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美学を「美感、美観趣味、美しさに関する個人の考え方や趣味」の意味で使いだした時期と影響を与えた人や事情
首班や企業トップ、スポーツマンの引き際に関して「○の美学」という表現が使われます。また「男の美学」や「生活の美学」のような使い方をする例も少なからずあります。
「美意識・価値感・矜恃」のような意味合いで「美学」の熟語を使い始めたのは、20世紀の日本なのでしょうか。「粋なやりかた、かっこいい生き方」「こうあって欲しい行動」のような意味で「美学」を使い始めたのは1980年代でしょうか。
「美学」のこうした使い方は、他の「数学」「科学」「政治学」「倫理学」「教学」「大学」「独学」「留学」「座学」「勉学」「男女共学」「実学」「医学」などにはみられないような気がしています。
明治期にも「美学」を美意識やさびやわびなどの日本文化の価値感の意味で使用した例はないと思いますが、、、、
「○学」の中で「美学」がそうした用法に使われたときに、おかしい用法として捨てられるのではなくて、そうした用法が広まり残ったのかについての考察はあるでしょうか。
参考になるものがありましたら、お教え下さい。

●質問者: hathi
●カテゴリ:学習・教育
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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質問者から

1950年には、石川淳が「生活の美学」という使い方をしています。(夷齋筆談 昭和27年4月 面貌について)
これ(下)をまだ読んでいません。もしも、美学という熟語の特別の用法についても触れられているのであれば、簡単に、その説のさわりやポイントをご紹介いただけるとありがたいです。
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061597549


1 ● adlib
●0ポイント


わが美学暦 ? 虚論と空論の進化論 ?

【0】 少年期 ? 武士道・騎士道・商人道 ?

…… 「花は桜木 人は武士 柱は檜 魚は鯛 小袖はもみじ 花はみよし」
「なぜ傾城にいやがられ」という「サゲ」がつく。
一休 宗純 禅僧 13940201 京都 14811212 87 /明徳 5.0101-文明13.1121
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20081118 花は桜の散りぬるを

── 他でもない、そりゃあ……。私の羽根飾(こころいき)だ。
Bergerac, Savinien de Cyrano de 16190306 France 16550728 36 /
── ロスタン《シラノ・ド・ベルジュラック 198301‥ 岩波文庫》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/400325631X

…… 芳松、死んでくれ! 天野屋利兵衛は男でござる(忠臣蔵外伝)。
天野屋 利兵衛 義商 1661‥‥ 大坂 京都 17330913 73 /寛文 1.-享保18.0806/籍=直之
http://q.hatena.ne.jp/1278268501/267212/#i267217(20100706 01:05:02)
父法・母法・子法 ── 《赤穂義士 19571208 東映》

【1】 青年期 ? 具象から抽象へ ?

「何が真実で何が真実でないのか。自分は真実なのか、真実でないのか。
一体、僕は何なのか。でも今度は真面目に書いた積りです(中西 宏)」
── 《山脈・第十四号 19571009 同志社高校文芸部》P38

そのあとの読後感想会で、与太郎は(先輩づらで)中西君に質問した。
「姥捨て伝承を、作者は美学として描いたんやろか、それとも貧しさを
訴えてるんやろか」(下記・書評参照)

「それは、やっぱり貧困ちゃいまっか」彼は、即座に答えた。
日常生活における彼の思想と真情は、あくまで健全だったのである。
(このときの議論は、60年後に至って、予想もしない現実となった)

── 深沢 七郎《楢山節考 19570201 中央公論社 19640803 新潮文庫》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4101136017

【2】 中年期 ? 議論から現実へ ?

── 石森(延男)氏は大原美術館でかつて開かれたバーナード・リー
チ展を取り上げ、「貧しさにむしろ美があるということをリーチは唱え
た。そういう価値観を子供と直接結び付いているお母さんに持ってほし
い」と訴えている。山本(七平)氏自身の魂の遍歴を記したものだが、
論理性や、罪と罰という観念を持たず、得体の知れない“時代の空気”
に流されていく日本人への警告の書と受け止めるべきだろう。
…… 《書評 19980423 山陽新聞》
── 山本 良樹・編《山本七平とゆく聖書の旅 199806‥ 山本書店》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4841402446

【3】 壮年期 ? 記号から情報へ ?

