っているので、たまには他、特に金管楽器にあてたのだ。
「あ、これセルマーのサックスだ」
「今日、仕入れてきたの。やっぱり彫りがカッコいいよねえ、セルマーは」
「俺はジュピターなんかも好きですよ」
「ジュピターはソプラノがいいよね。市でたまに吹くけど、いい音がするよ。まあブランドに関わらず、いい楽器はあるけど」
「そうですね。そして、そういうのを仕入れてきて、吹いてもらいたいんですよね。例の彼に」
「流石相棒、よく分かってらっしゃる」
皮肉を言って、昇の背中に軽く右ストレート。コンテスト前の奏者だし、顔、首、腕から先は勘弁してやろう。
「いてて、もう、みやびさん凶暴。気になる相手なら飛び込め!が、みやびさんには似合う気がするのに。そろそろ来る時間だから落ち着かない苛立ちを俺にぶつけるの、やめてくださいよー」
「飛び込みたいけど、きっかけがないの。そのくらい汲み取れ青年」
サックスが好きだ。しかし私が店主の優しさに付け込んで、ひとりサックスを物色しに位置に行くのには理由があるのだ。
「あ、来ましたよ!」
「声がでかいっ、い、いらっしゃいませー」
「固っ」
「どうも、こんばんは」
軽く会釈をして入店したのは、常連の次田さん。年下だろうけれど落ち着いて、余分なパーツがなく洗練された顔立ちにスラッとした長身。今の時期はスーツの下にベストを着こみ、さらにコートを着ている。優しい笑顔を向けられただけで、私の心はドクンと脈打つ。
他の楽器には目もくれず、サックスコーナーへ向かう。彼の音は、どんな音色なのだろう?
「ねえ、みやびさん。最後の彼氏はいつですか」
昇が声を潜めて問う。
「音大時代」
「それからの戦績は?」
「十二戦全敗」
「ひと月にひとり、玉砕してるの?」
「違うわっ」
「まあまあ、どうどう」
「動物じゃないしっ」
「告白しちゃえばいいのに、次田さんに」
「できないわよ」
レジの裏の、客と値段交渉する部屋から少し顔を出して店内を覗く。次田さんは、今朝、私が仕入れてきたサックスを見ていた。話しかけるチャンスだ。これ、今日仕入れたばかりの品なんです、どうですか、ひと吹きしませんか、そう言えればいいのに、なかなか勇気が出ないのは戦績がネックだ。憧れの次田さんに玉砕したら、十三戦全敗になる。恋人たちが浮かれる季節を前にして、数字だけでも不吉な感じがするのに、これ以上敗戦をしたくない、という私の臆病がでている。
「恋愛はね、聖なる闘いなのよ、女子にとって。聖夜とか言われる今日は特にね。だから、この時期は当確の恋愛しかしないの。私のモットー」
「つまんないモットーですね、普段は肉食なくせに。フラれるのが怖い癖にー」
「あのー、すみません」
私の腕が首を絞めつける昇の悲鳴が聞こえる筈だった店内に、代わりに響いたのは次田さんの声だった。気着心地のいい低音。サックスで言うと、少し低めの音域を出すテナーサックスあたりだろうか。
「ちょっとお待ちください、専門がいきますんで」
「の、昇っ」
蹴りだされ、姿勢が崩れたた私が体勢を立て直した時、次田さんは真正面にいた。思わず目を逸らす。、顔に血液が集まってるのが分かるからだ。
「これ……セルマーですか」
「はい……セルマーのアルトです。今朝仕入れてきたんですが、新品なのに鳴りがいいんです。使いこめば、いい楽器になると……」
「吹いてもらえますか?」
「私ですか?」
「はい」
まったくもって予想外の展開だ。意中の人に――しかも話したことすらまるでないのに、吹聴してくれるなんて。
これは試験だ。でも、プロになりたくて、沢山の楽団の前、飲み屋をはしごするサラリーマンのように吹いていたのとは違う感じがする。あの頃は自分に根拠のない自信があった。音大を出ればプロになる道が開けると甘い考えでいた。結果、今ではコネで入社した楽器店の事務から仕入れまでこなすという、芸術とは離れたところに位置している。
聴いてもらおう。私の、芦田みやびの音を聴いてもらおう。そして、気に入ってもらえたら――
聖なる夜を、憧れの人と過ごすチケットを目の前に、私は丁寧に楽器を組み立てる。次田さんの視線が指先に感じられてドキドキする。緊張で口元が震えてしまう癖を思い出して、平常心、と心の中で繰り返す。冬は楽器が冷えるから、音が低くなりがち。丁寧にチューニングを行う。いつもは昇がやる作業だ。
「リクエストはありますか?」
「では……“星に願いを”を」
「はい」
アレンジを加えながら主旋律を吹く。異常な緊張感だが、学生時代に受けていたコンテストのそれとは違う。
気持ちいい。吹きたい、もっと、もっと。
「いやあ、見事だ」
気分がのってきたところで曲が終わってしまった。あまり長く吹きすぎても悪い気がするので、渋々楽器を離す。
「いい音ですね」
「やっぱり名器です、このサックス」
「あなたの目利きと腕は確かだったんですね……折角吹いて頂いたのに申し訳ないのですが、会社から呼び出されてしまって」
「あ、はい」
「クリスマス明けに、また来ます。今日はありがとうございました」
え?
