人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

ロシアの歴史、キエフロシアの歴史・・・ウラジミール大公というのは、ウラジミールという個人名を持った「大公様」という場合もあるでしょう。僕が疑問なのは、
それとは別に、「ウラジーミル大公」というタイトルがあったような点です。サイトとかを見てみてもすっきりしません。
それは、「ウラジーミル・スーズダリ大公」というタイトル、つまり、大公領があったのでしょうか。また、「ウラジーミル大公国」とは別なのでしょうか。
また、「ウラジーミル・スーズダリ大公領」があったのだとすれば、それは、
ウラジーミル大公領とスーズダリ大公領があって、それが合併したものでしょうか。
最初から、ウラジーミル・スーズダリ大公領というひとつの大公領なのでしょうか。
どうぞ教えてください。


●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答1号
ベストアンサー

ウラジーミル大公国という国名に由来するもの、
ウラジミールという本人の名に由来するもの、
2通りあるようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E5%A4%A7%E5%85%AC


後半の質問については、

> 最初から、ウラジーミル・スーズダリ大公領というひとつの大公領なのでしょうか。

が正しいようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%80%E3%83%AA%E5%A4%A7%E5%85%AC%E5%9B%BD

1176年、時のキエフ大公国の大公ユーリー・ドルゴルーキー(手長公)は、息子のフセヴォロド3世(大巣公)に己の旧領ウラジーミル・スーズダリ公の位を与え、そこに国を建設させた。これがウラジーミル大公国の起源である。


匿名質問者さんのコメント
どうもありがとうございます。 ご紹介の文章を見ると、フセヴォロド3世の父親のユーリー・ドルゴルーキは、もともと、ウラジーミル・スーズダリ公であったようですね。つまり、そういう国(領域というか・・・)が、1176年より前にもあったのですね。 下記をみたところ、スーズダリ国(ロストフが首都)だったものについて、あらたに、ウラジーミルを建設してこちらを首都にしたことで、ウラジーミル・スーズダリ国と呼ばれるようになったように推測しました(「推測」というのが悲しいところです)。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB_(%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E5%B7%9E)
関連質問

●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