人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

「生きるに値する人生」とは何でしょうか?

「生きるに値する人生」というのがあるとするなら、それはいったいなんでしょうか?
(「生きるに値する人生」でないから死ぬ、というわけではないものとします)

私は個人的に、
心の健康
濃密で輝きのある人間関係(友人や恋人)にコミットできる
やりたいことにコミットできる(最低限は、十分な睡眠と食事)

をある程度満たすものだと思っています。


皆さんはどう考えますか?
「全ての人生に生きる価値がある」という答えでもいいのですが、
残念ながら(今の)私はそうは思わないです。
そういう人生なら「生きるに(死ぬにも)値しないのでないか」
と悩むと思います。

真剣に考えて教えてください






●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:人生相談
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答2号

匿名質問者さんの答えを言い換えれば「欲求が満たされた人生」でしょうか。
自己実現理論 - Wikipedia


2 ● 匿名回答3号
ベストアンサー

生きるに値する、は日本社会や家族の構成員として、生かしておく価値がある。という意味と、自分が生きていて楽しいから、生きるに値する。の二種類の意味があります。

前者は基準がわかりやすいですね。

後者は、今の楽しくなくとも、自分が楽しい状態を選ぶか、今の状態を楽しむか。2パターンで生きるに値する状態になれます。

というわけで誰でも生きるに値する人生になれるし、放棄もできると考えてみましょう。


3 ● 匿名回答4号

40代半ばで、病気療養中のおばさんです。

生きるに値する人生。
それはいま、質問者さんが歩んでいる人生ではないでしょうか。

人生に正解はありません。
むろん、法律や道徳に反したり、周囲に迷惑をかけてしまうのは良くありません(まあ、多少迷惑をかけたり、失敗するのが人生ですが、この場合取り返しのつかないこと、ということで)。

ある数学者は、とても難しい問題を解き、多くの人の賞賛を浴びて立派な賞を受賞したのに、その後一切表舞台から姿を消して、どこかで静かにお母様と二人で暮らしていらっしゃるとのことです。
そっと生きる……それもまたすばらしい人生だと自分は思います。

一方、自分は長患いでとうとう、療養生活になりました。
特に何かするでなく、何か生産するでなく、人と交わることもなく、静かに生きています。でも、自分はそんな人生を否定はしません。
ネットでこうやって様々な意見に触れたりできますし、思った事を書くことも出来ます。読む本はたくさんありますし、都会の片隅でも鳥たちは泣いているし、名前の知らない花や草ががんばって生きています。
そういう、小さな幸せを数えることが、今の自分の幸せであり、生きがいでもあります。

ただ、自分がいま送っている生活を別の人が送ってもちっとも幸せを感じないかも知れないですし、苦しくて息が詰まりそう、なんてこともあるでしょう。
ですから、冒頭に書いたように、人生に正解はないので、質問者さんが思う道をじっくりゆっくり歩いて行ってほしいと思うのです。

id:Kaoru_A


4 ● 匿名回答5号

生きるに値する人生とは他社と自身が認める事ができる肯定的な人生のことだと思います。

逆に生きるに値しない人生とは自身で自身の人生に悲観的、否定的で、他社からも認められない人生ですかね。

本人も周囲も、この世の誰一人として必要に感じていない、意味が見いだせない人生は生きるに値しないと思います。

また、自身の人生に決定権のない人生もそれに値すると思います。


5 ● 匿名回答6号

死ぬときに過去を振り返って、そのとき分かると思いますよ。

関連質問

●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