昇を見ると、同じ顔をしていた。これで、終わり?
「……大恥かいたわ」
夜の街を、昇をボディガード代わりに歩く。クリスマスどころか、イブさえまだなのに、周りはカップルと、それを照らす装飾だらけ。腹立たしいことこの上ない。
「まあまあ、フラれたと決まったわけじゃないですし、みやびさんの一人クリスマスは別に珍しいことじゃあ……って、苦しいです!首絞めは犯罪行為!」
「フラれたなんて思ってないわよ。聖なる夜に愛する人となんて企業戦略にのらなかっただけっ」
「でも、みやびさん、ガチの顔で吹いてましたよ」
「営業スマイル!」
「笑ってなかったですって!いいじゃないですか、そのうち出来のいい男が見つかるかもしれないですし、俺もいますし」
「そうね……役不足だけど。よし、大学行って君のブースで吹くぞ青年」
「呑むんじゃなくて吹くんですね。鈍感だけど、好きだなあ。みやびさん、こっちの心情も考えてくださいよ」
「何か言った?」
「寂しい人だなあって」
「なんだとっ」
大学に着き、昇のブースに入ってサックスを吹いた。仲間も呼んで、思いっきり吹いた。警備員に止められるまで、気が済むまで。さすがに帰路につこうかと楽器を片していると、昇の携帯が振動した。気づいて内容を見る昇の顔が、どんどん、顔が青ざめていく。この浮かれるような時期に、何かあったのだろうかと、こちらまで不安になるほどだ。
「……みやびさん、逃した獲物から助けの文が届きました」
「え?獲物……な、な、なに……」
「すみません、ずっと真治先輩って呼んでいたし、年齢的に一緒にいた時間も少なくて……次田さんが真治先輩……」
『恩をあだで返す後輩の昇へ、やっぱり……という案件が二件ある。一つ目、やっぱりお前は俺を覚えていないんだな。二つ目、やっぱり気持ちを言えなかったよ、お前の働く楽器屋の女性に。でも、お前に負けるのなら本望かもな。いい加減恋愛奥手病、治さなきゃなと思っている、後輩思いの次田真治先輩より』
「昇―――――――――!」
今年の聖夜も例年通り相手はいない。でも、来年に希望が持てた。クリスマスが終わったら、声をかけてみよう。今年の聖なる夜の闘いは、こうして幕を閉じた。
『聖夜の星』
クリスマスイブの夜5時20分。ハルキとの約束の場所に着いた。
高級レストランで食事デートする予定だ。私は入口前に立っている。
私も少し遅れた方だが、やっぱり彼はいない。来ないのだろうか。
こんな寒い夜に待ってるのは辛いなあ。
数分たったが、彼が来る気配はない。
でもなあ、一人で過ごすなんて嫌だな。せっかくのイブだから。
来ないかもしれないけど……来るならここで待ってみたい。
さらに数分たった。彼はまだ来ない。
だんだん寒くなってきた。さっきのコンビニで缶コーヒー買ってくればよかった。
多分まだ来ないから、一回コンビニに行こう。私は入口を離れた。
まあ、私が電話で喧嘩を売ったのだから、来ないのも当然か。
さすがに彼も怒っているだろう。
あれ以来彼からは連絡が来ない。かといって、私からは怖くて連絡できない。
一週間前のことだ。その次の日はデートの予定だった。
私が仕事から自宅に帰ると、携帯電話がなった。ハルキからだ。
「もしもし、ハルキ?」
“ごめんハルカ! 明日のデート、急に予定が入っちゃって行けなくなったんだ”
えっ、また?!
