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「1がnになる」とは? ピーター・ティール著の『Zero to One』の中で、「いまあるものを繰り返しても、1がnになるだけ。しかし新しいものを創り出せば0が1になる」という旨の記述があります。そのニュアンスを知りたいのです。

●質問者: torimaki
●カテゴリ:学習・教育 書籍・音楽・映画
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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1 ● 椶櫚

文脈がわからなければ正確な回答が示せない…と思ったら普通に書籍紹介で引用されていますね。

ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか

1がnになるだけ
他人の真似をしても、お互いのシェアを奪い合うだけ。

0が1になる
誰もやった事の無い分野は独占市場なので、大きなビジネスチャンスが潜んでいる。

たぶんこんな意味。


椶櫚さんのコメント
「1からnを作る」とはどこにも書いてありませんよ? 自分が最初に真似したら1が2になしかならないんでしょうけれども、 そうやって他人のふんどしで相撲を取ろうと考える人は なにも自分ばかりとは限らない。だから1がnになる。 http://kotowaza-allguide.com/hi/hitonofundoshi.html つまり0が1になったとして、 その1もいずれはnになるんだろうけれども、 先んずれば人を制すの諺のとおり、 パイオニアが市場で有利な地位を占めるであろう事には変わりはない、 だからパイオニアになりなさいと言ってるんだと思いますけれども。 http://kotowaza-allguide.com/sa/sakinzurebaseisu.html http://imimatome.com/katakanagonoimi/katakana3.html

torimakiさんのコメント
喩えは、進歩のふたつの形の説明に使われています。以下、翻訳された本の24〜26ページを要約してみますよ。 「1からnへ向かう」喩えは、成功例がコピーされていくこと。マクロレベルでいえば、すでに成功しているものが、他の地域でも広がっていくこと。中国は、その代表例である。 それに対して、「0から1を生み出すこと」は、新しい何かを生むこと。それは、ひと言でいうとテクノロジーになる。 ここで言うテクノロジーとは、技術に限らず、ものごとの新しい取り組み方、より良い手法まで含む。(筆者は、こちらを支持していて。おそらく、それができるのは、企業であると言っていると思います) 前者(1からnへ向かう)を、「人の褌で相撲をとる」と言うことばで説明するのは可能だと思います、たぶん。 しかし後者を、「鶏口となるも牛後となかれ」で説明することは、残念ながら出来ないと察します。というか、そこまでは説明していませんぞ。

椶櫚さんのコメント
あぁ、カスタマーレビューとかも読むと、確かにもっと大きい視点で書かれているみたいですね。キーワードは、社会にとって有益かどうか、というあたりでしょうか。 書籍でどの辺まで解説してあるのかわかりませんが、「1がnになる」の終着駅はデフレ社会でしかないんです。物を作れば作るほど売れるのは、あくまで供給が需要を下回っている間だけで、いったん供給が需要を上回って飽和状態になると、あとは生産調整で対応するしかなくなります。このボーダーを越えた時、参画しているn社全てがダメージを受ける事になるわけですが、特に人件費の高い先進国ではその被害が大きく、経営体力のない企業はそのまま倒産しかねませんし、生き残れたとしても、その先に明るい展望は望めません。場合によっては過去の投資が無駄になるのを覚悟で全面撤退という事だってありうるでしょう。 デフレ突入前の過去の成果だけをミクロな視点から評価すれば、大きな売り上げを記録したのは確かだし、国家の経済成長にも貢献したともいえるので、社会の役に立っているようには見えるんだけれども、マクロな視点から評価すれば、他人の足を引っ張って同業他社全体の寿命まで縮めたとも解釈可能です。そうすると、それは社会にとって本当に有益だったのかとの疑問が発生するのでしょう。 その点、「0が1になる」を実践した人は、少なくとも上記のようなマイナス要因を生み出す側でない事だけは確かなので、社会に貢献していると胸を張って言う事ができます。失敗して社員を路頭に迷わせたのでは本末転倒ですので、成功できればという条件付きですが。

torimakiさんのコメント
ご回答、ありがとうございます。 少なくとも、本書では、「1からn」とデフレの関係については記述されていません。 むしろマクロレベルでは、中国やインドが現状のテクノロジーのままエネルギーを消費すれば、有限な資源や環境が壊滅的状況になってしまう。そうならないためにも、「0から1」となるような、新たなテクノロジーが必要である。ま、そういうことが述べられていると思います。 ご参考までに。

