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2001年1月の中央省庁再編の、総理府の廃止と内閣府の設置ですが、名前が単に変わった以上の意味があるでしょうか。「総理府は内閣府に格上げ改組となり」との文言を見つけたのですが、どういう風に、格が上がっているのだろうか、おんなじではないのだろうか、とよくわかりませんので、質問させてください。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:政治・社会
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 匿名回答1号

この改組は当時の小泉政権のモットーのひとつであった「内閣総理大臣のリーダーシップ」云々の体裁のために行われたと私は個人的に記憶しています。特に「格上げ」ではないと思うのですが(通例、「格上げ」とは「庁」が「省」になることを言います。「環境庁」が「環境省」になり、「防衛庁」が「防衛省」になったようなケース)そういう説明もありうるのでしょう。

総理府と内閣府の統合は、微妙な形で行われました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%BA%9C
このウィキペディアの「沿革」をざっと読むと、わかると思います。
「統合」そのものに関しては、

中央省庁再編時、内閣総理大臣のリーダーシップ強化も兼ねて、内閣官房と総理府の統合が模索された。これについて総理府側は、「内閣の組織である内閣の補助部局と、行政事務を分担管理する『府及び省』の一つである総理直属の機関は、本来別のもの」「両者を一体化した『内閣府』を設ける場合は、これを内閣の補助部局としてとらえると、総理府で行われている個別行政事務のようなものまで内閣の所掌とすることとなり、憲法の予想するところではないのではないか」と疑義を呈した。しかし結局、内閣官房との本格統合はならず、総理府は国家行政組織法の枠外で内閣補助事務を所管する内閣府に移行した。

つまり、質問者さんの疑問に対しては、「答える人により回答が異なる」、「明晰なひとつの答えはない」状態なのではないかと愚考します。


匿名質問者さんのコメント
どうもありがとうございます。一つの答えということにはならないのですね。 総理府が、内閣官房と統合すると、内閣官房に吸収されるような形になるため、 難色を示したという感じかな、と単純にとらえることもできるな、と思いました。 もちろん、一面的な見方ですが。

質問者から

ちなみに、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%87%A3%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A
を見ると、「格上げ」という言葉があります。
「・・・同再編により総理府は内閣府に格上げ改組となり、・・・」となっています。

2001年1月6日の中央省庁再編に至るまで、総理府に(時期により増減はあるが)10前後の庁が置かれ、一部(宮内庁など)を除きその多くは大臣庁として設置され閣僚名簿にも多くの「長官」が存在したが、同再編により総理府は内閣府に格上げ改組となり、併せてそれまでの大臣庁(防衛庁を除く)が内閣府本府・各省に統合されたため、大臣庁は防衛庁の1庁のみとなった。この再編に伴う各種法令の整備・改正において、「大臣庁」の用語が初めて法文に登場し、併せて、国務大臣をもって委員長に充てることとされている国家公安委員会を含めて言及する場合の用語として「大臣庁等」も登場した。


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