── 《情報美学 19820630 Diamond seminar 5》新人研修

…… (1960年代)は、記号や伝票のシステムが、とても重要に思われ
た。のちのち情報美学を創称してみたが、結局イチモンにもならなんだ。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20010920 悪友四重奏

【4】 熟年期 ? 工学から美学へ ?

…… こうした考察について、以下“情報美学”と総称する。
(Day'20020925-1114)■2002/11/14 (木) 情報美学について

そもそも、女子社員の引出しには、弁当箱やハイヒールなどが入って
いるのではないか。彼女たちが否定しても、手洗いに起つときまでカギ
をかけるのは、情報の私物化ではないか。いそいで論証することもない
が、“情報美学”をホームページで検索すると、つぎの項目があった。

── ベンゼ/草深 幸司・訳《情報美学入門 ? 基礎と応用 1993-199710‥ 勁草書房》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4326101180
Bense, Max 19100207 Germany 19900429 80 /

著者はドイツの哲学者で、情報美学の創始者(生没年不詳)。
訳者は1937年神戸生れ、多摩美術大学教授……。
余太郎が、そもそも“情報美学”を創称したのは、1982年6月ころ、
ある会社のミニ・セミナー(新入社員研修)だった。
経済学・経営学・情報管理・情報美学・テストの順に、三十分五日間
のプログラムを組んだ。
システム工学や情報工学という呼称は存在していたが、“情報美学”
は聞いたことがない。インターネットが普及するまで、誰が何を論じて
いるか、門外漢には見当もつかなかったのだ。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20021110
一芸の人々 ? 情報美学外論 ?

【5】 老年期 ? 試論から私論へ ?

…… ムサビで、なぜか美学概論“次元論”を講義することになった。
http://q.hatena.ne.jp/1348585303#a1169658(No.1 20120927 08:35:11)
憂国図学 ? 平面デザイン入門 ?


hathiさんのコメント
adlib様、労力をかけていただいていらっしゃるようですのに、的外れな回答になるのが、すごく不思議です。

2 ● みやど
●100ポイント

類似の例としては
「資本の論理」のような場合の「論理」
「恋愛の方程式」のような場合の「方程式」
「経営の力学」のような場合の「力学」
「政界と財界の癒着」のような場合の「癒着」
「夜の社会学」のような場合の「社会学」
「Googleは検索サイトの代名詞だ」のような場合の「代名詞」
「短絡的な犯行」のような場合の「短絡」


hathiさんのコメント
力学は、「勝敗は、道学や法学によって決せられず、力学によって決せられる」という使用例が1915年当時にあったようです。このような、道学、法学、力学は(ロジック、論理、方程式、パワーバランス)という意味合いを持っているのかもしれないです。「社内の力学関係が」のようなのと「経営の力学」は似ているかもしれません。 夜の社会学、芸能界の社会学、ジェンダーの社会学、犯罪社会学も、対象とする領域を研究して得られた知識やシステムの特徴、特異な事柄、それをおもしろおかしく述べる雑記事になるのかもしれません。 「美学」で「あることなどを重視している嗜好」を意味させるのとは、若干違う感じがします。 癒着は、元からの語彙の範囲で、政財界の癒着、傷口の癒着は使われていると思います。 味の素は??の代名詞、Googleは検索サイトの代名詞、小町は人気娘の代名詞、彼は○○にとって△さんの代名詞という使い方も、まあ、元の用語の範囲かなと思います。 短絡思考、短絡回路、短絡反応、短絡事故も、範囲だと思います。 黒川の建築、歌麿のデザイン、アドラー心理学のように使う建築やデザイン、心理学などの名詞は、一般名詞の意味内容全体を指すのではなく、「形容句で特定した特徴ある傾向」しているのだと思います。 ところが、「男の美学」「生活の美学」「引き際の美学」の場合は、「美学」という自句そのものに「美意識」のような意味を持たせています。 このような用例が広がった事情、理由、きっかけなどは何でしょうか。いつ頃から使われたのでしょうか。

