古来より広く読誦されてきた仏典『金剛般若経』に、次のような一節があります。
仏告須菩提(ぶっこくすぼだい)
莫作是説(ばくさくぜせつ) 如来滅後(にょらいめつこう) 後五百歳(こうごひゃくさい)
有持戒修福者(ゆうじかいしゅうふくしゃ) 于此章句能生信心(うししょうくのうしょうしんじん)
以此為実(じしいじつ) 当知是人不于(とうちぜじんふう)
一仏二仏三四五仏(いちぶつにぶつさんしごぶつ)而種善根(じしゅぜんこん)
おおざっぱに現代語訳すると
「ブッダは弟子のスブーティに言った。
ブッダ死後500年が経っても、戒律を保つ徳の高い修行者は、この仏典の言葉が説かれたなら、
その内容を正しく理解するに違いない。
それはその修行者が、一人や二人の仏、三、四、五人の仏のもとで修業の徳を植えたのではなく…」