今月から同じようなことが何度も起こっている。
自分だって忙しいけど、約束は守るようにしている。
なのに、彼は約束を取り消す。
それだというのに、ちゃんとした計画も立ててくれない。
前もって仕事だから無理と教えて欲しい。
自分で立てた計画も、デートのために取り消したりするのに。
それなのに、デートを取り消すってどうゆうことよ!?
私は腹が立って思わず言ってしまった。
「いい加減にしてよ、何回も何回も! デートの約束を守らないってどういうことよ!」
“仕方ないだろ、仕事なんだから。友達との約束じゃないんだから取り消せないよ”
「断られた人の気持ちをわかってよ! 私だって忙しいんだから!」
“そんなこと言われても……”
「もういい! ハルキなんか知らない!」
“あっ、ハルカ! ごめ…”
ピッ。私は電話を切った。
しまった。怒りを抑えきれなかった。
気持ちも抑えられない私を彼は許さないだろう。
今日のデートなんて来ないだろう。
ふと夜空を見上げたら、いつもより沢山の星が輝いていた。
ああ、こんなに綺麗なのになあ。こんなに綺麗なのに、喜べない。
彼がいなければ、もう「何かが足りない」というレベルではない。
コンビニから戻ったら待っててくれてたらいいなあ。
この星空を、あのレストランの窓から2人で見ていたいなあ。
なのにこんなことになるなんてね……。
コンビニに着いたら、缶コーヒーを買って出た。
飲みながら、レストランへ戻る。なんだか、あんまり暖かくない。
レストランに戻った。やっぱり彼はいない。
どうしよう、もう30分は経った。
これだけ待ってて来ないなら、きっともう来ない。
仕方ない、一人で夜景を見て食事しよう。
中に入ろうとしたら、
「おーい! ハルカー!」
えっ!? 彼の声だ。声が聞こえたと同時に、後ろを振り返った。
「ハァ、ハァ……。ごめん、お待たせ!」
ハルキは走ってきた。息を切らしていた。
「ちょっとハルキ、遅すぎるよ! どんだけ待ったと思ってんの?」
キレ気味で私はハルキに言う。すると、ハルキが答える。
「ごめん、仕事で忙しくてさあ。まさか本当に待ってるとは思わなかったよ」
「もう、来ないと思ったんだからね! ま、来てくれたのは嬉しいけどね」
私は笑顔で言ってみる。すると、彼も笑顔で言う。
「ハハ、あの時は俺も悪かったよ。ごめんな。待っててくれて嬉しいよ」
「いやいや、私が悪いの。ごめんね。仲直りしようよ」
「ああ。それにしても星、綺麗だな」
彼が上を見上げて言うと、私も見上げて言う。
「うん。中でじっくり見よう」
「さて、寒いな。ハルカ、中に入ろう」
「うん、ハルキ」
彼がそう言うと、二人でレストランに入った。
▽3
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銀鱗 ●30ポイント ベストアンサー |
『主は私の羊飼い』
「ハル、それは何だ?」
「何だと思う?」
「随分と大きくて邪魔なカレンダーだな、と思う」
「それは感想だねミキ」
「普通のカレンダーとは違うのか」
「ああ、特別さ。なぜなら25日分しかないんだ、このカレンダーはね」
待降節、アドベントという。一日ずつ日付の書かれた扉を開けていき、クリスマスの到来を待つカレンダーが、アドベントカレンダーだ。扉の中に小さな小部屋があり、プレゼントが入っているモノや、扉を開けることで、仕掛け絵本のように隠れていた絵が現れていくモノなどがある。これは前者だ。
「なぜ、25日分しかないんだ?」
「12月25日はクリスマスだからね」
「こちらのものは24日分しかないが」
