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贅沢な欲の方向。
贅沢の敷居が低いのかもしれない。シゴト ケッコン の文字に人生を左右されている訳ではないけど、なんだか目標とかを設定しないとダメなのだろうか。生きているだけの贅沢、救いはあるだろうか?(自分でどうにかしなさいとは感じます。)
治安のマシな世界に生きれて幸せだとは思います。といっても少しの危険があれば、すぐ財布の中身も底をつき、
ただ食う寝が辛うじて出来る、日常にある怖さは消えない、これは贅沢なのだろうか?
昔の偉いひとのように言うと、2つは別のお話で、一つは自己実現欲求でもう一つは生存欲求。上に向かう三角形の欲。
でも僕は違うと思います。
現時点で本能すら幸せそうじゃない。平和なところなのに暗い顔してるのは、お猿さんとして生きてないからで、別物なんだと。幼少時代とか青春時代に『それようの人間』に別れていくんだと思う。
暗い顔した人間とお猿さんとして生きる人間が、将来は別の生き物になっていると、そう思います。

皆さんはどう思いますか?

●質問者: ahspgif
●カテゴリ:人生相談
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 14/14件

▽最新の回答へ

1 ● adgt
●72ポイント ベストアンサー

「幸せになろう」と頑張ることは、はじめから矛盾を含んでいると思うようになりました。

なぜなら、「幸せ」は「感じる」ものであって、手に入れてズッと抱えておけるモノではないからです。質問者さんも言われているように、「安全な世界に生きられてラッキー」と思うときもあれば、「少しのことでグラついてしまう自分は駄目なやつだな」と落ち込むときもあります。

すべてのことは日々変わってしまいます。それと同じように、感情も常に形を変えて、良いときもあれば悪いときもあります。絶対的な幸せもなければ、絶対的な不幸もないというように私は考えます。きっと、それは健康に生きてるお猿さんもそうなのだと思います。彼らだって、恐怖におののいたり、毎日変わらない暮らしを退屈に思うことだってあるのではないでしょうか?

時おり「幸せだな」とか、「楽しいな」って感じられることがあれば、それはそれで十分なのだと思います。まぁ、中々難しいことではあるのでしょうが。例えば、「楽しさに浸っていたら、それが失われたときに傷ついちゃうんじゃないか」とか「期待するとガッカリするから、ちょっとだけ始めから諦めておく」とか。

それでも、自分を無防備にすることだとしても、やさしさをそのまま受け取ったり、明日に期待したり、喜びを満喫したりできたら、とても味わい深い生活になるのだろうなと思います。

結論から言えば、つまらない日があるあなたの人生も、それはそれで既に立派に成立しているということだと思います。


ahspgifさんのコメント
なんでしょう、僕自身、楽しく感じるために無防備になるとすぐグラついてしまいます。(また質問したくなっちゃいます…)一つの安息の地(というと大袈裟ですが)が欲しかったのかなとそう思いました。

adgtさんのコメント
私も、そこに住めば幸せになれる安息の地にあこがれていました。私は結局それは見つけられず、違った形で日々を送っていくことにしました。

2 ● pente40
●72ポイント

生きることは最高の幸せであることは間違いのないことだと思いますが、どう生きるか、によって大きく違ってくるのだと。

たとえ就職したとしても毎日理不尽な要求にノルマ、そんな環境でストレスを溜め精神を病んで身体を壊した人を何人も知っています。

まるで仕事のために生きている?

と思えるような生活、、、これでは幸せでを感じることはできません。
食事ができる分だけ働いてあとは遊んで学んでとにかく楽しむ事が幸せなんじゃないでしょうか。
周りがどう見ていようが関係ないです。
一度の人生どう生きたかです。


ahspgifさんのコメント
いいですね、食事分だけ働いてあとは勉強。そうか、農家なんてのも、またこれは別のお話でしたね。

3 ● ラフティング
●72ポイント

目先の「現実」に集中できれいれば幸せだと思いますよ。

たまたま、昨日、はてなブックマークにマイケルジョーダンの話がでていたけど、「自己実現の欲求」云々の前に、目の前の現実に集中していればこそだなと感じた次第。
http://tabi-labo.com/102765/michael-jordan/


ahspgifさんのコメント
一度決断したら? とありますよね。一応人力はてなで質問すると、今年の始めくらいに決めていたので、そうしていることになります。僕はいま幸せなのかもしれません。ありがとうございます。

4 ● ONOYUGO
●72ポイント

そもそも贅沢を人生の目標にしているのでしょうか?
もしそうなのであればそこをもうちょっと自分なりに分析してみてはいかがでしょうか?
私は世の中のことを色々学べば学ぶほど、
あなたのおっしゃる「暗いこと」はどんどん見えてくると思っています。
私は今でもそうです。

ちなみに私は大金をかけて贅沢することが嫌いです。
心のどこかでかけているお金のことが気になるからです。貧乏性ですね(笑)。
例えば天気の良い風の穏やかな日に海辺に立つだけで贅沢な気持ちになれますし、
安い食材で美味しい料理が作れただけでもものすごく贅沢な気持ちになれます。
混雑している通勤電車で運良く今日は座れた、これも私にとっては超贅沢です。
日常に潜む贅沢にアンテナを張ってきちんと言語化して確認する作業は
楽しいかもしれません。

正直、ご質問の真意がよく見えなかったのでこれは私の推察ですが、
要は毎日を楽しく暮らしたいのでしょうか?
それとも世の中の真理が知りたいのでしょうか?
世の中には幸せな人と不幸な人との間には越えられない壁があるのかどうかを知りたいのでしょうか?
ご質問の意図を明記すれば、もっと回答もしやすくなるかと思われます。


ahspgifさんのコメント
僕も贅沢は好きじゃありません。勉強はしないほうがいいですよね。でも今春なので、風と日光だけでいい気分です。 質問は分かりにくかったですね、ごめんなさい。 価値観は人それぞれのその先をもう少し見たいと欲が出てしまいました。(これがたぶん贅沢なのでしょう)また別の機会に質問するかもしれません。

5 ● きゃづみぃ
●72ポイント

贅沢というのは 相対的なものなので、比較対象によりなんともなるものです。

とりあえず自分自身をよく知ることですね。
といっても これが なかなか難しいんですが。


ahspgifさんのコメント
もしかしたら自分をよく理解していないのかもしれません。世の中のことなんか余計に分かりにくいはずですね。 もう少し自問自答したいと思いました。

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