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パルマ公国の成立ですが、疑問があります。教皇パウルス3世の息子によって始まった国だというのですが、教皇は独身だと思いますが、息子がいるというのがよくわかりません。聖職者になる前に、結婚しており、子供がいたのでしょうか。

その後、離婚したのでしょうか。
離婚はカトリックではまずいはずなので、その後、妻とは死別したのでしょうか。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:人生相談
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 匿名回答1号

ルネッサンス期には教皇に愛人がいた時代もあったんです


匿名質問者さんのコメント
ありがとうございました。子供がいたところで誰も驚かないということですね。たしかに、アレキサンドル6世の子供とか、すごい状況だと思います。 パウルス3世のこの息子とは、正式な子供ではなかったということでしょうか。たぶん、正式な結婚での子供ではなかったのですね。 (すると、私生児として、パルマ公国の公に就任したということなのですね。 チェザレボルジアのように、みずから、国を切り取ったのではなくて、 教皇からもらうなんて、と思ってしまいました。)

質問者から

教皇領の一部を、息子に与えて、パルマ公国を作ったということですから、こっそり、息子がいたということではないと感じます。
建前上は、息子ではない人物に、教皇領の一部を与えたということでしょうか。


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