「そいつはあまり好きじゃないんだ。メシアの誕生を祝うなら、25日分なければいけない」
「お前はそのメシアとやらを崇めていたのか」
「いいや、僕は納得がいけばどんな神だって信じるのさ。まあこのキリスト教というものは、他の宗教を信仰しちゃいけないんだけれどね」
この国は寛大だ。宗教の自由が約束されている。沢山の神が共存しているからだろうか、どの神を崇めようと口を挟まれることはない。
「キリスト教というものには、天使や悪魔が出てくるだろう。ならば、私たちにそれを信仰する権利はない」
「信じる者は救われんと言ったのは父なる神だもの。いずれ許してくれると、僕は信じているよ」
大きなツリーの描かれたものを手に取って、ハルは小さく頷いた。扉を開くと天使たちが姿を現す、落ち着いた配色のカレンダー。賑やかに彩られた娯楽用のモノよりは、これの方が家に似合うだろうと、ミキは微笑み返した。
レジの行列に並ぶとハルは視線を集めた。視線は次にミキを射抜いた。そしてぱらぱらと意識を逸らしていった。まだ浮いてしまうけれど、そう遠くない将来にはありふれた日常の一部に溶け込めるだろう。二人は変わらぬ穏やかさで会話を続けた。
「ハル、今夜はシチューにするかい?」
「ターキーを食べるのではないのか」
「残念ながら、七面鳥は見つからなくてね。我が家のオーブンも、七面鳥を焼くには小さ過ぎるのさ」
「ミキの料理なら、不味かった例がない」
「嬉しいね。それじゃあパンを買って帰ろうか。たまには黒パンが食べたいな」
「あそこの店か。私はフランスパンを買うとしよう。シチューとは固いパンが食べたくなるメニューだな」
「チキンを食べるよりもずっと、素敵なクリスマスになりそうだ」
固くつないだ手は寒空の下でもあたたかく感じられる気がしたのだ。そう、彼女となら。二人は可愛らしく微笑んだ。
「ありがとうハル。僕は今とても幸せだ」
「こちらこそミキ。私はお前を愛している」
二人は朗らかに笑った。まるで天使のように。けれど彼女たちは確かに堕天使なのだった。独りでは、折れた翼では飛ぶこともできない小さな小鳥だ。親の顔も忘れ見知らぬ地に残された迷える子羊なのだ。羊飼いのもとから離れてしまっても、独りではなかった。気付けば静かで美しい場所に辿りついていた。そこに彼女がいたからだ。
「ミキ」
「なんだい?」
「プレゼントだ」
ハルが小さな箱を鞄の中から取り出した。緑のリボンが解かれる。現れたのは銀の星が輝くイヤリングだ。その場でつけてやると、はにかむミキの顔が色づいた。
「随分と可愛いプレゼントだね。僕にはもう必要ないと思っていたけれど」
「ミキは美しい。紛れもない事実だ」
「そんなに褒められたら照れるだろ…そうか、僕にもまだ女性の喜びが残っていたんだな」
「性など関係ないと言ったのはミキだ。人種や種族など関係ないと言ったのもミキだ。私を受け入れてくれたのはミキだ」
「ふふ…そうだね。ありがとうハル」
繋ぎ直したハルの手は確かに冷たく生を感じさせないものだ。けれどミキの心は温まる。ハルは作られた心で幸せをかみしめる。愛と呼べば砕け散りそうな関係はたいそう滑稽かもしれない。この感情に名前などいらない。確かに今、自分たちは笑顔なのだから。
「メリークリスマス、ハル。大好きだよ」
ハルのガラス玉の瞳に、ミキの少女らしい、満面の笑みが映っていた。
夜会服を身にまとったスタアたちが、にこやかに手を振りながら、ゆったりと赤絨毯の上を歩んでいく。詰めかけたファンは熱狂的な声援をあげ、握手やサインを求める。
選ばれた才能のなかでも特に選りすぐられたものに、栄光の証であるオスカー像が授与される。
ここ銀幕の都、聖林(ハリウッド)で。