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ウクライナの分裂の危機についてですが、東側の端の一部が自治権を目指しています。ロシアも支持してます。この分裂には、地域の歴史的な背景がありますでしょうか。
西も東も基本的には、正教です。昔のポーランドリトアニア共和国との境界線というわけでもないように感じます。
東側の端の一部は、 ロシア人が多いのでしょうか(先祖がロシア人なの?)、それ以外は、ウクライナ語を母語とする人が多いのでしょうか。もしそうなら、どうして、東部の端の一部はロシア人が多いのでしょうか。

たとえば、昔のドンコサックの流れなのでしょうか。
(ドンコサックとは、ロシア語を話していた?とか)

クリミア汗国を滅ぼしたり、
オスマン帝国から土地を奪ったのは、ロシアですから
ウクライナの東部のあたり(今、自治権を主張しているあたり)は、
オスマントルコの住民が出て行ったあとには、
ロシア人が入植したんでしょうか。
クリミアへも、ロシア人が入植していったんでしょうか。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :キャンセル
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