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戦時中の旧日本軍の傷痍軍人について教えてください。
戦闘で負傷した場合、後方の病院で治療を受けたと思いますが、手足を失うなど戦闘不能の重症を負った場合は、退院後どのような活動を要求されるのでしょうか。また退役することは可能でしょうか。その際の軍からの保障等についても教えてください。

●質問者: あるPガス
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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1 ● tea_cup

総務省|恩給制度の概要

1.恩給法上の公務員
恩給の対象となる公務員は、具体的には、次のような者をいう。(なお、公務員の年金制度は共済年金に移行しており、恩給の対象となる公務員は、共済制度発足前に退職した公務員及びその遺族である。したがって、現職者に恩給の対象者は存在しない。)
(1) 一般文官
(2) 旧軍人(兵?大将)〔最短恩給年限 兵・下士官12年、准士官以上13年〕

恩給年額の計算
在職年数は、実際の勤務期間である「実在職年」と勤務態様に応じて設けられた「加算年」とを合計したものである。
※「加算年」は、戦地での勤務等特殊な勤務に服した場合に、その期間を割増しして評価するため設けられたもの。戦地勤務の場合、1月につき最高3月を加算。

恩給の種類(本人に対する給付)
普通恩給
傷病恩給


あるPガスさんのコメント
回答ありがとうございます。

質問者から

特に「戦争真っ只中」の時期における傷痍軍人の扱われ方について教えてください。


2 ● なぽりん
ベストアンサー

おおまかな理解しかわたしもないのですが。
第二次世界大戦での日本軍はずっと「外地」で戦っており、
「沖縄上陸」「本土上陸」を受けてからは短い時間で陥落しているので、
「内地」で療養するための「引き揚げ船」に乗れるようなのは初期だけ。
抗生物質があまり多く合成されている時代ではなかったので、
薬が足りないと切断自体の感染症で輸送中にも死んでしまうこともあり、
感染しにくい骨折でもヶ月単位、切断だと年単位で療養となります。
前半で療養していた人は疎開なり「退役軍人」となって
その間に戦争が終わっていたはずだとおもいます。

戦争後半では戦地にそのまま置き去りで、
感染症で苦しむことや捕虜化による情報漏れを恐れて「自決」を迫られたことも。
米軍などからみても補給や治療を考えない戦線が
狂気の沙汰だったと読んだことがあります。

小説版(野坂昭之)
「蛍の墓」のラストシーン(終戦後)に「退役軍人が…」などとたしか書いてあります。


あるPガスさんのコメント
よく分かりました。回答ありがとうございます。

なぽりんさんのコメント
本土上陸はまだだが本土空襲が何回もあったころに降伏していたのかな。本土上陸は言い過ぎかもです。
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