椶櫚さんのコメント
それは、例えば石油に代わる代替エネルギーに関する技術革新(バイオエタノール、水素燃料)など、0から1を生み出す事の意義(大義名分)を付加的に説明しているわけですよね?。動機付けを与えるために補足説明を加えているわけです。少なくとも、最初の質問、 「いまあるものを繰り返しても、1がnになるだけ。しかし新しいものを創り出せば0が1になる」 という文脈を理解するための鍵では無いでしょう。なぜなら文脈から読み取れるのは、「創り出せば」という仮定の話であって、「創り出しなさい」という提言でも「創り出さなければならない」という命令でも無いからです。 ところが、「有限な資源や環境が壊滅的状況になってしまう」と危機感を煽るような主張は、「だから0から1を生み出す必要があるんだ」という経営理念の分野にまで踏み込んでしてしまっているとの見方が可能です。 つまり、マーケティングの解説である前者を紐解くために、理念からの解説である後者という鍵を用いようとしているわけで、そこに矛盾を感じるのはある意味仕方がないのではありませんか?。 ここまでの反応から察するに、正答が何であるのかについてはすでに、ご自身で無意識ながらも気づいているんじゃないでしょうかね。ただ単に納得がいかないというだけの話であって。

torimakiさんのコメント
うーん、さっぱり、おっしゃっていることが分からないという。。。ごめんなさい。

質問者から

いままでなかったものを、新しく作る。この場合なら「ゼロから1を作る」という比喩は、しっくりいくのですが。同じものを作ることを「1からnを作る」に喩えた感じが、ちょっと分からないというか。nは自然数を表しているんでしょうけれど。。


2 ● なぽりん

おっしゃるとおりnは自然数でしょうね。

一番回答者(棕櫚さん)とおなじですが、
おそらくテクノロジーにおいても
「鶏口となるも牛後となるなかれ」
という意味なんでしょう
新しい発明(ツイッターのような)はゼロから一を生み出した。そのゼロと一の差は小さくみえても「なかった状態」とは比較さえできないくらいの便利さがあるので、口コミでひろがって広告もしないのに数億ユーザーが使っているし、勝手にユーザー側で便利な機能をつけたしたりもしている(ツイピクなど)。
昔の発明(トヨタ車のような)は、昔のフォードの自動車発明の1からはじまったnを常にひろげている。nは毎年大きくなる。「また新しいタイプの自動車ができました!」と巨大な広告費をかけている。でもつくってるのは自動車。自動車は20年前、100年前のとさしてかわらないクルマである。あたらしいといっている部分は、燃料電池の発明や、カーナビの発明などといった他のあたらしい機能をうまく取り込んで見せているものでしかない。タイヤ、ブレーキ、エンジン、ハンドル(のセットがクルマの「1」かな)、それに窓のワイパー、ドア(はクルマの「2」かな)など自動車の基本的な部分は完成してしまっていて、他の機能をぺたぺたコピペして100や200の機能を集積化しているだけ。結局、乗り物としてのクルマの定義を決定した最初のフォードの自動車の0→1にくらべて本質的に重要なものとはいえない。という意味だとおもいます。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kuriharakiyoshi/20150112-00042178/


torimakiさんのコメント
ご回答、ありがとうございます。 テスラーのロードスターはいかがでしょう。「0から1」? (著者と、テスラーのCEOは、いっしょにペイパルを経営していたようで、あります)

なぽりんさんのコメント
「かっこよく手頃なオープンタイプスポーツカーが欲しい。お金はあるのに製品がないじゃないか!」とおもっている一部のカーマニアにとっては巨大な0(ロードスターの不在)が存在したのでしょうが、「クルマは走ってまがってとまればいい」とおもってる多くのひとにとってはせいぜい13が14番目になったくらいのことじゃないですかね。(個人の感想です)

torimakiさんのコメント
じつは、テスラーの営業所の前を通りかけたので、ロードスターの座席に座ってみました。どでかいタブレット状の画面があったり、シフトレバーが座席の脇ではなく、方向指示器の位置にあったり。。。というふうに、新鮮ではありましたが。。。ハンドルがあり、ブレーキがあり、たしかにクルマですよねぇ
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