みやどさんのコメント
「論理」は出典が明確なものとしては次のものがあります。 羽仁五郎 (1968)『都市の論理』 細川護煕・岩國哲人 (1991)『雛の論理』 鳩山由紀夫(1996年の流行語大賞)友愛/排除の論理 これはむしろ年配の人が本来の用法だと勘違いします。年配の人に逆・裏・対偶やDe Morganの法則のようなのを論理と言っても通じません。昔の数学教育では教えていなかったのですから。1960年の学習指導要領で初めて触れられて、1970年に初めて分野として登場します。 「政界と財界の癒着」「短絡的な犯行」は普及しすぎて、あたかも本来の用法のようになったものです。特に短絡は本来の意味の場合はショートと言うのが一般的になったわけです。短絡(ショート)とわざわざ併記することもあります。

hathiさんのコメント
強者の論理、富者の論理、盗人の論理、悪の論理、武家の論理、経済の論理と現実、数の論理、雛の論理、、、、 結構多くの使用例があります。 論理と理屈、道理などの用語は、結構ごちゃ混ぜの感覚で使われていたか、あまり区別せずに認識されていたのではないかと思います。 史記の中にも「諫?論理之臣間於側」のような用法で使われています。 そうすると、「○○の(機能)集団にとっての思考の原型・原理・行動スタイル・主機能・システムのベース」というような範囲も「論理」で含んでいたのかなとも思います。 一族や商家の家訓として引き継がれているようなものを他人が批判的な気分であげつらうとき「それはお前達の論理だ(言い種だ)」と言いそうな気がします。江戸時代には、思考や論理などの用語を使わず、「しぐさ」「流儀」「ならい」「やりかた」などの言い方をすることが多かったようです。 盗人の論理、悪の論理、武家の論理、百姓の論理、富者の論理、支配者の論理などは明治期以降に出来たものかもしれません。いつからそのような使われ方の例があるのか知りたいです。 強者の論理、富者の論理、西洋の論理というようなのは、自我が少し出てきて他者に負けまいとする抵抗あるいは反発を感じる人が多くなり自由に言説を展開できる社会環境になった時代以降に出現したのだろうと想像出来ます。 経済の論理、資本の論理、都市の論理、戦の論理、信仰の論理、自然の論理などの「論理」の用例は、単に「ロジック」「理論」「主張」「拠り所」「メカニズム」「淘汰・選択」というのとは違う意味を持たせているようです。 (もっと漠然としたイメージや時代の空気を表現することで共感を得ることを目指すようになった時代である1960年代以降、あるいは西洋文化をドンドン採り入れることや造語を新規に使うことが理知的でカッコイイと思われた明治期以降)の「キャッチコピー」的な用法に出発点があるのかもしれません。 実際の用例に当たってないのですが、遡れる古いものがあったら、「美学」だけでなく「論理」についても、実際例を教えてください。 1960年以降についてはご教授無用です。

みやどさんのコメント
訂正 雛の論理→鄙の論理

みやどさんのコメント
広辞苑も大辞林も「論理」はlogicの翻訳語と見ています。漢文に用例があるのは偶然すでにあった語と一致したという解釈ですかね。よく分かりませんが。 手許にありませんが、新明解国語辞典では「〜の論理」というときの論理の方を詳しく説明してあったはずです。版によって違うかもしれませんが。

hathiさんのコメント
論理は「理を論じる」「理によって論じる」という意味でならば使われていたみたいです。 オルガノン・論理学のような意味というか概念は昔の中国や日本にはなくて、明治の初期に哲学やら西洋文化を吸収する道具として言語・用語の統一的用法が問題だと意識されて論理学、論理の諸概念(用語)が形成されたみたいです。 http://ci.nii.ac.jp/els/110009892172.pdf?id=ART0010418987&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1467466298&cp= 美学も最初は美に関する研究考証検討や見解のようなものだったのだと思うのですが、どこらから、かっこよさ、矜恃、生き方のように広がったのでしょう。 音楽、工学、力学でも、音楽人生、工学に専心した生き方、処世の力学のような拡張はあるものの、美学ほどには一般的ではないですよね。
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