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日本陸軍と日本海軍は仲が悪かったそうですが、この悪影響はどれだけだったのでしょうか。思いつくことをお知らせください。一応、昭和の戦争で・・・

日清戦争や日露戦争では問題にはならなかったのでしょうか、そのことも気になりますが、そのことは、今回は考えないことにしております(この戦争では、日本に、実は余裕があったということだろうと思います)。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 匿名回答1号

兵站を受け持っていたのが海軍なんですが、満州事変はともかく、盧溝橋から先は兵站を無視した侵略戦争でした。
兵站を考えると、当時の海軍の能力を超えていた。
言っておきますが、当時の物資輸送は海上輸送がメインで、陸送など二桁くらいは少なかった。
海を制するものがその国を制した時代だったのです。
パプアニューギニアなど、日米両国から遠すぎて、それまでは敢えて手を出さなかったのに、苦し紛れに進軍した時点で・・と言うよりもシンガポール以上は兵站が続かないのがはっきりしていた。
イノシシ武者の陸軍と、理性派の海軍だったというのが後から感じられる当時の実情だったと思います。
別に、そういう記録が(有象無象の軍の恥と言うような記録が)残っているわけではありませんけどね。
たぶん、そういうのは軍の沽券に掛けても抹消したでしょう。


匿名質問者さんのコメント
有難うございます。 素人的な質問ですが、兵站というのは、陸軍の兵種でいえば、輜重兵でしょうか。 輜重少佐とか、輜重大尉とか、この兵種を所掌する将校は、普通の将校だったのだろうか、と思いました。 仰るところ、「兵站を受け持っていたのは、海軍である」というのは、本国から、物資を運ぶのは、海軍である、内地から物資を運ばないといけない、という意味で解釈しましたが、よろしいでしょうか。 いろいろと申し訳ないです。
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