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御子左家ですが;(1)藤原定家は、俊成の長男ではありませんが、跡取りのようです。どういう事情があったか知りたいです。(2)また、藤原俊成も俊忠の長男ではありませんが、跡取りのようです。どういう事情でしょうか、知りたいです。

(定家には、同腹の兄が居たようです。出家しますが、その前には公卿になっており、男子も居たようです。たとえば、兄の妻と定家の妻の間で、父親の身分差があったなんてことが理由になるでしょうか。結婚した時点で、跡取りになるか決まるなどということが。)
(俊成には、同腹の兄が複数います。夭折はしていないようです。まず、長兄に忠成が居ます。当初は跡取りでしたが、出世しなかったので、その時点で外された、ということが行われるということでしょうか。ちなみに、三兄はすでに他家に養子に入っていたので仕方ないですが。)

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:人生相談
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 匿名回答1号
ベストアンサー

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AB%A1%E7%94%B7

平安時代後期に蔭位制が意味を失っていくと、嫡子の選択は父親の権限となり、その地位・財産を継ぐに相応しい人物が選択されるようになった。


匿名質問者さんのコメント
ありがとうございます。 藤原定家、藤原俊成、いずれもその父が、指名したという可能性が高いということですね。
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