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デリダとか、ガタリとか、ドゥルーズとか、いわゆるポストモダンの思想家は、なんだか何もしないままに消えてしまったように思うのですが、一時の熱狂的なブームはなんだったのでしょうか。陰謀論でも、商業主義でもいいですが、誰かが何か工作をしたために起きたのでしょうか。ポストモダン思想のブームについてのクールな分析があれば紹介してください。

●質問者: ShinRai
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

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1 ● わっと
●34ポイント

なかなか回答がないようなので、口火ということで(「クールな分析」という文言が回答を遠ざけているような気がしますが、それはさておき)。
アカデミズムの思潮に対する一般も巻き込んだブームというのは、過去を振り返ると何十年かのサイクルで定期的に発生するようです。
例えば実存主義…サルトル、ボーヴォワール、メルロ=ポンティ、カフカ、カミュと言った人名を並べれば、その社会的影響はポスト・モダンの比ではありませんでした。
しかし一般からの反響が消え去ったとしても、アカデミズムにおける存在が消え去ったわけではありません。先行研究として、批判対象として、年輪のように地層のように蓄積されてゆくものだと考えます。
それ以前にも、進化論が、マルクス主義が、精神分析学が、一般も巻き込んだブームを引き起こしました。ほんの一例として、科学哲学の始祖の一人カール・ポパーの反証主義が、当時のウィーンの論壇を席巻していた精神分析学への批判として提唱されたことは、よく知られていると思います。
あえてポストモダンに特化して言うなら、一般を巻き込んだブームがしばらく起きていないことから「夢よもう一度」的な期待により盛り上がった側面があるかも知れません。これは根拠のない思いつきですが。
素人によるザツな考察ですが、こういうものを置いておくと後の人がもうちょっとマシなことを言う誘発になることを願ってポストします。


ShinRaiさんのコメント
ご回答ありがとうございました。そんなにザツでもないと思います

2 ● うげつ
●33ポイント

ソーカル事件と『知の欺瞞』の発刊後、ポモ側からの説得力のある反論が無いから。


ShinRaiさんのコメント
そうですね。『知の欺瞞』への反論がないということがありますね。まだそれを読んでいなかったので、読んでみようかな

3 ● Domino-R
●33ポイント

一言で言うと、その頃から先進国では消費社会段階に入っていたからなのね。それまでの尺度でこの大衆消費社会が説明できなくなっていて、これを説明する理屈としてポストモダンなる概念が提出されてる。
この新しい社会に対する先進国市民の新しい実感に合致していたことでブームになってるわけね。
ポストモダン思想のブーム自体は、90年代以降の世界的な経済・政治的な構造変化の訪れで去っているけど、消費社会分析としての枠組みのチカラは必ずしも失われていないので、今でも一定の意味と影響力を持ってる。
ただし現在的な世界経済、国際政治などの分析には対応できておらず、その意味での時代遅れ感はあるね。


ShinRaiさんのコメント
ポストモダンって、なんかうわついていたのは、消費社会とセットだっだからかもしれませんね。ありがとうございました
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