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哲学って一体なんなのでしょうか?
哲学にはさまざまな主義や派閥がありますが、
それらの目的はなんなのでしょうか。
一体哲学はどこを目指しているのでしょうか。
そして、その目的を達成するために、
どのような方法をとっているのですか?
詳しい方、どうかお教えください。

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●質問者: 6B656E74
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 科学・統計資料
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

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1 ● miharaseihyou
ベストアンサー

哲学を考える前に、宗教を考える必要があります。
哲学者と知られている人は多くキリスト教徒ですが、キリスト教のえぐい処もしっかり知った上で、自分の考え方を問い直している例が多いようです。
一神教の矛盾がキリスト教徒に哲学させたようです。

東洋哲学はあまり知られていませんが、宗教では不満がある人が哲学するようです。

宗教はイージーに思考パターンを設定してくれますが、ヒエラルキーの世界を実現しようとして設計された思想体系ですから、人間のためとか、自分のためとか考え出すと矛盾が浮き彫りになります。
特に一神教はエゴイズムの塊のような盲目的な信教を洗脳して強要します。

そこで、宗教に頼らない思想を自己の内部に確立しようとする人が多くなるわけです。
とは言っても、矛盾だらけの思想体系をでっち上げるのが精一杯ですから、共産主義国家のように、そういった思想を無理矢理実現しようとすれば大勢の迷惑になります。
従って、哲学は、自分の個人的な考え方に限定する方がお勧めです。


6B656E74さんのコメント
哲学とは宗教的真理に不満や反発を抱いた人が、 新しく真理を発見しようとする営み、という理解でよろしいでしょうか? 回答者さん曰く「宗教に頼らない(真理にいたる)思想を自己の内部に確立しようとする」営みということですね。 しかし、その思想も「矛盾だらけ」というのが哲学の悲しい現実なわけですね。 それでは、キリスト教が出現する以前の哲学者たちはどのような目的をもっていたのでしょうか? 彼らも彼らの宗教的真理に我慢ならず、真理を探究しようとして哲学したのでしょうか? もしよろしかったら、もう一度回答して詳しいお話を聞かせていただけると嬉しいです。

miharaseihyouさんのコメント
一神教の信者は、真理を追究「しなければならない」というような強迫観念のような精神的傾向があります。 理想が実現できれば理想社会が実現するというような短絡的な誤解もあります。 キリスト教徒に特にそういう人が多いと言うだけで、そういうのは一神教信者共通の精神的傾向のようです。 明治になって紹介された哲学の多くがキリスト教圏からだったというだけで、哲学として認知された物のほとんどがそうだったようです。

2 ● adlib


疎在 ? 質問者の非在、回答者の実在、閲覧者の不在 ?
http://q.hatena.ne.jp/1444840188#a1252235(53125265436776)
消えた質問者、活ける回答者を走らせる?(20151017 19:45:07)

http://q.hatena.ne.jp/kent0728/(20151020 18:56:22)
英語を学習するための本を探しています。
一冊で高校修了レベルぐらいが身につくのが理想です


6B656E74さんのコメント
以前の質問からたくさんの書籍を示してくださり、ありがとうございます。 回答者さんは池田晶子さんがおすすめなのですね。 機会がありましたら読ませていただき、哲学について考える材料にしたいと思います。 できましたら、回答者さんなりの哲学の目的と方法を教えていただけると嬉しいです。

adlibさんのコメント
>回答者さんは池田 晶子さんがおすすめ< わたしは、彼女の本を読んでいないし、お奨めしていません。 「哲学は、図書館や研究室ではなく、われわれの心の中に在る」という 発言に共感したのです。 またしても、消えた質問者!? …… ページが見つかりません。URLをご確認ください。 http://q.hatena.ne.jp/kent0728/

3 ● hathi

?> 哲学にはさまざまな主義や派閥がありますが、それらの目的はなんなのでしょうか。
⇒ 「哲学のさまざまな主義や派閥の目的はなんですか」
哲学は「正しい理解」「根本的で統一的な理解」「単純な理解」を目指す知的な営みの名前です。音楽演奏やスポーツ競技、経済学や医学、物理学、化学、数学などでも、多くのヒトは先人に学び、指導者について技量を高め、理解を深めます。積み上げが必要だったりするので、独力で素人がある程度のレベルになるのはほとんど無理だからです。 追求するための方法の差やねらっている目標の方向は単一・唯一ではないので、専門特化の過程で、流派、学派はできます。そのときに正当性や評価もつきまとうので、正当性誇示などの心理も働いて派閥、学閥などもでき、内部での上下の人間関係のようなものもできてきます。 そうなると、自分の地位の向上に関心が高く向いて、音楽演奏やスポーツ競技、経済学や医学、物理学、化学、数学、哲学そのもののレベルアップ・深化・究明と並ぶような状態になるヒトは少なくないです。 そうした状態のヒトが増えたときに、派閥が派閥らしくなります。 派閥は組織内において利害で結びついた人々によって形成する集団です。 「人間社会では人との繋がりは重要な資産であるため、それを手に入れるため派閥を形成し、派閥を大きくし、派閥の権威やパワーを大きくすること」が派閥の目的です。
哲学は「智慧、思考、究明、体系化」をねらうものですから、先人の思考を学ぶ、同じ目的を持つ人々と交流し意見を交換する、指導者から指導を受けるなどを欠いては話になりません。そうした過程で、哲学にも学派だけでなく、学閥、ある思考の集団組織化が進もこともあるのです。

