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日本語版ウィキペディアのドラムコーの項目に「太鼓は、徒歩による行軍中の歩調を統一するため古代ローマ時代から用いられた。」とありますが、リファレンスとなる文献はありますか?英語版の同じ項目をみると古代ローマの記述はありません。日本版独自説明だと思われます。
僕の音楽通史感覚で言うと、歩兵の行進のための楽隊は直接的にはフランス革命軍のもたらした身体運動の同時協調性が源泉だと思いますが、古代ローマにもあったものが19世紀に復活したのかもしれませんがその辺を知りたいです。

●質問者: minminjp2001
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● ラフティング
●50ポイント

ローマ帝国の軍楽隊も、管楽器と打楽器によって編成されていた。
『JBCバンドスタディ』(2005)p.88
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%B9%E5%A5%8F%E6%A5%BD%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2#bs


minminjp2001さんのコメント
回答ありがとうごいます。 ただ「軍楽隊も、管楽器と打楽器によって編成されていた」のですが「歩調を統一するため用いられた。」とは書いて無いですよね。僕が問題にしたいのはここなんです。複数の人間が同じタイミング同じ動作をするというのが歴史的には新しい意匠に属することだと思うので。なにせ現代の市中あまた蔓延るバックビートの源泉なのではっきりさせて置かなければなりません。

2 ● adlib
●50ポイント


疑論 ? 楽譜や録音のない時代の音楽は、誰も聴いた者がいない ?

【1】例証

映画《黄金の腕 The Man with the Golden Arm 19551214 America
19560529 Japan》のソウル・バスがローマ軍の編隊を「デザイン」した
《スパルタカス Spartacus 19601007 America 19601215 Japan》では、

映画音楽の巨匠なのに、ラッパも太鼓も登場しない(時代設定 BC.70)。
North, Alex 19101204 America 19910908 80 /?《Cleopatra 19630612》
http://video.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=slv1-kssy19&p=Spartacus+1960

【2】伝説

黒澤 明・監督《乱 19850601 東宝 19850918 France》が、武満 徹に、
「ここは、太鼓がドドーンと鳴りひびくんだろうね」と話しかけたら、
「どうぞ、ご自由に。ただし私の名は消してください」と立ち去った。

このエピソードは、二人の天才の確執と伝えられるが、戦国時代には、
現代のような音楽や楽器が存在しなかったことが争点とみられる。
毛利 元就 大名 14970416 安芸 15710706 74 /明応 6.0314?元亀 2.0614

…… ひとたび音階・拍子・和声を聴いた現代人は、記録されてない
楽曲を奇異に捉えます。したがって、映画や演劇で、中世以前の音楽を
再現するとき、きわめて大胆な手法で、虚偽の音響をあてがっています。

楽譜以前 ? 音楽と音とが区別されていなかった ?
http://q.hatena.ne.jp/1362304084#a1192585(No.1 20130305 02:32:53)
楽曲以前 ? メロディ・リズム・ハーモニーの出現まで ?

【3】検証

…… 紀元前48年8月9日(カエサル52歳)、カエサルとポンペイウスの
最後の決戦・ファルサルスの戦い(ギリシャ)の時に、小アシアの各地
でカエサルの勝利を告げる前兆があったという話が伝わっています。
カエサルの著作『内乱記』の中でも言及されているものを挙げて見ま
しょう。
エリスという街にあるミネルウァ神殿では、ミネルウァと向かい合っ
て立っていたウィクトリアの像が、カエサルが勝利をおさめたちょうど
その日に、神殿の玄関の方に向きを変えました。
シリアのアンティオキアとプトロマイスでは、軍隊のどよめきとラッ
パの音が高らかに響き、ペルガモンでは神殿の聖域内で太鼓の音が響き
ました。
(神殿の内部で響く音は、神意を告げるものと思われていたようです)
http://www.xiangs.com/Rome/Roman-gods/victoria.shtml

上記の引用は、下記の訳文とは微妙に異なっています。
カエサルの軍隊は、ラッパを持っていたが、太鼓を持参していたとは
読みとれません。後世の歴史家や翻訳者が、避けて通れない困惑ですね。

…… シュリアのアンティオキアでは、二度にわたって軍隊のどよめき
と合図のラッパの音が、余りにも高らかに聞えてきたので、市民たちは
武装して城壁に向かい駆足で散っていったほどだった。
これと同じことがプトロマイスでも起こった。ペルガムムでは神官を
除いて誰も入ることのできない神殿の人目につかぬ秘密の場所──ギリ
シャ人が「アデュタ」と呼んでいる所で、太鼓の音が響いた。(P223)
── カエサル/国原 吉之助・訳《内乱記 19960610 講談社学術文庫》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4061592343


minminjp2001さんのコメント
いろいろたくさん書いて頂いてありがとうございます。 ただ私の書き方が悪かったかもしれませんが、今回の疑問の核心は足並みそろえて音楽に合わせて行進したかどうかということなんです。音楽や楽器そのものは当たり前に実用ツールとして合図連絡手段としてかなり昔から使われた思います。

adlibさんのコメント
スペクタクルの超大作《スパルタカス》の行進画面に、楽器も太鼓も 写っていないことを、つぎの動画(5:09)で再確認してください。 https://www.youtube.com/watch?v=udCtY8ZsSV4 Spartacus - The Battle Scene, 1960
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