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バーミヤンの大仏が破壊された、残念だ、というのですが、その大仏はもともと壊れていたように思います。顔の顎より上がだいぶキレイに削られている感じですし、左の足(膝下)の前面も削れていたりも、両手も取れていました。それぞれ、いつごろ、壊れたか、研究者により推測されていたのでしょうか。この状況は、やはり長年の雨や風により、自然にだんだんと壊れていたのかもしれませんが。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:科学・統計資料
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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1 ● 匿名回答1号

顔削ったのも原理主義の人だった気がします。


匿名質問者さんのコメント
明治時代の廃仏毀釈も同じかなと思いました。 しかし、爆破の映像は何度見てもすざまじいです。 仏像を憎んでいるのではないか、と思えました。

2 ● 匿名回答2号

バーミヤンの大仏は、西暦500年ごろに作成され、11世紀初頭に破壊と略奪が進み、
2001年に破壊されました。
人類は、自然の一部なのは確かですが、思想に基づく人工的な破壊です。
バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群 - Wikipedia


匿名質問者さんのコメント
ありがとうございました。 下記の引用によるならば、顔が削れていたのは、放置されたことによる自然剥落のようですね。カズナ朝が略奪したといますが、金目のものがあったのでしょうか。 >その後、ムスリム(イスラム教徒)勢力がこの地にも及ぶようになり、 >イスラーム教徒による厳しい迫害によって >次第に仏教徒の共同体は消滅していった。 >11世紀初頭にこの地を征服したガズナ朝のマフムードによって >石窟寺院遺跡が略奪を受けたとも言われる。 >大仏も装飾が剥がれ、 >顔面部が崩落するなど長年にわたる放置のために大きな被害を受けたが >破壊はまぬがれ、偶像崇拝を否定するイスラムの時代を通じても依然として >多くの壁画が残されていた。

匿名回答2号さんのコメント
> 金目のもの 石仏の表面に張ってあった金やはめ込まれた宝石が奪われたのでしょう。 もっとも、破壊後の破片の調査では、肌の部分には、しっくいが残っていただけで、しっくいの上に箔押しされていた証拠はないようですが。 顔面には、木製の面がはめられていたという説もあり、顔面が崩落したとういうのも間違いの可能性があります。
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