?> 一体哲学はどこを目指しているのでしょうか。
哲学は「智慧、思考、究明、体系化」をねらうものですから、そのターゲットとする対象領域は様々に展開し得ます。政治哲学でも、インド哲学でも、生命と人間と機械の関わりを考えるのでも、言語の研究からでも哲学はあり、これらをまとめて一つのネライを表現するのは困難です。 「智慧、思考、究明、体系化をねらう」としか云いようがないと思います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E5%93%B2%E5%AD%A6
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E5%93%B2%E5%AD%A6

?> その目的を達成するために、どのような方法をとっているのですか?
実験や現地調査、標本調査などよりも、論理的検証、社会的影響、言語、構造に関する考察などの「考察・思量」が主な方法だと思います。 だからこそ、先人の考察や熟慮を重ねてきた経験者、論理的な思考能力の高いヒトから学ぶということが欠かせないだと思います。記憶力テストではないので、哲学するヒト個人の考察力、思考力、構成力がとても重要なのだと思います。


6B656E74さんのコメント
哲学はさまざまな問題についてそれぞれの方法を試みるものなので、 目標を一概に言うことはできないのですね。 あえていうならば、『「智慧、思考、究明、体系化」をねらうもの』ということですね。 方法としては実践的というよりは『「考察・思量」』を行うものなのですね。 一つひとつの疑問に対して丁寧に答えてくださり、ありがとうございました。

4 ● なぽりん

多神教だった古代ギリシャに端を発する哲学者とは、ようするに「万能学者」だった。
天文学も社会学も化学もすべての「学」を広く浅くやって、
もとめられればすべての問題にコメントなり書物で意見表明(自分なりの回答)した。
哲学=フィロソフィーとは「知恵を愛する」の意味。

今は専門化が進んだので、理系が化学や生物学、天文学、地学?を専門家が哲学者から奪い取り、
文系が社会学、倫理学?をその専門家がうばいとり…。
残ったのは、結局、宗教が実利的(たまに強引)な方法によりに解決してきた
「どうやったら全員が幸せに生きられるか」という一番大事な知恵。
これは、いちばん不公平になりがちな部分でもある。
人によって幸せの価値からして全く違うからしょうがないですね。
毎日キュウリを食べるのが幸せな人と、キュウリの匂いさえ嗅がないでいるのが幸せな人が
同じ家庭に暮らしていたりする。さあどうしよう。
宗教は、不公平なのはうまれつきなんだから、
納得できなくてもなんとかどっちかが我慢したほうがいいよ
って繰り返し言ってるだけのような…。
哲学だともうすこし信念の弱い人にも納得しやすい答えがでるようです。
自分は哲学の持つ、公平とか納得の部分にかなり興味あります。

ポリシーのある暮らし方をするひとを「あの人は自分なりの哲学をもっている」という言い方をします。
もちろん、今だにちゃんと大学に哲学科というものがあり、学ばれています。
宗教や哲学は文学と同様、一番古くからある学問なので、
古いものを今に通じるように読み直し翻訳し解釈し直し、
巨人の肩の上に立ってほんのちょっと自分の進歩をつけくわえるだけでも
一生をかけるに値する学問になるようです。

自分が今好きな哲学者は内田樹さんで、やはりギリシャ時代の哲学者とおなじく、いろいろな問題にコメントなり書物で意見表明しています。やっぱり一般市民とはちょっと違う、よくかんがえた、しかし専門家のように我田引水ではない公平でわかりやすい意見が多いようにおもいます。
贈与論の話なんかはかなり好きですが、全著書は多すぎて読めません。

困難な成熟

困難な成熟

←リンク先の目次だけでも面白そう

日本の反知性主義 [ 内田樹 ]

日本の反知性主義 [ 内田樹 ]

日本の身体 [ 内田樹 ]

日本の身体 [ 内田樹 ]

他にも作家兼業哲学者に土屋賢二さんがいらっしゃいます。かなりユーモラスな週刊誌コラムを書いていらっしゃいます。

かんがえてみればここに常駐する回答者なんかも実践的哲学者かもしれない?(褒めすぎ)


6B656E74さんのコメント
哲学はいままで宗教の担ってきた『「どうやったら全員が幸せに生きられるか」』を考えるのですね。 また、個々のさまざまな問題も対象としているもの、という捉え方でよろしいでしょうか? 他にも書籍を示してくださりありがとうございます。 参考にさせていただきたいと思います。

なぽりんさんのコメント
そうですね、宗教だけがそれを担ってきたのではなく、 哲学と宗教が同時に担ってきたけれど、 やはり宗教にもっていかれた残りが哲学でやっているのかもしれません。 「どうやったら全員が幸せ」は宗教も宗派が多数ある以外に 哲学の中でも何通りものアプローチがあり決まってはいないようです。 他の科学と同様に論理学を基礎にもちつつ、 わけのわからない(他の学問では捕まえられない) 大きな問題につきかかっていく使命を担う部分があるため たとえば宇宙物理学をつきつめると哲学を学ぶ必要がでてくるそうです。
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